アークガイルの正体
第27話 アークガイルの正体
ヤマタニは、散々煮え湯を飲まされてきた“アークガイル”という者の正体を暴くため、新たに雇った密偵たちに情報収集を命じていた。
表には出ない者たち。
裏を歩き、影に潜み、金と命を天秤にかける連中だ。
だが――だからこそ、信用できる。
(今度こそ尻尾を掴む。)
そう考えていた矢先だった。
一人の密偵が、足早に館へ戻ってきた。
「ヤマタニ様。」
その声音は低く、しかし確信に満ちている。
「……どうした。」
ヤマタニは直感した。
何かを掴んだのだと。
「ヤマタニ様を狙っていた“アークガイル”の正体を突き止めました。」
「何と!」
思わず身を乗り出す。
こんなに早く――?
予想よりも遥かに速い報告に、驚きが隠せない。
「それで……アークガイルの正体とは何だ?」
部屋の空気が張り詰める。
密偵は一拍置いてから、口を開いた。
「はい。アークガイルの正体は――マグレガーという人物。」
「……!」
「太陽の家孤児院を経営している者です。」
その瞬間。
ヤマタニの全身に、雷のような衝撃が走った。
(……嘘だろ。)
脳が理解を拒む。
あの男が?
あの、孤児院の院長が?
「……まさか。」
思わず声が漏れる。
頭の中で、過去の記憶が蘇る。
芝居がかった仕草。
作り物めいた笑顔。
どこか薄気味悪い違和感。
(あれは……そういうことだったのか。)
「まさか、あのマグレガー院長がアークガイル!?」
言葉にした瞬間、現実味が増す。
背筋に冷たいものが走った。
善人の仮面を被りながら、裏で糸を引いていたというのか。
(孤児院を隠れ蓑にして……。)
最悪だ。
しばらく、言葉が出なかった。
だがやがて、ヤマタニはゆっくりと顔を上げる。
その目には、怒りが宿っていた。
「……では。」
声は低く、抑えられている。
「ヤナーク殿に伝えよ。マグレガーを逮捕する。」
領主には裁判権がある。
しかし、他領の者を勝手に捕らえることはできない。
手順は踏まねばならない。
だが――
(今度こそ、逃がさない。)
ヤマタニは強く拳を握った。
しばらくして、使いに出した兵が戻ってきた。
「伯爵から伝言を持ってまいりました。」
「して、なんと?」
「自領の犯罪者はこちらで逮捕し、裁く。安心されよ、との事です。」
「……そうか。」
短く答える。
本音を言えば、自分の手で捕らえたかった。
だが、筋は通さねばならない。
「……頼むぞ。」
小さく呟く。
この時点では、まだ間に合うと信じていた。
◆
だが、その期待は――
あっさりと裏切られた。
翌日。
再び密偵が現れる。
だが、その表情は昨日とは違っていた。
「……まことに残念な報告がございます。」
その一言で、嫌な予感が確信へと変わる。
「……言え。」
「マグレガーに、逃げられました。」
「何だと!」
ヤマタニは思わず声を荒げた。
拳が机を叩く。
「はい。ヤナーク伯爵配下の者が逮捕に赴いた時には、既に姿は無く……。」
「消えていた、か。」
歯噛みする。
(やられた……!)
情報が漏れていたのか。
それとも――
(最初から、こうなると読んでいたのか。)
どちらにせよ。
相手は一枚上手だった。
「……なんという事だ。」
やっと掴んだ正体。
それが、手の届く直前で霧のように消えた。
悔しさが、胸の奥で燻る。
だが密偵は続けた。
「しかし、地下に捕らえられていた孤児たちは解放されました。」
「……!」
「洗脳されていたと思われる子供たちも、救出されています。」
その報告に、ヤマタニは一瞬だけ安堵する。
「……そうか。」
それだけでも、意味はあった。
「その孤児はどうなる?」
「引き取り手が無ければ、別の施設へ移されるかと。」
「……だろうな。」
だが、それで終わりではない。
マグレガーが逃げた以上――
同じことが、また起こる可能性がある。
「……引き続き追え。」
ヤマタニの声は、静かだった。
だがその奥には、確かな怒りがあった。
「必ず見つけ出す。」
「はっ。」
密偵は一礼し、影のように消えた。
静まり返った部屋。
ヤマタニは一人、考える。
マグレガー。
いや――アークガイル。
(どこへ消えた。)
事前に察知していた可能性は高い。
あの男は愚かではない。
むしろ、狡猾だ。
逃走経路。隠れ家。資金。協力者。
すべてを用意していたとしても不思議ではない。
(地下に潜られたら……。)
最悪、何年も姿を現さない可能性もある。
そうなれば、捕まえることは極めて困難になる。
「……だが。」
ヤマタニはゆっくりと立ち上がった。
窓の外を見る。
穏やかな街の風景。
だがその裏に、あの男のような存在が潜んでいる。
「逃げ切れると思うなよ、マグレガー。」
低く、呟く。
「いや……アークガイル。」
名前を呼び直す。
それは宣戦布告に等しかった。
「必ず見つけ出して、終わらせる。」
その目に迷いはない。
だが――
この時、ヤマタニはまだ知らなかった。
アークガイルという存在が、単なる一人の犯罪者ではないということを。
そしてその影が、
この国の深部にまで食い込んでいるという事実を。
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