最終話
「大丈夫ですよ、社長」
男の体が手の届く範囲に来たとき、隠していたスタンガンを男に押し当てた。
バンッとはじけるような音がして、男が床に倒れた。
社長が唖然として私の顔と、床に倒れた男を交互に見た。
「あ、れ?涼子さん、ま、魔法?」
魔法って。
「ただのスタンガンですよ」
「ス、スタンガン……?あ、ああ、そうか、ドラマとかで誘拐犯とかが使う……」
って、違う。悪い人が使うものじゃなくて本来は悪い人から身を護る護身用の道具……。その言い方じゃ、私が悪い人みたいじゃないですか、社長っ!
「ね、危険じゃないでしょう?私、無傷だし。それに、セクハラされたって、これで懲らしめてやりますから大丈夫ですよ。会社、辞めません。いいですね!」
と社長の目の前でスタンガンをちらつかせて見せる。
「あの、それ、どれくらい痛いですか……」
社長の顔が青ざめた。
「使ってほしいんですか?」
社長が首を横に振った。
「で、この人たち、どうしたらいいんでしょう?」
「とりあえず、満月の日まで放置です。外から鍵をかけてしまえば出られませんし。真ん中の倉庫には、こういう時のためにバストイレ食事つきの牢屋が準備してありますから」
社長が、3人をまとめて担ぎ上げて隣の部屋に入っていった。
力持ちだなぁ。
倉庫から出て、さっさと事務所へと入る。
「ただいま……」
ここは私の居場所。
カバンはロッカーには寄らずに机の上に。早く、社長と一緒にお茶が飲みたい。
キッチンでお湯を沸かして、ティーポットにお茶の葉を入れる。
社長のカップと私のカップ……って、あれ?洗ってない。社長のカップ、流しにそのまま置いてあります。
「涼子さん、本当に辞めないんですか?突然あちらに送られて、困りませんでしたか?」
と、事務所に入ってきた社長を睨み付ける。
「社長、使ったカップを洗う時間がなくても、かぴかぴになると洗いにくいので水を入れてくださいって言いましたよね?」
「え?あ、ごめんなさい。あの……」
私のことを心配して何も手につかなかったのかなと思う嬉しさがこみあげてきたけれど、いじわるを言ってみる。
だって、まだ、仕事をやめさせようとしてるんだもの。
カップを洗って、キッチンタオルで水気をふき取る。
ダイニングテーブルに、社長のカップと私のカップ。それから、ティーポットと砂時計。
いつもの席に私が座ると、その向かいに社長が座る。
砂時計の砂が落ちた時……するりと口から言葉が出た。
「好きです」
社長が瞬間湯沸かし器のように真っ赤になった。
「あ、いや、あの……」
汗を拭こうとして社長が袖口を顔に持っていく。動揺しているのか、手が眼鏡に当たって、眼鏡がぽんっとテーブルの上に落ちた。
「本当、この紅茶美味しくて好きなんですよね」
とぷとぷとティーポットからカップに紅茶を注ぐ。
「ごめんなさい、僕、ちょっと勘違い……」
社長が下を向いて両手で顔を覆った。
「勘違いじゃないですよ」
聞こえるか聞こえないかの声で囁く。
「え?」
顔を上げた社長の顔に、眼鏡をはめる。
社長のことは好きだし、好きだと思ってもらえて嬉しいし、今すぐぎゅーってしたいという気持ちもあるけれど。
「工場の話、聞いてもらえますか?」
にこっと笑うと、社長が、背筋をのばしてイスに座りなおした。
「ああ、そうでした。工場って何ですか?」
私にとって、今の優先順位は工場計画だ。
というか、会社を辞めないでくれって絶対社長に言わせてやるんだ。恋愛感情でうやむやな感じで会社にいたくない。
だから、認めさせる。
「女性の働く場所として工場を向こうに作りたいと思うんです。作るのは縫製工場です」
「縫製工場?っていうと……服とか縫う?」
社長に頷いて見せる。
「もしかして、作業着スーツ……あれを、布だけ向こうに送ってあちらで縫わせるとか?」
違います。
「作業着スーツの製造元では、縫製が間に合わないから納品できないと言われました。今でも服や鞄、帽子や靴、布製品の多くは手作業で縫い合わせています。複雑な形に作業工程の多さ、それからサイズやデザインの違いですぐに別の者に切り替わるため、完全に機械化しにくい分野であるのが原因だと思われます」
社長が頷く。
「人の手が必要なんです。日本の企業でも、人件費が安い海外に工場を持っているところもあるでしょうし、工場を持てない小さなアパレルの会社は、外注という形で服を作っています。その外注先として仕事を取りたいと思います」
「え?日本の仕事を向こうで?でも、仕事ができる人がいても、機械が必要だよね?電気もない国だよ?まさか、発電機を持ち込むとか考えてる?だとしたら、それは認められない」
やっぱりだ。社長は知らないんだ。
「社長、時計はねじまき式であれば電池は必要ありませんし、カメラだって、フラッシュが付いていないアナログカメラは電池が入っていません。電気がなくても動くんです。……ミシンも」
「ミシンは無理だろう?でででででと、明らかに電気で動いているじゃないか」
「社長の言っているのは、電動ミシンですよ。わざわざ名前に電動ってついてるんです。ということは……」
社長が立ち上がった。
「手動ミシンがあるってことか!」
まぁ、ずいぶん昔には……。
「足踏み式のミシンがあるんです。それも、昭和では現役ですよ。まだほんの何十年か前までの主流は足踏み式のミシンだったんです」
社長が信じられないという顔をする。
「じゃぁ……」
「そうです。電気は必要ありません。足踏み式のミシンを使った縫製工場を作るんです。そして、日本で仕事を受注して工場で生産させる。日本円でお金を受け取れば、今までのように金貨や宝石を換金する手間もなくなります」
社長がそうか、日本円でやり取りするのかとつぶやく。
「でも、そうすると、工場で働いている人たちへの給料も日本円?」
当然の疑問に首を横に振る。
「工場で働いている人へは、向こうのお金で支払います。換金せずに残っている金貨がありますよね?どんどん王子たち金持ちに商品を売れば、向こうのお金は入ってきます。その入ってきたお金を工場で働く人たちの給料に回します」
社長が目を丸くする。
「すごい。日本円も向こうのお金も、両方とも回っていくんだ……どこかで換金する必要もないし……誰も損しない」
こくりと頷く。
「すでに、工場にするための場所の確保を王子にお願いしてあります。王子も国民を助けることにもなるし、日本の品を手に入れやすくなるならと協力的です。金貨や宝石も限りがあることも心配してましたし、これで問題が解決すると。そして、何より、暴力に耐えていた女性たち、そういう女性たちを助けられずに歯がゆい思いをしていた人たちが、工場に協力してくれます。ミシャさんという近衛兵も、工場の警備について手を上げてくれました。暴力をふるう男たちから工場にいる女性を守ってくれるそうです。そして……」
話は尽きない。
成功するかどうかはわからない。
けれど、私がこの会社にいる限り……。
「社長、私……みんなを幸せにしたいんです」
社長が嬉しそうな顔をする。
「うん。僕もだ。みんなが幸せになれるといいなと思ってる」
それから、飛び切りの思いを込めて続きを口にする。
「社長も幸せにしたいんです。私が誰よりも社長を幸せにしたい」
社長が動きを止める。
「社長は、私を幸せにしてくれるんですよね?」
うちの会社は驚くほどホワイトだ。
――きっと、これからも。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
二人のじれじれ恋愛いかがでしたでしょうか。
私のクセで、主人公は恋愛よりも仕事優先しちゃうタイプなんですが……たぶん、それなりにいい感じに、まりちゃんの活躍でなっていくはずです。
まりちゃんがんばって!
あと番外編アップしたら完結設定に変えますね。
感想、ブクマ、評価等励みになります。ありがとうございます。




