ナスカ
ブラジル・リオデジャネイロを満喫した僕たちは空路でペルーのリマへと向かった。
時間にして六時間弱の短いフライトだ。
ペルーでの目的は二つ。
「ナスカの地上絵」と「マチュピチュ」だ。
ナスカの地上絵はナスカにあり(当然か)、マチュピチュはクスコという街にあるらしい。
早々にマチュピチュへ訪れたいところだったが、地図を見る限り、先にナスカに寄る方が効率的なようだ。
そのため僕たちは逸る気持ちを抑えてナスカへと向かうことにした。
リマからナスカへはバスで行くことになる。
探すのが大変かと思いきや、メインバスターミナルではひっきりなしに呼び込みがあったので苦労すること無くバスに乗り込めた。
ナスカへはトイレ休憩を含めて七時間程だった。
まあ意外に綺麗なバスだったし、もう長旅には慣れていたので、あまり疲れることはなかった。
人間、どんなものにも順応するものだ。
ナスカに着いた僕らを向かえたのは、例によって客引きの群れだった。
各自思い思いのプランを売り込みに来る。
その中から僕は前から決めていたプランを伝え、一人の客引きと契約することにした。
そしてメテムの手を引き、地上絵を見に行く場所へと向かった。
「メテム、ナスカの地上絵って何か知ってる?」
「逆に聞きたいけど、お前、私が知ってると思うか?」
一呼吸すら間をおかず、鋭い返答が来る。
「う、確かに……。あのね、ナスカの地上絵って、砂漠に広がる巨大絵なんだよ」
「ふむふむ」
「色んな種類があってね、コンドルだのトカゲだの、サルやクモや人の絵まであるの」
「ほうほう」
「でもね、何のために作られたのか、それは謎のままなんだ。貴族のお遊戯の為に作られたとか、雨乞いの為だとか、はたまた宇宙人に見せる為とか色々説はあるんだけど、文献が一切残って無くてね、誰も正直なところはわからないんだよ」
「どうやって描いたのかも分からないの?」
「うーん、現時点ではヒモと杭をつかって比例拡大方式で描かれたんじゃ無いかと言われてるんだよね」
「ああ、なるほど。杭を起点にしてヒモで描いていくのか。しかしそれはまた酔狂なやつがいたもんだな」
「本当だよね。まあでもその御蔭で今日僕たちが目にすることが出来るんだからさ、ありがたいもんだよ」
「まあそうかもね。で、そのありがたい地上絵を見るのにアレを使うってことか?」
「ふふふ、そうだよ。気に入ってもらえると思ってわざわざこれにしたんだ」
僕は得意げになりながらアレを指さした。
今回僕たちが乗るセスナは中規模なサイズで、20人までが乗れるものだ。
三十分ほどの遊覧で一人あたり八十ドル。
事前に調べていた相場に比べて比較的安く収まったので満足だ。
乗る前に身体検査を軽く受け、その後、席へ案内された。
メテムはまっしぐらに窓際へ向かい、僕はその隣に腰を下ろす。
そしていよいよ三十分の空の旅が始まるのだ。
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「……おい……ユウキ……おい……どれがクモだ?」
隣でウッスラとメテムの声が聞こえてくる。
「……ユウキ……どれだよ……」
僕はと言えば、視界に映るのは遙かなる地上絵……ではなく、マットが敷かれたセスナの床だ。
「おい……お前、大丈夫か?」
メテムが呆れたように僕の肩を揺する。
たったそれだけの動作なのに僕には酷く辛い。
「……メ、メテム……ちょっとまって……本当に駄目、吐きそう……」
僕はなんとか声をひねり出して告げる。
そう、このセスナ、小さい故にかしらないが、右に曲がったり左に曲がったりする度に機体が大きく揺れる。
三半規管が揺れ、もう正直まともな感覚ではなくなり……早い話すごく酔うのだ。
ただでさえ乗り物酔いをする僕にとっては、これはハッキリ言ってキツイ。
「おい、ユウキ。どれがクモだ? あ、あれか? いや違うな。おい……おい……」
メテムの言葉が聞こえてるんだか聞こえてないんだか分からない状況が続く。
「ヘイ、ガール」
ウッスラと誰かの声が前方から聞こえたような気がする。
「何、パイロットさん」
聞き覚えのある声だ。
多分メテムだろう。
「調子はどう? 楽しんでるか?」
……この僕の様子を見ながら何を言ってるんだ、こいつは。
「最高だよ。良いフライトだね」
明るい声でメテムが返事をしている。
「そうかい、そりゃ結構だ。んじゃサービスするぜ。しっかり手を壁に捕まってな!」
そう言うと、機体が大きく旋回し、上下が一気に入れ替わる。
「うひょ――! 最高だよ!」
……止めてくれ、もう止めてくれ……。
僕はもう地上絵どころではなく、早く地上に戻ることのみを考えるだけだった……。
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「はぁ……お前なんだよ、その体たらくは……」
メテムが呆れながらに僕を見る。
視線の先では、僕が椅子に座りながら、何やらエタノールだか何だか知らない液体が染み込まれたハンカチを鼻に当て、深呼吸をしていた。
「うぅ、申し訳ない……。いやでも……かなりキツくて……」
何とか腹から絞り出してメテムに答える。
地上に戻ってしばらく休んだので、ある程度は回復したが、正直心理的ダメージも伴って、まだ立ち直れない。
「ごめんね、メテム……。というか……せっかくの地上絵なのに何一つ見れなかったよ……」
情けない声を上げる。
そんな僕にメテムはやれやれという仕草をして、カバンからモソモソと魔法書を取り出した。
「……しゃーないやっちゃなぁ……」
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「うは――メテム! 凄い! 凄い!」
僕は思わず子供のように声を上げる。
「おい、手は離すなよ、危ないから」
そういうメテムの手をしっかりと握り、僕は空を「飛んで」いた。
メテムのかけてくれた魔法フライによって、僕らは今ナスカの地上絵を空から眺めている。
セスナに乗らず、空中に浮いて。
「メテム、本当に凄いね、この魔法!」
「そうだろう、そうだろう」
得意げな顔をこちらに向ける。
「お、ユウキ、あそこ見てみろよ、あれもしやサルじゃないか?」
メテムがその顔をクイッと動かし、地面に視線を移す。
その先には確かにウッスラとサルの絵が描かれていた。
「本当だ! あれ、サルだよ! 地上絵だ!」
大興奮しながらメテムの方を向く。
「お、あっちはあれなんだ、コンドルじゃないか?」
そう言いながらメテムがまた別の方向を向く。
釣られるようにして視線を移すと、確かにガイドブックで見た覚えのあるコンドルの絵が浮かんでいた。
「うはー、本当だ。鳥だ!」
「いやー、ようやく見れたな、地上絵」
「うん! でもこのシチュエーション、最高だね!」
「だろ、セスナなんかよりよっぽど良いだろ」
「うん、ありがとう、メテム」
僕は空中で大声を挙げて感謝の言葉を伝えた。
「よし、んじゃユウキ、しっかり手を握ってろよ」
そう言うとメテムは前方を向いた。
一気に前方の空へ加速していく僕たち。
風が体を一気に抜けていく。
自由奔放に空を駆け抜ける。
暫くの間、僕たちは空の旅を思う存分に楽しんだ。
ナスカの地上絵をまたぎながら。
「次はあれだろ、いよいよあのマチャマチャとかチュピピピとか言う遺跡だろ?」
地上に着くとメテムが言った。
「マチュピチュ、ね」
「それだ、マチャピチャ」
「山奥に眠る閉ざされた神殿跡。この世界最大の見世物の一つだよ」
「よし、それじゃ一気に向かおう!」
メテムはこのまま歩いていくんじゃないかと思わせるような軽い足取りで進んだ。
まあそのまま付き合って歩くのも悪くない。
僕は荷物を抱えて、メテムの後をついていった。




