ラパス
ガタガタガタッ。
目の前では大きな音を立てながら、椅子や棚が揺れている。
具合の悪いことに、僕自身も揺れている為、視界に映る景色はなお一層激しく上下にぶれていた。
僕は思わず隣に座っているメテムの手を握る。
「大丈夫、飛行機なんてのは滅多に落ちないからさ。乱気流に巻き込まれただけだよ。安心して」
半ば自分に言い聞かせる感じで僕はメテムに言った。
するとメテムは僕が握っていた手をするりと抜け、足元に置いていたカバンを漁り出した。
この緊急時に何を探しているのかと思ったが、どうやらお目当ては魔法書のようだ。
茶色の魔法書を取り出し胸に抱えむ。
やはり魔法使いだから手に持ってると安心するのかな、そんな事を思っていたら、視線に気づいたメテムがこちらに向かって屈託の無い笑顔を向けてこういった。
「大丈夫だ、ユウキ。私にはフリーズの魔法があるから。落ちたって傷一つつかないから死なない」
「え? そうなの?」
「うん、だけどユウキ、お前は諦めろよ。南無南無南無……」
「ちょっと、君、可愛い笑顔をみせながら、何とんでもないことサラッと言ってんの――――!」
僕の絶叫も相まって、いよいよもって現場は混乱を来してきた……。
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「ふい――、ようやく着いたね」
飛行機のタラップを降りて地面につくと、メテムが全身を伸ばしながらそう告げた。
僕はと言えば、とてもそんな精神状態ではなく、ただただ安全に飛行機が到着したことに感謝していた。
何を大げさな、とお思いだろうが、周りを見るとメテム以外の人間は、付近にいる見知らぬ人同士で抱き合っているのだから、僕の感情も強ちずれているとは言えないだろう。
「ユウキ、ここ、なんて空港だっけ」
「……メテム、ここはエル・アルト空港だよ。ボリビアっていう国の首都・天空都市ラパス」
「そか、ここが天空都市か。何だかこの国の天空都市ってのは随分地味だな」
「まあそうだろうねえ。でもここあれだよ、日本で一番高い富士山っていう山よりも高い場所にあるの」
「ほうほう、そんな高いのか」
「あ、そうだ、メテム。頭痛くない?」
「頭? ああ高山病か。大丈夫、さっきお前に貰った薬飲んだから」
「そう、それは良かった。でもこの国は高山病以外に、とんでもなく治安が悪いから気をつけてよね」
「治安かあ。確かに悪そうだなあ。しかしユウキよ、そうなると大丈夫なのか?」
「大丈夫って何が?」
「今何時だと思ってるんだよ。こっからどうやってホテルへ行くんだ?」
そう言いながらメテムは真っ暗の辺りを見回した。
そう、飛行機が遅れた為、今の時刻は、丑三つ時ならぬ寅三つ時、深夜4時。
辺りは飛行場の明かり以外は何も見えない状況だった……。
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「ヘイ、オニイサン、ドコイクノ? ノッテカナイ?」
怪しげなタクシードライバーが、これまた怪しいIDカードを見せながら近づいてくる。
これで何人目だろうか。
入国手続を済ませた僕達は、飛行場で立ち往生していた。
前もってホテルに頼んでいた送迎が来ていなかったからだ。
これがボリビアクオリティか、と途方にくれる。
南米でも治安が飛び抜けて悪いことでも知られるボリビアの、そして深夜4時という最悪のシチュエーション。
人を見たら疑ってかかれと思って対応しているのだが、それだと一向に自体が進まない。
僕も警備員を捕まえて「なんとかしてくれ」とお願いしたのだけれど、タクシーで向かえの一点張り。
そこにきて先程のタクシードライバーである。
「ワタシ、アヤシクナイヨ。IDアルデショ、ミテコレ」
タクシードライバーは、そう言いながらIDカードをちらつかせるのだけれど、正直それが本物かどうか確かめるすべがない。
曰く、これがないと空港に入れないらしいのだが、それすら本当なのだろうか。
メテムの方を見ると、長旅で疲れたのか、地面に座ってウツラウツラしている。
まずいな、早いところホテルへ入ろう。
そう思い、僕は意を決して、このタクシードライバーについていくことにした。
タクシードライバーは嬉しそうに外へ向かう。
「メテム、行くよー」
そう言いながら、メテムを引き上げ、僕は後をついていくのだった。
エル・アルト空港から市内までは30分ほどかかる。
タクシードライバーが教えてくれた。
乗った当初は周りもまだ明かりがあったが、しばらくすると真っ暗で何も見えなくなった。
随分不安を感じたが、もう任せてしまった以上、僕が出来ることは何も無い。
最悪お金で解決出来れば御の字だ。
メテムさえ守れれば問題ない。
隣でクークーと寝息を立ててるメテムを見ながらそう思った。
「オニイサン、ソト、ミテネ、キレイダカラ」
突然タクシードライバーがそう告げる。
何かと思えば、どうやら視界がひらけたところに来たようだ。
その先は盆地のようになっていて、そこにはビッシリと明かりのついた建物が小さく、輝かしく写っていた。
天空都市ラパス。
見事としか言いようのない景観だった。
ラパスの市内に着くと、ドライバーが住所を確認し、ホテルへと向かう。
市内中心部のバスターミナルから大通り沿いのホテルを抑えておいたので、そこまで探すのに問題はないだろう。
そう思って大通りを進むと、ドライバーがすぐに止まった。
「ココ、ホテル、ココ、ココ」
そう告げるドライバーの先には普通の建物があり、僕らの探しているホテルの看板があった。
ドライバーにお礼を言って、メテムとタクシーを降りる。
そして、辺りが薄暗いこともあって逃げるようにして僕はホテルの扉を開けようと試みた。
しかし、駄目。
なんと、扉には鉄格子がかかっていたのだ。
まずいな。
僕はなんとか扉を叩いたり、ドアノブを開けようとしたのだけれど、鉄格子が邪魔をして上手くできない。
どうしたらいいんだろう、そう思っていた所、後ろから声がした。
「オニイサン、ベル、ベルガアルカラ、ソレ、ナラシテ」
先程のタクシードライバーが窓を開けて僕に教えてくれていた。
ベル、そんなものがあるのだろうか。
なんとか探してみると、確かにドア横にベルがあり、押せるようになっていた。
僕はもう不安も相まって、文字通りベルを連打していた。
中からベル音が聞こえないので、もしかしたら壊れてるのかもしれないから、それもあり正直必死だ。
どれぐらい時間が経っただろう……まあちょいとオーバーな表現か。
多分一分も経ってないだろうけど、警戒していた僕にはその一分がとても長い時間に感じたのだ。
とにかく、しばらくすると、ドアの一部がカパッと開き、中から誰かの目が見えた。
僕はすがるようにして自分の名前を告げ、それから今日予約をしている事を伝えた。
するとカチャリと音がしてドアが開き、中から強い光が漏れた。
そして鉄格子の錠が外され、素早く招かれるようにして室内へと向かった。
後ろから「オニイサン、ヨカッタネ、ジャ、マタネ」と声が聞こえ、タクシーが遠ざかる音がした。
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「ようこそ、当ホテルへいらっしゃいました」
僕らを中に導いてくれたスタッフが、柔らかな微笑みで僕達を向かえてくれる。
正直安堵感から僕はその場で床に崩れ落ちそうになるところだった。
なんとかフロントの椅子まで向かい、メテムとともにそこで腰を下ろす。
それからウェルカムドリンクを頂き、必要な書類にサインをする。
そして簡単な注意事項を聞いた後、僕たちは部屋の鍵を渡され、自室へと案内された。
そこでようやくにして僕たちは、何十時間という移動から一休みをとったのだった……。
クタクタに疲れていたこともあって、起きた時には正午を過ぎ、二時付近だった。
ベッドは柔らかかったので、体の緊張はほぐれたようだ。
疲れは残っていない。
一安心だ。
だが、ラパスには一泊しかしない。
つまりもうチェックアウトをしなければならないのだ。
慌ててメテムを起こす。
二人で仲良く顔を洗い、目を起こした。
前日すぐに眠ったため、パッキングの必要が無いのがまだ幸いか。
それからフロントに行きチェックアウトを済ませる。
時間にしてわずか九時間ほどの、慌ただしい滞在だった。
ホテルを出ると、そこにはラパスの街並みが広がっていた。
噂から想像するにどれだけ物騒なところかと思っていたが、パット見は大した事はなさそうだ。
普通に建物が並び、人々は一人で歩いていた。
物騒な人が刃物を隠し持って立っていたり、通行人は誰もいない……なんてことは無さそうだ。
しかしここはボリビアのラパス。
油断はできないだろう。
僕はホテルを出ると、すぐにバスターミナルへと向かうことにした。
本当はその移動すらもタクシーを使いたかったのだが、ホテルのフロントの人が「それはあまりにも必要がない」と何度も言うので、仕方なく徒歩で向かう。
歩き始めてすぐに気づいたのだが、バスターミナルはホテルから目と鼻の先だった。
距離にして徒歩2分程度だろう。
その間にもオシャレなカフェやらレストランが立ち並んでいたし、確かにタクシーを使う必要はなさそうだ。
バスターミナルでは、まず事前に抑えていたバスの時刻表を確認する。
ボリビアでの目的地はウユニという街で、ここから夜行バスで行く予定なのだ。
時間を確認し、それからバスが止まる場所も確認する。
念のため係員にも聞いて、全てをチェックした。
これで何事もなければ無事バスに乗れるはずだ。
一安心したところで今度は朝食を食べにレストランへと向かう。
と言ってもバスターミナルから出るのは怖いので、バスターミナル内のカフェテリアで食べることにした。
小さなハンバーガー屋っぽい場所に入る。
なんかチーズバーガーでも食べようと思ったのだけれど、事もあろうかメニューには英語が一つも書かれていなかった。
それならばと店員に英語で聞いてみることにしたが、それも残念ながら通じず。
仕方ないので、僕とメテムは値段から察して、おそらく飲み物ではなく食べ物だと推察されるものを適当に選んだ。
「もしかしてフルーツ盛り合わせが二つ来たりしてな」
メテムがそう軽口を叩いたが、幸運なことに届いたそれは、どうやらサンドイッチのようだった。
何やら肉のような物が挟まれていたので、恐る恐る食べてみると、なかなかにして悪くない味だった。
パンと肉の組み合わせは、よほどのことがない限り、世界共通で外れないものなのだ。
お腹が膨れた僕たちは、バスの時刻までまだ六時間程あったので、バスターミナルで休むことにした。
外に出たいと不満を述べるメテムをなんとか宥め、僕たちはそこいらのベンチに腰をおろした。
体がバリバリに固くなり、辺りが不安になるほど暗くなった頃、ようやくお目当てのバスが到着した。
バスドライバーにチケットを見せ、ウユニ行きを確認した後、僕たちはバスへ乗り込む。
旅行者向きの高級バスということもあって、中は快適だった。
座席は広くふかふかで、リクライニングもフルフラットとまではいかないが随分倒すことができた。
動き出してすぐに夜食と思われる食事が配られる。
それを食べて横になると、どちらが先とも言わず、いつしか僕とメテムは眠っていた。
次に目を覚ました時、辺りはすっかりと明るくなっていた。
時計を見ると6時頃のようだ。
それから朝食が配られ、メテムと共にお腹に入れる。
そして二人でゆっくりしていると、街へと入ったのか、景色が変わった。
程なくしてバスが止まり、バスドライバーがウユニ到着を告げた。
バスステップから、ゆっくりと、足を下ろす。
長旅の果に、ようやくたどり着いたボリビア・ウユニの最初の一歩だった。




