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一欠片の軌跡  作者: 皇 欠
三章~立ちはだかる真実、隣にいる仲間~
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第三章 まとめて

すいません。サブタイトル間違えてましたので変更させて頂きました。

第三章

 ~立ちはだかる真実、隣にいる仲間~

「凄かったね。だけど皆いい人達で良かったよ」

「そうだな。もっと陰鬱したとこだと思ったけど、バカみたいに騒がしかったし、何より俺自身が楽しかった」

 学校に転移した元の公園に戻ってきたのはすでに日が沈みかけ赤に染まる綺麗な夕暮れ時だった。いつもの帰り道を歩いてる俺達が話題にする話はもちろんクラスの皆や今日体験した出来事の事だ。

「確かに真自然に笑えてたよね」

「……顔に出てた?」

 俺は自分の顔を撫でながら由香梨に聞いてみる。

「なんとなくだよ。だけど当たってるでしょ」

「まぁそうなんだけどさ」

「やっぱりね」

 ふふっと笑う由香梨。

「委員長もね。真は自分の気持ち隠すのうまいけど隠しきれないタイプでしょって見抜いてたよ」

「うぐっいつの間にそんな話したんだよ」

「秘密」

――そんなに分かりやすいか俺?

「うん」

「いや、さらっと心読むなよ」

「だから真は隠しきれてないってば」

 ハハハと声を出して二人で笑いあう、いつもの様に向こうの世界を知らなかったときと同じように笑いあえる。そんな変わらない俺達。

 本当ならもう一人ここに紗姫がいるはずなのに今はいない。二年前までは由香梨が明るく話題を振り、それに紗姫が静かに相槌と巧みに話題を広げていき、そんな二人の会話に俺が突っ込み、由香梨を赤くさせたり、笑いを生んだり、イジメ過ぎた俺を紗姫が窘めたりそんな当たり前の光景はたった一人欠けただけで空虚な気分に満ち、その時間がどれだけ大事でどれだけ至福な一時だったのか痛感させられる。そんな事を考えていたからだろう由香梨が不安そうな顔で俺の顔を覗きこんできた。

「紗姫の事考えてるよね?」

「ああ……こんな風に他愛ない話を由香梨としてるとどうしても思い出しちまってな……」

「二年……私達が紗姫の事を忘れてた期間。本当なら紗姫とも一緒に修学旅行に行って楽しんだり、高校受験で苦しんだり、卒業式で泣いたり、今も一緒に帰る事が出来たんだよね」

 由香梨は足元から伸びる影を見つめながら沈痛な面持ちで呟いている。俺は努めて明るく言いながら由香梨に話しかける。

「でもさ。まだ取り戻せるだろう。さっさと紗姫を起こしてあの騒がしいクラスでさ。今日みたいにリンカのスパルタ授業を受けながら笑いあって二年なんて時間を忘れるくらい騒いで思い出を作っていけばいいと俺は思う」

 俺の言葉に由香梨は何度も頷き、

「うん、うん、そうだね。そうだよね。そのためにも私達が頑張らなくちゃね!」

 胸の前で握られた拳を上下に振り、心の昂りを表現しているようだった。

でも、現実は待ってはくれない。俺の想いも由香梨の気持ちも明日への願いも全て押し流して全てを飲み込んで残酷を突きつける。背筋に悪寒が走る。体がそれ自体を拒絶するように。それ自体が俺という一つの個を否定するように。そんな言いようのない吐き気すら催してしまいそうなそんな感覚。そして世界は夕暮れの赤よりもより冷たい(あか)に色付き姿を変える。

「真……」

 震える声で呼びかける由香梨、さっきまでの姿もなりを潜め必死に足を踏みしめて負けないようにしている。なら俺だってこんなのに負けるわけにはいかない。

「行くぞ由香梨。まだ俺達じゃどんなに弱い奴だって勝てない。リンカが言ってたように逃げて救援が来るまでやり過ごすぞ」

 何で昨日の今日で来るんだよ。そう悪態をついても仕方ないとは分かっていてもどうしようもない。

「とりあえず隠れる場所を探そう」

「うん」

 最初この空間に取りこまれた時は通りの大きい場所で隠れる場所はなかったがここは住宅街、道は狭く入り組んでるため袋小路に迷い込まなければ撒きやすい。だが逆に追い詰められた場合逃げ道がなく窮地に陥りやすいそんな一長一短の場所だからこそ隠れる場所は慎重に選ばないといけないがそんな悠長な時間はないみたいだ。

「マジかよ……」

 角から出てきたのは俺達に襲ってきた尻尾だけが蛇になっている異形の化物(モンスター)。その化物は血の様に赤に染まった空に向かって天高く咆哮した。

「なんで早すぎる……」

「今は逃げるのが先決だ!」

 由香梨の手を引いて来た道を逆に戻り、すぐの角を曲がる。

「あれって私達が最初に会った!?」

「ああ! 〝犬蛇(ヘル)〟リンカのような魔法使いが使う使い魔の中で最もポピュラーな奴だ」




 教壇に立ったリンカは手を腰に当て黒板をバンと叩き威厳に満ちた顔で言った。

「いい、逃げるときは魔法使いの動向にも注意を払わなきゃいけないけどその使い魔にも注意しなさい」

「使い魔って小説とか漫画とかで魔法使いが従えてるあの使い魔?」

「そうその使い魔、あんた達を襲った半身が蛇の犬、あれも使い魔よ。低級の使い魔で〝犬蛇〟そこまで脅威になる事はないけど犬の嗅覚と蛇のピット器官を使った策敵能力に優れていて魔法使いはまずこいつらを使って迷い込んだ奴が居ないかを探し出すの。一体一体の力は強くはないけどこいつらに見つかったら素早くそいつを倒しなさい。〝犬蛇〟は遠吠えですぐに仲間を呼ぶ。数で攻めて来られたら対処のしようがないからね。けど今のあなた達じゃ無理だからすぐに逃げなさい」

「だがすぐに仲間を呼ばれて追ってくるんじゃないのか?」

「だからこそ逃げるのよ。その場所に居たら囲まれてしまう。それよりは逃げて時間を稼ぐ方が助かる可能性は高くなるんじゃない?」

「それはそうかもしれないが……」

「まぁとりあえず何が言いたいのかっていうと、生き延びる為にはその場その場で一番最善の方法を探して選びなさい。時には誇りを踏みじられることも想いを否定されることもある戦いもあるでしょう。だけど全てを抑えつけて冷静に行動しなさい。それが生き延びる為に最善を選ぶ方法よ」




「コウ、このプリントコピーしてきて」

 私はパソコンを叩きながら授業で使うプリントをコウに渡しながら言い付けるが、コウは椅子の背もたれにだらしなく預けたまま一言。

「嫌」

 と宣いやがった。

「あんたも少しは仕事らしい仕事しなさいよ。実戦訓練以外全く働かないんだから。雑用ぐらいしてくれてもいいでしょ」

「僕は戦闘専門なんだから。教師の仕事なんてかったるい事は性に合わないよ。」

 だらけた格好のまま動く気配がないコウ。仕方なく私は作業していたパソコンから顔を上げ、席を立ち職員室に隣接してるコピー室に入る。

「それにしてもあの二人案外すんなり受け入れてくれたわね。紗姫の事も魔法の事も色々と」

椅子に座ったまま私に付いてきたコウに話しかける。

「これは僕の予測なんだけど二人の中に流れている紗姫の魔力がなんらかの形で働いてるんだと思うんだよ。紗姫の心が皆と仲良くして欲しいってね」

「それが本当なら紗姫は二人の事大事に想ってたのね」

「そうじゃなきゃ自分の魔力を分け与えたりしないんじゃない?」

「紗姫は優しかったから……初対面でも助ける為ならしてしまいそうな気がするわ」

「ハハ、そうかもね。自分の事よりも僕達の心配ばかりしてた気がするよ」

 コウは本当に可笑しそうに笑い、私もその紗姫の姿を思い浮かべて紗姫ならやりそうだと笑みを浮かべた。そんな朗らかな空気の中、やはり無粋な連中はとことん無粋らしく私の体に走った悪寒。私は思わずため息を吐いていた。

「いつもいつもなんで来るのかしら。いい加減諦めてくれると私も楽ができるってのにな」

「来る者は拒まず、害なす者には死を。でしょ」

「そうだけどね」

 ガラッ勢い良く扉が開き、滅多に慌てないホタルが掛け込んできた。

「お二人共急いで用意してください! 真さんと由香梨さんが〝別界〟に引きずり込まれました」

「チッ明らかに二人の魔力を狙って来たわね!」

「リンカちゃん! 飛ぶよ!」

「ホタル、開けて!」

 

輪転せよ 輪転せよ

 力を示せ 意思を示せ

 それが我等の証となる

 さぁ勝鬨の声を上げよ

 開け 導け

 我等は死ぬための戦いを始めるのではなく

 我等は生きる為の戦いに赴くのである


〝〟


 私達の足元に魔法陣が展開され狭間の世界に飛ぶ。風が私達の体を包み込み優しく持ち上げ運ぶ。こじ開けた空間の狭間を突き進む。空間の狭間には常に砂嵐の様に世界の残滓が舞い上がり、視界を狭め、行く道を阻む。舞い上がる風はその風で世界の残滓を切り開き、〝別界〟に向かう。だがその途中私は紫のノイズを見つける。

「……?」

 疑問がすぐに確信に変わったのは一瞬だっただけどその一瞬が命取りになってしまった。気付いた時には私達を覆う様に(いかずち)の檻の中に囚われていた。

「「「!」」」

 そして






「最善……この場合の最善ってなに!?」

「とりあえず逃げる! その後どこか隠れれる場所で次の打開策を考えよう」

 由香梨と一緒に次々に角を曲がり、住宅街の奥の方に向かう。

「けど隠れるなんて出来るの!? 私達の臭いを辿られたらすぐにわかっちゃう!」

 確かにそうだ。けど俺達には奴らを倒す決定的手段がない。抗う事は出来るかもしれないがこれは最終手段だろう。それに死と隣り合わせの緊張、恐怖、焦燥、いつ心が押し潰されてもおかしくない。由香梨もほんの少し走っただけで息も絶え絶えだ。俺も由香梨もいつ動けなくなるかは分からない。引き延ばされる時間の感覚、重くなった足を全力で前に押し出す。

 次の角を曲がる。そこにはまた〝犬蛇〟の姿。

「チッ先回りされた!」

「真! 後ろにも来た!」

 振り返ると後ろにも〝犬蛇〟が待ち構えている。ここは路地の半ば脇道もない。完全に挟まれた形になる。

「どうする!?」

「どうするもこうするも強行突破だ! 由香梨後ろの奴を牽制しつつ、前の奴を排除する!」

「分かった!」

 俺は腰に差している銃を抜き撃ちで放つが回避されてしまう。

「ハァ!」

 由香梨も銃をそしてもう一方の手に〝魔法球〟を浮かべ同時に放つ。だが俺と同様にかわされる。

「由香梨、出し惜しみは無しだ。全力でここを突破する!」

 俺は言うがいなや撃ちまくりながら特攻をかける。由香梨も俺の後ろから援護射撃をしながら付いてくる。当たろうが当たらまいが関係なく撃ちまくり弾幕を張って〝犬蛇〟の動きを止め真正面から突進するが。〝犬蛇〟は怯みもせず尻尾の蛇の口を開け、炎を吐く体勢になってる。

「ゴァァァ!」

 蛇の口から地獄の業火が吐きだされるが俺も臆することなく防御壁を展開し炎の進行を防ぎながら〝犬蛇〟の目の前まで辿り着く。そして犬の眉間に銃を突きつける。

「人間をなめるなよ! 化物!」

 引き金を引いて〝魔法の矢〟を放つ。〝魔法の矢〟は真っ直ぐに貫き〝犬蛇〟の体を蹂躙する。〝犬蛇〟は力尽き倒れる。走りながら後ろを向いてダメ押しに後ろから追いかけてくる〝犬蛇〟に〝魔法の矢〟を足元と体を狙って放つ。狙い通り〝犬蛇〟は矢をかわす為に立ち止まらざる負えなくなり、そのまま俺達を見逃す形になる。だが俺達が角を曲がりきった瞬間、すぐ後ろでまた遠吠えが響き渡る。俺達を更に追い詰める為の絶望への音色。

「真。さっきの殺しちゃったの!?」

「分からない! だけどこっちから殺らないとこっちが殺られてたんだ! 気にしてる場合じゃないだろう!」

 殺さなきゃこっちが殺される。ここは正しく本物の戦場だ。

「とりあえずあそこの公園の茂みで身を隠そう」

 都合良く見えてきた公園を指して言うと、

「そうだね」

 安堵の息を吐きながら由香梨はそう答えていた。相当疲労が溜まっているようだ。いつもの快活の喋り方とは懸け離れている。公園の茂みに身を潜める俺達二人。

 動きを止めた瞬間、一気に体が疲れを思い出したように節々が悲鳴を上げ、四肢は持ち上げるのもだるくなる。

「少し休んだらまた隠れる場所を探そう。一か所に留まるときっとまた見つかるかもしれない。最悪、救援が来るまで走り通しになる事も覚悟した方が良いかもしれない」

「そんなの私にとっては楽勝だよ」

 軽口を叩くが無理をしてるのは火を見るより明らかだ。

 二人の息遣いだけしか聞こえない。それ以外はまったく聞こえない。今も化物どもが通りを徘徊しているはずなのにそこにはいつもの平穏な姿のまま、普段の有り触れた風景でしかない。こんなにも理不尽な状況に巻き込まれても変わらずそこにあるそれが俺の心を平静に戻してくれる。

「由香梨どこか怪我とかしてないか?」

「私は大丈夫。真が守ってくれたから」

「そうか。なら良かった」

「ごめんね。真。私足手まといになってる……」

「気にするな。俺は由香梨が居たから冷静に無茶をせず最善と思う選択を選べたんだから。だからありがとう」

 嘘偽りない俺の本心。由香梨が傍にいてくれたから俺は此処にいれてそして生きてられる。それこそが真実であり紛れもない事実だ。

「ううん。お礼をいうのは私だよ。正直真が病室であの啖呵を切ってくれなかったら断ってたかもしれない。真だけをこんな命がけの場所に置き去りにして。紗姫の事を忘れて。またいつも通りの日常に戻ってたかもしれないもの。だからお礼をいうのは私だよ。ありがとう」

「じゃあ今すぐ後悔させてあげますわ。(わたくし)人が絶望する顔が大好きなんですの」

 俺でもない由香梨でもない悪意に満ち満ちた第三者の声。

「さっさと出てきて下さらない。私待たされるのは大嫌いですの」

 魔法使いが言った直後、眼も眩む光と爆音と共に近くの木が炭化した。ブスブスと音を立てながら黒い煙を上げコゲ落ちてしまっている。

「真……出て行った方がいいんじゃない。このままここにいても攻撃されるだけだよ」

「そうだな」

 俺達はゆっくりと立ち上がり、茂みから出て行く。油断なく銃を握り締めいつでも逃げ出せる様に体制を整えながら魔法使いの前に姿を出す。

「……」

 俺は言葉を失った。

 緩く結われたおさげ、意思が強そうな吊り目、整った顔立ち、だがそれを全てぶち壊しにする。紺色のジャージをだらしなく着こなしている。手には鈍色に光る金属の棒を握りそれを地面に突き立て寄りかかる様にして立っている。

 更にその隣に薄い蒼色の髪を肩で揃えモノクルをその端正な顔にかけ、燕尾服に身を包み、ティーポットを片手に持ちティーカップに紅茶を注いで傍らにいるジャージの女に渡している。

「何を呆けていらっしゃいますの?」

「フルーネ、二人とも君の美しさに見惚れてるのだよ。素晴らしい絵画は人の心を魅了する。君は正しく生きた絵画なのだから」

「なにを言ってるのかしらジャッカ。二人はあなたに見惚れているのよ。あなたのその宝石の様な美しい姿。見惚れて当然ですもの」

 なんだこの頭のおかしい二人は。俺達のことなんかまるで気にせず自分達の世界で語り続けている。こっそり由香梨が俺の隣に来て、

「真、今の内に逃げましょう……」

「ああ……」

 ゆっくり後ろに後退し、少し距離が取れた所で後ろを向いて走ろうとした時、俺の顔の横を何かが空気を焼いて通り過ぎて行った。

「なに逃げようとしてるのよ。次は当てちゃってもよろしいかしら?」

「フルーネ。さすが僕の恋人だ。こんなに可憐な魔法の使い方を僕は今まで見たことがないよ」

「ありがとうございますジャッカ。こうやってずっとあなたと語り合っていたいけれどもそろそろ本題に入るとしましょう」

「本題だと……?」

「ええ、まだ魔法を完全に扱えないあなた方は格好の獲物ですからね。その魔力私達が頂きますわ!」

 フルーネがこちらに向かってきた。あのだらしない姿からは想像も出来ない速度だ。握った棒を振りかぶり俺の頭に振り下ろす。その棒を左手に展開した〝魔封壁〟で防ぎ、お返しに銃をフルーネの顔に照準を合わし引き金を引く。放たれた〝魔法の矢〟はコンマ何秒かの後にフルーネを貫くはずだったのにフルーネに後数ミリで届くはずだったのに横から飛んできた何かが掻き消してしまった。横目で確認するとジャッカと呼ばれていた男の立つ周囲に水の球が浮かんでいる。恐らくあれが俺の攻撃を横から相殺したのだろう。

「由香梨! もう逃げることは考えるな! 後ろの奴の相手を頼む!」

「任せて!」

 俺の後ろに隠れるように立っていた由香梨は飛びだし俺の倍の手数で〝魔法の矢〟を放ちまくる。

「ジャッカそちらは任せてもよろしいかしら?」

「君は心配性だな。こんな魔法の基礎しか知らないひよっ子に僕が遅れをとると思うのかい?」

 奴らはこっちを舐め腐っている。だがそれもいた仕方ない事実。俺達はまだ魔法の事も今日学んだ程度でしか知らない。けれどもそれでもむざむざ殺られる気はないけどな!

 切り結んだままの左手で棒を押し返し、銃床で肩に殴りかかる。だが上体を逸らすだけでかわされる。

「なにお怒りになられてるんです? ただ私は本当の事をおっしゃっただけですのよ!」

 フルーネの気配が一気に膨れ上がったと同時に肩と腹と太股に同時に鈍痛が走る。

 俺は後ろに吹き飛ばされどっちが上か下かも分からない程地面を転がった後、ようやく立ち上がる。棒を一瞬引いたのは分かった。だがその後どの順番でどのような流れを辿って俺を突いたのか全く見えない。

「う~んおかしいですわね。立てないぐらいに痛めつけたはずですけど……まぁまだ楽しめそうですわね」

 腰を落とし、矛先を俺の方に向け、朗々と唱える。


 彼の産声轟かん

 生まれ落ちるは紫光の子

 その身に宿る輝きで全てを焼き

 その身に宿る鼓動で全てを震わす

 さぁあなたはこの子の姿を見ることもなく

 この世界から消えなさい


〝紫電それがこの子の(シス・イ・ヒルネス)


 フルーネの手が紫色に輝き、次第にバチバチという音が大きくなり電流が棒全体に広がり纏い始める。

「さぁまだまだ私を楽しませて下さい。地面を這いつくばり無様に生にしがみ付きなさい!」

 フルーネはその場で棒を振り回し始める。最初はゆっくりと次第に速く速度を上げる。棒が一回転するたびに砂が舞い上がり風が吹き荒れる。

 俺は〝魔法の矢〟を放って妨害を試みるもフルーネに着弾する前に電流が流れ途中で遮られてしまう。

「きゃっ!」

 由香梨がこっちに向かって飛んでくる。

「由香梨!」

 俺は急いで駆けつけ受け止める。

「ありがとう真」

 怪我なく無事に受け止められたみたいだ。

「フルーネすいません待ちましたか?」

「いいえ、大丈夫ですわよジャッカ。丁度私の準備は整いましたわ」

「ではすぐに」


 君が泣く時は僕がその姿を隠してあげる

 そんな事でしか僕は君を助けてあげることはできない

 弾けて消える運命は覆す事は出来ないのだから

 僕が消えることで君に希望と夢を与える事が出来るなら

 喜んで消えましょう

 けれど僕は君と出会えた刹那の時間を永遠に胸に刻み

 また君と会える事を切に願う


〝儚いゆえの純粋(セス・ス・トリスト)


 詠唱が終わると雲一つない空から雨が降ってきた。だが雨は魔法で降らせているのだから雲がなくてもおかしくはないと理由があるがこれは本当にただの雨の様で俺達を害するものではないようだ。するとこの雨は何の意味が……

「真! 逃げるよ!」

 由香梨が勢いよく俺の腕を引いてフルーネとジャッカに背を向けて走り出す。

「由香梨! 逃げてもすぐに追いつかれるだけだぞ!」

「何言ってるの! 水と電気って事は……」

 由香梨の言葉を遮る形でフルーネが喋る。

「それは無理ですわ。お二人とも条件は満たしていますもの」

 俺は思わず振り向く。フルーネは紫電纏う棒を足元の水溜りに突き差し咆哮する。


〝天地染める無慈悲な電光(フェル・ウ・インラームアティリス)


 一瞬だが観ることが出来た地に溜まった水と今だ降り続いている雨を伝って電流が空と地、上下から俺達を襲う。

「うわああああああああああああああーーーーーーーーーーーー!」

「きゃああああああああああああああーーーーーーーーーーーー!」

 全身がバラバラになりそうな衝撃と痛み、一度飛んだ意識が痛みで強制的に戻され、また飛ぶと言う地獄と形容しても足りないような地獄の時間。それは一秒にも満たない時間だったかもしれない。だが俺達の戦うための力を奪うためには十分な時間だった。

 俺も由香梨も力なく地面に倒れ込む。

「ッ……」

 指の先一つまともに動かすことが出来ず、辛うじて出来る抵抗といえば睨みつける程度だ。

「まだ戦意を失わないとは大したものですが、あなた達の負けは確定しているのです。おとなしくそこに這い蹲っていてください」

 ジャッカは余裕の笑みと共に更に言葉を紡ぐ。

「あなた方が何故、この戦いに身を置く決心をしたかは分かりません。ですがそれもこれまでですので全てを諦めてください。想いも何もかも」

 俺がこの戦いに身を投じる理由。心の奥の奥、俺の本質を支える彼女の笑顔。ただそれをもう一度見る為だけに。だけどたった今日一日クラスの奴と出会い、授業を受け魔法の練習をし、鬼みたいなリンカから逃げる鬼ごっこ。そんな少し日常とは違う非日常、それでもただそれだけで俺の心は安らぎを感じ、彼女を求める心が凪いでしまうのが分かる。だから、だから今ここで全ての想いを。願いを。憎しみの炎にくべて。こいつらを殺す力を! 紗姫をあんな風にした同類をこの手で八つ裂きにする魔法を!

 俺の心が染まっていく。憎悪という漆黒の炎で……。




 今私の目の前で真が真としての何かが音を立てて崩れさった気がした。ここからじゃ真の顔を見ることは出来ない。それに動こうにも体はさっきの電撃で指一本動かせない状態だ。だけど私の予感が的中したと分かったのは真の体から不気味な黒色の魔力が噴き出したからだ。

……あれは。

魔法の授業の時、リンカが紗姫の事を話した時と同じ魔力。だけど今目の前で起こってる事象はこの前のとは明らかに一線を隔している。魔力が炎のように揺らめき、一時として同じ形になる事はなく、形が変わるたびに私の心は焦燥と()(りょう)が互いに渦を巻き苛む。

「ま……こ……と……」

 私は真に戻って欲しくて声を絞り出しどうにか名前を呼ぶことは出来ただけどあまりにもか細くてあまりにも非力過ぎた。

「ッ……こいつなんて禍々しい魔力してるんだ。だがこいつの魔力を喰らえば僕達はもっと強くなれる」

「ッええ、ジャッカ。さっさと頂いてしまいましょう」

 ジャッカとフルーネが真に近づいていく。ジャッカが水の球を浮かべ放つ。その矢は真の体を間違いなく貫くとジャッカは確信していたのだろうだからジャッカはあれ程驚愕に満ちた顔をしたのだ。

 ジャッカが放った水の矢が真の魔力の炎に触れると彼の髪と同じ色の矢が黒く変色し、炎の中に取り込まれる。絶体絶命に陥っている私達より向こうの方が焦っているように見える。いや実際焦っているのだろう。二人の眼には真が何をしたのか。どうやって矢を消したのか。魔法に深く長く関わり合っている彼らには魔法がどのような方法と手順で行使されるか私より遥かに理解している。ゆえに目の前の事象があり得ない事と認識し、そのあり得ない事を行使できる真の事を恐怖の対象として見る事になる。

「もう一度電撃をプレゼントして差し上げますわ!」

 語気を荒げ、今だ電流纏う棒を真に振り下ろす。しかし、それもまた同じ事。棒もまた矢と同じように黒き炎に触れた瞬間、侵食され光を反射する銀は全てを吸い込む黒に変わっていく。しかもそれだけで終わらず握っていたフルーネの手にまで黒は侵攻し同色に変える。

「ひっ!?」

 フルーネは短く悲鳴を上げ、叫ぶ。

「来るなぁああああああーーーーー!」

 フルーネの体から電流が迸り、おのれ自身の体を蹂躙する。フルーネの体のいたる所から煙が立ち上り、いつの間にか侵食されてした手は元通りの肌色に戻っていた。

「フルーネ、大丈夫かい!?」

「ジャッカ……ヤバい……こいつはやばすぎる……魔力なんていらない……こいつは殺してしまいましょう……」

「君がそう言うならそうしよう」

 ジャッカは手を掲げる。すると下に向かって落ちていた雨が向きを変え理を捻じ曲げて手の上に集まって斧を形作る。

「これなら消されることもないだろう。それではさようなら。どうか恨まずに逝って下さい」

 静かに呟き真の首に向かって斧を振り下ろす。そのとき何かが壊れる音がした。今まで聞いた事のない音。だけどそれは何かが壊れたと分かるそんな悲鳴みたいな音。そして救いの声が私の耳に届く。


〝水よ(我が友よ)〟


 凛としてどんな雑踏の中でも場を静めさせる力を持った声。その涼やかな風のような声は正しくリンカの声だった。

 リンカの呼び掛けに答えるようにジャッカの握る水の斧が繋がりを解きただの水に戻る。

「あんた達よくも手の込んだ事してくれたわね」

 リンカが私の傍を通りフルーネとジャッカの方に近づいていく。その声には怒気が孕み、一瞬見えた眼光は恐ろしいまでに細められ、相手を射殺さんばかりに鋭かった。

「あなた、あの結界をこの短時間で破って来たというの!?」

「結界、あんなもんものの三十秒でぶっ壊してやったわよ。それよりもあんた達が放っておいた使い魔の方が辟易したわ。流石にあの量を殺るのは時間を喰わされた」

 どうやらリンカはフルーネ達の罠に嵌り足止めをされていたらしい。良く見ればリンカが戦闘の時に羽織っているマントの所々が焦げ、腕からは流れ出た血が地面に染みを作っている。

「今、私の兄妹がこっちに展開していた〝犬蛇〟を全て狩り尽くしてるとこよ。じきにこっちに来るわ。どうするもうこっちに来ないというなら情けをかけて見逃してもいいわよ」

「ふざけたこと言わないで下さる。確かにこの短時間で五百もの使い魔を葬りこちらに辿り着いた事は驚愕に値しますが使い魔は所詮使い魔、私達魔法使いの方が強いのは当たり前の事です。しかもいずれ増援が来るとはいえ今はあなた一人こちらは二人いるのです。こちらが有利なのは言わずもがなですわ。ジャッカサポートお願いしましたわ!」

「もちろんだよ。フルーネ」

 フルーネがリンカに突っ込む。

「今……私……機嫌悪いの。殺すよ」

 リンカは一瞬でフルーネの懐に飛び込み、拳底を顎に放ち、続けて上がった顔に向かって踵落としを放つ。だが手で防御され払われる。けど払われた力を利用し空中で捻り腰に蹴りを入れた。そのままフルーネの体は空中を滑り、横に飛んでいく。

「フルーネ!」

 ジャッカが焦った声を上げる。リンカのつま先が地面に着いたと思った瞬間その時にはまたリンカの姿は消えている。

「あんたの相手は後にしてあげる。恋人が惨めにボロボロにされる姿をそこで眺めてなさい」

 いつの間にかリンカはフルーネが飛んでいった先にいる。だがフルーネもやられてばかりではない。その瞳には闘志を残している。

「なめないで!」

 先程までのフルーネの余裕はすっかりなく喚きながら電光を身に纏う。

「ハッ」

 リンカはフルーネの抵抗を鼻で笑い飛ばし、電流など関係なく殴りジャッカの方に飛ばした。ジャッカは両手を広げ、受け止める。そしてフルーネの顔を覗きこみながら叫ぶ。

「フルーネ! フルーネ大丈夫か!?」

 ボロボロに傷ついたフルーネにジャッカはその形相を鬼のように変え、今すぐにでもリンカに飛びかかって行きそうだ。だがフルーネがジャッカの袖を引き、残りの力を振り絞り首を横に振る。

「さっさと引きなさい。私も二人の治療をしたいから見逃すわよ」

 リンカは一瞬、私達の方を向き、微笑んだ。その顔はいつものリンカの顔に戻っていた。

「俺達は絶対に諦めないからな。必ずお前を殺しにきてやる」

「消えろ。気が変わる前に」

 ジャッカは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、眼光だけは衰えずリンカを睨み続け下から水が持ち上がり二人を包み込むと弾け雫となりその姿を消していた。

 しばらくリンカはジャッカがいた場所を睨みつけていたが深い溜め息を一つ吐いてこちらを向いた。剣呑な雰囲気はなりを潜めいつものリンカの姿がそこにある。

「二人とも災難だったわね。昨日に続いてまさか今日も巻き込まれるなんて」

 私は起きようと試みるが未だに四肢に力は入らず、どうする事も出来ない。

「ああ無理しないで。相当なダメージ負ってる筈だから。先に真の方をどうにかするからちょっと待ってて」

 そうだ。真はまだあの黒い炎を出し続けている。敵が居なくなってもずっと。

「意識を失ってるわね。とりあえず簡易結界を敷いてこれ以上広がらないようにしましょう」

 リンカは真の上に手を翳し何事かを呟くと真を囲むように蒼色の魔法陣が現れて包み込む。

「後は私の手には負えないわね。コウとホタルが来るのを待って施すとしましょう。由香梨、次はあんたの治療をするわね」

 私の上体を抱き上げ、手に白光の光を灯し、傷の酷い患部に当てて行く。リンカの手は春の陽気のような心の芯まで温めてくれるような温かい手だった。

「ごめんね由香梨。今ここで完璧に傷を防ぐことは私には無理。あくまで応急措置だからしばらく痛いでしょうけど我慢してね」

 自分の事の様に辛い顔をしてるリンカ。私は彼女のその顔を見たくなくて少しでも安心させてあげられるように微笑む。今だ体も声も出せない私にはこれが出来る精一杯。

 その意図が伝わったのか伝わらなかったのか正確には分からない。けどリンカは一つありがとうと呟いた。

「皆さん、大丈夫ですか!?」

 ホタルがいつもではありえない焦った様子で駆けてくる。

「ホタル、コウは? 真がちょっと暴走してるから抑え込まないといけないの」

「すぐに来ると思います。来るまで私が見ていますのでそのまま由香梨さんの治療をお願いします」

 ホタルは真の元に駆け寄り懐中から刀を取り出し、掲げ持ち顔の高さまで上げ眼を閉じる。その姿は神々しく神に祈りを捧げる巫女の様にも見える。それから私はリンカに治療されながら数分が経過した。

「ごめん遅れた。二人共無事?」

 最後に公園に隣接する家の屋根の上からコウが飛び降りてくる。

「コウ待ってたわ。真の魔力を抑えつける。力を貸しなさい。由香梨ちょっと待っててね」

 私を抱え起こし木の幹まで運ぶと木を背もたれにして座らせる。

「やるわよ」

 リンカも刀を掲げ持ち眼を閉じる。コウもそれに習い同じようにする。


 我等は願い請う

 世界の平穏 世界の平和

 個の安らぎ 個の日常

 我らは導き手 我等は守り手

 ゆえに静謐 ゆえに静寂

 決して壊れる事のない希望をここに


〝願い望まなくては見えぬもの(セス・ラスジ・ソレリク)〟


 真が放つ黒い炎に被さる様に淡く光る霧のような物が覆い被さり黒い炎を押し込んで行く。霧が全てを覆い終わると黒い炎は鳴りを潜め、穏やかな顔で寝息を立てている。

「ふー真の潜在能力は恐ろしい物があるわね」

「ですが喜ばしい事でもありますよ」

 ホタルが真にリンカが私にしてくれたように治癒を施しながら呟いた。

「だけど感情の制御が出来ないのは魔法使いとしてはダメじゃない」

 いつもの飄々としたコウの言葉、だけど今の言葉は辛辣だけど言い得ぬ悲しみが含まれていた。リンカがこっちに来ながら、

「それは私達が教えてあげればいいわ。それまでは私達が守ってあげればいい。戦いこそ私達の運命でしょ」

「リンカさん腕の怪我の方は大丈夫なんですか?」

「こんなんほっときゃ治るわ。それより先に由香梨達の方が先でしょ。少しは楽になってる?」

 また治癒を施しながらそう聞いてくる。私は頷いて答える。

「二人を学園の保健室に運びましょう」

「分かりました。私が開きますね」


開門(アーフス)


 学園に通じる門を開け、向こう側から担架を担いだ人達が出てきた。

「あとお願い、後でお見舞いに行くから」

 担架に乗せられた私達二人にそう言うとリンカは今だ時が止まり続けたままの動かす呪文を一つ呟いた。それは命の遣り取りが終わったことを告げる世界が軋む心地よい音ではないはずなのになぜか安心する音。


〝刻み始める歯車(カルデア)


 私はリンカの声で紡がれたその呪文を聞いた瞬間気が抜けてしまって私はそこで意識を手放した。




 朦朧とする意識の中俺は誰かが呼ぶ声で目を覚ます。

「久しぶり。真」

 俺が眼を開けると目の前に紗姫がいた。白い世界にただ一人変わる事のない光を反射する艶のある黒髪を腰まで伸ばし、リボンを二つ括った髪型。伏し目がちに開かれた瞳、常に微笑を絶やさぬ口元、周囲の空気を和やかに、そして優しい気持ちにする雰囲気。だがそこに弱さはなく芯の部分では曲がる事のない強さを秘めているそんな少女。

「ごめんね。こんな世界に巻き込んじゃって」

 苦笑する紗姫。その言葉には自分を非難する響きもあった

「その事はどうでもいい。それよりこれはどういうことだ? お前は確か仮死状態のはずだろ?」

「うん、そうだね。これは真が見てる夢みたいなもの。君の中に残した私の魔力と真にあげた本があるでしょ『一欠けらの奇跡』」

「ああ、だが俺もあの本は何回も読んだが別段変わった事はなかったように思うが……」

 俺が持っていた『一欠けらの奇跡』あれが紗姫の物だと気付いたのは記憶を取り戻してしばらくしてからの事だった。

「あの本にね魔法文字でいたるところに魔法術式を書いておいたんだ。私の魔力に反応して魔法が発動するように細工したの。で、その結果が今の状況だよ」

「つまり今話している紗姫は魔法で再現されているってことか」

「そうプログラムみたいなもの。ごめんなさい。久しぶりの再会がこんな偽物(まがいもの)で」

「いやそれでも俺は嬉しんだが……だがなぜ魔法文字を記した本を俺に渡せた。俺達があの時巻き込まれたのは偶然じゃなかったのか?」

「ううん。真達が巻き込まれたのは確かに偶然。だけど私があれに襲われるのは予定調和だったんだよ。もちろん私もあれを返り打ちにしてまたあなた達と過ごす日常として戻るはずだった。だけど未来に確実なんてものはない。だから私は保険として真にあの本を渡し、あれにやられる前に二人に魔力を残したの。苦肉の策だったけどね」

「あの不気味な化物……あれは一体何なんだ!?」

「あれはこっちであってこっちでなくまた向こうであって向こうでないそんな奴。私は便宜的に〝狭間の住人〟って呼んでるけど詳しい事は私にも全然」

 首を横に振る。

「リンカ達は知っているのか?」

「知らないよ。知ってほしくなかったから」

「何で! リンカ達の力を借りれば紗姫があんな事になることもなかったはずじゃないか!」

「あれは私の問題なのよ。だからリンカ達に迷惑をかけるわけにはいかない」

「だがリンカ達は自分達の力が及ばなかったせいで紗姫を助けられなかったって自分を責めているぞ!」

「それでも……ね」

 苦笑する紗姫。俺達の前では絶対に見せない弱さを含んだそんな笑み。

「なんか理由があるのか? 俺にも言えないようなことなのか?」

「うん言えない。それにここでの事は忘れちゃうからね」

「忘れる?」

「ここで私と話した事は忘れる。内容も全部」

「なんで! 俺はまた紗姫の事を忘れたくない!」

「ありがとう。私のこと大事に思ってくれて。だけど覚えてたらまた真が辛くなる。だからちゃんとした再会は真が私を取り戻してくれてからね」

「分かった……約束する。必ずお前を取り戻す!」

「お願いします。それでね。私は伝えたかった事があって出てきたの」

「伝えたいこと?」

「そ。真、覚悟を決めたら私を呼んで。紗姫って呼んで。そうすれば私はあなたの隣で支えてあげるから」

 俺と紗姫の間に短い沈黙が降りる。紗姫にはいっぱい聞きたい事や言いたい事があったのに口を開く事ができない。

「あ、そろそろ起きる時間だよ。由香梨とリンカ達と一緒に頑張りなさい。応援してるからね」

 霞んでいく紗姫の体、俺は紗姫に手を伸ばそうとするが、体は答えてくれない。俺はもう一度心の中で決意する。必ず紗姫を取り戻すと……


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