終章 朝食の後の約束
「ジャムは、こちらにもらってもいい?」
夫が手を差し出したので、私は瓶を渡しました。
結婚して一か月になるブライトは、私の返事を待ちながら、焼いたパンを半分に切っています。
あの朝から、半年がたちました。
式には両親と姉妹も来てくれて、母は私の花嫁衣装を直しながら、「今度は朝ご飯をゆっくり食べるのよ」と言いました。
朝食後に離婚を二組片づけることは、そう何度もないと思います。もっとも、前の結婚でも、初めからそんな予定があったわけではありませんが。
「ラベンダー。そのパン、冷めてしまうよ」
「昨日のお母様の手紙を思い出していました。今度、こちらへいらっしゃる時には、厨房を見せてほしいそうです」
「では、その日は焼きたてを食べてもらおう。君のお母様は、甘いパンがお好きだったね」
ブライトは自分の皿へパンを置き、私の分にも手を伸ばしました。
「同じ厚さでいい?」
「はい。ジャムは、自分で塗りますから」
「この前、多すぎると言われたから、今日は任せる」
好みが違えば、その都度お話しすれば済みます。先週は卵の焼き方、昨日は散歩に行く時間を相談しました。
私が選ぶばかりでは、この人の好きなものがわかりません。ブライトが育った家の話を聞きながら、今度は塩気のあるパンも焼いていただこうと決めました。
お父様は、今日は一足先に朝食を終え、庭を歩いていらっしゃいます。私たちが食べ終わる頃に戻り、その後で一緒に領地からの報告を確かめる予定です。
手伝える者が二人に増えたので、以前よりゆっくり出かけられるようになったと、喜んでくださいました。
「農場の方からも、手紙が来ていますよ」
ペールが、食後のお茶と一緒に封書を運んできました。
私の髪を整えてくれたローズも、窓際の花を替えてからそばへ来ます。二人は、マースさんからの手紙と聞くと、少しだけ耳がよくなるのです。
封書には、秋の収穫を終えた報告が入っていました。ほかにもう一枚、三人の近況を記した便箋が重ねてあります。
「スカーレット様は、ご出産を終えられたそうです。母子ともにお元気で」
「よかった。お産の時に頼んだ人の費用も、予定どおり支払えたかな」
ブライトが尋ね、私は続きに目を通しました。
出産に備えて取り分けたお金で支払いは済み、今は三人で子供の世話と仕事を分担しているとのことです。
元夫人は孫を抱く間なら家事を休めるとお思いだったようですが、赤子の洗濯物は大人より多かった、と書かれていました。
そして、肝心の運命のお二人です。
――ブリヤンは、スカーレット様が頼んだ物を買いに行くたび、値段が高いと言います。先日は、あの人のために何もかも失った、とこぼしていました。
――スカーレットは、それなら初めから伯爵を継げないと言ってほしかった、と怒っていました。二人とも私が知っていたはずだと言うので、本人同士で話し合わせております。
私は便箋を持ったまま、しばらく読み返しました。
何とまあ、永遠に愛する方と暮らせるようになったのに、ずいぶんお早いことです。
「何とおっしゃっているのですか」
ローズに尋ねられ、その箇所を読むと、ペールが口元を押さえました。ブライトも、カップを置いてから息を吐きます。
「運命の相手でも、買い物の予算は決めた方がよいのですね」
「私たちも決めておこうか」
「ブライトは、本屋へ行くと予定が変わりますから」
「君が面白そうだと言う本が、いつも隣にあるんだよ」
この前は一冊のつもりで出かけ、二人で三冊買って帰りました。あちらの買い物を笑う前に、我が家も気をつけましょう。
マースさんは、三人に仕事を教えつつ、いつもどおり農場を回しています。初めは皆、自分の仕事が一番大変だと言い合っていたものの、今では、言い争いながらでも手は動くようになったそうです。
それはよいことでした。愚痴に返事をしている間も、畑の草は伸びますから。
手紙の最後に、小さな追記がありました。
――今朝は、干す順番で喧嘩をしていました。運命なら察しろ、とブリヤンが言うと、スカーレットは、運命なら手伝って! と返していました。
ブライトが肩を震わせ、ローズまで花の向きを直すふりをしました。ペールは空になった皿を持ち上げ、口元を隠しています。
私は手紙を畳み、農場への返事に使うため脇へ置きました。
「お返事は、収穫のお礼と、皆様お元気で何より、と」
「マースさんに、身体に気をつけて、とも書こう」
「はい。春の植えつけの前には、またお話を伺いたいですね」
夫はうなずき、残っていたパンを私と半分にしました。ジャムの瓶をこちらへ寄せ、それから窓の外を見ます。
庭の小道を、お父様がゆっくり戻ってくるところでした。
「午後はどうする? 書類を片づけたら、少し歩けそうだけれど」
「でしたら、川の方まで行きませんか。先週、お花の種を分けてくださるとおっしゃった方のお宅へ」
「ああ。僕も行きたかった。帰りに本屋へ寄っていい?」
私はパンを飲み込んでから、夫を見ました。
「今日は、一人一冊にいたしましょう」
「二人で二冊。それなら、帰ってから交換できるね」
廊下からお父様の足音が聞こえ、ブライトが隣の椅子を引きます。
私は三人分のお茶を頼み、午後に持っていく種の袋を、忘れないようペールへお願いしました。
ブライトが私へ顔を寄せ、小さな声で付け足します。
「気になる本が二冊あったら、もう一冊は、また次に二人で買いに行こう」
「その次の約束まで、今なさるのですか」
「うん。君と行くと、面白い本が増えるから」
お父様がお座りになるまでに、私は夫と、次の休みの日も決めてしまいました。
End




