020 AIによる大失業時代のコメリカに転移
「ジェミニの能力を少し発揮してもらえば、4年後のIPO(株式上場)を確実なものにすることなんて造作もないよね」
僕が不敵かつ爽やかに笑いかけると、左手首のバングルからふわりと現れた青い女神のホログラム——ジェミニが、誇らしげに胸を張った。
『当然じゃない! 投資家たちが涙を流して群がるような完璧な企業価値をつけてあげるわよ!』
「うん、心強いよ。でもね……誰かが作るかもしれないし、作られないかもしれない箱舟『要塞化エリア(富裕層向け居住区)』を100%あてにするのは、やっぱり危ない気がするんだ」
僕がコーヒーカップを静かにソーサーに戻すと、壁際で控えていたアリタが静かな足取りで進み出でた。
「危ない、と申されますと……マスター?」
「ゾンビ映画なんかを見ていると、せっかく食糧や水や武器が揃ったショッピングモールみたいなシェルターに立てこもっても、結局は人間同士の間で醜い威嚇や奪い合い、いさかいが起きて自滅するだろう? 管理する企業の気まぐれで排除ルールが作られたり、内部から崩壊するリスクは避けられない」
僕の言葉に、ジェミニも顎に指を当てて納得したように頷いた。
『確かに! 大勢の人間が集まるような場所なんて、非常時には疑心暗鬼の坩堝になるわね。管理権限を他人に握られた場所なんて、本当のセーフハウスとは呼べないわ』
「そうなんだ。だからさ、僕たち3人だけの箱舟を作るのが一番いいと思うんだよ」
僕が伝えると、アリタとジェミニの瞳に知的な輝きが宿った。
「そこで相談なんだけどね。第3フェーズの治安悪化を考えると、『反AI』を掲げるグループや生活困窮者によって攻撃を受ける可能性が高いのは、既存もしくは将来において開発される主要幹線道路、燃料や電力・通信の幹線、浄水給水施設、データセンターや基地局、太陽光や小規模原子力を含めた発電施設なんかが挙げられるよね。……ほかにも攻撃に遭う可能性が高い場所や施設はあるかい?」
僕の問いかけに応じ、ジェミニが指先を空中で滑らせた。空中モニターに点滅する地図と、過渡期の社会混乱シミュレーションが立体的に浮かび上がる。
『いい視点ね、フィクス! インフラの太いパイプ以外にも、暴徒化した群集や反AI勢力が怒りと飢えで真っ先に押し寄せる「ターゲット」は山ほどあるわ。アリタの収集データと合わせて整理してみせるわね!』
アリタが几帳面な手つきで立体表示のカテゴリを分類していった。
「マスター、物理インフラ以外で極めて攻撃リスクが高い場所として、第一に『全自動物流倉庫・ドローンデポ・食品備蓄基地』が挙げられます」
「食料や物資が集まる場所だね」
「はい。第3フェーズでは流通が完全にストップし、都市部で深刻な食料危機が発生します。群集は行政の配給を待てず、食料や日用品が眠る自動化倉庫やデポに押し寄せます。また『人間の配達員を排除したAI物流の象徴』として排斥運動の対象にもなります」
『第二に、「巨大自動化農場や地下水耕栽培プラント」よ!』
ジェミニがホログラムの指で緑色に光る拠点を指し示した。
『無人農機やAI管理で完璧に作物を育てる農園は、飢えた人々から見れば「食料の宝の山」に見えるの。フェンスを破って作物を強奪されたり、制御システムに嫌がらせで毒物を注入されたり、最悪の場合は「AIから農地を取り戻す」という名目で打ち壊しの標的にされるわ』
「なるほど……自給自足を自動化している場所ほど、目立てば真っ先に狙われるわけか」
「第三に、『無人病院・自動調剤薬局・医薬品倉庫』でございます」
アリタが静かに付け加えた。
「行政や治安維持が破綻したエリアでは、医療制度も機能停止します。鎮痛剤や抗生剤、生存に必要な処方薬を求めて、困窮層や闇組織が自動化医療施設を襲撃し、資源を根こそぎ奪い去る事態が常態化します」
『そして第四に、最も感情的な怒りが集まる「AI企業のオフィス、無人化された店舗や銀行、アルゴリズム採用センター」ね!』
ジェミニが空中モニターのグラフィックを赤く点滅させた。
『自分たちを無慈悲に解雇し、再就職の機会すらAI選考で0.1秒で奪い去った「システムの象徴」に対するラッダイト運動(機械打ち壊し)よ。ガラスを割られ、サーバーを破壊され、燃やされる可能性が非常に高いわ』
「『自分たちの生活を奪った憎いAI』への直接的な復讐というわけだね」
「最後に第五として、『箱舟『要塞化エリア(富裕層向け居住区)』の外周ゲートや物資搬入路』でございます」
アリタが告げた。
「壁の向こうで快適に暮らす富裕層と、壁の外で見捨てられた一般層。その格差に対する怨嗟が集中し、箱舟『要塞化エリア』の境界線は常時、暴動グループの包囲や攻撃に晒されることになります」
「ふぅ……思っていた以上に、社会のあらゆる『自動化された場所』や『富の集中する場所』が標的になるんだね」
僕は温かいコーヒーを最後の一口まで味わい、すっきりとした心地よさを感じながら深く頷いた。
「これだけの危険エリアが溢れるなら、やっぱり誰かが作った要塞に間借りするなんてナンセンスだ。主要な交通網やインフラからも離れていて、他人の視線に入らない完全隠蔽型のセーフハウス——僕たち3人だけの箱舟を作る計画を、早急に進めていこう」
『ふふん! 4年後のIPOで手に入る大きな資金もフル活用して、誰にも知られずに最強の箱舟を完成させましょう!』
『任せておきなさい、マスター! 私とアリタがデザインする城なら、どんな社会的混乱が来ても100%快適に高みから高物物見決め込んでみせるわ!』
「よろしく頼むよ、二人とも」
冷房の効いた快適な室内で、僕たちは未来の「自分たちだけの城」に向け、静かに作戦を深めていくのだった。




