019 AIによる大失業時代のコメリカに転移
快適な空調が利いた部屋で、僕は淹れたての浅煎りコーヒーを一口含んだ 。フルーティな芳醇な香りが鼻腔をくすぐり、心がすっと落ち着いていく 。
「シミュレーションしてもらったけれど、第3フェーズ(2030年代後半〜2040年代前半)の混乱を生き残るための一つの選択肢として、自前の発電設備や自動警備が整った『要塞化エリア(富裕層居住区)』の居住権を確保するという手があるよね」
ソーサーにカップを静かに戻しながら、僕は二人に向かって思考を投げかけた 。
「でも、今の僕のように雇われている身分の給与収入や日々の貯蓄だけだと、物価高が続くこの国で要塞化エリアの莫大な居住権や維持管理費を払い続けるには、少し危ういかもしれないね」
僕の言葉に、壁際で控えていたアリタが深く頷いた 。
「ですがマスター、現在の企業から提示されているパッケージには、基本給だけでなく大きな株式報酬が含まれております」
「そうだね。僕が今働いているこのAIスタートアップが順調に成長して上場(IPO)すれば、受け取っている株式報酬でかなり潤う可能性がある」
僕は左手首のバングルに目をやり、不敵かつ爽やかな笑みを浮かべた 。
「ジェミニ、僕がこのまま4年間勤務して、4年後に会社が上場した場合、株式報酬によって市場から得られる金額を概算してみてくれないかい?」
僕の問いかけに応じ、左手首から青く澄んだ女神のホログラムがふわりと浮かび上がった 。
『任せて! アリタが算出してくれた給与データと、2027年から2030年代初頭にかけての市場成長モデルをもとに、一瞬で試算してみせるわね!』
ジェミニが指先を空中で滑らせると、立体的な数値とグラフがホログラムとして広がった 。
『まず前提として、あなたが契約で得ている株式報酬は、1年あたり約25万〜40万ドル相当ね 。コメリカの標準的な権利確定条件に従って4年間勤め上げれば、全額(100%)があなたの権利になるわ 。4年間での付与総額は、現在の評価額ベースで約100万〜160万ドル相当よ 』
「現在の評価額で、それくらいになるんだね」
『そう! でも本当の勝負はここからよ』
ジェミニが楽しそうに胸を張った 。
『2027年現在のコメリカにおいて、あなたが携わっている「AIアライメント・制御学」は、世界中の投資資金が一極集中している最先端分野なの 。会社が順調に技術を確立して4年後(2031年)に株式上場(IPO)を果たした場合、企業の評価額は入社時と比べて跳ね上がることが確実視されているわ 』
空中モニターのグラフが急角度で右肩上がりに伸びていく 。
『仮に保守的なケース(上場時の評価額成長が5倍程度)で見積もっても、あなたが4年で確定させる株式の市場価値は約500万〜800万ドル(日本円で約7億5000万〜12億円相当)になるわ 。そして、もし爆発的な成長を遂げる大成功ケース(評価額成長が15倍〜20倍)になれば、株式報酬だけで約1500万〜3200万ドル(日本円で約22億5000万〜48億円相当)という巨額の資金が市場から手に入ることになるのよ!』
「……億単位どころか、数十億円規模になる可能性があるわけか」
僕が思わず感嘆の声を漏らすと、アリタが静かに補足した 。
「はい、マスター。毎月の基本給から生まれる約150万円の堅実な剰余金積立に加え、4年後の上場による株式報酬という大きな収入があれば、税金を差し引いたとしても手元に極めて潤沢な純資産が形成されます 。これほどの資産があれば、第3フェーズにおいて要塞化エリアの高級居住権を獲得し、数十年のインフラ維持費を前払いすることも十分に可能でございます」
「なるほどね……。4年間の勤務で得られる株式報酬は、将来の『大麻痺』を泳ぎ切るための最強の防波堤になるというわけだ」
僕は温かいコーヒーを飲み干し、すっきりとした心地よさを感じながら微笑んだ 。
「よし、目標がより明確になったよ。まずはこの4年間、リモートワークでスマートに成果を出し続けながら、着実に株式の権利を確定させていこう」
『ふふん、私とアリタがついているんだから、4年後のIPOなんて余裕の楽勝よ!』
ジェミニが得意げに胸を張り、快適な部屋の中に三人で顔を見合わせる穏やかな時間が流れるのだった 。




