015 AIによる大失業時代のコメリカに転移
今日は気持ちのよく晴れた休日だった 。
アパートに用意されていたシルバーのセダンに乗り込み、僕たちは郊外の大規模スーパーマーケットへと買い出しに向かった 。ハンドルを握るのは僕だ 。助手席には整然とした姿勢でアリタが座り、後部座席では左手首のバングルからホログラムを実体化させたジェミニが、車窓を流れるアメリカンな街並みを眺めている 。
「やっぱり車があると便利だね。道も広いし、運転していて気持ちが良いよ」
僕がバックミラー越しに声をかけると、ジェミニがフフンと胸を張った 。
『でしょ? 2027年のコメリカは物価が高騰しているから、安くて品質の良い食材をまとめ買いするのが生活防衛の基本なんだから!』 「左様でございます、マスター」とアリタが丁寧にお辞儀を添える 。
「事前に周辺のスーパーの価格データと特売情報を照合し、最も効率的に新鮮な食材とコーヒー豆を調達できるルートを設定いたしました」
スーパーの広い駐車場に車を止め、店内に足を踏み入れると、ひんやりとした冷気が肌を刺した 。
店内はいかにもコメリカらしい巨大な倉庫型の構造だが、至るところに最新の自動化設備が導入されていた。天井のあちこちにはAI監視カメラが設置され、陳列棚の間を小型の清掃ロボットや在庫チェックロボットが静かに走行している 。
「……すごい肉の量だな。でも、値段を見て驚いたよ。卵1パックや牛乳1ガロンが、僕たちの感覚からすると随分と高額だ」 僕が精肉コーナーのパックを手にとって呟くと、アリタが横から静かに補足した 。
「はい、マスター。現在のコメリカは過酷なインフレ下にあり、特に生鮮食品や輸入嗜好品の価格が高騰しております 。マスターの好まれる高品質なコーヒー豆も、半年前と比較して2割近く値上がりしております」 「なるほどね……。でも、せっかくの休日だ。コーヒー豆は一番状態の良い浅煎りのブレンドをもらおう。食材も無駄なく使えば十分やっていけるさ」
僕はカートに必要な野菜や肉、卵、そしてお気に入りのコーヒー豆を手際よく納めていく 。カートの中身がぐちゃぐちゃにならないよう、重い缶詰やボトルを下にし、傷つきやすい葉物野菜を上にする配置の美しさには気を配る 。
買い物カートを押しながら周りを見渡すと、セルフレジの周辺で、買い物客たちがどことなくピリピリとした表情で会計をしているのが目についた 。店内には人間の店員の姿がほとんどなく、すべて自動決済端末と監視AIで管理されている 。
無事に買い物を終え、整然と袋詰めした荷物をトランクに収めると、僕たちは再び車に乗り込んでアパートへの帰路についた 。
◆
帰りの車内、西海岸の柔らかな陽光がダッシュボードを照らす中、僕はスムーズにセダンを走らせていた 。
「スーパーの雰囲気、なんだか静かだけど独特の緊張感があったね。店員もほとんど見かけなかった」 僕が投げかけると、後部座席のジェミニがホログラムの脚を組みながら頷いた 。
『気づいた? 今のコメリカ——つまり2026年から2030年にかけた「第1フェーズ」の社会って、表面上は静かだけど、水面下では国民の不満がものすごい勢いで溜まり込んでいるのよ』
「第1フェーズの不満の蓄積、ですか」助手席のアリタが静かに言葉を継いだ 。
「ええ、マスター。2026年以降、急速なAI導入によってプログラマーや事務職などのホワイトカラー層が一斉に職を失いました 。求人に応募してもAIの自動選考で弾かれ、人間と面接すらできない状態が続いています 。一方で物価は上がり続け、蓄えを切り崩しながら生活する人々が限界に達しつつあります」
「働きたくても仕事がなく、支援制度も追いついていない……まさに息が詰まるような状況だね。でも、街で大規模な暴動が起きている風でもない。みんなどうやって耐えているんだろう?」
僕が尋ねると、ジェミニが少し声を潜めて不敵な笑みを浮かべた 。
『そこがポイントなのよ、フィクス。この第1フェーズで急増しているのは、あからさまな暴動じゃなくて「ステルス型犯罪」なの』
「ステルス型犯罪……?」
『そう。街中に監視AIや自動カメラが張り巡らされているから、下手に堂々と店を襲えば一発で逮捕されるでしょ? だから人々は、システムやAIの「目」をかいくぐるような小賢しい犯罪に走っているのよ。例えば、さっきのスーパーのセルフレジでも起きているわ 。高い肉のバーコードの上に安い野菜のバーコードを重ねてスキャンしたり、AIカメラの死角を使って重さを誤魔化したりね』
「なるほど……。AIシステムの隙間を突く小規模な不正か」
「それだけではありません、マスター」とアリタがデータログを照会しながら付け加えた 。
「生成AIを悪用した少額のなりすまし詐欺、自動配送ドローンの荷物を死角で回収する小規模な窃盗、あるいはクレジットカードの枠を不正に現金化するスキームなど、捕まりにくい『微罪・隠蔽型』の犯罪が急増しています 。統計上の『凶悪犯罪率』はそれほど上がらないため、政府や企業は問題を先送りしていますが、現場の不満と困窮は極限まで溜まっています」
僕には、その光景が鮮明にイメージできた。
AIによって機械的に社会から弾き出された人々が、生き延びるためにAIシステムのロジックの盲点を探し出し、静かに、しかし確実に不満を犯罪という形で吐き出している 。
「表面上はテクノロジーでスマートに管理されているように見えて、その内側は圧力鍋のように不満が充満しているわけだね」 僕はハンドルを握る手に少し力を込め、バックミラー越しにジェミニを見た 。
「AIが人間の仕事を奪い、法制度や救済策が追いつかない過渡期の数年間……この静かな歪みが膨らみ続けた先に、次の社会の崩壊が待っているというわけか」
『その通り! だからこそ、私たちはこの第1フェーズの歪みに巻き込まれないように、スマートにリモートワークの職を得て、しっかりと生活基盤を固めなきゃいけないのよ!』 ジェミニが元気よく宣言し、アリタも「マスターの快適な生活を護るため、全力でサポートいたします」と力強く頷いた 。
「ふふ、頼もしいよ。アパートに着いたら、買ってきた新鮮な豆で美味しいコーヒーを淹れるからね」
車内にはいつもの穏やかで頼もしい空気が戻り、僕たちのセダンは夕暮れ時のコメリカの街並みをスムーズに走り抜けていった 。




