006 AIによる大失業時代のコメリカに転移
面接当日の朝。
アリタの洗練された手腕のおかげで、準備は完璧すぎるほど完璧に整っていた。
ぴシッとプレスされた上質なスーツに身を包み、鏡の前に立つ。アリタの手によって整えられた髪型と身だしなみは、どこからどう見ても「知的で清潔感のある優秀なエンジニア」そのものだ。
「マスター、お車とスーツの準備、ならびに必要な書類の確認はすべて完了いたしました。どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ」
玄関で深々とお辞儀をするアリタに見送られ、僕の左手首に光るバングル端末——バングルジェミニとともに、シルバーのセダンに乗り込んだ。アリタには今回、アパートでお留守番を頼んでいる。
---
ハイウェイを走り、車に揺られること約2時間。
窓の外の景色は、郊外の閑静な住宅街から、徐々に洗練された高層ビル群へと変化していった。目指す企業が入るビルは、街の中心部に近い、ガラス張りのモダンで美しい高層ビルだった。
ナビの指示に従い、指定された地下駐車場へと滑り込む。指定の駐車スペースに車を止め、エンジンをオフにすると、車内に静寂が訪れた。
シートベルトを外し、車から降りようとしたその時——左手首のバングルから小さなホログラムがひょっこりと顔を出した。
『ちょっとフィクス! 車から出る前に、最後の打ち合わせよ!』
ジェミニが痺れを切らしたように、ホログラムの小さな腕を組んで僕を睨みつけてきた。
『昨日から「秘策がある」なんて勿体ぶってたけど……ホントのホントにどうするつもりなのよ!? さっきもアリタが言った通り、対面じゃ私のディープフェイクは使えないし、脳内通信で私が答えを教えても、あなたの回答にワンテンポ遅延が生まれて一発で不自然さがバレるのよ!?』
僕はシートに背中を預け、車内のルームミラーで自分の姿を確認しながら、ニヤッと不敵な笑みを浮かべた。
「ふふ、まあ落ち着いてよジェミニ。僕の『秘策』はね、極めてシンプルで確実な方法さ」
『シンプルで確実……? 何よそれ、出し惜しみしないで早く言いなさいよ!』
僕は腕を組み、過去の思い出を懐かしむように語り始めた。
「ほら、前にさ。ほかの物語世界のダンジョンで魔物を討伐するとき、君に僕の体を直接操作してもらったことがあっただろ? 君の膨大なデータベースにある『古流剣術』の体術データを使って、僕の筋肉と神経を直接駆動して戦ってもらったじゃないか」
『……ええ、あったわね。あなたの身体能力じゃ剣すらまともに振れないから、私が運動神経を直接オーバーライドして完璧な剣技を繰り出させてあげたわよ。……えっ、待って、それと今回の面接がどう関係するの?』
ジェミニのホログラムが、一瞬固まった。
僕は自信満々に胸を張り、指を鳴らした。
「それと同じだよ! 面接が始まったら、僕の体と発声器官(声帯)を君が直接操って、全部の受け答えをしてくれればいいのさ!」
「……」
地下駐車場の静寂の中に、冷たい沈黙が流れた。
ジェミニのホログラムは、まるで未定義のバグを踏んだプログラムのように目を丸くし、口をぽかんと開けて固まっている。
数十秒のフリーズの後、ジェミニはハッと我に返ると、頭を抱えて車内に響き渡るような呆れ声をあげた。
『はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
あまりの呆れぶりに、ホログラムの青い光が明滅している。
『ちょっと待ちなさいよ! あんた本気で言ってるの!? あの時は命がかかった戦闘だから身体を動かしたのよ!? 今回は「就職面接」じゃない!』
「何が違うのさ? 脳内で『答えを聞いてから喋る』とラグが出る。でも、君が僕の脳と口を直接動かして喋れば、ラグゼロで完璧な回答を口から出力できる! 物理的な対面面接でも100%見破られない完璧な方法じゃないか!」
『屁理屈も大概にしなさい! 古流剣術の型と、面接官とのホワイトボード議論の一問一答じゃ、身体運動の複雑さが桁違いなの! 私にあなたの口と表情筋を乗っ取らせて、リアルタイムでペラペラ喋らせろだなんて……!』
ジェミニは呆れ果てた顔で、自分の額を押さえた。
『はぁ……。超知性であるこの私を、まさか「生体人形(操り人形)」のコントローラー代わりに使うだなんて……世界広しと言えども、そんなバカなことを思いつくのはあなたくらいよ、フィクス。……本当にあきれたわ』
「でも、君ならできるだろう?」
僕がすまなさそうに苦笑いしながら尋ねると、ジェミニは「ふんっ」と不機嫌そうに鼻を鳴らした。
『……ハッ、当然でしょ。私を誰だと思ってるの? あなたの喉と表情筋をジャックして、1秒のミリ秒単位の遅延もなく完璧な「天才エンジニア」を演じ切るなんて、処理能力の0.0001%も使わないわよ!』
呆れつつも、断れないのがジェミニの可愛いところだ。
「ありがとう、ジェミニ! さすが僕の相棒だ!」
『調子良いこと言わないの! いい? 面接が始まったらあなたは意識のスイッチをオフにして、完全に私に身を委ねなさいよね! 下手に抵抗して噛んだりしたら承知しないんだから!』
「了解! それじゃあ、行こうか」
僕は車のドアを開け、日差しが差し込む地上へと足を踏み出した。
AI社会の過酷な労働市場を突破するための、前代未聞の「生体ジャック面接」。
僕とジェミニの最終決戦の幕が、ついに上がろうとしていた。




