コリン=ウッドの場合
「なー、ヘリオスお前さー」
「何だ?」
「いつになったら妃殿下に告白するんだ?」
ヘリオスは飲んでいたお茶を噴出さずには済んだが、気管支に入ったようで、派手に咳き込んだ。
ヘリオスとは同期で入城してからの付き合いで、もう6年になる。
配属部署は違ったが、時々、酒を飲みかわすくらいには親しいと言っていい。
コリンは、元は正妃付きの秘書官だったのだが、あまりにもアレな正妃なために、配属を変えられたという経緯がある。
要は、有能なものを正妃付きにするほど、管理課は無能ではなかったということだ。
ルシアが王宮入りしてすぐに、コリンは王太子妃付きになったのである。
「というか、ルシア様はもう妃殿下ではないのだから、その呼び名は適切ではない」
「んなこた分かってるっての。癖みたいなもんだし、お前と2人なんだからいいじゃん」
名前呼びなど許可された今でも、正直恐れ多いとあまり口にできない。
何せコリンはしがない子爵家の出。王宮に採用され、今はリュースウェル公爵家の秘書官をしていても、身分差が埋まるわけではないのだ。
「それより、話逸らすなよなー。で、いい加減腹くくったらどうよ?」
「……」
「あれから半年も経ってるのに、まるで進展ないってどんだけ」
そう、離縁によりルシアが公爵家の領地に来てから、もう半年経った。
その間何をやっていたかといえば、端的に言うと仕事だ。
いやまあ、いただくものをいただいている以上、相応の仕事はやりますよ、ええ。
むしろ王宮にいたときより待遇がよかったりするが、そこは妃殿下だしなあと思ってる。王宮の予算はすべて把握して是正していたのだから。
「別にさー、無理に迫れって言ってるわけじゃねえよ? 当然だけど。妃殿下のお気持ちが大事に決まってる。でもさあ…」
少なくとも…いや、比較するまでもなく、ヘリオスの方があの元王太子よりはるかに妃殿下を想ってると断言できる。
あの元王太子は、女性として以前に、人間としても、妃殿下を蔑ろにしていた。
挙句、あんな何の取柄もない小娘に夢中になるとか、見る目ないなとしかコリンは思わなかった。どこがよかったんだか。
「まだ好きなんだろ、妃殿下のこと」
「…そんな軽い気持ちじゃない」
「わーってるって。散々聞かされたんだし」
とはいえ、言葉として聞いたのはたった1度。コリンと2人で飲んでいたときに、口を滑らせたという風に。
それも、捉えようによっては、誤解されかねないくらいの言葉。当人はすぐに我に返っていたが。
直接的に表現するなど、ヘリオスはそんな迂闊な発言をするような人間ではない。
どこに誰の耳があるか分からないのに、下手したらルシアの不貞になりかねない発言を、この男がするはずがない。
職務の上でも、一切そんな空気すら出さなかった。
コリンが、端々から感じ取っていただけだ。
紛れもない、恋情を。
敬慕や親愛ではなく、焦がれるような熱情を。
決して他者には悟らせなかっただろう、それを。
「──…それに、もう半年じゃない。まだ、半年なんだ」
ぽつりと呟くヘリオスに、溜息をつく。
たぶん、ルシアの傷が癒えるのを待っているのだろう。
長い間、あの元王太子やら母親やらに冷遇され、傷つけられていたことにも気付かなかった、大切なひとの心を守りたいから。
ヘリオスの気持ちは分からないでもないが。
「あんま悠長に構えてっと、横からかっさわれちまうぞー」
何せ、ルシアの価値が最後まで分からなかったのはあの元王太子くらいで、諸外国が密かに狙っているとかコリンの耳にも入ってくるほどだし。
「まあ公爵閣下が、今更妃殿下に政略結婚押し付けるとは思わないけど」
「それはそうだろう」
「それに、ほら、妃殿下の唯一の欠点となりうるアレも」
「ああアレか」
「侍医も、妃殿下の扱いに見兼ねて診断書出したんだろうけどな」
「城内で敬愛を一身に集めていたお方だからな」
「だからお前は、さっさと告白しろ」
「…そう繋げるのか」
苦笑するヘリオス。
その余裕がいつまで続くかなどと思っていると。
「──楽しそうね」
当の本人が現れた。その手にタルトを持って。
「ひでんk、じゃなかった、ルシア様」
「コリン、あなたまだその癖抜けないのね」
「俺にとっては、ずっと妃殿下でしたので」
「公の場でなければいいけど、気を付けてね」
「その辺は抜かりありません」
挨拶より先に、ヘリオスが皿をルシアから受け取っている。
いい天気だからとテラスで休憩していたのだが、ルシアの気配をまったく感じなかった。
コリンも気配には敏感なつもりなのだけれども。
「あなたたちが、ここで休憩してると聞いたから、焼き立てのタルトをどうかと思って」
「ありがとうございます。…チェリーのタルトですね、俺これ好きなんですよ。ヘリオスもだよな?」
「ああ。…ルシア様、ありがとうございます」
「それはよかった」
ふふ、と笑うルシアは随分雰囲気が変わったと思う。
王宮では執務中のルシアしか見たことがなかったが、いつも張りつめた空気を纏っていて、どこか陰があった。
膨大な仕事に追われ、失敗は許されない中、完璧な笑みを浮かべながら職務を全うしていたのは、心から尊敬すべき姿ではあった。
その一方で、いつか壊れてしまうのではないかという、薄氷の上を歩いているような緊張感も感じていた。
「私もご一緒していいかしら?」
「大歓迎ですよ、な、ヘリオス」
「もちろんです」
「ありがとう、2人とも」
今は、哀し気な陰もなく。
緊張の糸は切れたように、緩やかに、穏やかな表情をされている。
嬉しそうなヘリオスも、完璧な、対外的な笑みではないルシアも、王宮では見ることのなかった顔だ。
この2人が、もうあんな顔をしなくてもいいように。
「ところで、何の話をしていたの?」
「っ! ええとその…そうですね」
「あら? 私には言えないこと?」
「そういうわけでも、ないのですが…」
しどろもどろなヘリオスに、ぷぷっと吹き出す。
冷徹冷静とか冷たいイメージしかない奴には、唖然とする光景だろうな。
主席補佐官としてのヘリオスの評判を聞いたときは、爆笑したものだ。
「ここに来られて、ルシア様のお傍にいられて幸せだなーって言ってたんですよ」
な、ヘリオス。
同意を求めると、僅かに頬を染めた元同僚が頷く。
それを聞いたルシアが目を瞠ると、ゆっくり花開くように微笑んで。
「…私も、ヘリオスやコリンがいてくれて、嬉しいわ。──…こういうのが、幸せっていうのかしら」
幸せを考えたことがないと言った、美しいひと。
コリンは個人的な感情を持っていないけれど、敬愛するひとが幸せであるのなら、これほど嬉しいことはない。
だから、ヘリオスは早く告白して、2人で幸せになるところを見せてくれ。
ヘリオスが王宮を辞すると決めたとき、コリンもついていこうと思ったのは、それが理由だったから。
大事な親友と、敬愛する女性が幸せになるところを、見届けるために。
もし妃殿下が他の誰かを選んだとしても、ヘリオスは祝福できるだろうし。大切に想うひとが幸せであるなら、身を引ける奴だ。
俺としては、2人が一緒になってくれたら嬉しいけど。
ヘリオスと妃殿下が結婚したら、俺も相手探すかなー。
穏やかに過ぎる昼下がり、そんなことをコリンは思った。
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