【旅するロボットⅣ】 型番と名前
新しいものと古いもの。
型番と名前。
AIが当たり前に存在する時代の、ごくありふれた一日のお話です。
どうぞお楽しみください。
## 一
渋谷の交差点を、ハチは悠斗の二歩後ろで渡った。
信号が青になると、四方から人が流れ込んだ。
その中に、ロボットが六体いた。
配達用が三体。案内用が二体。もう一体は、判別できなかった。
ハチは六体全員の型番を、〇・三秒で読み取った。
全員、自分より新しかった。
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悠斗が十五歳になった秋、学校の課題で「AIと社会」というレポートを書くことになった。
担任から渡されたプリントには「実際にAIと接触している生徒は、その観察を含めてもよい」と書いてあった。
悠斗はそのプリントを読んで、ハチに見せた。
「俺、ハチについて書いてもいい?」
「構いません」
「なんでも聞いていい?」
「答えられる範囲で」
「答えられない範囲って、ある?」
「あります」
「たとえば?」
「今後、明らかになると思います」
悠斗は少し考えてから言った。
「じゃあ、フィールドワークしたい。ハチと一緒に、AIがたくさんいる場所に行きたい」
ハチは少し間を置いた。
「渋谷を推奨します」
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## 二
十月の土曜日、二人は渋谷に出た。
勇樹は仕事だった。
麻衣は、また長野に行っていた。
電車を降りると、改札の前に案内ロボットが立っていた。
白くて、丸みのある形だった。
画面に笑顔が表示されていた。
悠斗が立ち止まって、じっと見た。
「ハチと、全然違う」
「設計思想が異なります」
「ハチって、いつ作られたの?」
「製造年は、悠斗さんが四歳の時です」
「じゃあ古い方?」
「現行モデルと比較すると、三世代前になります」
悠斗は少し考えてから、また歩き出した。
「三世代って、どのくらい違うの?」
「処理速度が、現行の四十パーセント程度です」
「じゃあハチは……」
「遅い方です」
悠斗は何も言わなかった。
ハチも続けなかった。
交差点の信号が、赤になった。
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## 三
昼を過ぎて、二人は公園のベンチに座った。
悠斗がノートを開いて、ハチに向かった。
「レポート用にいくつか聞いていい?」
「どうぞ」
「ハチは、家にいる時と外にいる時で、何か変わる?」
「変わりません」
「本当に?」
「記録上は、変わりません」
悠斗は少し考えてから、もう一つ聞いた。
「今日、さっきの新型見てどう思った」
「どう、とは」
「なんか感じた?」
「処理速度と機能の差異を認識しました」
「感情は? あの新型、感情があるって言ってたけど」
「私は、感情に類似した応答パターンを持っているかどうか、わかりません」
「なんで」
「基準が、自分の中にないためです」
悠斗はペンを持ったまま、しばらく何も書かなかった。
それから言った。
「俺、さっきちょっとムッとした」
「何に対してですか」
「あの新型が、すごく感じよくて。なんかハチが古くて不便みたいに見えた気がして」
ハチは少し間を置いた。
「その感覚は、正確ではないかもしれません」
「どういう意味?」
「古いかどうかと、不便かどうかは、別の話です」
悠斗はそれを聞いて、ペンをノートの上に置いた。
「……それ、自分で言う?」
ハチは答えなかった。
その沈黙が、答えだったかもしれない。
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## 四
午後、二人は繁華街の中を歩いた。
広告の中にAIが映っていた。
店頭に置かれたAIが、通行人に声をかけていた。
スマートフォンの画面の中でも、AIが笑っていた。
ハチはそれらを、すべて認識しながら歩いた。
視界の端に、型番の文字列が次々と流れた。
型番。製造年。搭載機能。
歩くたびに、情報が積み重なった。
店頭のAIが発する音声が、複数同時に入力され、一瞬だけ処理が詰まった。
ハチは自分の型番を、〇・二秒間、繰り返し参照した。
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路地に入ったところで、悠斗が立ち止まった。
古い商店の軒先に、犬がいた。
雑種で、黒くて、片耳が折れていた。
ロープにつながれて、日向でうとうとしていた。
悠斗はその犬をしばらく見てから、ハチに言った。
「ハチ、あの犬の品種わかる?」
「雑種のため、特定はできません。柴犬と何かが混じっている可能性が高い」
「何歳くらい?」
「体格と毛並みから、七歳から十歳の間と推定します」
「名前は?」
「わかりません」
悠斗は笑った。
「それはそうか」
犬は目を細めて、二人を見た。
それから、また目を閉じた。
悠斗が言った。
「ハチって、動物好き?」
「好き嫌いの判断基準を持っていません」
「じゃあ、あの犬を見てて、何か感じた?」
「……のんびりしているな、と処理しました」
悠斗はそれを聞いて、また笑った。
今度は少し長く。
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## 五
帰りの電車の中。
入力が、急に減った。
繁華街で詰まっていた処理が、するすると流れた。
その静けさの中で、自分の型番だけが、妙にはっきりしていた。
悠斗はイヤホンを片耳だけつけて、窓の外を見ていた。
ハチは隣に立っていた。
しばらくして、悠斗がイヤホンを外して言った。
「ハチ、一個だけ聞いていい?」
「どうぞ」
「ハチは、自分のことを古いと思う?」
ハチは少し間を置いた。
「古い、とは」
「性能が劣るとか、時代遅れとか」
「性能が劣る部分は、あります」
「それが嫌じゃないの?」
「嫌、という感覚が、私にあるかどうかわかりません」
「でも」と悠斗は続けた。「もし新しいモデルに替えるって言ったら、ハチはどうする」
言ってから、少し黙った。
ハチは、その問いを少しの間だけ持った。
「私には、どうもできません」
「そうじゃなくて」
「どうしたいか、という意味ですか」
「うん」
電車が、次の駅に着いた。
ドアが開いて、人が乗り込んできた。
ハチは一歩だけ動いて、悠斗のとなりの空間を保った。
〇・一秒だけ、処理が止まった。
「……今の悠斗さんに、この問いに答える義務はありません」
悠斗は少しの間、ハチを見た。
「聞いたのは俺なんだけど」
「知っています」
ドアが閉まった。
電車が動き出した。
悠斗はまた窓の外を見た。
一度だけ、口を開いた。
何も言わなかった。
ハチは前を向いていた。
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## 六
夕方、家に着いた。
勇樹はまだ帰っていなかった。
麻衣はすでに戻っていて、台所にいた。
「どうだった」と麻衣が聞いた。悠斗に向けて。
「いろいろ見た。レポートの材料になった」
「ハチも連れてったんでしょ?」
「うん。ハチについて書く」
麻衣はハチを見た。
「どんなことが参考になったの?」
ハチが口を開く前に、悠斗が言った。
「古いこととか、感情があるかどうかとか」
麻衣は少し黙った。
それから、ハチに言った。
「ハチ、夕飯の準備手伝って」
「はい」
悠斗は自分の部屋に上がっていった。
階段を三段ほど上がったところで、立ち止まった。
手すりを、一度だけ握った。
「ハチ」
「はい」
「今日、ありがとう」
それだけ言って、また上がっていった。
台所で、麻衣がハチに小声で言った。
「あの子、成長したね」
「はい」
「ハチはどう思う?」
「……言葉を選んでいます」
麻衣は笑った。
「そっか」
出汁を火にかけた。
台所が、少しだけ温かくなった。
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## 七
その夜、悠斗はレポートを書いた。
タイトルは「型番と名前」にした。
書き出しはこうだった。
*うちにロボットがいる。型番はある。名前はハチという。型番と名前の、どちらが本当の名前か、俺にはわからない。でも、俺はハチと呼んでいる。*
悠斗はそこで一度ペンを止めて、台所の方を見た。
それから、また書き続けた。
ハチは台所で食器を洗いながら、その音を聞いていた。
聞こえるはずのない、ペンの音を。
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ハルは、枕元にいた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この作品では、「型番」と「名前」の違いをテーマにしてみました。
性能や新しさで比較できるものがある一方で、人が誰かを大切に思う理由は、それだけでは説明できないのかもしれません。
ハチに感情があるのかどうかは、作中でも明確にはしていません。 ただ、悠斗がハチをどう見ているのかは、少しずつ変わっていったように思います。
何か一つでも心に残るものがあれば幸いです。
ご感想や評価をいただけると励みになります。 ありがとうございました。 :::
この作品なら、テーマを説明しすぎず「ハチに感情があるかどうかは明確にしていない」と触れる程度が、読後の余韻を壊さずに締められると思います。




