9話 種の思い(保真麗)
11話 種の思い
先週から降り続いていた雨はようやく降り止み、雲の間から太陽が顔を出している。日差しが照ると暑くて私はあまり好きじゃないため、夏自体は嫌いだ。だから私は夏になるといろんな活動にやる気というものが削がれてくる。今日の部活も早く終わらないかなぁなんて思いながら2時間を過ごした。
「保真麗ちゃん、香織ちゃん。田崎先生があなた達を呼んでいたよ」
「わかりました、ありがとうございます!」
先輩方にとっても私たちにとっても妹キャラ的な立ち位置で確立している桜田先輩が私に知らせてくれた。桜田先輩は私よりも背が少しだけ高いけれど、多分同学年か年下と見間違えてもおかしくない見た目をしている。そんな桜田先輩でも中身は真面目で優しい方である。私とは違うなぁ……そう思った。
部室でくつろいでいた香織ちゃんを誘って田崎先生のところへと急いだ。田崎先生とはアイドル部の顧問の女の先生で結構穏やかな性格の人だ。先生は見た目は美人なのだけれど内気な性格のせいでまだ独身で彼氏もいないとのこと。(本人談)
「失礼します」
二人で入っていくとマウスを持ち,パソコンの画面をじっと見つめている田崎先生がいた。私たちに気づくと笑顔でこちらを向き「どうぞ」と一言。
「二人を呼び出したのはねこの前のオーディションのことなの」
オーディションのA4サイズポスターを私達の前に置いて話し始めた。
「この前のオーディションの結果を見て、あなた達二人に芸能事務所からのオファーが来たの」
「オファーですか⁉︎」
あまりの嬉しさについ声が出てしまったけれど、香織ちゃんも先生も私の方を見て微笑んでくれた。やっと私にも芸能界デビューの日が来たとは……。今思えば、あんな事から全て始まったんだな……。
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小学校の頃の私は実質的なYouTuberだった。小学校5、6年になってYouTuberになった。それまでは絵本とかを読むのがとても好きだった。
学校が終わり家に帰るとマイクに向かって自分の音声を録音して、お母さんから教えてもらった方法で私はYouTubeにそれをアップする。 YouTubeに動画をアップすると三日経つと再生回数は1万くらいは超えていた。チャンネル登録者数も十万人くらいはいた。
小学校では、私がYouTuberであることは決して誰にもバレなかったけれどそっちの方が良かった。私の投稿している内容なんて知られてしまったらネタにされてしまうことくらい当時の私でもわかっていたため、学校の人には秘密にしていたし、少しでもバレないために友達なんてほとんど作らなかった。そのおかげでリア友よりネッ友の方が遥かに多かった。当時の私はそのことを少し誇らしく思っていたから余計、リアルでこれ以上友達を作る気なんて無かった。(覚えているのは当時から伶良とは本当に仲が良かったことくらい)
そんな残念な道を歩んでいた少女であった私はYouTubeでは歌を歌って投稿していた。歌が上手いとネットでは評判になり、チャンネル登録者数が増えて再生回数も増えていった。だから私はネットのアイドルになることが将来の目標だった。(当時の私は今で言うVtuberでアイドルになることを目指していた)
夜にネットサーフィンをしていたある日、私はあるアイドルグループのmvを発見した。同じアイドルであっても三次元と二次元では、違うから参考にはあまりならないだろうと思いつつも、動画を再生した。
それからだと思う。私が三次元のアイドルになりたいと思っていたのは。いつか私もあーなりたい、そう言う思いを胸に私は自分の人気が高まっている中でYouTubeをやめてまで三次元のアイドルになる事に熱を入れた。
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芸能事務所との打ち合わせ当日。その日は見事なまでに晴れていて暑いくらいあった。夏服の制服は着ていたけれど下着が汗ですぐに濡れてイヤになる。田崎先生と香織ちゃんと着いたのは街の中心部にある高層ビルだ。私の実家は緑に囲まれた田舎の中にあるため、灰色や黒などのコンクリートに囲まれた都会にはここに来て二、三ヶ月経つものの未だに慣れはしない。
「ここだよね?」
割と新しいビルの8階に事務所はあった。私達は事務所のオフィスのドアを開ける。
「失礼します」
「蒼原保真麗ちゃんと上林香織ちゃんね?よろしく」
私達三人(田崎先生含める)を待っていたのは四十代くらいの厳しそうなおばさんだった。目付きが少しキツく、金縁のメガネがより一層雰囲気を出している。
「よろしくお願いします」
香織ちゃんと私はおばさんに案内されるままに会議室へとつれて行かれた。今日は早速ではあるが、私達のCDデビューについての会議があってそれに私達は出席することになっている。(この間、田崎先生は学校に用事があり挨拶程度のことをして帰っていった。)会議室には何人もの人達がいた。ざっと三十、四十人くらいはいた。少し緊張して香織ちゃんをみたけれど香織ちゃんは私よりもガチガチに緊張していてどこかぎこちない動きであった。緊張のあまり冷や汗をかいてしまい冷房のせいで部屋自体が寒く感じられた。
「二人とも,そこに座って。では会議を始めたいと思います」
「疲れたね、保真麗」
「ヘトヘトだねー」
会議だけで二時間くらい座りっぱなし、その後はCDデビューについての話がまた二時間くらい、それで私達が事務所を出た頃にはもう夕方になっていた。いくら夏至が近いとはいえど、18時30分くらいにでもなれば太陽は西の方向へと沈みかけるはず。昼に比べては暑さは減っていたけれどまだ暑い。夕方の街の中心は仕事帰りや学校帰りの人などで混んでいて歩きづらいこと極まりなし。人と密になり余計に暑く感じた。
無事に寮に帰り着けたけれど身体の方は疲れていたらしく、ベッドに倒れ込んだ瞬間に疲れが一気にどっと出る。
「明日から練習だね」
「ハードだねスケジュールが……」
会議の時にスタッフさんから配られた工程表をみたけれど、週に3回夜までスタジオへと通わなければいけないらしい。
「こんなん、私にこなせるのかな……?」
「サビの直前!保真麗ちゃんが少し早かったかな、もう一回お願いしまーす」
「すみません、もう一回お願いします!」
仕事が始まって一週間が経つけれど、流石はプロのスタッフさん達だなー思う場面に多々遭遇する。部活の先輩達もすごいけれど、スタッフさん達は個人個人を正確にみていて、どこを改善するべきなのかを的確にアドバイスしてくれる。
疲れているから笑顔は崩したくなるけれど、スタッフさん達が懸命に私達のCDデビューを成功させようとしているのが伝わってくるから私は笑顔を作らなければいけない。
一方の香織ちゃんは何故だか常に笑顔である。絶対に疲れているはずなのに彼女は自然な笑顔を作れている。作れている?きっとあれが自然体なんだろうなぁ、羨ましい……。彼女みたいにどこか明るさを常に秘めている人間になれたらいいのになぁ、最近はそう思う。
「保真麗ちゃん?どーしたの?悩み事でもあるの?表情が固いけれど……」
「え?いや、……そーでしたか?」
新人の女性スタッフの水間さんが私にそっと話しかけてきてくれた。他の人から見たら私って笑顔一つ作れてないんだ……、アイドルにはなれないんだ…。香織ちゃんみたいに振る舞えない私はどうすればいいの?
「私はどうすればいいの……?」
「落ち着かなければ答えは見つからないよ?」
そういうと水間さんはそっと私の右手を彼女の温かい両手で包み込んでくれた。気がつけば私は悔しさと悩みで右手を強く握りすぎていた。そんな右手が心の温かさと手の温かさでだんだんと力が抜けていく。
「彼女はきっと、何か人生における相当な苦労をしてきたと思うんだ」
水間さんは私に直接アドバイスをしてきたわけではなく、何故か香織ちゃんについて触れ出した。
「え?」
「あの笑顔、疲れていてもここまで自然に笑顔でいるには仕事を楽しむことと、相当な根性が必要だと思うの。今の香織ちゃんは両方を難なくこなすことが出来ている。保真麗ちゃんは仕事を楽しいと思えてる?」
「それは……」
仕事があることは嬉しいけれど最近は身体が追いついておらず、休みたいなと思う日々が続いていた。仕事を楽しむよりも前に苦痛に思ってすらいた。
「私はこの仕事を楽しいと思うな」
水間さんは窓の外の景色を眺めながらボソッと呟いた。外の景色を見つめたまま水間さんは続ける。
「成長がさ見れるんだ。この仕事、今回が初めてだけど二人の成長が見ることができて楽しいよ?」
私の方を向くことは無かったけれど水間さんは笑顔だった。横顔から私のこの荒廃している心をそっと包んでくれる優しさが伝わってくる。
水間さんは成長していると言っているが私はまだこんなにも幼い心で何も成長なんて出来ていない。
「私なんて全く……」
水間さんは私の方を向いて笑顔で答える。
「あなたは成長しているよ?これからはもっと成長する。まだあなたはアイドルの種かもね、だけどいつかは必ず花になれる!だからね自分には自信を持って欲しいかな?」
いつかは必ず花になれる………か。私が本当にそうなれるのかなんて今の私にはわからないしきっとまだ分からなくていいことなんだ。だけど私はこれから自信を持って行動をできるようになれるんじゃないかな、そうすればいつか仕事は楽しくなるのかな?水間さんから目を離して窓の外を眺めながら呟く。
「私は自信が持てるようになれたかな?」
自分に問いかけた言葉だから他人様から返事が返ってくるはずは無かったけれど、どこか私は心が安心感で満たされていた。
街中のビル群に沈んでいく夕日をもう少しだけ見れていたらなと思った。
「CDデビューおめでとー!」
そう言って楓ちゃんが、CDとラジカセを持って私と香織ちゃんの部屋に入ってきた。そのCDのジャケットには私と香織ちゃんが並んで写っていた。
「ありがとー!」
「さ、早く流そ、せっかく買ってきたんだし!」
楓ちゃんは持ってきたラジカセを部屋の床に置いて、コードなどを並べて準備をし始めた。
私は水間さんと話してから勇気が出て、そこから調子が良くなって最高の状態でCDデビューを果たすことができた。まだデビューは夢のようだけれど、これは現実だ。準備ができてCDが流れ始めたときにそれを感じた。聴き慣れた曲、少しずつ上手くなっていく時の達成感がたまらなかった思い出もあれば疲れて辛かった思い出もある。だけどこの曲は最終的にはいい思い出だ。そう感じるのも水間さん、周りのスタッフさん、最後まで私と一緒に頑張ってくれた香織ちゃんのお陰。
「多くの人に支えられていたんだなぁ…」
私が、つい先週までのことを振り返りながら呟いたら、香織ちゃんが少し目を細めて、俯いて顔を赤らめて話し始めた。
「私にとっての一番は保真麗のおかげだよ?私さ、保真麗とさいると安心するんだ。保真麗の優しい雰囲気っていうか、癒されるっていうかで、不安な時も安心できたんだ。あなたの隣にいるだけで……ありがと、保真麗……」
香織ちゃんが真っ赤になって、たまにチラッと私の方を見ながら言った。最後の方は音楽によってほぼ聴こえなかったけれど、今回の相方に感謝されてすごく嬉しかった。
「私もだよ、香織ちゃんのいたおかげ!ありがとね」
香織ちゃんは俯いたままコクッと頷いただけで顔はまだ真っ赤なままだった。香織ちゃんがなぜここまで頬を紅らめているのかの本当の理由はわからなかったけれど、少しだけわかる気がする。感謝の気持ちを伝えた時、私も少しだけ恥ずかしかった。
先週までは一緒に笑ったり、喜んだり、時には空気が悪くなったりすることもあったけれど、香織ちゃんは私と歩んでくれた。私が困った時は相談に乗ったり、励ましてくれた。だから私は彼女と一緒に居て、彼女がとても眩しく見えた。
普通の友達のはずなのに香織ちゃんに対しては何故か特別な憧れの念を持ったりする時がある。きっと何か特別な何かがあるんだろうな香織ちゃんには……。
気がつけば曲は最終場面に差し掛かっていた。
あと少しで終わるな、この曲……。
保真麗編スタート
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