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10話 逢えない私(保真麗)

10話  逢えない私 (保真麗)


 消灯後、時間は夜の3時。今日はなかなか眠れない。普段はスマホの写真を見ていれば心が落ち着いて眠る事が、眠ることが出来なかったため、私は体を起こして布団から出た。電気の消えて暗い寮の廊下を他の人を起こさないよう、音を立てずにゆっくりと歩いて洗面所へと向かった。

 ポツポツと水道の蛇口から水が滴っている。キュッと蛇口を捻って完全に水の滴るのを止める。そして何も音のしない中、月明かりで少しだけ明るい水道のところへと歩んで鏡を見る。

 当然のことだがそこには私しかいない。前髪パッツン、目が少しだけ大きく、肩までのショートのふわりとした髪型。月明かりで充分に情報がわかる。自分で言うのはあれだが可愛い。

 手を伸ばしても反対側の自分には触れることは出来ずに、指先は鏡しか触れることができない。こんなに近くに居るのに触れることすら出来ないなんて……。

 「あなたのことが好きなのに……」



 「これからよろしくね、楓ちゃん!」

 「うん、よろ!」

 この桜咲学園も夏休み前になったので、寮では部屋替えが始まった。誰と同じ部屋になるか迷っていたけれど、楓ちゃんが同じ部屋になろうと誘って来てくれたので楓ちゃんと同じ部屋になることにした。

 寮に持って来た荷物が多すぎて部屋移動が大変だと思っていたけれど、香織ちゃんと楓ちゃんが手伝ってくれて、時間をたくさん消費することなく部屋移動が終わった。

 「今日はありがと!」

 「いえいえー、これからも何かあったらジャンジャン頼っていいからね!」

 楓ちゃんは笑顔で親指を立てて言った。楓ちゃんの笑顔は確かに可愛い。男子からも好評価(高評価)があるのでは?と思うけれど、そんな噂はあまり聞いたことがない。

 でも、やっぱりさ、私の一番は保真麗ただ一人なんだよね……。



 今日も久しぶりに眠れない日だ。布団に潜り込んでスマホで私の写真を見ながら寝るつもりだったけれど今日もうまく眠れない。布団の中が暑くてゴソゴソと動いていて涼しい空気を入れて涼もうとするけれど、楓ちゃんを起こさないように注意もしなければいけない。起こしたら楓ちゃんの迷惑になりそうで申し訳ない。

 「今日も眠れないなぁ、洗面所行くか……」

 スマホの私の写真を見れば大概、眠れるけれどどうしても眠れない時は、鏡越しに本物の私を見つめて一方的に話しかけ、安心して帰ってくる。厚い布団を蹴脱ごうとしたその時、ガバッと誰かが私の布団をめくり上げた。

 「きゃっ⁉︎」

 「シーーーッ!」

 予想外のことに驚いて少しだけ声が出てしまう。誰が開けたのかよく見たらそこには私の上に四つん這いになっている楓ちゃんがいた。

 「何してんの?……何見てたの?見して」

 不思議そうに私の顔を見ながら私のスマホを取り、スマホの画面と私を交互に見つめ出した。

 「あなたの写真……だよね、これ……?」

 「………」

 「自分のことが気に入ってるの?」

 一番他人にはバレたくないことがバレてしまった。楓ちゃんには私の好きな人が自分であることがバレてしまっただろう。

 はっきりと言って絶望でしかない。今まで私はこれを誰にもバレないように突き通してきたのに、ここに来て拡散なんかされてはお先真っ暗である。だからこれ以上拡散されないように私は抱きつかれたままの状態で楓ちゃんにお願いをした。

 「楓ちゃんの言うこと何でも聞くからさ、その事は内緒にしてほしいの、お願い!」

 それから私は楓ちゃんの表情から様子をうかがいつつ、全てのことを打ち明け始めた。

 最後の方は呆れたのかポカーンと口を開けたまま私の顔を見つめていた楓ちゃんだったけれど、自我を取り戻したのか顔を紅くして、「そうなんだ……」とだけ呟いた。楓ちゃんはそれだけ言って私から視線を逸らした。私が全てを打ち明けている時も(最初の方)楓ちゃんはどこか引き気味に私の方を見ていて、無理して笑顔を作っていることが私にはわかった。

 「引いた…よね?」

 「………」

 「ごめん、こんな話聞きたくなかったよね?無理に聞かせてしまって……」

 楓ちゃんは俯いたままなにも言わずに沈黙を貫き通しているだけだった。私としてもこのことを話したのを少し後悔している。せっかくの友達がいなくなるんだ……、私って何も出来ないじゃん……。今、あなた(保真麗)を抱きしめる事が出来るなら、私はこんなに苦しくないのに……。

 気がつけば月は暗い雲に隠れて見えなくなってしまい、少し離れた所にいる楓ちゃんの表情がよく見えない。部屋の空気が重い、ここの部屋だけ気温が高くなっているのではないかと思うくらいここにいるだけで息が苦しくなるのを感じる。

 「いいと思う。保真麗のそういうところ」

 楓ちゃんはこっちを見らずにそっと呟いた。人が何かに怯えた時の声によく似ている、楓ちゃんの声が少しだけ震えているのがわかった。

 「ごめんね、私さなんて反応すれば良いか分からない……邪魔してごめん、私寝る…」

 そう言って楓ちゃんは自分の布団にすっぽりと全身を入れてから、少しの間に寝てしまった。



 それから私は部屋の中でも楓ちゃんと長く話す事は無くなった。楓ちゃんが私を元気付けようと積極的に話しかけようとしてくれるけれど、私はその純粋な気持ちに何も応える事が出来なかった。




 あの日から何日経っただろうか、あの日以来楓ちゃんとまともに話す事ができなくなってしまっていた。部活でも寮の部屋でも話す事ができずに、気まづい雰囲気の中生活をしていた。

 しかし、ある週末のことだった。

 「保真麗、今から街に遊びに行かない?」

 私が朝食を摂って食堂から帰ってきたら、楓ちゃんが私を遊びに誘ってくれた。最初は行くか迷ったけれど、ここで仲を回復するしかないと思いYesを選んだ。私が、普段着る私服で遊びに行こうとする一方、楓ちゃんは紺とピンクが基調の帽子をかぶり、肩出しの黒いワンピを着て、白いハイソックスでバチっとコーデを決めて来た。  

 「その服、楓ちゃんに似合ってる!」

 「え?嬉しい!ありがとー!」

 いつまでも楓ちゃんに手を差し伸べられてもらうだけじゃダメなんだとはわかっていた。だから今日こそは全力で、自力で元の関係まで戻れるように成れたら……そう願った。

 街中は想像を絶するほどに暑かった。周りは全てがコンクリートに囲まれていて、反射の熱で暑いのと、車の通りが多く、うるさくて余計に暑さが増していると感じてしまう。私は暑くて思わずシャツをパタパタさせてしまうけれど、楓ちゃんは暑くないのかそんな素振りを見せることはなく、とても涼しげだった。

 「さ、今日はたっくさん遊びに行こ!」




 それから私たちはカフェに行き、本屋に行き、カラオケに行き……と遊びに遊んだ。その時は普通の友達として話すことができていた。遊び終え気がつけば少しだけ日が西の方にあり、少し空の水色が薄くなっていた。

 「保真麗、今日さ、とっても楽しかったね」

 「楽しかったよ!遊びに誘ってくれてありがとね!」

 平然を振る舞うのはきついけれどそうしないと楓ちゃんが離れていってしまうとわかっていた。今の楓ちゃんはあの時と違い、純粋な笑顔で私に話しかけてくれる。そんな笑顔を見るたびに私は気が苦しくなる。香織ちゃんの眩しい笑顔、楓ちゃんの偽りの無い笑顔、どれも私には無いから羨ましいと思うと同時に自分に対して惨めさまで感じる。私が好きな保真麗はそんな素敵な笑顔を作ってくれない、作れないことくらいわかるのに鏡の前に立つと期待してしまう、保真麗にもそんな笑顔が作れると。

 好きで好きでたまらないはずなのに、どうしてかここ最近は嫌気すらさしている。本当は好きで逢いたくて、毎日鏡の中の保真麗に触れようとするのに……それでも何故か嫌になるここ最近は。

 「保真麗……?体調悪いの……?」

 楓ちゃんが私の前に来て膝を曲げ私と目線を合わせて、左手でそっと私の額に触れた。少しばかり汗をかいてしまっているから恥ずかしくてあまり触らせたくは無かったけど、そんな楓ちゃんの気遣いが素直に嬉しかった。

 「大丈夫だよ、ちょっと暑くてね」

 「そう……?それなら良いけれど……」

 楓ちゃんは私が嘘をついていることを見透かしているのか、何か不満だった。今、私は本当に心が苦しい。

 楓ちゃんは良い子だ、本当に良い子だ。    

 いつでも真っ直ぐでウジウジなんてしておらず、ハッキリと本音を口に出せる人だ。また、人の表情から感情を読み取れているのでは無いかと聞きたくなるくらい、人の心に寄り添える優しい心の持ち主でもある。そんな楓ちゃんに私はあの日から何日経っても心が開けていなかった。楓ちゃんは本当に優しいからそんな私をいつまでも見捨てずに話しかけてくれた。

 でも、私にはそんな楓ちゃんはメンタルがあまり強く無いらしいということがわかっていた。この前、私が部屋に入ろうとした時に楓ちゃんが啜り泣きする声が聞こえた。

 「私があの日あんな態度を取ったから、保真麗が離れていってしまったんだ……私って本当にバカ……」

 今の私にはあの時のこの台詞は多分忘れることができない。彼女は開きっぱなしの部屋の中で一人泣いていた。暫く私はその場に立ち尽くしてその様子を見ていた。本当に心が苦しかった。胃の中から何かが出てきそうなくらいに気分が重くなった。立ち尽くしていた私に気づいた楓ちゃんは目を擦りながら、「お帰り、保真麗。私さ、小説読んでいたら泣いてしまっていたの。良い話だったんだよー」と、言った。そんな時にまで強がって、自分の気持ちを押し殺してまで私を心配させまいとしてくれていた。そんな優しさが私にはあっただろうか。その優しさに対する私の楓ちゃんに対する優しさとはあったのだろうか。

 「ごめんなさい、楓ちゃん……」

 気がつけば私はその場に止まってその感情を口に出してしまっていた。当然、隣の楓ちゃんにも聞こえていたはずだ。

 「保真麗がなんか……したっけ……?」

 私は楓ちゃんを見上げたけれど、楓ちゃんの笑顔は偽りに染まっていた笑顔だった。私は、なんてクズ人間なんだ、少しアイドルデビューしたからって浮かれて毎日を過ごして肝心な人間性すら成り立っていなかった。楓ちゃんにこんな苦しい思いをさせてしまって、偽りの笑顔まで作らせてしまって。そんな自分が今は完全に嫌いになっていた。

 私の左にあるビルのガラスに映る、憎しみに満ちた保真麗の顔は今までの保真麗の顔とは違っていた。保真麗は全く可愛く無く、魅力的ですら無かった。その時に私は感じた。もう保真麗のことは嫌いなんだって、あれだけ願っていたのに今は全く逢いたくて無い。逢えなくても保真麗が醜い人物であることが伝ってくる。もう、何も愛することなんて出来ないんだ、私ってなんてバカなんだろうな……。

 「ねぇ、保真麗……、私について来てくれる……?」

 楓ちゃんが、自分を負の感情で責めていた私の手を強引に引っ張って何処かへと連れていった。



 街の駅前にある大きな広場(公園)に連れて行かれた。芝生に楓ちゃんが座ったので私は隣に座ることにした。夕方になって辺りは昼よりもくらくなってはいたが、ビル群の隙間から見える夕日が眩しかった。カップルがイチャイチャしているのやら、親子で街中に遊びに来た家族が仲良く歩いているのが視界に入ってくる。色んなものが視界に入ってくるけれど、私は決して楓ちゃんとは目を合わせようとしなかった。

 「あなたは、今でもあなたのことが好き?」

 楓ちゃんのその言葉に思わず私は彼女を見てしまう。振り向いたと同時に目があってしまった。ここまで来て、視線を逸らすのは酷いと思ったので緊張はするけれど目を合わせたまま楓ちゃんを見つめた。

 「私はもう嫌になったかな……?」

 本当にもう嫌いなんだ、私のことが。他人の気持ちを考えることのできないクズなんて本当に嫌いだ。

 私の言葉を聞いた楓ちゃんは、私の言葉を疑わずに不思議そうな顔をした。

 「なんでなの……?」

 「自分って何も出来ないんだ、他人の気持ちを考えることも出来ないんだって、私は」

 「私ね、ずっと考えていたの。あなたに最も良い道はどれなのかって。本当に大変だったよ?やっぱり自己愛が強すぎるのは良くないのか、やっぱり自己愛なんていくら強くても良いのかって。でも、私ね分かったよどちらが良い道なのか、どっちかわかる?」

 そんなことを言われても私にはわかるわけない。私はもう保真麗なんて愛していない。結局、自分を最後まで愛し続けることなんて出来ずに、いつか恨む対象になり憎む対象になる。だとしたら、きっと答えはただ一つだろう。

 「自己愛は無い方が良い方?」

 「自己愛なんていくらでもあって良いと思う、いくら自分のことが嫌になろうとも」

 どうやら、私と楓ちゃんには考え方に大きな差があったようで、考えた人と今即答した人とでは意見は変わってくるのであろう。ただし私にも気になることはあり、自分のことが嫌いになれば愛することなんて出来ないだろう普通は、という風に思った。楓ちゃんは言い間違えたわけでは無いらしく、真剣な表情で私を見つめて続ける。

 「あなたがここまで歩んでこれたのはあなたの中の保真麗がいたからでしょ?私ね、本当は前から知っていたよ、あなたが自己愛が過度すぎることなんて。だからこそこの道をあなたに歩ませたいの」

 私はあの時から知られていたと思っていたけれどそれ以前から知っていたらしい。そう考えると少し怖くもあり恥ずかしくもあった。

 「初めて現場を見たときは引いてしまったけれど、あの後もちょくちょく色んなところで現場を見ていたんだよね。それを見るたびに私は鏡の中の保真麗にずっと感謝していた。リアルの保真麗を支えていたのは間違いなく鏡の中の保真麗だったから」

 私は、あの日以来も鏡の中の私に話しかけていた。どうすれば良いのか真剣に考えて、それでもわからなかったから、返事なんか返ってこないと知りながらも鏡の中の保真麗に話しかけていた。彼女こそ心の不安を取り除いてくれる唯一のものだったから。

 「だから、あなたは鏡の中の保真麗をずっと愛してもいいと思う。別にいいと思うんだ、そんな保真麗であっても。それによって周りがどう反応するかは私でも予想はつかない。だけど、自分の素直な気持ちに従えばいいと思うよ?」

 今までの日々が頭の中に流れてくる。     

 YouTubeを始めた時、コメ欄が荒らされた時も私を見ればそんな気持ち吹っ飛んでいた。CDデビューをする時、練習で詰まったことがあり心が苦しくなった時に私に本音を話せばなんだかそれだけで気持ちが軽くなった。本当は私は私のことが好きなんだ。暗い気持ちの行き場を無くした時に、どうすればいいかわからずに私にとっての完璧な保真麗にその責任をなすりつけていた。でも、保真麗の暗い部分があったことくらい知っている。ただ、好きなためにそんなことを無理矢理にでも忘れていただけだったんだ。

 「やっぱり私は私のことが好きなんだね……?」

 「そうだと思ったよ、少し寂しいけれど保真麗の好きな人には敵わないや……私はあなたがどんなあなたであっても、必ずあなたに寄り添ってあげるからね」

 楓ちゃんは本当に優しい人だった。他から見てどうであっても私の意見を最後まで尊重してくれた。そして、最後の言葉に聞き覚えがある気がした。

 いつか、私が伶良に川で言った台詞に近いところがあった。情けは人のためならずね、いつかこうして返ってくるんだ。

 「ありがとう、楓ちゃん!少し心を落ち着かせて私について考えることができそうだよ」

 「それなら誘ってよかったよ。私の本音も言えることが出来たし!」

 その楓ちゃんの作った笑顔はまたいつもの晴れた偽りの無い笑顔へと戻っていた。私の本音……?楓ちゃんの本音が何かはわからなかったけれど私は楓ちゃんが満足ならそれで良かったと思った。

 いつか私は鏡の中の保真麗を、私自身のことをしっかりと見つめ直すことが出来る日が来るかもしれない。そうして、好きな感情が薄れたらそれで終わりだと確信している。それまでの間はずっと好きでいたいな,と感じた。

簡単に解説します(本文見た後の方が良いかもです、ネタバラシになってしまうので)


実は保真麗は自分のことが好きで仕方がないんです、異常な自己愛の強さの持ち主なんです。

そんな保真麗が最近の周りの環境によって、鏡の中の保真麗(現実世界での自分)に疑問を抱いてしまいます。

それでも最終的には楓の言葉によって自分を改めて見つめ直すという構造にしたつもりです。


次回もよろしくお願いします

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