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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第十二話「コウジマチサトルは解決を望む」
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10・憂いとの前哨戦

 見慣れぬ黒い物体に、灰色の毛並みのシャムジャの男が警戒したように問う。


「何をする気だ?」


 サトルはシャムジャの男には答えず、石畳の敷かれた地面にしゃがみ込むと、鱗を置き一緒に取り出したジンジャライトを鱗にあてがった。


「勿体ないとは思うけどな、証明されたのだからここでやらない方が損だろう」


 サトルがジンジャライトを砕く勢いで、真新しい鎧通しの先端を叩きつけた途端、ジンジャライトはまばゆい光を放ち砕け散った。

 黒い鱗にまで達した鎧通しの潰れた先端は、黒い鱗に不格好にねじ込まれていた。

 そこから罅が広がりさらりと鱗が崩れる。崩れた鱗が不自然に盛り上がり、サトルにはすっかりおなじみの、白いダンジョンの妖精が現れた。


「何だ……その光は」


 シャムジャの男が瞠目する程その妖精が放つ光は強く、これにはサトルも驚かずにはおれなかった。


「他の子とは違うってことか……」


 ルーやマレイン達にはもちろん、ニゲラにもこの白い妖精は強く輝いて見えるらしい。


「……驚いたね、その鱗にも妖精が」


「凄いです、他の子たちよりも格段に光が強い」


「新しい母さん凄いです」


 先ほどのクリスちゃんと同じく、この白く輝くダンジョンの妖精も、もしかしたなら通常のキンちゃんやギンちゃんたちとは違うのかもしれない。


「だからだろうな、ダンジョンの妖精をバラして封じ込めた夜色の竜ってのは、この子たちが怖かったんだ」


 そのサトルの推測を肯定するかのように、キンちゃんやクリスちゃんたちが、フォフォンリリンと鳴いた。


 黒い竜の鱗、それが夜色の竜の物であるのは、どうやら間違いなかったらしい。それが何故ダンジョン内の海の中や、ダンジョンに捕らわれているはずの黒妖精の手にあったのかはわからない。しかし一つ言えることは、どちらもダンジョン内部にあったという事。

 もしかしたなら、外に持ち出されると困る何か理由があったのかもしれない。


 しかし今はそれよりも差し迫ったことがある。

 とりあえずサトルは目の前の新しい妖精に名前を付けることにした。


「……珠の様な光、パールちゃん、って呼んでいいか?」


 パールちゃんと呼ばれ、妖精は嬉しそうにチリリンと鳴いた。


「最近サトルさんの名付け、ちょっとセンス出てきましたよね」


 と、後ろで呟くルーのセリフはあえて無視する方向だ。


「よろしくパールちゃん。手を貸してほしい」


 もう一度パールちゃんはチリリンと鳴いた。




 シャムジャの男はキャットニップという名前だという。

 キャットニップがサトルたちを案内したのは、アーケードを抜けてガランガルダンジョン下町ではあまり見ない様式のタイル装飾が施された家屋群の、さらにその先だった。


 黒椿の先、潮の花の向こうという言葉は見てすぐに分かった。

 日本でも常緑の椿の立木は、ある種の目印として植えられることがある。黒椿は艶やかすぎていっそ黒く見えるほどの濃い緑の椿の大木の防風林。そして潮の花はその根元付近に植えられた淡い紫の花を付けた低木の事だろう。

 近付けばどこかで嗅いだ防虫剤のような匂いがする事から、西洋墓地によくある匂い隠しの効果があるのだと分かった。


 何故キャットニップがハッキリとそこを墓地と呼ばなかったかは、見てもよくわからないが、キャットニップ曰く、死者は死んでいるのではなくダンジョンの傍で眠っているだけなので、墓地と呼んではいけないのだとか。


 低木はサトルの胸ほどの高さで、少し身をかがめながら近づくようキャットニップはサトルたちに指示した。

 言われた通り身を低くし進むと、キャットニップは低木の向こうを指さし、見てみろと言う。


 言われずとも、その向こうからモーモーギャーギャーと声が聞こえてくるので、何が行われているのかは察しがついた。

 覗き込んでみれば案の定、二匹のモーさんが、体中に小さな黒妖精を纏わりつかせ、振り払おうと暴れまわっていた。


 墓石なのだろうか、サトルの身体よりも大きな石がいくつも並べられているその場所で、モーさんたちはあちらこちらの石に体をぶつけながら、必死に黒妖精を振り払おうとしていた。

 一体いつからそうやっていたのか、少なくともキャットニップはここにサトルたちを案内する前から、この状況を知っていたようなので、それ以前と言う事だろう。



「ルー、少し離れて笛を使ってくれ。オリーブやセイボリーたちに、アーケードの傍の墓地にいると伝えて」


「あ、はい、分かりました」


 一応応援が必要になるかもしれないからと、サトルはルーに頼み、ルーはすぐに黒妖精に声が聞こえないだろう範囲まで移動し、通信具を使った。


「小さい個体しかいないよな、よし、クリスちゃん、パールちゃん!」


 助けるなら早いうちにと、サトルは妖精たちを先行させるように飛ばした。


 二匹の妖精はサトルの言葉に応え、それぞれ二匹のモーさんに向かって飛んでいくと、激しく光り黒妖精たちを弾き飛ばした。

 パールちゃんの光はクリスちゃんの光よりは強く黒妖精を弾き飛ばすようだが、やはり二匹とも黒妖精を倒すまでには至らないらしい。それでも、黒妖精たちが散り散りになった今が好機と、サトルは低木の隙間に身をねじ込むようにして墓地に突入した。

 ニゲラもまたサトルの後を追う。


「おおおおおおおおおおりゃあ!」


 気合一閃、ニゲラは握った拳をでたらめに振るい、再びモーさんに群がろうとする黒妖精たちを叩き潰していく。

 ただ殴るだけでは効率が悪いと気が付いたか、途中から地面に叩きつけるように腕を振り始める。


「てい! やあ! とおりゃあ!」


 その際の掛け声の妙に間の抜けた様子から、ニゲラがまだ本気でないことはサトルにもわかった。

 サトルはモーさんの回復を行い、三匹を集合させながらその様子を窺う。

 ニゲラは黒妖精たちが次の行動に出ることを待っているのだろうと、サトルは考えた。

 ならば自分もやれることをしておこうと、回復したモーさんたちに指示を出す。


「モーさん、君の分身を、今呼べるだけ呼んで。それと三人とも一人になってくれるか?」


 モーさんはサトルの指示に従い、モモーっと鳴いて一匹の牛ほどの大きさへと変わった。


 その時は存外早く訪れた。

 モーさんから離れた黒妖精たちが、ニゲラに四分の一ほど叩き潰されたところで、黒妖精たちは一カ所に集合し、つい先ほども見たあのカマキリ顔のモンスターへと変貌した。

 先ほど違うのは、サイズがず分と大きく、体高がそこそこ高い馬、サラブレットくらいはあると言う所か。顔は変わらずカマキリだったが体つきの方が変わったようで、四足で走る事に特化した、まさに馬その物の体つきになっている。

 体高は黒妖精が、身体の幅はモーさんの方があるが、この二匹がぶつかってどちらが勝つかはわからない。


 今までとは比べ物にならないサイズの黒妖精に、サトルはしまったなと臍を噛む。

 モーさんが大きいサイズのモーさんになる事が出来るのは、サトルがガランガル城下町やダンジョン内で、度々モーさんの小さい個体を集めた結果だったのだが、まさかこの黒妖精たちもここまで大きくなるとは思っていなかった。


 初めてこの大型の固体を見たのだろう、キャットニップが潮の花の向こう側で叫ぶ。


「何だあのモンスターは!」


 それはサトル自身が誰かに聞きたいところだ。もっとも、サトル以上にこの黒妖精について知っているのはほぼほぼルーくらいのものだろうが。


 状況は良くはない。しかし悪いと言う程でもないだろう。

 相手は一匹。同程度の大きさのモーさんがいる。対処の仕方はそこまで変わらない。

 ただ問題は、大きさによって硬さが違うかもしれない事。

 小さい個体と、これまで大きい個体と呼んでいた黒妖精では、明らかに違った硬さ。サトルはいくつか持って来ている鎧通しを一本取り出し握りしめる。

 通じるかどうか。


「さてどうするか……」


 もしこのまま時間を稼いで、クレソンたちが連れていた二号モーさんや三号モーさんが来るまで耐えられるのなら、勝機は十分にある。しかし目の前の黒妖精の正確な強さが分からない。


 サトルはニゲラから少し距離を取るようにじりじりと動き、黒妖精の横に回り込む。

 黒妖精はニゲラを警戒しているようで、サトルには目もくれなかったが、不意に大きく身をたわめた。

 動き出す瞬間までの動作の鈍さから、トップスピードは出るが、急な制動は得意ではないのかもしれないと思えた。


 サトルは黒妖精から大きく距離を取る。

 馬が前足を持ち上げた時は、とにかく距離を取るのだと聞いたことがある。

 前足が踏み下ろされるところに人の足があれば、一発で粉砕骨折し、肉はつぶれて二度と元の形には戻らない。前足の後は後ろ脚を跳ね上げ、その足に当たれば頭蓋骨は陥没し、内臓は破裂するという。

 若干の脅しは入っていただろうが、体重の表記がトンになる様な生物なのだから、さもありなんと思える話だった。


 ニゲラもサトルに倣い大きく飛び退る。

 ニゲラの背丈よりも高く持ち上げられた前足が、一瞬前までサトルがいた場所に踏み下ろされた。

 ニゲラにのみ集中しているように見えたのは揺動で、弱そうな方から狙うと言うのは変わっていないらしい。


「ねえ! あっちからも来るよ!」


 そう叫んだのはヒースだった。

 サトルが声の方を見ると、墓場とは違う場所を見ているようだったが、潮の花のせいでその向こうに何があるのかまでは分からなかった。

 しかし考えられることがあるとすれば、サトルがモーさんに頼んだように、黒妖精もガランガルダンジョン下町内にいる自分の分身を呼び寄せたと言う事。


 黒妖精は逃げるかもしれないと思っていたサトルにとっては好都合だった。

 応援は呼んでいる。しばらくは辛いかもしれないが、時間を稼げれば勝機はあるはずだと、サトルは尚も足を振り上げる黒妖精へと向き直った。


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