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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第十二話「コウジマチサトルは解決を望む」
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6・演技派対決

 明らかに普通の獣ともモンスターとも違う黒妖精の異様に、ルーが思わず悲鳴を上げかけるが、それをマレインが抱え込むようにして抑える。


「静かに、あいつ……こちらに気が付いているのか?」


 顔はそっぽを向いているが、黒妖精の長い耳が自分たちに向けられているのを見て、マレインはまさかと呻く。

 黒妖精とサトルたちの間の距離は三十メートル以上、五十メートルよりは近い位か。高低差があるのではっきりとはしないが、路地を覗き込むようにしているサトルたちをしっかりと認識しているようだった。


「ああ、あの目はたぶん相当広い範囲を見ている。それこそ全方向を視認してると考えてもいいくらいだ」


 カマキリの視界はほぼ三百六十度あるという。黒妖精の顔が建てや酔興ではなく、本当にカマキリと同じような目の作りをしているのだとしたら、顔の向きがどうであれ視認されているのは間違いない。


「うーん、まいったね、ここは足場が悪すぎるな……」


 マレインの言う通り、二人が擦れ違うのもやっとというこの路地の狭さでは、少なくともサトルが囮になりニゲラが攻撃を仕掛ける、という戦法は取れそうにない。

 対して黒妖精は一方に向かって飛び込むように攻撃をしてくる。カウンターを狙われたとしても、すぐに透過をして事なきを得るつもりなのだろう。

 つまりは通常の状態で触る事の出来る可能性のあるニゲラや、サトルの左手は警戒していない位置取りとも考えられた。


 ダンジョンで倒した分の黒妖精の記憶は持っていないとサトルは判断し、目の前の黒妖精をどうするか、サトルは考える。

 この狭さで人間が突入するのは無謀、ならば同じように獣のサイズの存在ならば。


「モーさん、小分けにして、四匹くらいで行けるか?」


 サトルの問いかけに、モーさんは元気よく答える。


「ンモモー!」


 その声を聞いたとたん、それまで悠長に腰を下ろしていた黒妖精がすっくと立ちあがり、バネ仕掛けのおもちゃのように飛び出した。

 その方角は路地の奥、更に下った方角だ。


「あ! サトルさん黒妖精が逃げます!」


 とっさに叫ぶルー。

 サトルは舌打ちし、自分の持っていた笛と親指の爪ほどのサイズのドラゴナイトアゲートをルーに押し付ける。


「クソ、モーさんの鳴き声でも駄目なのか! 俺はあいつを追う! これでみんなに連絡をしてくれ、もし何かあった時はこっちも使って」


 とっさに笛とドラゴナイトアゲートを受け取ったルーが、待ってくれというもサトルはすでに駆け出した後。


「僕も行きます!」


 おいて行かないでくれとニゲラもその後を追う。


「二人とも! 勝手なことをするな!」


 マレインは二人に行き当たりばったりな行動をするなと叱責するが、とっくに駆けだした二人はマレインの言葉など聞いてはいない。


「君らは無茶をしないということができないのか!」


 ルーが泣きそうな声でマレインに返し、二人と一匹が消えた方を見やる。

 気が付けばモーさんの姿も無い。


「できる人なら最初から心配してません……あっちは、アーケードの方?」


 もしサトルの言葉を実行しているのなら、きっと今頃二人とともに黒妖精を追いかけているのだろう。

 黒妖精が駆けていった方角にあるのはアーケード。まさかとは思いつつも、ルーとマレインもサトルたちと黒妖精を探すために走り出す。


 息を切らさない程度に心掛けながら足を進める二人の耳に、リコーダーの様な音が聞こえた。

 そしてルーが握りしめていた笛から聞こえるアロエの声。


『サトル! いた! いたよ! 上の町、今アーケードの方に向かってる』


 ルーとマレインがそれに答えるより先に、今度はクレソンの声。


『こっちも見つけた! いきなり飛び出してきやがった』


 それに追従するように聞こえてきたのは、避難所にいるはずのバーベナの声だった。


『もしかしたらこちらにもいたかもしれません、はっきりとはしないのですが、とても騒がしくて』


 バーベナの言葉を肯定するようにオキザリスが叫ぶ。


『今小屋から飛び出して行った! 軽症者が集められてたところ! 被害は出てないけどどういう事?』


 一人が使うと五つの笛の所有者全てに双方向で声が聞こえる道具であるとは分かっていたが、まさかその全ての笛の先から黒妖精の出現の報告を受けるとは思っていなかった。


 何かがおかしいと感じるには十分だが、一体何が起こっているかはわからない。


「どうなってるんだろうね? もしかして、離れていても黒妖精同士は意思疎通をしているのだろうか?」


 黒妖精が一斉に行動したのは、どうもサトルが黒妖精を追いかけていった後らしい。

 サトルは黒妖精は集合しなければ記憶を共有できないと言っていたが、もしかしてそうとも限らないのではと、マレインは疑問を呈する。


『サトルは何と言っているのかしら?』


 マレインの予想をサトルはどう考えるか、アンジェリカが問う。

 しかしサトルは黒妖精を追いかけてこの場所にはすでにいない。ルーはそのことを報告する。


「あ、実はこちらでも黒妖精を見つけて、逃げ出した黒妖精を追ってサトルさんも今アーケードの方に向かってしまわれて」


 ルーの報告にアンジェリカが甲高い声で怒鳴る。


『お馬鹿! それは誘き寄せられているのよ! 早くサトルを止めなさい!』


「まあ、そうなるだろうね」


 マレインもアンジェリカの考えに同意だったらしく、急ごうかとルーを促した。




 通信具で別チームとルーたちが交信をしている間、サトルはニゲラとモーさんとともに黒妖精を追いかけていた。


「おかしいよな、人間である俺がギリギリ見失わない程度の速さだ」


 多少息は上がっていたが、体力の無いサトルですら追いかけていられるスピードに、違和感を覚えないはずが無かった。

 サトルの言葉に、ニゲラも確かにこの速度はおかしいと眉をしかめる。


「あ、確かにそうですね」


 四匹のモーさんは背後にいるが、サトルの肩には小さいサイズのモーさんが一匹。先ほど黒妖精がサトルの指示を聞き突然動き出したのを見た際、声を相手に聞かせまいと、耳打ちできるように一匹だけ分離させたのだ。


「モーさん、一匹だけこちらに残してアーケードの方から回ってきてくれ」


 小さいモーさんに耳打ちし、このモーさんが大きいモーさんに集合すれば伝わるとサトルは思っていたのだが、小さいモーさんが了解したと言わんばかりに小さくモーっと鳴くと、他のモーさんたちが一斉に建物の壁を登り、路地の横道にそれていった。


「ああ、そういう事か。ニゲラ、止まるぞ」


 サトルは思い違いに気が付いた。モーさんは集合すると記憶を共有する、多分これは間違いはない。ただしその都度その都度の思考や行動をしたいという意思は、別固体として分離していても共有するらしい。

 となると、モーさんと対になる黒妖精も似たような性質である可能性がある。

 分かり易く誘導するこの黒妖精が、群れで狩りをするようにサトルを誘い込み襲ってくるようだったら、流石に複数は相手にしていられないだろう。


 サトルの指示に従いニゲラも足を止める。

 すると黒妖精は背後まで見えているからだろう、ぴたりと距離を保ったまま止まった。

 場所は折しも階段下の踊り場のようになっている場所。そこから四方に階段を登るような形で道が伸びている。


「……あ、黒妖精も止まりましたね。やっぱり誘ってるんだ」


 この露骨な黒妖精の行動に、ニゲラも誘われていると理解して警戒を強める。


 今この場でニゲラを暴れさせることができるかどうかサトルは考える。

 パッと見た様子人通りはないが、周囲は人家や何かの工房のような物が並んでいる。間口の広い路地に面してはいるが建物もある。

 騒ぎを起こしてやじ馬が出てくるようなら、ニゲラが動きにくくなるだけでなく、黒妖精の被害に遭うかもしれない。


「人は周りには?」


 サトルの問いにニゲラは耳を澄ませる。人間よりもよほど耳の良いニゲラなら、室内で人が動いているのが分かるかもしれないと思ったのだ。


「たぶん、建物の中に。いっぱい……何か作ってます。楽器? 机とか、それと箪笥」


 案の定、周囲の建物内部には人間がいる。それもこの周辺は木工か調度品加工の様な工房が集まっているらしい。作業に熱中していてくれればいいが、逆に騒がしさに文句を言おうと外に出てきかねない。


「左に行こう」


「どうしてです?」


「まっすぐ進むとアーケード、ここから左手側には時計塔。時計塔前広場の方がニゲラが動きやすい」


 頭の中に叩きこんでいた地図を思い出し、大まかな位置を考える。

 時計塔は周囲に音を響かせるために、町で一番高い建物になっているので、開けた道からはすぐに位置が分かった。路地に入る前意に確認していたので、自分たちがアーケードに誘導されているというのも分かっており、今いる場所からどう行けば開けた場所に出ることができるのか、サトルには把握できていた。

 地図を覚えることは元の世界でしてきた習慣のような物だったが、まさかこんな形で役に立つとはサトルも思っていなかった。


「僕まだ道覚えてません、左にまっすぐでいいんですか?」


「ああ、出来る限り、建物の上空を見るんだ。時計塔が見えたらそちらに行くようにすればいい」


 ニゲラを先行させようとサトルが促すが、左にそれようとしたことを察してか、黒妖精が急に接近してきた。


「簡単には行かせてくれないか」


 サトルたちを逃がすつもりはないのだろう。このままでは周囲の人間を巻き込みかねない。それはサトルが一番懸念している事だった。


 だったらこの場所に人が来たいと思わせないようにすればいい。


「ニゲラ、吼えろ、出来るだけ恐ろしく聞こえるように」


 唐突なサトルの指示に、ニゲラは一瞬驚くも、サトルが考えて出した答えならばと頷く。


「えっと、分かりました」


 ニゲラは喉に力を籠め、空気を破裂させるように吼えた。


「グルウウウウオオオオオオオオオオ!」


 竜の本性を現している時ほどではないが、少なくとも人間には逆立ちしたって出せないほどの、恐ろしい咆哮が、建物に反響し空気を揺らした。

 サトルはニゲラの方向の余韻が消え去る前に、あらん限りの大声で叫んだ。


「モンスターだ! モンスターが出たぞ! 隠れるんだ! 家から出るな襲われるぞ!」


 見事に裏返ったような慌てた声を作るサトルに、ニゲラは何故か目をキラキラと輝かせる。


「わあ、父さん演技派ですね」


 演技は苦手じゃないと、サトルはすこしだけ得意げに口の端を持ち上げる。


「取り合えず俺たちを逃がさず誘い込みたいみたいだし、周りに人がいなければ特に襲われないだろ」


 サトルたちの行動の意図が分からないのか、黒妖精はぎょっとしたように固まっていた。

 これは好機だった。

 サトルは鎧通しを握りしめると、階段を数段登って、そのまま大きくジャンプをした。



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