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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第十二話「コウジマチサトルは解決を望む」
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5・思う敵との遭遇

 ジスタ教の治療院で話を聞いた後、サトルたちはルーを避難所に送り届けることにした。

 まだ避難所では完全な体力の回復に至っていない者達もいるため、その世話の手伝いと、昨日のダンジョン内でとりあえず採取できたニガヨモギの亜種やホリーデイルを届ける目的もあった。


 本当はワームウッドとヒースも避難所の手伝いをするはずだったが、聞き込み先が増えたということで、二人はそちらに行ってもらうことにした。

 ガランガルダンジョン下町内で黒妖精が人を襲ったのはアーケードの傍だったという。アーケードでは聖なる白い牛がいた方が反応が良いだろうと、犬ほどのサイズのモーさんを連れて行ってもらった。


 サトルは下の町へと足を勧めながらマレインに尋ねる。


「クレソンとオリーブたちのチームは?」


「彼女たちは下の町の内側からぐるりと回って外に範囲を広げて探して行くみたいだ」


「何故?」


「人の多い場所から人の少ない場所に追い込めたらいいという考えらしい。とにかく犠牲が少ない方がいいからね、モンスターが町の内部に入り込んだ時の対処と同じだ」


 町中にモンスターがと聞き、サトルは納得する。

 モンスターを上手く退治するよりも、出来る限り被害を出さずに追い出すことを目的とした対処法なのだろう。


「リアンとセイボリーさんは?」


「セイボリーは貴族にも顔が利くから上の町だ。呼びかけも同時に行って、出来る限り理邪魔な……失礼、あー、戦うすべを持たない市民が建物から飛び出してこないようにとね」


 さり気ない貴族への悪感情が見えた気がしたが、サトルはあえて聞き逃したふりをしておく。

 実際に、人のある場所で黒妖精と戦闘にでもなったら、黒妖精は確実に攻撃手段を持たない人間から襲うだろう。サトルやヒースを選んで狙った時のように。


「一応ルイボス先生がボスに話しを付けて、冒険者たちに応援を頼んではいるがね……目視できない相手に、どれほど効果があるか。大型固体を見つけた場合は……クレソンやリアン程腕が無くては相手にならないだろうしねえ」


 問題行動が多いクレソンや、それに引きずられているバレリアンだが、マレインはその腕だけは確かなんだよとため息を吐く。

 あまり多く冒険者と相対したことがあるわけでもないので、サトルは他の冒険者の腕というのがどれほどかは分からない。それでもタイムやマーシュ、バジリコたちなどと行動をした時と比べると、確かに二人がいればサトルがほとんど何をしなくてもいいので、腕が立つというのは本当なのだろう。


 他の冒険者が黒妖精を見つけるのはあまり期待しないでおくとして、黒妖精がもたらす病気について、冒険者の組合ではどう取り扱っているのかをサトルは問う。


「病気については? 冒険者の間で注意喚起とかなかったのか?」


「病人の観察と報告は、ジスタ教会が独占しているんだよ。ただ、バーベナ嬢が新しく書いたものを、先生には持って行ってもらうことにしているから、多少は情報の周知の役に立つだろう……」


 病気が黒妖精によるもの、という周知はこれからだという事らしい。


 次にサトルは質問をする相手をニゲラに変える。


「そうか……じゃあニゲラ、君は他の冒険者が周囲にいる時に、その人たちに気を使って戦えるか?」


 話を振られ、ニゲラはすぐには答えず少し考えるように俯くと、分からないと首を振った。


「分かりません。父さんたちがいる場合はぶつからないように気を付けるつもりではあるんですが」


 自分が力加減を間違えないとも言い切れないと、ニゲラは不安気だ。

 以前サトルをうっかり握りつぶしかけたこともあるからだろう。ニゲラは人間はとても脆く壊れやすいという認識をしているようだ。


 ニゲラの不安げな答えに、そうだろうねとマレインは苦笑する。


「うん、竜の力で吹き飛ばされるなんて勘弁願いたいからね、僕らの方もニゲラが暴れる際には、距離を取らせてもらうつもりだよ」


 つまり、ニゲラの力についてすでに知っている人間でなければ、一緒に行動するのは難しいかもしれないと考えるべきだろう。

 これらについては当初予想していた通りなので問題はない。

 やはり自分以外当てにはしない方がいいだろうと、サトルは内心苦いため息を吐く。


 自分が何でもできるとは思っていないが、それでも自分以外の人間に頼ると怪我をさせる、最悪死に至らしめるかもしれないというのなら、やはり全て自分一人でやるべきだったかもしれないと、何度となく繰り返した結論に至ってしまう。せっかく頼ってくれと手を差し伸べられているのに、上手く掴めない自分に、サトルはジレンマを感じていた。


 ニゲラの力加減に不安があるというのならと、ルーもサトルに提案する。


「そんなにも力加減が難しいのなら、サトルさんもニゲラさんとはちょっと距離を取った方がいいのかもしれませんね」


 しかしサトルはそうでもないさと首を振る。


「いや、俺の傍にいてもらうよ。たぶん……黒妖精はダンジョンの妖精を敵視しているだろうし、俺が一番狙われるから……カウンターを狙うなら隣にいてくれるくらいがちょうどいい」


 サトルの説明に、それならば確かにとルーは納得する。

 ニゲラも、必ず自分がサトルを守ると意気込む。

 しかしマレインだけは足を止め、何かを考えるように顎に手を当て、サトルに尋ねた。


「ふむ……サトル、君がマロウに都合してもらった武器は何だったかな?」


「武器? 普通の鎧通しだよ」


 何の脈絡があってそんな事を問うのかと、サトルは首を傾げつつも、もし冒険者としてのアドバイスがあるなら聞きたいなと、武器の特性も兼ねて答える。


 鎧通しとは、その名の通り鎧の隙間に通して相手にダメージを与えるための刺突武器だ。

 懐刀や短剣のように鋭い刃は無いが、先端は鋭利で硬く、人が体重をかけて突き刺しても折れる事のない肉厚な楔型の刃をしている。


「握りが良くて、重さもそこまで取り回しが悪い物じゃない、体当たりで硬い物の隙間にねじ込むように刺せる、柄と刃が一体になってるからますぐに力が通るらしい」


 非力な人間でも、体当たりで相手の身体にダメージを通せる物、として、ある程度安く多く手に入る物としてマロウが提案しくれた物だった。


「君、それって相手と刺し違える気でやってるだろう?」


 マレインの私的にサトルが何か言うよりも先に、ルーとニゲラが吼え、逃がさないとばかりにサトルの手を左右から掴んだ。


「サトルさんそれ本気ですか!」


「父さんどういうことですか!」


 刺し違えるとはどういうことだと、炎が燃えるように二人の目は明るい金色に輝く。こうしてみるとルーとニゲラも似ているんだよなと、サトルは人毎のように思ってしまう。

 しかしそれは今言う事ではないだろう。今はマレインのもたらした誤解を解くことが先決だ。

 サトルはできる限り落ち着いた声音で二人に説明をする。


「違う違う、だからニゲラがずっとそばにいてくれと言ってるんだよ。黒妖精には知恵もあるが痛覚がある。俺が構えてるだけでも一応は警戒をする。上手く相手に刺すことができれば十分隙ができる。そこを手ぶらで見た目も中性的で強そうに見えないニゲラが攻撃してくれと言ってるんだ。知恵があるから見た目ですぐに油断をするだろ。たぶん黒妖精は若い人間が弱い、っていうのも知ってるんだ」


 と、そこまで語り、サトルはわずかに俯き「いや……違うな」と呟いた。


「個々の黒妖精は俺のことをどう認識しているか……もしかしたら俺のことをすでにダンジョンの勇者だったり、攻撃手段を持つ人間だとみなしてるのかも」


 ぶつぶつと、聞かせる出なく呟くサトルに、マレインは距離を詰め詳しく話してくれと促す。


「何に気が付いたサトル。僕たちでは理解できない事かい?」


「いや、どうだろうな? 例えば、モーさんは別固体でも一度集合すると記憶を共有している可能性がある。もし黒妖精が同じように記憶を共有していたら……」


 サトルはルーとニゲラの手をほどき、マレインに説明する。

 サトルの言葉を受けて、マレインはサトルの件していることをすぐに察する。


「なるほど、避難所での遭遇の時の黒妖精が、すでに君が妖精を連れているところを見ているのか」


 もしその黒妖精が他の黒妖精と集合敷いていたら、サトルがダンジョンの勇者であるという事はすでに黒妖精にとって周知の事実。知性がある黒妖精が、サトルを警戒しないとも限らない。


「ああ、二回目……いや三回目か、ダンジョン内で倒した分はたぶん集合できていないから問題ない。ニゲラのことは黒妖精にはバレてないと思うんだが」


 しかしサトルは自分は警戒されてもニゲラはそうではないだろうと言い切る。

 サトルの懸念も、それに対する対応もマレインは理解したが、問題点はそれだけではないだろうと更に指摘する。


「弱い人間を襲うか、サトルを警戒するか、実際に遭遇して見ないと分からない、と言ったところか。それと長期戦になるのも問題かもしれないな。遭遇しても仕留められないようだと、相手にこちらの手の内がどんどんバレていくというわけだ」


「そうだな。対応は迅速に、短期決戦しかないか」


 時間が過ぎれば過ぎるほど不利になるかもしれない。それを踏まえてサトルは、もし今見つけることが出来たら、すぐに行動にうつそうと決める。

 しかしそれも今はまだ問題があるかと、サトルはルーへ視線を向け、ジャケットの内側から黒い竜の鱗を取り出した。


「ただ、今の状況で遭遇したとしたら、真っ先に狙われるのはルーだと思うから……」


「ルー、君のことは俺が必ず守る。だから避難所に行くまでは、絶対に俺から離れないでくれ、それとこれ、服のわき腹辺りに挟み込んでくれ。たぶん黒妖精はそこか、足を狙う。基本的に攻撃の位置が低いんだ」


 黒妖精の攻撃の位置が低いというのは、ダンジョン内で助けた冒険者たちや、クレソンに襲い掛かった時の行動からサトルが推察したことだったが、そもそもが四足歩行なので二足歩行の生物より攻撃位置が低くなるのは当然だろう。


「うえ、あ、は、はい」


 自分が戦闘の場面に立つことは無いと高を括っていたのだろう、ルーは驚きつつもサトルから竜の鱗を受け取った。

 服にでも挟んで使えとは、マロウの言葉だったが、確かに防具も何も見つけないのなら、気休めくらいにはなるかもしれない。


 ルーが鱗を腰帯に挟み込むのを見守ってから、マレインはやや硬い声でサトルに問う。


「ところでサトル、君は噂をすれば影が差す、という言葉を知ってるかな?」


「俺の国のことわざだな……いたのか?」


 そう答えつつ、サトルはマレインの視線が自分に向いていないことに気が付く。

 視線の向かう先には右手の狭い路地。人が擦れ違うのがやっとの幅の階段になっており下へと下っている。建物の二回分くらいは高低差がありそうな階段の先は、小さな広場になっており、そこにはここ数日で二度も見た長い耳の獣の姿。


「あれは、違うかい?」


 言葉は問うかのようだが、マレインはほぼ確信しているのだろう。魔法を増幅する効果があるという短杖を手にして、マレインはその獣から視線をちらりとも外さない。


「違わない……あれが黒妖精だ」


 サトルはごくりと唾を飲み、まさしくそうだと答えると、ルーを自分の背後へと押しやった。


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