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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第十二話「コウジマチサトルは解決を望む」
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1・課題と条件

 ダンジョンで黒妖精を倒した翌日、サトルはヒースとモーさんを連れてマーシュとマロウが営む武器屋を訪れた。

 そこでサトルはマーシュに黒妖精を倒した時の武器を見せた。


「これは……」


 サトルの使っていた懐刀を見たとたん、マロウは目を見開き驚いた。

 この懐刀はマロウに見繕ってもらった、取り回しが良く手入れもサトルの持つカミソリ用の道具で代用できる代物だ。素人同然のサトルでも十分扱えると太鼓判を押してもらったはずのそれが、まるで高温で熱せられたかのように黒ずみ、表面の光沢が消え失せていた。もちろん柄などの木と革で出来た部分は完全な灰になって欠片も残っていない。


 マロウは刃の部分だけになった懐刀を取り上げ、作業台の上にあった小ぶりの槌で叩いて音を聞く。


「ああ、これは研いでももう使えない。とんでもない熱量で焼かれたんだ。火竜とでも戦ったのかい?」


 マロウが火竜と戦った、等というのも納得できるなと、サトルは肩を竦めて苦笑する。

 ヒースが違うよと答える。


「火竜じゃなくて黒妖精だよ」


 白い牛同様お伽噺くらいは聞いたことがあるだろうとサトルは思っていたが、マロウはサトルが予想していなかった反応を返した。


「黒妖精って、昨日から噂になってる?」


 マロウの言葉に今度はサトルの方が驚く。確かにサトルはダンジョン内で助けた冒険者に、互助会に話しをするように言いつけた。しかしそれが昨日の今日ですでに足が悪く店を余り出ないマロウにまで届くとは思えなかった。


「噂って?」


「話が早いな」


 どこからその話を聞いたのかと驚くヒースとサトルに、マロウは表情を険しくし答える。


「ああそうか……君がダンジョンの中で黒妖精から新米の冒険者を助けた人か。だったら君がダンジョンに潜っている間に、昨日その黒妖精が人を襲ったんだよ。今はジスタ教会の治療院にいるらしい。妖精というよりもほぼ未知のモンスターだし、まだガランガルダンジョン下町のどこかに潜んでいるかもしれないからと、注意喚起が回ってきたんだ」


 町中にモンスターが出没する、というのは年に数回はある話だそうで、そういう時はマロウを気にかけ冒険者が教えに来ることがあるという。今回も

 マロウは続けて語った。


「君らが助けた冒険者は貴族議会派の互助会に所属していてね、未知のモンスターだ、すぐに貴族議会の方にも話が上がったらしい。それと町中で襲われたのは一般の市民で、こちらは自警団管轄ですぐに冒険者への周知が行われて、これは派閥関係なく情報が共有されるから、貴族議会の方も情報を自分たちだけで保持しておくのは危険と考えたようだ。何せ町中に現れている。モンスターに傷を付けられたらその時点から命の危険があるかもしれない、ってことだから」


「うわあ、やっぱりあの黒妖精何匹もいるの?」


 昨日の黒妖精戦では手も足も出ず見ているしかなかったヒースは、あんなのが複数いるのは困ると緊張したように尾を立てる。

 マロウも自分は逃げられないからなあと、険しい表情。


「ダンジョンの中にもいたというなら、そうなんだろうね」


 サトルは二人とは違って、町中にいるのならまだ見つけられるかもしれないなと、声に出さずに考えた。


 町中に現れた黒妖精というのは、多分ギンちゃんたちを食べた個体だろう。そうでなければ、さらにもう一匹以上黒妖精が存在しているという事だ。

 そう考えて、サトルはあり得ない事ではないかもしれないと呻いた。


 黒妖精の対となるし聖なる白い牛ことモーさんは、町中に小さな個体が何百、もしくは何千匹も存在して、それらが集約して大きな固体になっている。

 今サトルの横にいる大型犬サイズのモーさんも、元はガランガル屋敷にいる牛サイズのモーさんから分離したものだ。

 そして、黒妖精は避難所で見る限り、やはり小さな個体が集約すると、大きな固体になる事が出来るらしい。


「くそ……いや、けど、黒妖精に対処する方法は分かったんだ、それだけは行幸か」


 急に舌打ちをし出したサトルに、ヒースが尾を膨らませて驚く。


「え、何? どうしたのサトル?」


「嫌なことに気が付いた。一体二体倒しただけじゃ終わらないかもしれない」


 もしモーさんと同じようにこの町の中に黒妖精が多数に存在しているなら、それらをすべて倒さなくては事態の収束には至らないだろう。

 今のところはギンちゃんたちを助けることを最優先にしたいと考えていたが、今後何度も黒妖精と戦う場面が出てくるかもしれない。

 何せ攻撃モーション中の黒妖精以外に直接攻撃ができるのは、サトルとモーさんの二者のみだ。


「マロウ、これと同じくらいの懐刀や短剣を、出来る限り沢山用意してくれないか? 金は……遅くなっても必ず用意するから」


 突然の武器の注文に、マロウはそんなに大丈夫かと顔をしかめる。


「それは信用しているけど、笛の方も有るけど、大丈夫なのかい? まああちらは半分は払い済みだし、こんなに利用してくれるなら、今後は利子も取らなくてもいいんだけど」


 金を払ってもらえないことを懸念しているのではなく、そんな大金を払ってサトルが身を持ち崩さないのか、という事の方が心配なのだろう。


 サトルはこの後アマンドの所へ行く予定で持ってきていたジンジャライトを取り出し、作業台の上に置いた。


「いや大丈夫だ。すぐに用意するのは難しいが、一応。これ、担保として預けるんじゃだめだろうか?」


 マロウはサトルの置いたジンジャライトを手に取ると、すぐに作業台のランプと、猫の様な光精の光とに交互にかざした。

 どうやらこの宝石の特性について知っていたらしい。


「ジンジャライトか。ずいぶん大きいね。魔法具を作るのにもつかわれるからね。特定の魔力の波長を収束させたり拡散させたりできるんだが、これは宝石として市場に流すよりも、冒険者の互助会を通して魔法具作りの工房に降ろした方がいい。需要が高いからすぐに売れるさ。金払いの確証は持てたよ。これは返すから担保として置いて行かない方がいい」


 アマンドが言っていたこととはまた違うジンジャライトの需要を聞き、サトルは酷く疲れたような声を上げ呻いた。


「ローゼルさんはそんなことを言っていなかったんだが」


 騙されているんだろうなとは思っていた。しかしここまではっきり騙されているとは思わなかった。

 まだアーケードの様な特殊な市場に流すのに、冒険者組合でも色々と軋轢があるのだと言われれば、多少は信用もできた。しかし冒険者組合から需要元へ直接卸すことができるのだとしたら、ローゼルはサトルに小出しに持ってくるよう言う必要すらなかったはずだ。

 ここ最近出費がかさんでいるせいもあり、サトルはできる限り早急に金が欲しいと思っていた。しかしローゼルの用意する金では、サトルのやろうとしている行動全てを賄うことはできなかった。


 サトルの言葉にマロウも何か思うことがあったのだろう、深々とため息を吐いて、そうなのかもしれないねと同意した。


「……ああ、まあ、彼女は君に嘘を吐いているのかもなあ。その方が都合が良さそうだ」


「どういうことだろうか?」


 サトルがあまりにも気落ちした様子だったからだろうか、マロウはここだけの話と、サトルの袖を引いた。

 ヒースには聞こえないように耳打ちをするマロウ。


「うーん……彼女と僕ら兄弟が出会った時話なんだけど……」


 俺はのけ者なのかと、ヒースはしょんぼりしながらもわざわざ距離を取って話を聞かないようにしてくれる。この聞き分けの良さは流石だと、サトルは内心感心した。


 マロウから話を聞き終わり、サトルは声を震わせる。


「それって……」


 しかしマロウは今の話はあくまでも自分の想像込みの話だと念を押す。


「確証はないんだけれどね、薄々……そうなんじゃないかなあと、思う事は有ったよ」


 この話は他言無用にするべき話と、マロウが考えるのも無理はなかった。少なくとも、この話が本当だったとしても、ローゼルの態度を見るに、決して広まってほしくないことだと感じているだろう。


「マロウ、それ他の誰かに話したことは?」


「無いね。サトルに話すのは、その方が彼女たちのためになるんじゃないかと思ったからだけど、他の誰かだったらそれを悪く利用しないとも限らないから」


 マロウのあっけらかんとした物言いに、サトルはたまらず呻いて自分の額を押さえた。


「いや、俺だって悪く使うかもしれないだろ。そうそう人を信用しないでくれ」


「これでも人を見る目はあるつもりだよ。少なくとも、あの笛を買うのに身銭を切った君を、信用しない理由は今のところ僕にはないね」


 よくわからないけど俺もそう思うと、ヒースも頷く。

 そんなものすべて過大評価だよと、サトルは肩を落とした。


 マロウから聞いた話は、確かにとても重要で、ローゼルがサトルの金銭事情を握っていたいが、金自体は与えておきたい理由も想像できる物だった。

 しかしこの話を聞いて、サトルにどうしろと言うのか。

 ニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべるマロウが、実はこの話の重さに、一人で抱えているのが辛くなり、これ幸いとサトルに話したのではないかと思えた。


 しかしいつまでも悩んではいられない。やるべきことは山積しているのだと、サトルは話を続ける。


「とにかく、出来る限り俺でも使える刃物と、鈍器でもいい。あと、これを割ってみたいんだけど、出来るだろうか?」


 そう言って取り出したのは、黒妖精を倒した時に出てきた黒い貝殻。

 マロウはそれを見ると、またも驚いたように声を上げた。


「これは? もしかして竜の鱗? こんな真っ黒なものは初めてだけど、結構大きいねえ」


「え、知ってるのか?」


「これ鱗なの?」


 竜の鱗、と言われてサトルとヒースは改めてその物体をまじまじと見た。

 言われてみればその黒い鱗は確かに魚の鱗を引き延ばしたような形状にも見えるが、それでもムラサキカガミの様な大ぶりの貝に酷似していた。


 どうやって見分けているのかわからないと首をひねるサトルたちを見かねて、マロウは鱗を掴むと、ジンジャライトの時のようにランプと光精にそれぞれかざして見せた。


「ああ、けど珍しいね、ダンジョンでも稀にしか手に入らない物だよ。見分けるコツは、魔法の光を反射するかどうか。ほら、こっちだと反射するけど、こっちだと少し光を吸収してるだろ。で、どうしたの?」


「反射って、弾き返してるの? なんか光り方は違うかも? よくわかんない」


 ヒースは理解できなかったようだが、まさかそんな風にして見分けるなんてと、サトルは感心する。

 以前ニゲラに聞いたことがあったのだが、他のモンスターに比べて竜に魔法が効きにくい一端として、竜の身体はある程度の魔力を吸収するからだと聞いていた。

 それを踏まえ、主に口から摂取した物から魔力を取り込む機構があるのだが、人が皮膚からも薬品を摂取できるのと同じように、竜の鱗も魔力を摂取できるようになっているのかもしれないとサトルは思った。


「黒妖精が消えたところに落ちてたんだ。何であの黒妖精が持っていたのかはわからない。ただ、これを割って中身を取り出したい。ほら、これよく見ると二枚重なってて、内側に何か入ってるんだ」


 鱗が二枚重なっているという事にはマロウも気が付いていたらしく、確かにそうだねと頷く。


「そう、だったら簡単だ。このジンジャライトとか、もしくはドラゴナイトアゲートのような、魔力をため込む性質の石を、鱗に置いてその上からキリなどで穴をあける、そうすると、石が魔力を放出する。許容を越えるとほんのわずかな時間だけその一点だけが一瞬脆くなるからキリが通る。砕いて使いたい場合は、一緒に叩いて砕くといいよ」


 以前これと同じ物を手に入れた時、サトルはさんざん魔法を叩きつけた剣だの槌だのでたたいたりしてみたが、それでも壊れなかった。まさか魔法を使いつつ衝撃を与える必要が有るとは思いもしなかった。

 それに何より、ドラゴナイトアゲートもジンジャライトも、なかなかに高価なアイテムのはずだ。

 サトルは簡単には使えないなと苦笑する。


「それは……勿体ないな」


「勿体ないよね。でもこれ以外で竜の鱗の加工は、他の魔力のこもった石を使わないとできない。逆を言えば、そういう加工でしか傷が付かない素材だから、防具に挟み込んでおくだけで、かなりの防御力になるよ」


 剣の柄が燃え尽き、金属の構造を変えてしまうほどの高熱を発したらしい黒妖精の死の衝撃で、傷つきもせず残っていたこの黒い鱗。確かにそれを服の裏に挟み込んでおくだけで、人間の振るう剣はもちろん、黒妖精の爪も弾けるかもしれない。


「使える物は使ってみるか」


 サトルの言葉に、マロウはそれがいいよと勧める。

 サトルが本気で黒妖精と戦う気でいるのなら、武器だけでなく防具も必要だ。しかし筋力の無いサトルでは重い鎧など無理。だったら軽く丈夫な物で急所だけでも守っておいた方がいいのだとマロウは言う。


「でも、こんな風に勧めておいてなんだけど、僕はサトルにはあまり戦ってほしくないなあ」


 そう言うと、マロウは作業台の隅に置いていた「冷蔵庫の設計図」をサトルに見せた。


「君はさ、戦うよりもこういうことを考えてる時の方が生き生きしてる。今のサトルはすごく辛そうだ。ずっと眉間に皺が寄ってるよ」


 言われてサトルは気が付く。最近自分がどんな表情をしているのか、とんと気にしていなかったなと。

 辛そうだと言われ、辛くはないとは返せなくて、サトルは無言で設計図から視線を外した。


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