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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第十一話「コウジマチサトルは戦える」
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12・闘病

 サトルが男たちの傷口を左手で払うと、サトルにのみ見えていた火花は散った。

 その後キンちゃんの力を利用し傷を治し、炎症を収めると、足を怪我していたシャムジャの少年は目に見えて顔色が良くなった。


「どうだ?」


 足は動くかとサトルが問えば、シャムジャの少年は仲間の手を借り立ち上がる。支えてもらう必要もない位に元通りの様で、その場で駆け足やジャンプをして見せた。


「平気そうだな。じゃあ、俺たちはすぐにここを動く。君らも急いでダンジョンを出るんだ。出たらまず互助会と互助会の組合に、今日ここで見たことを全て報告しろ。あれは君らや通常の冒険者じゃ手出しできない存在だ」


 サトルの説明に腑に落ちない様子の男たちだったが、それでも自分たちにはどうにもならないという事だけは理解したのか、大人しくダンジョンを出ていくことを選んでくれた。


 あの黒妖精がいるのなら、もしかしたらニコちゃんはレアアイテムではなく、黒妖精を見つけて飛んでいったのかもしれないと、サトルはクレソンたちに慎重に進むことを提案する。

 クレソンたちもそれに同意し、あまり大きな物音を立てないように無言で、先程の冒険者たちが来た方へと、ニコちゃんを探すために歩き出した。


 ほどなくして、ニコちゃんの方がサトルを見つけその手元に戻ってきた。


「いた、ニコちゃん」


 ニコちゃんが無事であることを確認すると、サトルは心底安堵したように息を吐いた。

 実のところ、サトルは黒妖精と聞いて新米冒険者たちよりも、ニコちゃんの方を心配していた。

 ニコちゃんはやはり例の黒妖精を見つけたらしく、サトルに向かってあっちを見ろと、小さな手で指し示す。


 草むらの中でも、特に草の背が低くなっている場所にそいつはいた。その姿は前に見た時と同じ物だった。

 兎のように体を伏せ、長い耳だけを立てて周囲を警戒している。

 白っぽい体に付着している血は、先程の新米冒険者たちの物だろう。

 しかし怪我をしろくに歩けなかった冒険者でも逃げ切れたところを見るに、あの黒妖精は特に人を追いかけてまで襲うというわけでは無いらしい。

 ただ耳は確実にサトルたちが身を低くし潜んでいる方へと向いているので、気付かれているのだろう。


 サトルたちはクレソンを先頭にし、右少し後ろにサトルとニゲラが横並びに、左少し後ろにワームウッド、そのワームウッドさらに左少し後ろにヒースという位置取り。ヒースは後方の警戒をするため、荷物を降ろしやや斜め後ろを向いてもらっている。モーさんはこの中で最も手段を持っていないだろうヒースの傍でヒースを守っている。


 サトルはニコちゃんに問う。


「……あの中に、ギンちゃんたちはいるか?」


 ニコちゃんは神妙そうにフォフォンと鳴いて首を振る。

 望ましくない答えに、サトルは肩を落としつつ頷く。


「分かった……となると、昨日見たのとは別固体というわけか。複数いるんだな」


 サトルが何故目の前の黒妖精と、昨日見たという黒妖精が別の固体であると判別したのか、何か理由はあるのかとワームウッドが問う。


「どういうこと? 何か他に知っていることがあるの?」


 その声の鋭さに、サトルは気まずそうに後ろ頭を掻いて、ニゲラをちらりと見やる。


「心配させたくないから離してなかったけど、あの黒妖精、ダンジョンの妖精を食べるんだ」


 妖精を食べると聞いて、悪食かよとクレソンは嫌そうに下を出す。


「まじか、変なもん食うのな。けど人間は食べないってことか」


 しかしあの黒妖精は人間を追いかけてまでは襲わない。人間を捕食しないモンスターならば、多少危険性は少ないかと、クレソンは多少安堵する。

 しかしそれは早計だとサトルは言う。


「まじ。でもあの中に食べられたギンちゃんたちはいないとニコちゃんは言っているから、昨日のやつじゃない。それと人間は食べないかどうかは分からない」


 ギンちゃんたちが食べられたと聞いて、ニゲラが思わず声を大きくする。


「父さんそれ僕聞いてません」


 ニゲラの声に反応し、黒妖精が立ち上がった。しまったと思うももう遅く、そのカマキリの様な複眼は確実にサトルたちの方へと向けられていた。


 サトルたちもいつまでも潜んでいるわけにはいかないと素早く立ち上がると、それぞれ手に獲物を構える。

 サトルも以前手に入れた小さいが取り回しの良い懐刀を抜いて、一応の構えをとる。


「どうやって吐き出させるか分からないし、まだニゲラには言いたくなかったんだけどな」


 サトルの言葉にニゲラはすみませんとわずかに俯いた。その瞬間、黒妖精はバネのようにサトルたちに向かって飛び出した。


 クレソンがとっさに鉈で黒妖精の爪をはじく。確実に金属と同じくらい硬質な物がぶつかる音がした。

 返す刀で黒妖精に切りかかるクレソン。しかし鉈は黒妖精の身体をすり抜けた。その状態では爪も人間の体に触れられないようで、追撃の手はクレソンの脇腹をすり抜ける。

 その異様な様に、クレソンは毛を逆立て大きく後ろへと飛び退る。


「うお、何だこいつ……」


 攻撃は防げるが攻撃を当てることはできない、そんなモンスターがいるのかとクレソンは酷く困惑しているようだ。

 サトルもキンちゃんたちの性質を知らなければ、ここで対処を考えることもままならなかっただろう。

 サトルとクレソンは黒妖精に警戒し構えたまま言葉を交わす。


「妖精は自分の意思で物体を透過できるんだ」


「面倒癖え、だったら攻撃を受ける瞬間に切り返さなきゃいけねえってことか」


「できるか?」


「むずい。リアンがいたら何とかなったかもしんねえけど、お前らじゃ無理だろ」


「たしかにね」


 とワームウッドも口を挟み、ヒースも申し訳なさそうに耳を伏せる。

 クレソンがとっさに判断して鉈で黒妖精の攻撃を受けた動き、それをサトルたちが真似をするには、あまりにも一瞬で難しい。だからと言って、クレソンと黒妖精が組み合っている間に一撃でダメージを与えられるほどの攻撃力も持っていない。

 せめて棍棒のような物があればとサトルは呻く。

刃物での戦闘素人は、刃を的確に物に当てて切り裂くことも、突き刺すことも想像以上に難しい物だ。肉や魚を包丁で解体してみればわかるが、刃物よりも鈍器の方が物体を壊すのには向いている。


 その動きの差を黒妖精も見て取る事が出来たのか、黒妖精はサトルに狙いを定めたようで、クレソンからサトルへと向き合う相手を変えた。サトルは思わず後退る。

 やはりバネの様に一足飛びでサトルへと向け飛び出し爪を振るう黒妖精。その黒妖精の脇腹に向け、ニゲラが抉るようなアッパーをくらわせた。


「父さんに触るな!」


 ドウッ、と重く身の詰まった袋を殴る様な音がして、黒妖精が面白いように吹き飛んだ。

 三メートルほど飛んで地面に転がり、ビクビクと震える黒妖精。しかしそれもつかの間、すぐにややよろけながら立ち上がる。


「ニゲラは当たるのかよ? いや、攻撃中だったからか?」


 クレソンの問いに、ニゲラはとっさだったから自分でもよくわからないと答える。


「分かりません。もし通常でも触れるのだとしたら、それは竜だからだと思います」


「そうか、なら仮に触れるのがニゲラしかいないっていうなら、ニゲラにどうかしてもらうしか」


 だったら対処の方針は、とサトルが口を開いたとたん、またも黒妖精がサトルに向かって飛び出してきた。

 今度はクレソンが鉈で爪をはじき、横腹を蹴りつける。しかし黒妖精はニゲラの時のように飛びはせず、目標を誤ったような不格好な着地に終わった。


「やっぱ攻撃の瞬間は当たるっぽいけど、めちゃくちゃ重いな、くそったれ! こいつ確実にお前狙ってんぞ!」


「だろうな、竜の本気の打撃に耐えたんだ、まともな物体で出来たモンスターと思わない方がいいかもしれない」


 ニゲラの攻撃を受けてもなお立ち上がったことをサトルが指摘すると、ワームウッドがだったら今は諦めろとサトルに提案する。


「サトルここは一旦引こう。少なくともセイボリーさんやオリーブ姐さんがいない状態で戦える相手じゃない」


 重火力の筆頭二人無しでは難しいとワームウッドは訴えたが、しかしサトルはそれはできないと首を振る。


「いや、ここで見失ったら被害が増大する可能性がある。さっきは運良く見つけることができたが、彼らはあのままだったら行き倒れていたかもしれない」


 これ以上被害が増えるのは感かできる事ではないとサトルは言い切った。

 とたんワームウッドは、ここしばらくの不満や鬱憤を爆発させるように叫んだ。


「ああもー、そういうお人好し発言僕大嫌いなんだよね! どうせ自分が貧乏くじ引くのに、馬鹿じゃないの! 君も! あいつらも! 本当にバカバカバカばっかりだ!」


 珍しく感情むき出しの癇癪にサトルは驚くが、その言葉の中に含まれてるワームウッドの心情に、そういう事だったのかと苦笑した。


 あいつらと呼ばれた、バーベナ、ベラドンナ、オキザリス、三人が自己の献身でルーを守っていたことを、ワームウッドはどうやら気にしていたらしい。

 ワームウッドはタチバナの直接の弟子は無かったようだが、それでもタチバナに拾われたと言っていた。だがサトルがはじめてであった頃、ワームウッドはガランガル屋敷を出て、セイボリー達と行動を共にしていた。

 ワームウッドはルーを見捨てたわけではなかったようだが、それでもルーの元を離れたことを後悔していたのだろう。

 三人に当初向けていた嫌悪も、もしかしたら自己嫌悪の投影だったのかもしれない。


「いいんだよ、大切な人が貧乏くじ引くよりずっと……守れるなら」


 具体的に誰とも言わず答えたサトルの言葉に、ワームウッドはいよいよもって地団太を踏んで吼えた。


「僕サトルのそういうところ大嫌い!」


「同意します!」


 何故かニゲラまでワームウッドの言葉に同意するのは、きっとタチバナの記憶のせいだろう。


「悪かった。それについては無事にここを出てからまた話そう」


 とにかく今は黒妖精だと、サトルは二人をなだめる。

 実際に黒妖精はサトルたちが揉めだしたことを隙と見たのか、今度輪はワームウッドに向かって飛び出した。

 動きは単調。もしかしたらこれならと、サトルは身を投げ出すように飛び出し、ワームウッドに迫った黒妖精に、左腕を前面に使った体当たりをかました。


 体当たりをしてみてサトルは気が付く。重さたるやまさに牛への体当たりのようで、サトルの全体重をかけた体当たりにも黒妖精はふらつくだけ。四足を全て地面に突けてしまえば、さらにサトルが腕を叩きつけてもびくともしなかった。

 しかし自分に攻撃を当てたサトルに驚いたのか、黒妖精は逃げるようにワームウッドのの横を通りすぎ、ヒースに向かって走る。


「お、ちょ、おま、触れるのかよ!」


 クレソンの驚愕に短く答え、サトルは地面から身を起こす。


「左手だけだ」


 ヒースに迫る黒妖精を、モーさんがモモモー! と激しく鳴い威嚇した。

 威嚇が聞いたか黒妖精は飛び上がると、体を捻ってワームウッドへと向きを変える。

 サトルはそれを察して黒妖精がワームウッドに再び迫る前に、飛び付くように黒妖精に身を投げ出す。サトルを守ろうとしてか、ニゲラがそれに続く。

 サトルの手は自分に触れられると分かっているからか、黒妖精はサトルから逃げようと動きを止める。


 サトルは左手に持ち替えた懐刀を立ち止まった黒妖精に向け、上から体重をかけて突きたてた。

 左手で黒妖精に体当たりをしたり、その体を打ち付けた時、サトルの服は黒妖精をすり抜けてはいなかった。もしサトルの左手で掴んだ物が黒妖精に効果があるのなら、これもきっと大なり小なりダメージを与えられるはずだ。そうサトルは確信していた。


「ギャア!」


 悲鳴を上げてもんどり打つ黒妖精。

 ニゲラがそれを追撃するように、黒妖精の腹に蹴りを入れた。

 とたん、黒妖精の身体が激しい火花に包まれた。

 ニゲラはとっさにサトルを抱きかかえると、火花から逃げるように距離を取った。


「うわ、うわ、うわ、なんですこれ!」


「わからない、けど……」


 激しくはじけた火花が消えると、そこには黒妖精の姿はなく、ただ真っ黒な、貝殻の様な謎の物体が落ちているだけだった。


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