11・病巣
避難所を訪れた翌日、サトルは早速ダンジョンに潜った。
場所は初階層から通じる、ダンジョン内に川の流れる平原の様なホール。
そこには例のニガヨモギの亜種がたくさん生えているという。
植生はガランガルダンジョン下町周辺の平原に似ていたが、平地に広がる平原は様相が違うものだとサトルは思った。
もしかしたら、風の吹き方か季節のせいもあるのかもしれない。
暖かいというよりも、水辺であるはずなのに空気が乾いた感じがした。
「平坦でしょ? 結構ホール内で行動しやすいんだよね。けどグラスドッグがものすごく多いんだよね。それとグラスドッグが餌にしてる、小さいモンスターも。だから駆け出しの冒険者が経験を積むための練習場みたいな扱いになってるよ」
初階層よりもよりモンスターが出るから気を付けてねと、ワームウッドは簡単な説明をする。
「ああ、あの犬ってモンスター食べるのか」
「野兎とかネズミとかも食べてるよ。そっちの心配はしないでも良さそうだけどね」
心配しないでいい、と言ってワームウッドが視線で指したのは、やる気に満ち満ちたニゲラと、やけに緊張した面持ちのクレソン。
ニゲラは単純にサトルとダンジョンに来るのが嬉しいのだろうが、クレソンが厳しい尾も持ちなのは、きっとここで名誉挽回を考えているからだろう。
しかし、残念ながらサトルはダンジョン内でのクレソンの働き自体は信用している。問題は人間性だ。どんなに有能でも、子供じみた卑怯さがあるクレソンを、サトルはあまり許す気にはなれていない。
「戦闘に関しては、ニゲラもいるし、よほどのイレギュラーが無い限り大丈夫だろ。問題は、ニガヨモギ以外で採取できる物があるかどうか」
いつものようにニコちゃんを連れており、ニコちゃんはサトルの不安そうな声に、問題ないとフォフォン! と強く鳴いた。
一番このメンバーで不安があるのはヒースの様で、いつもならもっと多くの冒険者たちと一緒に潜るダンジョンを、少ない人数、しかもヒースを含め内二人が戦うすべをほとんど持っていないというのが気になるらしい。
「うー……でもさすがにこの人数でダンジョン来るの初めてだから緊張するな」
「心配すんな、俺が守る」
ドヤッと胸を張りクレソンが言う。
ヒースは冷めた目でそれを見ながら、おざなりに頷く。
「……うん」
想像していた態度と違うヒースに、クレソンは毛を逆立てて叫ぶ。
「何だよ、言いたいことがあるなら言えよ!」
「リズにも同じような事を言ってたのかなって思ったら、なんか、胡散臭いなって思った」
ヒースの答えにクレソンの逆立ってた毛が一気に萎れ、それでも口だけは元気にそんなわけないだろと吼えていた。
「言ってねえよ、言わねえよ! そもそもあいつダンジョンに潜ったことねえだろ」
「え、そうなの? てっきりいい恰好したくて言ってると思ってた」
ヒースの悪気も忌憚も気遣いも無い一言に、クレソンはショックを受けたように固まる。
ヒースの自分への信用が、そこまで落ちていると思っていなかったらしい。
しかしながら、自分を慕っていた相手に罪を着せるなんてことをしていたのだから、自業自得だろうと、サトルは心の中で合掌した。
とにかく進むぞとサトルは行動を促す。
ニコちゃんはすでにフラフラとどこかへ飛んで行ってしまっている。
人が何度も通って作られた道があるにもかかわらず、ニコちゃんはどうやら周辺の背丈のある草の中に飛び込んでしまったらしい。
辺りの草は腰の高さよりもさらに高く、ヒースが酷く歩きにくそうだったので、ヒースはしんがりを人が踏んで潰した草の上をある事になった。
ガサガサと草を踏み、時には手にした大ぶりの鉈で切り開きながら進むクレソン。サトルがその後ろで、ニコちゃんが進んだ方を示す。
ガザザア、と、人が草を踏むのとは違う音が聞こえた。
クレソンが静かに腰を落として構える。
サトルは右を、ニゲラは左、ワームウッドとヒースが背後を確かめる。
「出やがった」
厄介な場所でとクレソンが舌打ちをする。
しかしサトルも何も考えずにこの草むらに進ませたわけではない。
「フロルメイ! 草をなぎ倒せ! 敵の足下を掬え!」
風の精霊フロルメイに頼み、サトルたちの立つ場所を円心上に除き、全方包囲に強風が吹き下ろした。かと思うと今度は風が地面を這うように鋭く吹いて、そこに潜んでいた者たちをなぎ倒す。
やはりそこにいたのはグラスドッグ。
初めてサトルが手にかけたモンスターだ。何度も遭遇しているだけあり、その動きも、体重もほぼ予想できるモンスターだったので、サトルはあえてフロルメイの風で足止めをするだけにした。
グラスドッグたちはすぐに態勢を整えるが、その時にはすでにクレソンが肉薄し、手当たり次第に手にしていた鉈を叩きつけていた。
額や鼻、首などの急所となる場所を寸分たがわず叩き割る様に切っていくクレソン。
「っはっはあ! こりゃ楽でいいな」
愉快そうに笑いながら、あっという間に十三匹のグラスドッグを駆逐した。
「以前アマンドが千手のクレソン・リッパーなんて呼び方をしていたが……」
「クレ兄はこういう時だけは格好良く見えるんだよね」
サトルとヒースのため息を知ってか知らずか、クレソンはキリリとした表情のまま、ここに長居はするべきでないと宣言する。
「血の匂いがする場所からは離れるぞ。次が来るかもしれない」
血の匂いがする場所にグラスドッグが集まるというのは、以前アロエが獲った野兎の内臓を捨てた場所で経験したことがあったので、サトルはすぐにクレソンの指示に従い、ニコちゃんの進んだ方へは回り込むようにして移動することになった。
見晴らしのいい場所の方がグラスドッグは姿を現しにくいというので、サトルは近くに流れる川沿いを行くことにした。
やはりその場所も、ここしばらく前の増水の影響を受けていたのか、泥水を被り草が枯れて開けていた。
開けている場所というのは、冒険者たちにとって分かり易い目印なのか、サトルたちが川沿いにニコちゃんが飛んでいった方を目指し歩いていると、少し離れた場所から草を無理やりかき分けてくるような音がした。
「ねえ、何か来るよ、モンスターじゃないっぽい」
真っ先に気が付いたのはワームウッドで、サトルたちに立ち止まる様に促す。
しばらく待っていると、サトルたちの後方に、草を乱暴に払いながら寄ってくる冒険者たちの姿が見えた。
人数は五人。皆一様二十代か二十代と若く、装備も皮鎧ですらない、硬く織ったヘンプ生地の物のようだ。いわゆる駆け出しの冒険者、という所だろうか。
そのうちの一人、最も年嵩があるだろう男が、サトルたちに向かって叫んだ。
「助けてくれ! 頼む、薬を、何か薬を持っていないか!」
男は最初からサトルたちに助けを求めるつもりだったのだろう。
サトルとニゲラが返事より先にすぐに動いた。
男たちの方へと駆け寄っていく二人に、ワームウッドとクレソンは顔を見合わせ肩を竦める。
「俺も行く」
ヒースもサトルを追うので、仕方ないと二人も続いた。
五人の男たちの内二人の男は、仲間に支えられ何とか立っているという状態のようだ。
見れば二人はそれぞれ足と腹に獣の爪で切り裂いたような傷があった。
特に少年と言っても差し支えの無い年頃のシャムジャの男は、傷が深いのか止血をしても意味がないほどにじくじくと血が溢れ、かつ足が赤黒く腫れていた。
腹を薙がれた方の男は、ヘンプの鎧のおかげで皮を割いて内臓に傷が達していない分、まだ傷が浅いと言えるかもしれない。
「これは……」
サトルは二人の傷を確かめ瞠目する。二人の傷口に、激しく弾ける火花が見えた。
その火花は間違いなく、あの黒妖精の残滓だった。