8・謝罪と面罵
取って返すように避難所に戻ってきたサトルに、オキザリスは遅いよと文句を言って飛び付いた。
サトルが後ろに連れて来た人間たちを、一顧だにせず、大変なんだよとサトルの手を引く。
アンジェリカとルーはもちろん、オリーブもマレインもすでにオキザリスがサトルに懐いているのは承知済みだ。
オキザリスがこの避難所で避難者たちの世話をしていることに納得しているのも、元々オキザリスが貧民窟周辺にあった孤児院の出だと知っていたからだ。
しかしクレソンとバレリアン、それにカレンデュラはそこまでオキザリスと親しくなっているとは思ってもみなかったので、オキザリスが素直にサトルに助けを求める姿を見てひどく驚いた。
「待て待て待て、お前いつの間にそんなに仲良くなってんだよ!」
クレソンに至っては、唾を飛ばしておかしいだろとサトルを非難するほど。
「いや、いつの間にって、大雨の時に一緒に堰が決壊するの防ごうとしたし」
それを見ていたオリーブとマレインは、確かにそうだったと頷く。
「ああ、オキザリスはその時からサトル殿にこのような態度だったぞ」
「そうだね。オキザリスにとってここら一帯が大事なホームなのだとしたら、それを守ろうと奮闘していたサトルに懐くのもおかしくはない。なにより彼はクレソンやバレリアンよりも紳士的で誠実だ」
うんうんと頷きながらさり気なく毒を吐くマレインに、クレソンはぐうと呻くしかできない。バレリアンに至っては、もう逆らうまいと悟って大人しくマレインの後ろに控えている。
驚くべきは、さらにその後ろに、不機嫌そうな表情のワームウッドが続いているという事。横から心配そうに見やるヒースのこともただただ無視して、ワームウッドはサトルの腕にしがみつくオキザリスを睨んでいた。
「早くこっちに来てサトル」
「待てって、彼らに話しをしなくちゃ」
何かを見生体らしくサトルの腕を必死で引くオキザリスに、サトルは少し落ち着いてくれと、なだめようとするのだが。
「話って何するの? どうせ僕らの悪口しか言わないよ、その人たち。ずっとそうだったし」
しかしオキザリスは自分に濡れ衣を着せ、辛く当たってきた相手など話をする必要も無いと一蹴した。
サトルとしても、嘘の噂で貶められたり他人に襲撃されたとしても、特に不快とは思わない自分の方が異常だというのは理解していた。それは大人故の諦めに近い物で、自分の感情に正直なオキザリスに求めることはできなかった。
かける言葉を探して、サトルは口ごもる。
サトルが自分たちを擁護することは無いと悟ってか、クレソンとバレリアンがおずおずとオキザリスに声をかける。
「悪かった……お前のせいにして」
「あの時は、本当にすみませんでした……」
オキザリスは二人の方をちらりとも見ない。見ないままサトルを無理やり引っ張り、言葉だけ吐き出した。
「知らない。僕じゃなくて師匠にそれ報告したら? 僕に今更何言っても意味ないし。結局あんたらのせいで僕破門寸前から破門になったし、今更どうでもいい」
さすがにそれは聞き捨てならないと、サトルはオキザリスの手を捻る様に振りほどき、逃げ出さないように抱きしめた。
「ちょっと待て、まだ何か俺が聞いていない話があるのか?」
「ちょっとサトル!やめてよなにすんのへんたいー! ばかー! 色欲好色男ー!」
ぎゃーっと喚いてオキザリスは毛を逆立たせるが、その罵倒句はあまりにもサトルとかけ離れているので、流石に怒りも湧いてこない。
サトルは、オキザリスは話してくれないだろうし、ルーやアンジェリカに問うのは酷かと、助けを求めるようにオリーブに問う。
「オリーブ詳しく説明してくれ。葬式をボイコットしたから破門、ってことじゃなかったのか?」
オリーブはマレインとわずかに視線を交わし、マレインは構わないと頷く。
クレソンとバレリアンのチーム上の上司とも言えるマレインの許可を得て、オリーブは自分の知っている事だけをと、説明する。
「ああ、オキザリスとベラドンナはボスの一門から破門されている。理由は……一応タチバナの葬儀が最も大きい理由だが、それ以前にクレソンとバレリアンの二人以外に怪我人が出るほどの喧嘩を、わざと誘発させたからという理由でガランガル屋敷を出されて、ボスの完全な預かりになっていたんだ。それなのにボスの顔に泥を塗るような真似をして……」
尾も耳も萎れさせ、反論をしないクレソンとバレリアン。サトルの腕の中でぐすっと鼻を啜るオキザリス。
オリーブの説明は本当なのだろう。
「なるほど……三人が君らを信用しないわけが今はっきりわかった」
自己保身のために犠牲にされた上に、ガランガル屋敷を出されるまで屋敷の人間はオキザリスを信じてやらなかったのだろう。
サトルに甘える様子から、本当にクレソンとバレリアンに懐いているときは、距離感をおかしく感じるほどに親密にしていたのだろうことも予想が出来た。それが露骨に媚を売っているように見えたのかもしれない。
しかし、オキザリスは自分の感情に素直に動いていただけなのだ。
細い肩を震わせて泣き出してしまったオキザリスの頭を撫で、サトルは労い慰める。
「リズ、頑張ったな……よく我慢した。ルーのために、セイボリーさんたちの冒険者チーム壊せないもんな」
騙されて喧嘩を誘発されたというなら、まだクレソンもバレリアンも反省の余地があるとみなされただろうが、もし逆に喧嘩をしたことの罰を逃れるためにオキザリスの名前を出して言い訳をしていたのだとしたら、クレソンとバレリアンの二人がセイボリーの冒険者チームに残る事が出来たか怪しい。
ルーのためにと言われ、オキザリスは違うと首を振る。
「そんなんじゃないとは言わないけど……別にルーのためだけじゃないし」
だけではないという事は、やはりルーのためというのも理由だったようだ。
オキザリスがすっかり落ち着くのを待って、マレインが口を開いた。背後にいたクレソンとバレリアンの二人を振り返り、いつになく厳しい声で二人を糾弾する。
「まったくもって、サトルの言う通りだ。お前たち……いい加減僕もお前たちの尻ぬぐいをするのはうんざりだ。事の決着はきっちりお前たちで付けろ。そうでないなら、もうお前たちはうちのチームには必要ない。セイボリーに話して僕たちのチームは完全解体する」
チームの解体について、マレインはセイボリー達に話しを通してはいないが、話したとしてもセイボリーやルイボスならば納得する内容だろう。
冒険者チームを抜けることになったとして、その後クレソンとマレインは二人でやって行けるのかどうか、もしかしたらタイムの様にそこそこの実力があったとしても、チーム内の仲間と揉めて追い出された人間は、新しくチームを組むのは難しいかもしれない。
ましてやクレソンとバレリアンは、他人に濡れ衣を着せ自分たちの保身を図ったのだから。
クレソンは毛を逆立て怒りをにじませ、バレリアンはすっかり顔を青ざめさせている。
「それはっ……」
言い訳をしようと口を開いたクレソンの肩を、バレリアンが慌てて掴む。
ここでクレソンが下手に言い訳をして、さらなる保身を図るようなら、バレリアンも一蓮托生になってしまうと考えたのだろう。
バレリアンはクレソンに耳打ちをする。
「先輩、ここで言い訳は逆効果です。僕らは確かに悪事を働いたんですよ。見てください……サトルも、ルーも僕たちが正しいとは思っていない」
ルーと聞いて、クレソンの瞳孔が緊張で収縮した。呻く声を上げ、クレソンはガクリと肩を落とす。
「……悪かった。本当に……俺、チーム辞めたくねえっす」
結局は自分のために謝罪をするクレソンに、呆れるようにマレインはため息を吐く。
サトルはクレソンを観察しながら考える。
クレソンは自分がサトルを守れなかった時には強く責任を感じていた。しかし今はどうだろうか。他人を裏切った、利用した、傷つけたとしてもそれに対して悪意や悪気がそれほど強くはなく、マレインに叱責を受け、罰を下されることを嫌がっているばかりだ。
クレソンにとって、冒険者として請け負う仕事は、普段の言動とは違う位置付けにあるのかもしれない。
冒険者として、正式に依頼をした方が、クレソンを動かすには適しているのではないかと計算するサトル。
しかし、マレインの言葉はまだ続いた。
「ならもう他人に迷惑をかけるな、面倒ごとを増やすな。なにより人を裏切るな。今から誰も裏切らず死ぬ気で働け。サトルの指示を全力で真っ当しろ。自分の命より優先だ、いいな?」
サトルに従えと厳命するマレインに、二人は強く頷いた。上司命令だというだけでなく、もう一度チャンスをくれてやるというマレインに、逆らうことなどできなかった。
話は決まったと笑顔でサトルたちに振り返るマレイン。
「さて、ではサトル、オキザリス……この二人は馬車馬だと思ってしっかりこき使ってくれ。もっとも、モーさんほども役に立つとは思わないがね、それでもそこいらの棒きれよりはきっと役に立つはずだ。棒きれほど素直に使われてくれるか心配もあるだろうが、そこはまあ勘弁してやってくれ」
いい笑顔で言われる罵倒混じりの言葉に、サトルはこの人が一番扱いにくいのかもしれないなあと、言葉に出さず独り言ちた。