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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第十一話「コウジマチサトルは戦える」
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4・黒い妖精

 件の避難所に行くと、そこは確かに話に聞いた通りの掘立小屋。辛うじて雨風をしのぐための屋根や壁があるが、突貫工事だからかかなり隙間も多いうえ、明かりも無くうす暗かった。

 電気の無い状態の避難所が暗くなることは経験済みだったので、サトルはモーさんに加えテカちゃんとキンちゃんギンちゃんたちを二十匹ほど連れてきていた。


 風通しは良い位だったが、それでも一つの小屋に十人以上がいるらしく、人間の体臭と、それだけでは済まない悪臭がこもっていた。

 この小屋は特にひどい状態の、謎の病気の感染者が集められているらしいとサトルは聞いていた。


「暗い……それに、匂うな」


 素直なサトルの感想に、オキザリスは肩をすくめる。


「それは仕方ないと思って」


 匂いに言及するサトルの横で、ヒースが激しく毛を逆立てていた。それを見てサトルも確信する。


「いやそうじゃない……汚れて匂うんじゃなくてこれは」


「死体の匂い」


 言い淀むサトルの代わりにヒースが断定し、悪臭の元を探る様に小屋の中に飛び込んでいく。

 その後ろを追って飛び込む光が一つあった。


「ギンちゃん? まさか!」


 ギンちゃんが何かに向かって急に飛び出していくなんてと、サトルは嫌な予感に襲われヒースの背を追い、肩を掴んだ。

 ヒースは床に敷かれた布の上に、ただ寝かされているだけの男の前に立っていた。

 その男こそが悪臭の発生源であることはサトルの鼻でもわかった。


「ヒース、迂闊に近づくな、様子がおかしい。リズたちも、俺がいいと言うまでこっちに来ないでくれ……もしかしたらヤバい奴かもしれない」


「ヤバいって何さ?」


 サトルに制止され、小屋に入るのを踏みとどまりながら、オキザリスは心配そうに声を震わせる。

 まさか来て早々死体の匂いなどという言葉を聞くと思っていなかったのだろう、オキザリスの顔からは血の気が引いていた。

 対してヒースはサトルの言葉を受け、素直に数歩下がる。状況の把握ができる人間に任せ、指示に従うのはヒースが冒険者の従者をした経験で学んできた事なのだろう。余計なことを言わずにサトルの指示を待つ。


「まだはっきりしない、けど、もしかしたら妖精たちにしか対処できないかもしれない事」


 肉の腐る甘ったるさを持った腐敗臭。

 男の胸は呼吸のために大きく上下し、時折咳き込む様子から、確実に生きていることは分かったが、その手足は赤黒く腫れていることが、サトルの連れて来た妖精たちの光で見て取れた。


「リス、ベラ! 何があったの? あ! サトル様! どうされたのですか?」


 どうやら別の小屋で避難者たちの支援をしていたらしいバーベナが、騒ぎに気が付いたのかやってきた。


「入るな! みんな外にいてくれ」


 バーベナはは何があったのかと、問う相手を再びベラドンナたちに変える。


「どういうことです?」


「分からない……でも、サトル様とヒースが警戒をしているようなの」


 ヒースを追ってきていたギンちゃんは、男の上で何やらフォンフォンと怒気を孕んダ声を上げながら旋回しているが、男に触れることはしない。


 ギンちゃんの過剰反応と、胸を悪くするような腐敗臭には覚えがあった。

 サトルはまさかと思い、ヒースを下がらせた状態で男に触れてみた。手首を掴み脈を確かめる。異様に早い。呼吸も荒々しく大きく胸を上下させている。呼吸困難になっているのかもしれない。

 右の足先は指の形が分からないくらいにパンパンに腫れあがり、左の瞼もひどく腫れているように見えた。


「キンちゃん、この人の炎症を治すことはできるだろうか?」


 サトルの問いかけに肯定するようにフォーンと鳴くキンちゃん。

 キンちゃんがサトルの手に沿って男の手首に触れたとたん、男の身体から赤い光の粒がはじき出された。

 まるで胸の上で線香花火が散るかのような光の出現に、近くで見ていたヒースだけでなく、オキザリスたち迄驚きの声を上げる。


 サトルの目にはその線香花火がすぐに別の姿を取るのが見えた。


 サトルはその線香花火をとっさに左の手で払いのけ、男が寝かされていた布の端を掴んだ。


「黒妖精だ! 下がれヒース! この人を連れて行ってくれ!」


 布の端を縛り男を引きずって連れていける即席の担架を作るサトルの目の前で、線香花火はバチバチと音を立てながら膨れ上がっていく。

 膨れ上がる火花に向け、ギンちゃんがフォオオオオオオオンと雄叫びを上げ突進していった。


 ギンちゃんが人丈ほどに膨れ上がった線香花火に体当たりを仕掛けるが、激しい閃光とともに弾かれるのがサトルの目には見えていた。


「だいふくちゃんたち! ギンちゃんの加勢をしてくれ」


 サトルの言葉に、一緒に連れていたギンちゃんタイプの攻撃性の強いだいふくちゃんたちが、フォフォーンと答えてギンちゃんと同じように線香花火に突進した。今度は双方組み合っているのか、激しい閃光をまき散らしながらバチバチと、それこそ物理的な熱を持った火花を散らした。


 まるで室内で溶接でもしているかのような光景をサトルは直視できず、ヒースとともに男を引きずりながら小屋を出る。


 そんな小屋の中の光景にオキザリスが悲鳴を上げる。


「何あれ!」


「だから黒妖精だ! 今はダンジョンの妖精たちが戦っている! キンちゃん、まだこの人の炎症は治らない?」


 いちいち詳しく説明をしている余裕は無かったので、サトルは繰り返し黒妖精という言葉を伝える。ルーが知っていたのだから、バーベナも知っているだろうと思ったからだ。

 実際バーベナはサトルの言葉にすぐに「あれがそうなのですね」と、納得する。


 サトルはその間もキンちゃんの行う治癒の様子を確かめ、次にするべきことを考える。

 小屋の中の光はまだ激しく明滅を繰り返している。

 妖精は任意で人に触れられない状態になることができるので、サトルたちでは手が出せないはずだが、先程左手で払った時は触れられた。これには何か意味があるのかもしれない。


 必ずできるとは限らないが、サトルに何かができるのならばやらなくてはいけない事だろう。

 今避難所で蔓延している謎の病気は、確実にダンジョンの中に捕らわれていた黒妖精の仕業なのだから、それを対処すべきは妖精に指示を出し力を分けられる自分だけのはずだと、サトルは決心する。


「ヒース、リズ、ベラ、ビビ! 黒妖精は俺が対処する! 避難を! これと同じように人を包んで引っ張ってくるんだ」


 自分が作った即席担架を真似してとにかく病人を避難させろとサトルは指示を出す。

 す


 すぐに分かったと四人は小屋の中に飛び込んでいく。


 サトルもそれに続いて小屋に入ると、精霊魔法を使い弾けるような閃光を覆った。


「ウワバミ水を、ベルナルド気泡を巻き込んだ白い氷の壁を! 妖精たちの周りに作り出してくれ」


 二匹の精霊はサトルの意思をくみ取り、白く濁った氷の壁で妖精たちを囲い光を拡散させる。


 それぞれヒースとオキザリス、バーベナとベラドンナが組んで、二人がかかりで引っ張り出そうとうごいた。バーベナは目標がハッキリしているようで、一番奥の病人へと駆け足で向かいベラドンナを呼ぶ。


「ベラ、こちらをお願いします!」


 一度認識したからだろうか、サトルの目には先ほどと同じ線香花火のような光が、男の胸の内側で光っているのが透けて見えた。


「ビビ! そいつから離れろ! 黒妖精はそいつにも憑りついてる!」


 サトルはバーベナへと駆け寄り、その体を引き寄せた。

 とたん一番奥に寝かされていた女の身体から、弾かれるように線香花火のような光が飛び出した。


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