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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第十一話「コウジマチサトルは戦える」
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3・見るもの見せるもの

 ニガヨモギのクッキーについては、どうやら軽症であればあるほど効き目がいいらしく、作るならやはり早い方がいだろうということで、明日二百枚を焼いてもらった後、時間があれば即日中に避難所に届け、さらに翌日にはダンジョンに潜ろうという話になった。その際さっそくあの笛を使えるか試してみたいので、ルーにも事情を話して使用許可を取るつもりでいた。


 一通り話が決まりサトルたちは銀の馬蹄亭を出ることにした。


「じゃあ、明日な」


「ああ、また明日」


 軽い挨拶を交わすとタイムは今晩の仕込みもあるからと厨房へ戻って行った。

 建物の外に出てみると、まだ外は大分明るかったが、夕方の時刻を告げる鐘がほんの数分前になったばかりだったので、これからどんどん日が暮れていくだろう。


「……今からは、時間が無いか」


「さすがにね、陽が落ちるまでは長くなってるけど、これ以上遅くなるとたぶん疑われるよ」


 今から避難所を見に行くことはできないか、そう呟くサトルに、オキザリスは肩をすくめる。


「俺もちょっと気になってたけどなあ」


 元々孤児だというヒースは、オキザリスたちと同じ孤児院でこそなかったものの、やはり貧民窟周辺に住んでいたこともあり、水害の様子が気になるようだった。

 明日の外出にもヒースを連れてくるつもりだったサトルだが、ヒースにはヒースのやりたい事があるのかもしれないと申し訳なくなった。


「……悪い、ヒース、巻き込んで」


 サトルの謝罪に、ヒースはびっくりしたように尾を立て毛を逆立てる。


「え! 何で? 悪いことしてないし、別にいいよ。リズも面白い奴って分かって良かったもん。クレ兄もリアンさんも、多分元から仲悪かったんだと思うし、それで勝手に喧嘩してたんでしょ。気を使って離してあげないといつもそうだよ」


 自分でも若干なりともクレソンやバレリアンを裏切っている気がしていたのだろう。ヒースは言い訳の様にまくしたて、急にしょんぼりと耳を倒した。


「いや、流石にあの二人については言及してないよ」


 しょんぼりヒースの頭を右手で撫でてやると、少しだけ耳が持ち上がる。それを見てオキザリスが無言でサトルの左手を掴んで自分の頭に乗せた。


「……」


 サトルは何となく「猫を構ってると自分も構えと寄ってくる犬」を思い出しながら、二人を撫でる。それを羨ましいと言わんばかりに、足元でモーさんとニコちゃんがモモー、フォフォーンと鳴いた。


「多分さ、言い訳に使ったんだと思う、リズのこと……二人の喧嘩が酷くなるとマレインさんとか本気で怒るから」


 ぼそぼそと、まだ気落ちしたままヒースは言う。


 ヒースは意外に冷めた事を言うことがある。岡目八目とでも言うのか、ある種の外野としての視点を持っているのだ。

 寧ろガランガル屋敷に下宿している冒険者たちの反応が過剰なのではと思う程、オキザリスは自分の感情に素直だが、意地の悪い性格では無かった。

 ではなぜクレソンとバレリアンはオキザリスのせいで対立してしまったのだろうか。サトルはヒースの言う通り、あの二人は自滅に近い形で、互いへの憎悪を募らせたのではないかと思った。


 バレリアンがあえて槍を使って戦う事を選んだのは、クレソンと比較をされないためだと言い、クレソンは自分がやってきた一番槍のポジションを、バレリアンにかすめ取られていると思っている節があった。

 そしてヒースは、そんな二人を慕いながらも、自分が師事を受けているのはワームウッドだからと、少し距離を置くこともあった。

 だからこそ他の誰よりも気が付いたのだろう。自分の弟分や格下相手に増長し反発が強くなる二人の関係性に。

 そしてオキザリスがサトルに懐き、距離を取らない様子を見て気が付いたのだろう。クレソンとバレリアンにとって争いの種になり得る存在だったのだろうことに。




 翌日、昼前に銀の馬蹄亭へと行くと、タイムは焼きあがったクッキーを冷ましている途中だった。

 一つ一が病人でも食べやすいよう、ウズラの卵ほどの直径にしてあり、作業台の隅に寄せてあるとはいえ、流石に圧巻の量だった。


「すぐには持っていけないけどどうする?」


「冷めるまで厨房を手伝う」


「おう、じゃあ頼むわ」


 一応タイムの父親が主で、タイムに加え妹も一緒に厨房に入っている時間帯だが、それでもやはりクッキー作りに時間を取られた分作業が遅れているらしく、タイムはサトルの申し出を喜んで受けた。

 そんなサトルとタイムのやり取りを、銀の馬蹄亭で待ち合わせていたオキザリスとベラドンナが不思議そうに見る。


「タイムって、凄く料理下手って聞いてたんだけど、こうして見るとそうでもなさそう」


「ですわね。聞くに二百枚という量をこの時間までに作るという事は、手際も良いのでしょうし」


 銀の馬蹄亭の夜の部を任されているタイムは、料理は雑だが酒は美味いということで、ある意味評判だったのだが、サトルはそんなタイムの料理を手伝う際、タイムの指示に従って動いていた。

 それは二日前にサトルがタイムと一緒にタチバナのレシピの再現をしている際も同じで、その時はルーとアンジェリカが不思議そうにしていた。


 そんな疑問に、ヒースは聞いた話だけどと簡単に説明をする。


「サトルが言うには、タイムは仕事が雑なだけで、腕は親父さん譲りで一流なんだって。あと基本的に作業量の多いことしてるから、集中力途切れちゃうことがあって失敗するけど、最近はやることに目的があるから、失敗全然してないらしいよ」


「へー、そういうもの?」


「うん、モチベーションが大事ってサトルは言ってた」


「モチベーションかあ、確かに大事かも」


「ですわね」


 やるべことがある、それがどれだけ原動力に繋がるか、分かっているからこそしみじみと頷くオキザリスとベラドンナ。

 ルーを助けるために、泥を被って人に恨まれても挫けずにやってこられたことを思い出しているのだろう。


 ヒースは尚も話を続ける。


「目的なくなっちゃうと抜け殻になるんだって」


「それもサトルが?」


 神妙に頷き、ヒースは声を落とした。


「そう、サトルは前に水害で家族とか友達とかみんな死んで、親友と、幼馴染の子以外みーんないなくなって、住んでた町も全部水に流されて、土に埋まって、何もかも亡くなったらしいよ」


「ちょっと、それって話していい事なの?」


 サトルの身の上話なんて聞いたことのなかったオキザリスが、思いもかけない重い話に、毛を逆立てヒースを叱りつける。

 しかしヒースは頷き大丈夫と答える。


「サトルが話しておけって言ったんだよ。自分が水害で家を出された人を助ける理由は、慈善事業じゃなくて、自分がその状況になる事が耐えられないだけだから、って。自分が生きるモチベーションが、自分と同じくらい苦しんだ人を助ける事らしいよ、サトルにとって」


 苦笑するヒースに、オキザリスは頭を抱えてテーブルの上に身を折る。


「何それ……勝手に人を生きる理由にしないでよ。重い」


「重いですわね……ですが、聞けて良かった話かもしれません。ありがとうございます」


 苦い物を噛むようにベラドンナは息を吐く。


「何でよかったのさ」


 八つ当たり気味に問うオキザリスに、ベラドンナは、だってねとヒースに似たような苦笑で答える。


「行動の理由がハッキリしている方の方が、信用しやすいでしょう。サトル様はすくなくとも、私たちに対して信用をしてほしくて、そんな話をヒースにさせたのではないかしら?」


 オキザリスはちらりとヒースを見やる。ヒースはそんなオキザリスの縋るような視線に、大きく頷きを返す。


「俺もそう思う」


 オキザリスはため息を吐いて身を起こした。


「とっくに信用してるんだから、別にそんな傷口みせるような真似しなくていいのに。すっごく気まずくなるんですけどー」


 天井を仰ぎながらぼやくオキザリスに、ヒースもベラドンナもそうだよねと同じような苦笑で同意を示した。


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