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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第十一話「コウジマチサトルは戦える」
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2・流感と神餅

 水害でそれまで住んでいた家を出ざる得なかった者達のために、即席で作られた小屋や使われていなかった建物を開放しているらしいのだが、その中でオキザリスの言うような病気が流行っているのだという。

 また、冒険者の中にも咳症状や、手足の腫れが見られる者もいたが、そちらは上の町にあるジスタ教の治療院でお布施を払い治療を受けることができていたのだそう。


 オキザリスやバーベナは、住んでいる地域がまさに貧困地域内部だったという事もあり、そんな避難所にいる人たちの世話をし、ベラドンナは避難所の運営のために自分の伝手を回って金を集めているのだとか。

 あまり倫理的でないやり方ではないだろうかと、若干心配にはなるものの、あくまでも他人のサトルはそこをとやかく言うつもりは無かった。


 ただ気になるのは、そんな病気の蔓延している場所にいて、オキザリスたちもまた病にかかってはいないだろうかということ。


「君たちは大丈夫なのか?」


 子供を心配する親の様な面持ちで、サトルはオキザリスに問う。


 避難所で疫病が蔓延するというのはよくある事だ。

 災害後の衛生環境もさることながら、災害に遭い精神的にも肉体的にも疲弊した人間は、病気と闘う力が落ちるらしく、サトルが元の世界で被害に遭った水害の際も、避難所内には咳の音がそこかしこから聞こえていた。


「リズ、身体苦しくないか?」


 思い出される嫌な記憶を振り払うように、サトルはオキザリスの無事を確かめようと繰り返し問う。

 目の前のこの子が病気になっているようなら、サトルはニコちゃんに力を借りて治療するつもりだった。


 しかしオキザリスはもちろん平気に待ってるでしょと涼しい顔。


「平気、それにあのにがーいクッキー食べたから」


 にがーいクッキーとは、もしかしなくてもタイムが販売しているあのニガヨモギの亜種で作ったクッキーだろう。確かタイムはあのクッキーを風邪を治す不思議な力があるクッキーとして売っていたはずだ。

 味としては好んで食べたくなるような物ではないはずなので、わざわざそれを食べたという事は、食べざるを得ない状況にあったという事だ。


「ちょっと待ってくれ、もしかして君ら咳の症状とかあったのか?」


「知らない」


 サトルの問いに、オキザリスは露骨にそっぽを向く。オキザリスは行動が幼い。幼い行動をする相手をどうやってなだめて言う事を聞かせるか、サトルは考える。


 サトルはオキザリスの肩に手を置いた。驚いたようにオキザリスがサトルを見る。


「オキザリス、教えて、お願い」


 お願い、と目を合わせて言われたとたん、オキザリスは眉間にしわを寄せて呻いた。

 オキザリスには命令よりお願いの方が効くことを、サトルはこの数日で理解した。


「むー……ちょっとだけだよ、でも本当にクッキー食べたら咳も止まったし」


 だから平気とまたもそっぽを向くオキザリス。

 その会話を厨房から顔を出して聞き耳を立てていたタイムが、そういう事だったんだなあと納得する。


「へえーだからか。最近やけに売れてるんだよなあの苦いの。この三日全部昼には完売してんだわ」


「売れてるってことは、他にも同じ症状が出てる奴らがいるのか……」


 どれくらいの量を作っているかはわからないが、タイムが明確に売れていると感じるくらいには、味の良くないあのクッキーに需要が発生しているという事だ。

 避難所には他に行く当てもない貧困の人間がいるらしいので、クッキーを買いに来ているというのは、今現在収入の途絶えていない者達だろう。


 今回の水害の被害カ所はピンキリだったが範囲はとにかく広く、またダンジョン周辺から流れ出していただろう泥水自体は、川の周辺以外にも及んでいた。

 ダンジョンの水があふれていた時点で、すでに病気の蔓延の気配はあったのだが、もしかしたらサトルが思っている以上に、多くの人間がその病気に罹患している可能性があった。


 タイムもサトルの言葉に同意を示す。クッキーを作る事でその罹患者たちの支援にもなるだろうと思うのだが、タイムはやや消極的た。


「だろうな。んで今日ももちろん完売。百枚作って、一個ずつ売ってるのにな。今後少し作る量増やすかどうか、悩みどころなんだよな。あれって材料ダンジョンの中でしか採れないからさ、これくらいの時期に採る奴増える以外は、あんま出回んないの」


 クッキーを多く作ることができない理由に、ヒースがどうしてだろうと首をかしげる。


「何で? ニガヨモギなら珍しくないよ。ダンジョンの中でよく見るし」


 タイムはそれは簡単と苦笑とともに答える。


「早稲の麦でしか作れないビールに使うから、ダンジョンの内部で採るやつは今しか出回らねえんだよ。普通にもっと安全なところで採れるし、何だったらあれ虫避けで畑の脇にニガヨモギの藪ある所とかメッチャクチャ多いから」


 ニガヨモギはダンジョンの中でも見るが外でも見るハーブだ。だからこそ特別な需要のある時期しか出回らない。そうタイムは説明する。


 ダンジョンの仲は初階層ですらモンスターが出る。弱いグラスドッグの様なモンスターならば、ガランガルダンジョン下町周辺の畑にも出ることがあるが、それでも大人数がいるところに好んで飛び込んでくることは無いという。

 しかしダンジョン内は一緒に行動できる人間の数に制限がある。あまり大人数で立ち入れない事や、場合によっては初階層ですら黄金のミード蜂の様な厄介なモンスターがいるので、外でも手に入りやすく、安価なハーブを採取するためだけに潜る人間はあまりいないだろう。


 ヒースはなるほどと頷き、だったらとオキザリスが提案する。


「じゃあサトルと一緒に採りに行けばいいんじゃない?」


 もちろん最初からそのつもりだったと言わんばかりに、タイムはいい笑顔で答える。


「だよな。探すのはめんどいだろうけど、まあそんな珍しいもんでもないはずだし、頼むぜ、サトル」


 タイムには良いように利用されてるな、そう思いながらサトルは苦笑し、ならばこっちも利用すると返す。


「いいよ、その代わり、俺もお前にニガヨモギのクッキー注文するから、大量に作ってくれよ二百枚くらい、明日な。ダンジョンに潜るのはお前の都合の良い日に合わせるから、いつでもいいから指定しろ」


 二百枚という一人で消費するわけではないだろう量に、ニゲラがもしかしてとサトルに問う。


「それってもしかして、避難所にですか?」


 ニゲラの言葉にオキザリスの耳が跳ねるように持ち上がり、本当だろうかサトルの表情を窺う。


「ああ、寄付させてもらうよ。避難所利用してる奴らの食事のこともあるだろ」


 サトルからの寄付だという苦いクッキーに、まだ受け取ってもいないがオキザリスは頬を染めて目を潤ませる。そのはかなげな美少女顔でサトルを見上げながら、泣きそうな声で礼を言うオキザリス。


「……あ、ありがとう。でも、いいの?」


 あざとい。しかしどうやらこれをオキザリスは計算でやっているのではなく、本気で自分の感情に素直に行動しているだけのようだ。興奮で耳の内側が赤く見えるほど。目の潤みも唇のふるえもほんものだ。


 そこまで感動するほどの物ではないだろうが、それでもオキザリスが感謝をしてくれるなら、提案してみてよかったとサトルは口の端を持ち上げる。


「まあ相談を受けて、何も答えが出なかったから、とりあえず解決策の一端くらいはなと」


 せっかく慕ってくれる子供がもう一人出来たのだから、ちゃんと相談事に解決につながる何かを提案したい物だとサトルは思っていた。それに何より、今この水害で困っている人間を助けることは、サトルにとってほぼ当然のことのように感じられていた。

 きっと過去のトラウマのせいなのだろうとサトル自身も自覚しているが、それでも、色々と理由を吐けてでも、サトルはきっと何度でも同じことをするだろうと思っていた。


 すっかり二百枚のクッキーは決定事項のようだと、タイムはガクリと肩を落とす。


「あー、二百かよしかも明日って……材料はそりゃあるけどよー」


「頼んだぞ。金は弾む」


 一日百枚を作って売っていたというタイムは、明日作るだろう倍の何だったら三倍の量を思って、全く嬉しくなさそうな礼を言う。


「注文ありがとよ、まさかこんなに大量注文してくれるとはな。本気でこの店職業クッキー屋にでもしてやろうか」


 クッキー屋と聞いて、オキザリスが怪訝にタイムに問う。


「それでやって行けるの?」


「真顔で聞くな、冗談だよ」


 採算なんて取れるわけないとタイムは即座に否定する。それにクッキー屋ではタイムの意中の相手、カレンデュラに得意客になってもらえないだろうし、とはさすがに口に出さず、サトルは肩を竦めた。


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