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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第十一話「コウジマチサトルは戦える」
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1・不穏の影

 ルーとアンジェリカがバーベナたちと和解して数日、無事ニゲラとの対面も果たした翌日、サトルはオキザリスに呼ばれて銀の馬蹄亭へと来ていた。

 昼食時は外していたので、夜の仕込みのためにサトルはタイムに手伝いを強請られ、仕方ないので野菜の皮剥きは手伝ってやることにした。


 この時期はアスパラがとにかく売れるので、根元の硬い所を切るのを手伝ってくれないと、俺の手が死ぬんだ! とタイムが嘆いていた通り、アスパラはサトルの体重分より多いのではないかという量が用意されていた。

 そのためかなりの長時間、サトルは厨房に拘束され、その間放りっぱなしのオキザリスは、サトルが連れて来たニゲラとヒースとともに、話しをして時間を潰していた。


 そのおかげだろうか、サトルがアスパラから解放され、へとへとになりながら店内に戻ってきたころには、三人はすっかり仲良くなっていたようだった。

 特にニゲラが上機嫌で、ヒースとオキザリスに構っているらしい。

 ヒース自身はオキザリスにほぼ蟠りが無く、サトルやニゲラが当たり前のように親しく接していた上に、年齢もほぼ変わらないという事もあってか、とても話しやすそうにしていた。


「ふふふ、僕もお兄ちゃん、って感じじゃないですか?」


 と喜ぶニゲラに、ヒースは「そうだねー」と肯定的で、オキザリスは「やだよ、ニゲラってば子供っぽいし、僕の方がお兄ちゃんだよ」と、ニゲラの精神年齢を指して頬を膨らませる。


「誰がお兄ちゃんでもいいよ。なんかもう君ら三人とも産んでもらった覚えのない息子の様な気がしてきた」


 とサトルが言えば、三人は三人とも嬉しそうにするので、サトルとしても悪い気分ではなかった。

 サトルは特別子供好きと言うつもりはないが、意思疎通のできる相手が懐いてくるのが嫌いではない。息子と言ってみたものの、本当に子供だと思っているというよりも、多分扱いとしては会社の後輩やバイトの子らと同じだなと、サトルは自分で納得を付けていた。


 自分たちはどうなのかと、一緒についてきた犬サイズのモーさんとニコちゃんがモーモーフォンフォン鳴くので、サトルは二匹に「大事な友達」と答えておく。満足したのか、二匹は先程より高くモーモーフォンフォン鳴いた。


 しかし父親を標榜するならと、オキザリスはにいっと口の端氏を持ち上げ、サトルに意地悪く問う。


「認知してくれるの?」


「父さんは僕の父さんです」


 条件反射のようにサトルの所有権を主張するニゲラは放置して、どこまでが冗談か、どこからが本気か、思わずサトルは唸り口元に手をやる。


「いや俺こっちの国の人間じゃないから、認知までは難しい。世話をしろって言うなら、できる限りはするし、勉強したいって言うなら相談に乗る。こっちでは学校とかは……宗教関係しかないんだっけか?」


「え、何それそんなに考えなくていいし」


 まじめなサトルの答えに、オキザリスはその答えは期待してないと引く。

 君が聞いたんだろうと眉間にしわを寄せるサトルから、露骨にそっぽを向いて見せるオキザリス。

 茶化されただけだったようだが、そんなサトルの真面目な答えに、ニゲラが真面目に口を挟んだ。


「文字が読めるなら、ガランガル屋敷で本を読むだけでも学べることがあるのでは?」


 それはいいねとオキザリス。


「そうだよね。なら勉強したいって言ったらサトルが頑張ってくれるんでしょ? 期待してる、パパ」


 期待しているというのは、ガランガル屋敷にオキザリスをこっそり連れていくことか、それともワームウッドやオリーブたちの誤解を解く事か。

 どちらもサトルにとってはリスクがあった。


 オキザリスをガランガル屋敷に引き込んだとして、それがバレた時のワームウッドやオリーブたちの反応が予測できない。また当面ローゼルとは敵対しないが、疑いを持っている状態で、ローゼルに近いオリーブたちに、ローゼルを疑っていると話すことははばかられた。


 悩むサトルを他所に、ニゲラはいい笑顔で、オキザリスを牽制する。


「あ、父さんは僕の父さんですよ!」


 やっぱりそこは譲らないらしい。

 悩みは一度保留として、サトルはとりあえず自称息子たちをなだめながら、本題を話してくれと切り出す。


「はいはい、いいからいいから。リズ、俺にどうしても話しておきたかった事って? わざわざ俺だけ呼び出したってことは、ルーやアンジェリカに知られたくないんだろ? 面倒ごと?」


 サトルに促されて、それもそうだねとオキザリスはすぐに切り替える。自分からサトルを読んでおきながら、という自覚はあるらしい。


「面倒ごとって言うか……面倒ごとかも。あのさ最近、変な病気が流行ってるみたい……結構温かくなってきたのに」


 水害が起きると病気が流行る。これはサトルが人生経験で確実にあると認識している物だった。

 地震でもそうだが、災害が起きてインフラが寸断されると、その時点で衛生状態が保てなくなる。


 ガランガルダンジョン下町では下水が地下に埋められているのだが、今回の水害でその下水の方にも損害が出ているというのは聞いていた。

 ただでさえ川の泥は黴や破傷風菌の様な、人体に害を及ぼす可能性の強い菌類が多い。それが人の住む土地にあふれ、汚水と混じり合い、しかも瓦礫や建物の中に入り込んだ泥などには、菌が繁殖する栄養と適度な水分が含まれ、菌を殺菌する太陽光などから隠されている状態。

 生活環境に近い所にそんな物が潜んでいるのだから、いくらでも病気は流行るというものだ。

 ただでさえ不衛生の放置は歴史上幾度となく大災厄並みの病気の流行を引き起こしてきた。古くは赤壁、十字軍。新しくてもペストやスペイン風邪などの大流行は、衛生状態を保てなかった人間が起こしたものだった。


「ああ、そりゃあ災害の後だからな」


「あ、土の中の病気!」


 以前にサトルが話したのを覚えていたのだろう、ヒースが聞いたとがあると声を上げる。

 しかしオキザリスはそうじゃないと厳しい声を上げる。


「そうじゃなくて、何かねえ、突然体が腐って死んじゃうみたいな感じ」


 体が腐ると聞いて、ヒースはそんな物聞いたことが無いと嫌そうに顔をしかめる。


「うえ、本当? なんか怖いよそれ。どんな病気なの?」


「うん、あのね、ずっと咳が続いてたと思ったら、手足の先が赤黒く腫れてきて、そこから腐敗臭がするようになって、そうなってくるとある時突然心臓が止まって死んじゃうみたいでね……怖くない?」


「うん怖い、咳って最近流行ってるから余計怖い」


 ヒースの分かり易く怯える様子に、オキザリスは満足そう。望んでいた通りの反応だったのだろう。


 病気の概要は分かったが、しかしなぜそれを自分に聞いてほしいと思ったのか、サトルは首をかしげる。


「何で俺に病気の話を?」


「サトルは異国の知識があるでしょ、そっちで似たような病気が無いかと思って、聞くだけ聞いてみようと思ったの。こっちではヒースの言う通り、全く聞いたことが無い病気だったから」


「そっか、サトルって妙に物知りだもんね」


 自分たちの知らない話なら、とにかく誰かに聞いてみよう、程度の物だったのだろう。

 サトルはそれなら了解したと一つ頷き、自分の知る限りの病気の知識を思い出す。

 怪我はしょっちゅうしていたから、そこそこ人体の傷つけてはいけない場所ならわかるが、病気はあまり知らないんだよな。とサトルは口に出さずにボヤく。


 特に目立って特徴的なのは、咳と手足などの末端が赤黒く腫れるという所だろうか。

 身体のどの部位であろうと血管が繋がっている。炎症から血管に広がり、急に心停止することが全くないとは言えない。

 後は手足の先が腐るとなると、サトルが分かるのは糖尿病くらい。


「そうか、分かった、ちょっと何かあったか思い出してみる。浮腫……ではないよな、赤黒くってことは確実に炎症起こってるし。手足の先から腐るって、糖尿病か? その症状が出る人間って、肥満か、逆に極端に痩せてるとか? もしくは何か見知らぬ虫にさされたとか……いや、それは違うか? どうだろう? うーむ」


 手足が腐るのなら他にはゴーゴンのモデルとなったブラックマンバとういう蛇に噛まれて手足が壊死する、という病気を思い出すが、多分それではないだろうとサトルは自分の考えに首を振るったが……この町はダンジョンの町だ。ダンジョンの中には刺されるとその毒が回って死ぬかモンスター化するかもしれない蜂もいる。全くあり得ないという話でもないかもしれない。


 オキザリスはサトルの言葉に一つだけ答える。


「痩せてる人ばっかり、何人も」


「何人も? 見たのか?」


 今度は迷うように目を伏せ答える。


「目の前で見た。避難所の掘立小屋で流行ってる病気」


「避難所で流行ってるのか」


 サトルはその言葉のどこに迷う理由があるのだろうかと訝しむ。

 問いかけに対して、短く単発で答えるのも、何か言いたいが言えないことがあるかのように思えた。


「あと冒険者にも、でも冒険者は咳とか手足の炎症の時点でジスタ教会行ってるっぽい」


 その言葉になるほどと合点がいく。

 サトルは人に、ジスタ教の治療をただで受けられるわけではないと、からかわれたことがあった。


 サトルのいた世界でも、医療というモノには金がかかって当たり前なのだ。アメリカのように、たとえどんなに人間の社会が発達しても、多くの治療は金のある人間だけの特権だった。


「治療が受けられない貧困の人間が亡くなってるんだな?」


 オキザリスは軽く唇を噛んで頷いた。


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