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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第十話「コウジマチサトルは抜け出したい」
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11・蜘蛛の巣を断つ

 店の奥の部屋から戻ってきたマロウの手には、横二十センチ、高さ十センチほどの横長の金属の箱。表面にはサトルの知らない魔法陣のような模様が彫り込まれていた。


「お待たせ」


 マロウはサトルたちが囲む店の中の作業台にその箱を置き、バーベナの方へ押し出した。


「これ、バーベナのためにって」


 開けてみてくれと促され、バーベナは蝶番で留められた箱の蓋を持ち上げた。

 中には手のひらに収まるほど笛が五本。ホイッスルなのか音階を調節するための穴は開いていなかった。

 しかしホイッスルにしては太さが大人の男の親指ほど。その大きさが必要な理由は何なのだろうか。それに箱も笛のサイズの割に随分と上げ底のように感じた。


 箱の中身を見ても、それが一体何に使う物か分からないと、サトルたちは揃って首をひねる。

 バーベナが笛を一本だけ取り出し、矯めつ眇めつ観察する。


「先生はどうして……」


 サトルは瞠目する。持ちあげた笛の穴から、虫ほどに小さな雀の様な鳥が顔を出していた。

 あまりにも規格外なサイズのその鳥は、サトルに向けて楽しげチチっと鳴いた。どうやらサトルにしか聞こえていないらしいその声に、いつの間にかサトルの肩に座っていたキンちゃんがフォフォンと返事をする。


「妖精だ」


 サトルの言葉に、ルーがハッと息を飲みバーベナと同じように笛を持ち上げる。


「あ! これ、魔法具ですね!」


 ルーは笛の中を覗き込み断言する。

 バーベナもルーに習って笛の中に目をやり、あっと声を上げた。何か明確にこれが魔法の品と分かる印がそこにあったのだろう。

 無粋に自分の巣を覗かれたのが不快だったのか、ルーの持っていた方の笛から、ヂヂヂという不機嫌そうな鳥の鳴き声が聞こえた。


 マロウもまた一つ笛を取り出して確かめながら、どうしてこれをタチバナが用意させたのかを説明する。


「そう、大きな声を出すのが苦手なバーベナに、もしダンジョンに潜る時に必要になるだろうからって、取り寄せてもらえないかって」


 マロウは言うと、手にしていた笛をオキザリスに渡し、中を覗いてごらんと促す。


「……あ、何か掘ってある。これで魔法を定着させてるの?」


「そう、法の術式の本体はこちらの保管用の箱に仕込まれていて、この印がその受信をしているだ」


 箱の上げ底の理由そう言う事だったらしい。


 バーベナが大きな声を出すことが苦手、それはタチバナの日本語で書かれた手記にも書かれていた事だった。タチバナはそれをよほど気にしていたのだろう。

 バーベナが自分の弟子としてダンジョン研究をする以上、いずれダンジョンに直接出向いて調べることもあるはず。特に昨今は内部での異変が多く、それを調査する人手が足りていないとあった。

 タチバナがバーベナを、自分の弟子として認めているからこそだとサトルは思ったのだが、バーベナもまた同じように受け取ったようだった。


「先生が……」


 一気目元から耳の内側まで赤く染まり、目が潤みだすバーベナ。感動と興奮で言葉が出ないのか、細い肩を震わせ言葉を詰まらせる。

 ベラドンナがそんなバーベナの肩を抱き寄せ、良かったわねと声をかける。


 バーベナの様子も気になったが、サトルはそれ以上にこの魔法の道具がどういう物かが気になり、サトルもマロウに質問する。


「五つあるな。どうやって使うんだ?」


 マロウの目がきらりと光った。


「所謂遠隔の通話具と呼ばれる物だよ。オランジュモデルの最新版だ。いやあ取り寄せるの時間かかってしまったけど、これは本当に良い物だよ。この五つの笛のそれぞれ、ここに同じ術紋が刻まれてるんだけど、ここに使用者の血を一滴垂らすと、同じ血を受けた道具同士が笛を吹くことで通話できるようになるんだ。この登録は一回してしまったらもう撤回はできないから、それは気を付けてほしい。一回の通信時間はそんなに長くないが、何回でも吹けばその都度話ができる。距離は正確には分からないけれど、ガランガルダンジョン下町の端から端は十分に繋がるし、何だったらヤロウの山中で遭難した人間ともつながった、という話だよ。ああ、この通話可能な距離というのは、この魔法具の本体である箱を中心にしての話だ。建物くらいだったら透過する魔法だから、室内で使うこともできる。それと一つの魔法具が受け付けられる血は一人でもいいけど最大で三人分だ、その三人が魔力を消費する術者になる。竈の燃料みたいなものだね。もしこの中で三人を選ぶんだとしたら、僕はバーベナ、ルー、オキザリスをお勧めするよ」


 ここと説明されたのは、笛の内側の印。


 随分と楽し気に説明をされた。サトルはこれと似た様子に覚えがあった。

 最新の電子端末を喜々として購入し、スペックを説明する同僚だ。どうやらこの魔法の通信具とやらは、レアでハイスペックで入手困難なアイテムらしい。

 オランジュモデルというのが何かは分からないが、多分アップル的なあれなのだろう。


 そう言えばアップルは、キリスト教の話などに出来る知恵の実を齧ったというデザインらしいが、オレンジもまた場所によっては知恵の実とされているので、似たような神話がこの世界にもあるのかもしれない。

 どうでもいい話だが、知恵の実にはいくつかのバージョンがあり、中にはバナナが知恵の実とされているところもあるのだそう。

 サトルはその話を初めて知った時、まあ確かに果糖は頭働かせるのに欠かせないものなと思ったのだった。


 閑話休題。


 マロウの説明に、横でオキザリスがバタバタと尾を振り回しているので、どうやらオキザリスはこういった魔法具のことも好きなのだろう。

 ルーも興味関心が強いのか、耳をぴんと立てて聞いているが、アンジェリカだけはどうも興味が無いらしく、困った顔をしていた。


 きらきらとした目のマロウに、サトルはもしかしてとさらに問う。


「もしかして、組み合わせ次第で、どの笛同士が通話するのか、ってのも変えられるんだろうか?」


 問うてサトルはしまったと口を押える。アイテムフェチに長くなるかもしれない話を振るのは結構な墓穴だ。


「その通り。この血の登録は単純に魔力を持っている人間の血を登録しておけばいいって物ではないんだ。この組み合わせ次第で、特定の人物を省いた密会をすることもできるし、命令系統を作ることもできる。例えばバーベナだけ登録した笛と、バーベナとルーだけ登録した笛と、バーベナとオキザリスだけ登録した笛と、さらにルーとオキザリスだけを登録した笛を作ったと仮定する。そしてバーベナとルーだけの笛を吹いて会話をすると、バーベナの笛、バーベナとルーの笛、バーベナとオキザリスの笛、ルーとオキザリスの笛の使用者すべてが会話ができる。しかしバーベナの笛を吹いて会話をすると、バーベナの笛、バーベナとルーの笛、バーベナとオキザリスの笛の使用者同氏は会話できるが、ルーとオキザリスの笛の使用者には何の反応も無いんだ。またルーとオキザリスの笛で会話をする際も、バーベナの笛だけ反応が無い」


「最初に発信した笛と、登録してある人が被ってる笛同士が会話可能なんですね」


 マロウの説明をさらりと短く解釈するルーに、マロウは少し物足りなさそうに、まあそういう事だよと頷く。


 やはり長くなった。しかし話の内容はサトルにとって満足いくものだった。

 登録する血のパターンを変えると、違う周波数を送受信トランシーバーの様な物になるという事だろう。


 そしてマロウはこれだけは伝えておかなくてはねと、話をつづけた。


「ただ、これはたぶんバーベナのために用意していたらしいから、そういった複雑な使い方ではなくて、単純にバーベナがダンジョンの中でみんなと会話できるようにだろうね。少し離れたくらいなら、時間差も無く会話ができる。ちょっと離れて行動したすきに危険が、という時もすぐに助けを呼べるだろう。それともう一つ、そこまで深度のある場所でなければ、がダンジョンの中からダンジョンの外への通話も可能だよ。ただ逆は魔力の流れのせいで難しいから、外と会話をしたいときは、この箱ごとダンジョン内に持ち込む必要が有る」


 バーベナのために用意されたという通信具の説明を終え、マロウは実に満足気。まさかこんな一面があるなんて思わなかったなとサトルは驚く。ただこんなに魔法具が好きならば、確かにサトルの提案する新しい魔法を活用した道具という物にも興味を持つのも頷けた。


 しかし、満足気なマロウや感動しきりのバーベナたちと違って、一人取り残され気味だったせいだろうか、アンジェリカが冷めた疑問を持ってしまうのも仕方ないだろう。


「でも、これってとっても高価な物のはずよね? お代は先に渡してあるのかしら?」


 ハッと息を飲む一同。

 サトルはいまだに魔法具の値段という物はよく分かっていないが、冒険者としての腕が確かで稼ぎもしっかりあるアンジェリカが、とっても高価というのだらから、それは相当なものなのだろう。


 アンジェリカの疑問に、マロウはやっぱりそう考えるよねと、苦笑いをして頬を掻いた。


「うん、だから後払い分割で支払いますって……本当は、もう普通に売りに出そうかとも思っていたんだけど、良かった……取っておいて。だからさ、これは君たちに無償貸与ってことでいいよ」


 マロウは一切の儲けにならなくてもいいから、笛をバーベナたちに貸し出すよと言い切った。

 もちろんバーベナはそんなことできないと、慌てて手にしていた笛を箱の中に戻す。


「そんな!……だってこれ、登録が……」


 マロウは自分で、一度使用者を登録したら撤回はできないことを説明した。しかしその口で、バーベナたちに無償で貸し出すというのだから、それはほぼ無料で贈与するのと同じだった。


 ルーがもどかしそうに口を開いて、すぐに閉じた。

 タチバナが購入予定で注文したという事なら、その購入の約束はルーに引き継がれているはずだ。しかしルーは今は何とか生活にゆとりが出てきたばかりで、いきなり大金を出せるような状態ではない。自分が金を払うから、とはとても言えないのだろう。


 サトルはすこしだけ唸り、一緒について来ている妖精たちを見た。任せておけとばかりに力強く頷くキンちゃん、ギンちゃん。きっと家に帰ればニコちゃんたちも、自分たちが付いているとばかりに騒がしく鳴くのだろう。

 サトルは決心する。


「じゃあこれ,俺が買い取りますんで、手数料……ええっと半年の保管分の代金も払います」


「ええ! ちょ、サトルさん!」


 泡を食ったように待ったをかけるルー。その反応の素早さにサトルは流石だなと小さく笑う。


「これくらいさせてくれ、俺は君たちを何もわからないままここに連れて来たけど、まさかこんなものが残されてると思ってなかったんだよ」


 自分がこの問題を作ったのだから、それ位は払うと言い切るサトル。それをルー断ろうとするが、タチバナがバーベナに残したはずの物を、ルーが自分の一存で諦めるなどという事も出来ず、自分の中でも結論が出ない状態に、ルーは今にも泣きそうに顔を歪めしまう。

 そのきっかけを作ったのが自分ならと、サトルはルーのために金を使わせてくれと懇願する。


「これを見せられて君ら諦め付いたか? 寧ろ後悔しか残らないような事態になったら、俺が居た堪れない。君らに辛い思いをさせたかったわけじゃない」


 正確には、ルーにこんな顔をさせたかったわけではない、なのだが、それはあえて言わなかった。

 アンジェリカはそれを見て渋い顔をするが、サトルの行動を諫める気はないらしく、呆れたと肩をすくめる。


 代わりに、ルーの肩を持ったのはバーベナ、ベラドンナ、オキザリスの三人だった。


「いけませんサトル様、私たちは貴方に迷惑をかけるわけるつもりはありません」


「これは本当に高価な魔法具なのですよ。一つだけでもその辺りの武器よりもよほど値が張りますのに、それを五つですよ?」


「お金持ってるの?」


 三人に詰め寄られ、サトルは思わず数歩後ろに下がる。


「金は工面できるよ。割とすぐに」


 肯定するようにフォンフォンと鳴く妖精たち。


「それに……これは使い方次第では、ローゼルさんを出し抜くためにも使えるだろ? だったら貸してもらうんじゃなくて、確実に俺たちの物にしておきたいんだ」


 その言葉が決め手だったのだろう。ルーが分かりましたと頷いた。


「戦うための武器ですね。それなら納得します。サトルさん、どうか、よろしくお願いします」


 サトルはルーの言葉にその通りだと頷いた。

 そう、この笛はマロウの言った通り、みっかいに最適なアイテムなのだから。

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