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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第十話「コウジマチサトルは抜け出したい」
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9・支える手

一度誤解が解消してしまえば、元々互いを憎悪していたわけでもないのだからと、あっさりとルーと三人の仲は修復の兆しを見せた。


「私何も知らなくて、ビビたちのこと庇えなくてごめんなさい」


 バーベナにつられるようにぼろぼろと涙をこぼし始めたルーに、バーベナはいいのと首を振る。


「知らなくて当たり前です。私が知られたくないと我儘を言ったの……ルーは、きっと自分のせいだって気に病むと思ったんです。それに、私たちがあの屋敷にいたままだったら、きっとルーは私たちの事を気にかけて、研究を続けることができたか分からなかったはずです……それを、ローゼルさんが許すはずが無かった」


 オキザリスもまた悪態を吐く様な言葉でルーに返す。


「どうせ張り切ったり気にしたりで空回りして、勝手に自滅するでしょルーは。知ってるからね僕たち。まだからルーが僕たちのことなんて知らないままでいてくれた方が、こっちも動きやすかったんだけど」


 だからルーの所為なんかじゃないんだと、言葉の裏の意味まで読まなければ、オキザリスの真意はなかなか測れない。


「はい、ごめんなさいリズ。私……貴方たちに迷惑かけてばっかり」


 その言葉には、アンジェリカとベラドンナが同時に応える。


「むしろ頼ってほしかったのよ」


「迷惑かけてもらっていいのよ」


 二人は互いに顔を見合わせ、小さく噴き出す。


「サトルが来てくれるまで、私もろくに手を出せなかったわ」


「でしょうね、だから私たちも何も言わずに動いたのよ」


 年長者二人は、面倒な妹の特性をしっかり把握しているらしい。


「ルーは誰よりも頑固ですものね」


 そう苦笑するベラドンナに、サトルを含めたルー以外の四人が頷いた。


 ルーは自分が頑固だと言われて驚きつつも、それでも自分の姉たちが以前と変わらぬ様子で接してくれることに安堵したのか、泣き笑いで、そんなことないですよと返した。


 それから五人はしばらく泣いた。


 サトルはその責にいることが居た堪れなくなり、こっそりとテーブルを離れたが、誰も咎めはしなかった。



 バーベナたち三人の話を聞いて、サトルは自分がルーに対して恩を返そうと思ってやっていた行為が、あまりよろしくなかったかもしれないと感じ始めていた。

 三人はルーを守るためにあえてルーから距離を取っていた。しかしサトルは一時はルーに頼りきり、そのせいでルーはローゼルに借金をしたこともあった事を思い出す。

 その時は換金することのできる担保もあり、単純に金を借りているというわけでは無かったが、しかしサトルのせいでルーがローゼルに弱みを握られていた瞬間があったのは確かだ。


「壊れるな……か」


 以前ローゼルがサトルに向かって呟いた言葉。その意味ははっきりとはしないが、少なくともローゼルは、サトルが金を持つことをあまり良いことだとは思っていなかったらしい。

 今もローゼルはサトルが持つ資産を換金させることを阻んでいる節がある。


「今後うまく立ち回らなくては、俺がルーの弱みになるのかも……」


 ローゼルはルーに対して害意を持っていない、その前提で考えていたが、それも改める必要が有るのかもしれない。

 サトルは胃が痛むのを感じながら、重くため息を吐いた。


「お疲れ様。何があったのかわからないけど、大変そうなのね。どうぞ、こちらへ座って」


 ルーたちの座る奥のテーブルから離れたサトルに、すっかり食事の終わっていたアンジェリカが声をかける。

 サトルはその声に誘われるままアンジェリカの対面に座った。


「ありがとう。大変というか……大変なことが無い人間の方が少ないさ」


「それもそうだわ」


 サトルの言葉にさもありなんとアニスは頷く。


 まだ十六歳ながら、元々アニスは親の思惑に色々と振り回されてきた貴族のご令嬢だ。家を出されてジスタ教会で働くようになった今でも、その能力の特異性から大人の権力争いの道具にされていると感じているらしく、アニスは「人は皆大変なことがあるものだ」という事を当たり前のように思っている節があった。


 以前はそれに、不平や不満への救済は信心にあると説いていたようだが、元々ジスタ教内の権力争いに気が付かないほど馬鹿では無いので、信仰が必ずしも心の平穏に至る物ではないと、今は考えが改まっているらしい。

 いや、元からその考えがあって、それでも信じている物が欲しくて縋っている感じがあったが、今はサトルの考え方に触れたことをきっかけに、開き直って信仰は心の平穏ではないと思っているのかもしれない。


 そのせいもあり、アニスはサトルにとても懐いている。サトルとしても自分が元の世界で世話をしていた同年代の子らを思い出させるアニスに、今では親身に接している。


 サトルはアニスに問う。


「ところで君はどうしてここに?」


 普段はジスタ教会で仕事をするために、上の町にいるはずのアニスが、珍しく下の町に来ている。

 道に迷う事もあるくらいあまり知らない場所だろうにと不思議に思ってみれば、アニスはサトルではなく、ずっとこちらを窺ってきていたタイムへと視線を向けて答えた。


「不思議な話を聞いたから」


 アニスの視線を追い、サトルもタイムを見やる。


「不思議な話って、あいつが関係してるのか?」


 サトルはタイムを呼ぶために掌を上に向けて、こちらへ来いと示す。


 手招きというジェスチャーは、よく海外旅行あるあるで「日本と西洋ではジェスチャーが逆」と言われるのだが、この世界でも西洋準拠らしく、掌の向きは上でないと「こちらへ来い」の意味にはならない。


 閑話休題。


 サトルに呼ばれて、のこのことタイムが寄ってくる。それを確かめて、アニスは話した。


「下の町で肺を患う人が増えてるという話を聞いたのと、サトルが退院して昨日の今日でこの店で何故か風邪に効くという謎の焼き菓子を売り出していると聞いて……何かしてるのかしらって」


 謎の焼き菓子と聞いて、サトルはすぐに思い当たり、声を上げた。


「商売にしたのか……通りで」


 昨日タイムは見舞に来たサトルたちに、試作で作っただけのはずのニガヨモギのクッキーを振舞った。そんなに数は残っていなかったはずなのにと、サトルは若干不思議に思っていたのだが、どうやら売りに出すために新たに焼いていたらしい。


 タイムは大きく胸を張って答える。


「おうよ、レシピは門外不出ってことで」


 確かに、昨今冒険者の中に肺を患う者もが増えてきていると聞くので、独占販売すればいい稼ぎになるだろう。

 一緒に試作し作って、その効能を自ら確かめたタイムならば、販売の権利があってしかるべきだとサトルは思った。


 しかし理屈とは別に、感情的にそれはいかがなものかと思うのも確か。


「教えてはもらえないのね……」


 とアニスが肩を落とす。


 アニスはたぶんサトルと同じ類の人間だ。

 サトルが自らのトラウマと向き合うにあたって、宗教に傾倒し、そこから人助けへの道に進んだように、アニスも自分の亡くなった母のために信仰を持ち、今母と同じように苦しむ人たちを助けようとしている。

 そんなアニスが、風邪に効くクッキーとやらのレシピを求めないはずが無かった。


 サトルとしてはできればアニスにだけは、あのクッキーの内容を教えたいと思っていた。


「タイムは功労者だしな……ただ我儘を言えば、俺としては公益のために一部の人間には公開したいんだけど」


 サトルの言葉にタイムは、えーっと声を上げながらも、すぐに構わないと答える。


「えー、まあしゃあないか。んじゃこの子には公開するわ」


 思いのほかあっさりとしタイムの答えに、サトルは驚く。


「だってサトル他人が病気とか絶対嫌がるだろ? だったらいいよ、俺お前が嫌がることしたくねえし」


 へらっと笑って何やら恥ずかしいことを言い出したタイムに、サトルは思わず顔を覆った。


 レシピの公開の許可を得て、アニスは喜び身を乗り出す。


「では、教えていただけるんですね!」


「ああ。けど聞くならサトルから聞いてくれ。俺は勇者印の焼き菓子ってことで売ってるから、そっちも作って売るなら、サトルの知恵で出来た菓子てことで売ってくれよ?」


 クッキーのレシピは確かにベースはサトルが作ったが、そこにガランガルダンジョン内でだけ採れるニガヨモギの亜種を加えようと言い出したのはタイムだった。サトルの功績というよりも、タイムのおかげで作られたクッキーだ。

 サトルは慌てて否定をする。


「いや、俺じゃなくてタイムの発案だろ」


「いいんだよ、俺ん所でもまだ販売は続けるし、勇者のって付いてた方が何か箔が付くんだから」


 タイムはそう言うが、実際はここしばらくのサトルの悪い噂を気にしてくれての事だろうとサトルは思った。

 先ほどのサトルの嫌がる事はしたくない、という言葉と相まって、タイムがどれほどサトルのためを思ってくれていたのかが分かり、サトルは目頭を熱くする。


「ごめん……ありがとうな、タイム」


 サトルが神妙に頭を下げると、タイムはいいってことよとカラカラ笑い、その背中を叩いた。


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