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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第十話「コウジマチサトルは抜け出したい」
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8・答え合わせ

「ずっと、三人はルーのことを守ろうとしてたんだろ?」


 サトルのその言葉に真っ先に反応したのはオキザリスだった。


「はあ? んなわけないし! あり得ないし!」


 苛立つようにテーブルをバンバンと叩きながら露骨に否定をするオキザリス。

 突然のオキザリスの激高は、むしろ図星を指され慌てているようにも見えた。

 ルーは誰に答えを求めればいいのか分からないとばかりに、視線がサトルやオキザリスたちの間を行ったり来たり。


「どういうことですか! 理解が全然追いつきません!」


 説明してくれと泣きそうな声で問うルーには直接答えずに、ベラドンナが否定のために口を開く。


「あの、勘違いをなさって」


「は、いないと思う」


 皆まで言わせず、サトルは勘違いではないと言い切る。


「君ら三人が、俺にしつこくコンタクトを取ろうとしていた理由を知りたくてさ……少しだけ、君たちについて俺の方でも調べてたんだ」


 ルーはいつの間にと驚くが、アンジェリカがまあそうでしょうねと頷いているあたり、もしかしたらたまに使役しているモンスターなどにサトルを見張らせていたのかもしれない。


 サトルは三人について、タチバナの「日本語で書かれた手記や日記」に答えを求めた。行動の理由は性格や気質に左右されることがあると思ったからだ。

 サトルは最初、三人はタチバナの後継者となったルーを恨んでいる、もしくはルーでは役不足と感じて、立場の簒奪を狙っているのかとも思っていた。しかしタチバナの書き残した三人についての記述ではとてもそうは思えなかった。


「君たち自身に関しては、人柄がアロエたちに言われるほど悪いわけでもない、くらいしか分からなかった。けど、少なくともルーを恨んではいないだろ?」


「恨むなんて……理由がありません」


 バーベナが俯き答える。


 バーベナは控えめで大きな声を出すのが苦手な事や、ベラドンナはそんなバーベナを自分のか弱い妹としてとても大事にしていたこと。多少過保護が過ぎたため、弟弟子のオキザリスが嫉妬をして意地悪をすることもあったことなど、まるでごく普通の兄弟についてのように書かれていた。

 また三人はルーとアンジェリカのことも、間違いなく自分たちの姉妹として大事にしている様子があった。


 それらがあり、またサトルは自分自身を疑われてしかるべき人間だと認識していたこともあり、そして今日三人がルーへ敵対的ではなかったこともあって、三人がルーを守るために自分に接触していたのだと確信を持った。


「でも、だったら何でサトルさんなんです? 私サトルさんには助けてもらったことしかないってくらい、サトルさんのお世話になっていますよ」


 命も助けてもらったし、下宿人の世話という仕事の手伝いもしてもらっているし、金銭的な援助も受けた。なによりダンジョンの研究にサトルとサトルによってもたらされた妖精やニゲラの存在は大きかったと、ルーは主張する。


「俺がルーに何をしてやってるかなんて、ルーと一緒に生活してる奴らしか分からないだろ」


 自分を必死に庇うルーを落ち着かせるため、サトルはルーの肩を叩いた。

 自分から女性に触れることなどめったに無いサトルの行動に、ルーはっとし、浮かしかけていた腰を下ろした。

 ルーは泣きそうな目でサトルを見やる。自分が馬鹿にされてもこんな悲しそうな目はしないというのに、ルーはサトルが疑われるのは許せないらしい。


「サトルさんは、自分が何で疑われるのかって、怒ったりしないんですか?」


 疑われるだけの理由はある。それをルーに納得してもらうために、サトルは説明をする。


「理由は十分考えられる。俺への悪意のある噂は結構前から流されていたんじゃないかってことが分かってさ……具体的な内容ではなくて、怪しい奴がガランガル屋敷に潜り込んだ、ガランガル屋敷の主人に取り入っている。何処から来たのかもわからない異邦の人間だ、と。その噂が出始めてからなんだ、ベラドンナが俺にコンタクトを取ろうとしていたのは」


 それはサトルの悪い噂を流してしまったクレソンとバレリアンに、罪滅ぼしとして調べさせたものだった。

 しかしその噂の出所ははっきりとはしない。誰に聞いた、彼に聞いたと、話しは広い範囲でぽつぽつとふりまかれているようで、最初に出だした噂は、それが直接サトルを言及したとも言えない内容だった。


 それが出始めてから、わずかな時間で、ローゼルはサトルをあえて自ら使える人間かを確かめ、冒険者組合長たちの会食に連れて行った。

 そこにベラドンナが潜り込んだのは、やはり最初からサトルを狙ってのことだったのだろう。


 サトルはルーからバーベナたちへと向き直る。


「先に君たちはルーと敵対していると聞いていたせいもあって、きっと俺に接触するのはルーへの攻撃手段にするためなんじゃないかとも思った。でも、調べていくと、少なくとも君らはルーヘ悪意や敵意を持っているとは思えないっていうのが分かった」


 それを即座にオキザリスが否定する。


「悪意は持ってるよ。ルーはお馬鹿だし、騙されやすいし、ローゼルに良いように利用されてると思うし」


 しかしその言葉こそが、サトルが一番彼女たちから聞きたかったことだった。


「それだよ」


「え!」


 まさか肯定されるとは思わなかったのだろう、オキザリスが垂耳を跳ね上げ驚く。

 そしてアンジェリカもまた、サトルの言葉にくすくすと笑って、同じことを考えていたと口にした。


「あら、同じことを考えていたのね……私も、三人はボスに猜疑心を持っているのだと思っていたわ」


 アンジェリカの言葉にサトルはやっぱりそうだよなと、再度自分で納得する。


「まあ、ルーのことが自分の命より大事なアンジェリカの行動を見ていたら、何かそうなんだろうなって」


 勝手に納得するサトルとアンジェリカに、ルーは目を白黒させて問う。


「ええっと、つまりどういう事でしょう?」


「やっぱりルーは馬鹿だ」


 と、オキザリスは泣きそうな顔でルーを睨む。

 サトルはルーに説明をする。


「ローゼルさんは信用ならない。少なくとも俺はずっとそう思っている。そしてそれをバーベナたちも感じているんだとしたら、その理由を知りたい……タチバナの葬式は、ローゼルさんが取り仕切ったと聞いている。だからなのか? 三人がタチバナの葬式をボイコットしたのは」


 三人はサトルの問いはいともいいえとも答えない。代わりにバーベナが酷く不思議そうに問う。


「なぜ、でしょう? 私たちはルーと対立するように動いていました。私たちを、疑わなかったのですか?」


 あえてルーと対立をするように、悪評のあるパトロンを横取りし、アロエたちとも喧嘩をしてみせた。サトルの前でもルーのことを貶すようなことを言い、サトルを自分たちの方に引っ張り込もうともして見せた。

 二人は確かにルーにとって、一見すると敵対行為に見える事をしていたのだろう。

 しかし、サトルや元パトロンの悪評のことを考えると、必ずしも敵対行為では無かったのだ。


「君はとても間違いなくタチバナの弟子だ。だからガランガル屋敷を継承する本当の意味が分からないはずが無いと思ったんだ。あれはルーでなくては維持できなかったんだろ? 異邦人であるはずのタチバナが継承するというのも不思議だと感じていたんだけど、魔力が高い子供をわざわざ引き取り育てる理由は、って考えたら、その理由があの屋敷に有るのかもしれないと思えた。ほら、ルーの持ってる懐中時計のように、特別な魔法が無いと維持できないだろ?」


 以前タイムや、あまりシャムジャやラパンナに良い感情を持っていなかった冒険者たちに、ルーは天才であると聞いたことがあった。他の誰にも真似ができる事ではないと。

 まったくの外から見てもそう言われ、タチバナが亡くなる前から後継者として決まっていたなら、何かしらの、絶対譲れない条件があったのだろう。

 それが、ルーのみが使えるという、物質の状態を記録した当時の状態までに戻す魔法だったのではないだろうか。


 バーベナはサトルの言葉に深く頷く。


 しかし納得がいかないと異議を唱える者が一人。

 ベラドンナは心底不思議そうに身を乗り出してサトルに問う。


「ですがサトル様、私は貴方に対して、ルーは偽者だとか、まるでルーが後継者の地位を簒奪したかのように申し上げましたわ。その点についてはどう思ってらっしゃるの?」


 泣いて喚くように、勇者様ならわかるでしょうと、サトルとルーを離間させるつもりで行ったベラドンナの演技を、サトルは何故見抜いたと言うのか、ベラドンナは自分の演技がカンパされたのが納得いかないらしい。


 しかしサトルはすこし呆れたように答える。


「ベラドンナ、君は自分で思っているよりも演技が下手だよ」


「な……」


 まさか演技が下手だとまで言われるとは思ってもみなかったのだろう。ベラドンナはぱくぱくと口を開いたり閉じたり。

 確かに知らないなら騙されたかもしれないけどなと、サトルは続ける。


「セリフはすらすら言えるだろうけど、目の動きが顕著だ。他人の反応をよく見ようとしたり、用意していた言いたいことを探ろうと目を泳がせるから、本意で喋っているんじゃないなってのが分かる。なにより耳。君の耳は俺とアロエたちを交互に向いていた。ヒュムスの心理を研究する中に、人は興味関心の持つ相手に爪先を向けるって言うのがあるんだけど、シャムジャやラパンナはそれに似たようなことが耳で起こってるんだ。それに耳を見れば君らの興奮度合いが顕著に分かる。ベラドンナ、君は声こそ荒げていたけれど、実際はそこまで興奮していなかっただろ? さすがにバーベナの事を言われたときだけは本当に怒っていたっぽいけど」


 ベラドンナは驚きながらサトルを指さし、どういうことか問うようにルーたちへと視線を向けた。


 ルーとアンジェリカは、そう言えばそうだったと納得した様子。


「あ、そうですそうです、サトルさんこういうところあるんですよね。なんか時々すっごく人を観察してるんです」


「そうだったわ、サトルは疑り深いのよ……このサトルが、ボスを疑わないはずが無かったわね」


 詐欺師のようだと表現することもあるほど、ルーはサトルの対人での観察や考察を特異な物として見ている。そしてその観察をもってすれば、ローゼルを疑わないはずが無いのだ。

 何せローゼルは二人の目の前で、サトルに魔法の香を使っての傀儡の術を仕掛けたことがある。そんな人間を、サトルが頭から信じるはずもないなと、二人は素直に頷く。


 そんなにすぐに納得されるのも心外だなと苦笑しつつ、サトルはさらに続ける。


「それと、多分三人がアロエたちに敵対的なのは、ローゼルさんの直接の部下だからだろ? だからルーの傍にいたとしても、信用できないと感じていた……けどアンジェリカのこともあるし、彼女たちがルー個人にとても親身になっているというのもあるから、彼女たちをルーから離そうとはしなかった」


「そういう事も、分かってしまうのですか?」


 バーベナの問いに、サトルはまあ多少はと頷く。


「予想する程度だ。それにこれらの話を確信したのは本当についさっきなんだ。君らは何一つルーに対して、タチバナの死を責める言葉を発していなかったから……だから、ルーのことは嫌いじゃないんだって確信した」


 サトルの言葉に、バーベナはまた俯くと、ぽろぽろと涙をこぼした。


「こまったなあ……理解してもらえなくてもいいって、思ってたはずなのに」


 悪役になってもいい。それでもルーを守れるならと、バーベナは手で顔を覆って泣き出した。


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