6・腹の内
食事をと、言ってもサトルがとっさに思いついた場所は、結局いつもの銀の馬蹄亭だった。
あの店であるならば、サトルにとってもホームグラウンドと言えるくらいには、融通が利く。多少もめ事になる可能性も考慮して、サトルはその場所を選んだ。
酒を飲むにはまだ若かったオキザリスのことは知らなかったようだが、バーベナやベラドンナの顔は知っていたというタイム。
サトルが連れて来た面々を見て、タイムは面白いことになったもんだなと、真顔で冗談を口にした。
「ほー、なるほどなるほど、それでこの美人ばっかり六人もあか」
美人というのは性別はともかく異論はないが、六人と聞いて、サトルは背後を振り返る。ルー、アンジェリカ、オキザリス、バーベナ、ベラドンナの五人だ。しかし店内を見て見れば、少し離れた席でアニスが一人オニオンスープのグラタンを食べていた。
「いや、うん、ええっと……何でアニスが?」
「食べ終わったら話すわね」
とのことなので、サトルたちもとりあえず席について、ゆっくりと話をすることに。
幸いにして昼時は過ぎていたので、多少人はいる物の奥の暗く人に話を聞かれにくいテーブルが空いていた。
とはいっても、まずもって何から話せばいいのか、と言わんばかりの気まずい雰囲気。
三対三で分かれ、ルー、サトル、アンジェリカに対面するように、オキザリス、バーベナ、ベラドンナで座る。
「ええっと、とりあえず俺たちも、アニスと同じ物を」
注文はサトルに任された。銀の馬蹄亭はその日に仕入れたもので作れる量に限られるので、そんなに多くの種類は無いうえ、定番料理という物も毎回頼んで出てくるわけでもないので、安定して美味いと分かている物を頼む。
サトルはタイムと会話をしつつ注文を決めていく。
「んー、わかった。他には?」
「今の季節何が美味い?」
「アスパラめっちゃ仕入れたから、マヨネーズで食うと美味い」
「マヨネーズってこっちもあるんだな?」
本当はあると知っていながら、サトルはあえてそうタイムに聞いてみる。
「おうよ、タチバナ直伝マヨネーズだ!」
にいっと、何処か悪巧みをするような笑みでタイムがそう言うと、とたんバーベナたちの表情が変わった。
驚きや喜びに、若干の戸惑いを含んだような様子で、三人は互いを見合う。
偶然ではない。タチバナのマヨネーズについては、実のところサトルがタイムに教えていた物だった。
ただひたすら混ぜる工程が面倒ではあるが、分量さえ間違えなければ失敗しない類の物で、しかも保存の効く材料だけで出来るマヨネーズは、この世界でも十分に作れる物だった。
しかもタチバナも自家製のマヨネーズを作っていたらしく、ここ最近サトルが読ませてもらっていたタチバナのレシピの中にも存在していた。
「じゃあそれを」
「はいよー。んじゃアスパラはすぐに持ってくるから」
タイムが厨房へと戻っていくのを見届け、サトルはふと気になったことを口にした。
「そう言えば、シャムジャやラパンナって、顔の綺麗な奴が多いな」
とたんオキザリスがふっと鼻で笑いサトルを指さす。
「サトルが薄いだけじゃない?」
「あー、まあそれは」
日本人であるサトルは、確かにオキザリスたちよりも圧倒的に薄い。そもそも顔の凹凸が少ないうえに、サトル自身があまり濃いとは言い難い顔立ちなので余計だ。
どこの国だったかで、立体のはずなのに線で描いたような顔、とまで言われたことがある。
オキザリスの発言は失礼が過ぎると思ったのか、ベラドンナが窘める。
「リズ!」
「いや本当のことだし」
気にしてないよとサトルが言うと、ベラドンナはひどく困ったように眉を寄せた。
「いえ、ですがね、サトル様、この子は躾が必要なんです、お判りいただけますかしら?」
ベラドンナの言葉にオキザリスはそっぽを向く。まるで反抗期の子供だ。
そんな二人のやり取りに、何故かほっとしたような顔をするルーとアンジェリカ。
この二人が安心するようなやり取りだというなら、以前からこうだったのだろう。
サトルは確信する。ルーとアンジェリカは目の前の三人に対して、心配こそしていたものの、敵意などは持っていないのだと。
ならばなぜ二人は三人に対して引いた態度であり、距離を置いていたのか。
またオリーブたち、とくにアロエは何故この三人を敵だと認定しているのか。
「俺の顔のことはいいよ、ちょっと悲しくなってきたし。それより君らが綺麗な顔立ちだって思うのは、俺だけなのか知りたい」
至極真面目にサトルが尋ねれば、そうねと苦笑してアンジェリカが答える。
「魔力が高いと美人が多いとも聞くけど、どうなのかしら?」
するとルーとバーベナがそっくりな仕草で右手を挙げて、自分はそうではないと主張する。
「私そんなに美人って言われたことないですよ。間の抜けた顔をしてるとか言われます」
「あの……私もですね。無駄に地味とはよく言われますが」
しかしその言葉に間髪入れずアンジェリカとベラドンナが否定を繰り出した。
「磨けば光るわよ、私が服を身繕ってあげると常々言っているでしょう」
「ビビは今でも十分可愛らしいわ! 貴方は最高に可愛いの、分かってる? 目立つようにしてしまっては悪い虫が付くでしょう!」
その勢いと熱量に不穏なものを感じなくは無かったが、サトルは、まあ妹をかわいがる姉の心境なのだろうと、自分に言い訳をして、話しを続ける。
「という事は、二人は魔力が?」
バーベナは控えめに頷き、ルーはその通りだとはっきりと肯定をする。
答えを返すタイミングなどが似ているのは、やはり二人が同じ家で同じ師について一緒に研究などをしていたからか。
「ええ、まあ」
「高いです。それが理由で先生に引き取っていただいたので」
ただ表情や選ぶ言葉には、だいぶ性格が出ているようである。
ルーは快活に、そしてやや考え無しに、感情をそのまま表現しているように見える。対してバーベナは、控えめで自分を強く律しているのがうかがえる。
サトルは適当に話を進めながら、二人をつぶさに観察する。
サトルには思うところがあった。それを確かめるために、今この機会を逃す手は無かった。
運良く、と言っていいのかどうかわからないが、三人のサトルへの警戒心は「今は」無い。
ルーとアンジェリカへの心情的なしこりはあるようだが、まだ仲たがいをして一年未満と時間が短かったからか、会話自体はとてもスムーズだ。サトルが間に入っている事、オキザリスがサトルに対して遠慮をしなくなったことも良い方向に働いているのかもしれない。
とにかくサトルは彼女たちを観察し、考える。
「タチバナはやっぱり、魔法が使える弟子が欲しかったのか」
その問いにはルーが答えるが、やや歯切れが悪い。
「先生もでしたが、ローゼルさんもですね。ベラとリズはそのためにローゼルさんが引き取り、養育を先生に頼んだので……その、あの、まあ、何と言いますか」
つまり、この三人の内二人はローゼルの弟子であり、オキザリスの言っていた姉さんというのも、姉弟子だったからなのだろう。
色々と説明は足りないが、サトルなりに彼女たちのバックボーンが見えてきたことに手ごたえを感じる。
ルー、バーベナ、ベラドンナ、オキザリスの四人はそれぞれ二人がタチバナとローゼルの弟子として、孤児院から引き取られたのだろう。だからオキザリスは雨の日に、自分の育ったその場所が無事かを確認しに来ていたのだ。
そしてタチバナの死後、バーベナはルーと袂を分かつことになり、ベラドンナとオキザリスは彼女の方に付いた。
その後ルーはガランガル屋敷を維持するために邁進していたようだが、オリーブたちを頼る事は無かったのは、きっと彼女たち三人に対する負い目などのもあったのかもしれない。
ただ気になるのは、バーベナはルーの契約していたパトロンを、ベラドンナとオキザリスの色仕掛けで横から奪ったという話。
ルーからもワームウッドからも聞いていたが、しかし、目の前の三人の服装はひどく質素で、まるで金払いの良いパトロンを捕まえているとは思えなかった。
それにローゼルを師としている割に、二人はタチバナを先生と呼び、ローゼルのことは口に出さない。冒険者の互助会の会長を集めた会食の席で、ベラドンナがローゼルと会話をしなかったことも気になる。
まだ何か隠していることがあるのかもしれない。
サトルが次の話へ移るかと話題を探していると、作り置きでもしてあったのか、皿に山と盛られたアスパラが運ばれてきた。
「多すぎないか?」
さすがにこの量はと驚くサトルに、タイムは大丈夫と笑う。
「これくらいじゃ足りないって思うぜ、絶対」
と、太鼓判を押すタイム。
見やれば、ルーとオキザリスはすでにアスパラに目が釘付けで、どうやらよほど好きなのだろうと分かった。
ワクワクとした様子で、サトルに手を出していいかと視線で訴えるルー。サトルは構わないとおおように頷く。
「じゃあ、サトルさんいただきますね!」
金はサトル持ちなので、一応断りを入れた程度なのだろう。一番最初にルーが手を出す。
「ルーはしたないわ、まずは注文した人が先でしょう」
さっそく自分の皿にアスパラを盛りつけるルーを、思わずと言った様子でバーベナが叱るった。
途端ルーはびっくりしたように目を丸くする。
バーベナの方もしまったと顔をしかめるが、直後にルーが泣きそうな顔で笑ったので、バーベナは続く言葉を失ったように、顔を伏せた。
「変わらないわね……」
小さな声でアンジェリカが呟いた。
アンジェリカはルーに対して姉のようにふるまう。ベラドンナはオキザリスに、そしてオキザリスはルーと対等に口げんかをする。
姉弟の並びで言うならば、アンジェリカ、ベラドンナ、バーベナ、ルー、オキザリス、と言ったところだろうか。
バーベナはルーのお姉ちゃんなのだと分かった。
ルーは泣きそうな笑顔のママバーベナに語り掛ける。
「ビビ、食べましょうよ。サトルさんは皆と美味しい物を食べるのが幸せだって言うんですよ。私もそれに同意します。できればビビたちと一緒に食べたいです」
ルーの言葉に、バーベナは戸惑うように顔を上げる。
バーベナがどう答えるのか、アンジェリカやベラドンナも注視する。
「いいかもねー、今回くらいはルーの意見に賛成」
オキザリスまでそう言って、皿にアスパラとマヨネーズをとりわけ、バーベナの目の前に置いた。
「俺からも頼むよ、美味しく食べてもらえたら、食事に誘った方としても何より嬉しい」
ダメ押しとばかりにサトルがそう言えば、バーベナはおずおずとフォークを手にした。
「ありがとうございます。いただきます」
バーベナはマヨネーズを付けたアスパラを口に運ぶと、とたんボロボロと涙をこぼし始めた。
慌てるベラドンナ。
「ビビ! ちょっと大丈夫? どうしたの?」
バーベナは自分の肩を抱くベラドンナの手を握ると、一言、息を詰まらせながら答えた。
「先生の……味だよ」
タチバナのレシピなのだからそうだろう。
サトルはガランガル屋敷の下宿人たちを魅了した味が、バーベナたちにも通じると分かり、内心ガッツポーズを取った。
卑怯な話ではあるが、ルーとバーベナとの確執について、サトルは完全にルーの味方のつもりだった。この感情に訴える作戦も、結局はルーのため。
故人との記憶すら利用することを申し訳なく思いつつも、サトルはルーのために手段を選ぶつもりは無かった。