表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第十話「コウジマチサトルは抜け出したい」
119/150

5・挑戦状

 サトルたちが堤防の上で対岸を眺め見ていると、その背後に聞き覚えのある声がかかった。


「あ、いた……」


 すごく嫌な物を見たかのような、不機嫌そうな声に振り返れば、プリンちゃんたちを周囲に連れたオキザリスの姿があった。キンちゃんたちの妙に不審な様子からその可能性を考えてはいたが、やはりオキザリスの傍についていたらしい。

 たぶん明かりをわざわざ固定して迄避難誘導をしている余裕が無かったのだろう。そのまま連れまわして、今に至るようだ。


 この間はあまり見ていなかったが、どうやらこの川沿いの堤防は、一定区間ごとに堤防の上に登ってくることのできる階段が設置されており、サトルたちがいた場所から十メートルほど離れた場所に、その登り口があった。


「いたけど、余計なのもいる」


 登り口からひょこりと顔だけ出して、オキザリスはサトルと、その横にいる二人を睨みやる。


 警戒されているなと思いつつも、すぐには逃げないので、サトルはオキザリスに声をかける。


「オキザリス、良かった、君に会いたいと思っていたんだけ」


 言い終わるよりも先に、オキザリスがサトルの腹にめがけ飛びこんできた。


「どぅわ!」


 オキザリスは巧みなタックルで、サトルの腹に肩を当てよろめかせると、そのまま膝裏を抱え込むようにしてサトルを押し倒した。

 堤防はの上は適度に草の茂った場所だったので、初夏のまだ柔らかさの残る草の上に倒れ、サトルに怪我は無かった。


 オキザリスは驚きに固まるサトルの上に馬乗りになると、ルーとアンジェリカを指さして恨み言を吐いた。


「ねえ、何で? 何でこいつらまで連れてきてるの?」


「オキザリス! 今の悲鳴何よ! 他人に迷惑かけるなってば」


 どうやら下にはまだほかに人がいたらしい。サトルの悲鳴が聞こえたのだろう、女性の声がオキザリスを叱りつける。

 聞き覚えのある声に、サトルが首をかしげる横で、ルーとアンジェリカが息を飲む。


「姉さん! 来ちゃダメ! ルーがいる!」


 来ちゃ駄目と言われたにもかかわらず、声の女性はすぐに階段を駆け上がってきた。

 案の定、そこにいたのはベラドンナだった。

 オキザリスとベラドンナは顔立ちも耳もまるで似ていない。二人が血のつながった姉弟であるようには見えなかったが、オキザリスは確かにベラドンナを姉さんと呼んだ。


 ベラドンナはサトルではなく、ルーとアンジェリカに気が付き顔を強張らせる。

 一瞬前までの、いかにもいたずらな弟を叱る姉と言った雰囲気が失せ、作ったような綺麗な笑みが顔に浮かぶ。


「……あら、あらあらあら、アンジェリカも一緒だったの、そう、ふーん」


 鼻にかかったようなわざとらしい喋り口で、二人をじろじろとねめつけながら、嫌味を口に出す。しかしほんの一瞬前の姿を見た後では、それがあまりにも演技臭く思えて、サトルは思わず眉をしかめた。


「こんな場所に似つかわしくないお二人が、揃いも揃って何の用なのかしら?」


 似つかわしくない、そうベラドンナは言うが、ならばオキザリスやベラドンナはこの界隈が似つかわしい人間なのだろうか。

 確かに服装は、オキザリスもベラドンナもあまり上等とは言えない、着古したようなシャツに同じく古びたズボンにロングスカートだ。ルーのような小奇麗さも、アンジェリカの様な華やかさも無い服装。

 二人はあまり衣服に金を使っていないのか、それとも使う金が無いのか。


 アンジェリカはベラドンナの嫌味に、苦笑しながら答える。


「……別に、貴方たちに用があったわけではないわ、でも、元気そうでよかった」


 元気そうでよかった、まさかアンジェリカがそんな言葉を言うとは、サトルも思っていなかったが、それ以上にベラドンナは鳩が豆鉄砲でも食らったかのように、ぎょっと目を向いて慌てた。


「っ……あんたね、今更そんな」


「今更ではないわよ。これでも私は貴方たちを心配していたんだから」


 そうアンジェリカが言えば、ルーとお兄ちゃん(仮)がその通りだとばかりに首を縦に振る。

 この様子から、本当にアンジェリカはオキザリスやベラドンナことを心配していたのだろうと分かった。


 ならばもう一人、アンジェリカが心配をしていた人物がいるだろう。サトルにはさんざん相性が悪い相手だと言っていたが、決して悪い人間だとは言わなかったバーベナが。


「バーベナは?」


 オキザリスに馬乗りになられたままのサトルの問いに、ベラドンナは今更気が付いたのか、わずかに肩を跳ね上げ耳の毛を逆立てる。

 そんなに驚かなくてもいいのにと苦笑するサトルに、ベラドンナは悪女の振りをすることも忘れたように、素直に答えた。


「え、あ、いるわ、いるわよ……そこに」


 堤防の下を指さすベラドンナ。堤防はだいたい二メートル以上。高い所だと建物の二階を覗けるほどの高さなので、ここからではバーベナの姿は見えなかったが、ベラドンナがいるというのならいるのだろう。


 偶然か必然か、役者は揃っているようだ。

 サトルはちょうどいいなと、ベラドンナに余所行きの笑みを向ける。


「そう、じゃあ良かった。三人とも一緒に飯でも食いに行かないか? 俺が奢るよ。ついでに、三人について来てほしい所があるんだけど」


 サトルの誘いに驚くベラドンナ。しかし彼女が何かを言うより先に、ルーが声を裏返し毛を逆立てて待ったをかけた。


「ええ、ちょっと待ってくださいサトルさん! それ聞いてません」


 そこまで驚く事だろうかと、サトルはちょっと呆れつつ返す。


「まあ今思いついたから」


 そんなサトルを、アンジェリカとお兄ちゃん(仮)が、胡散臭い物を見る目で睨んだ。


「貴方が女性を食事に誘うなんて思ってもみなかったわ……女性を口説くようなことには慎重だと思っていたのに」


「いや、口説いてるわけじゃ……」


 そんなナンパな真似はしていないと返すサトルに、どうだか、と肩を竦めるアンジェリカ。少しだけ口元が笑みの形に吊り上がっているので、どうやらからかわれていると分かった。


 そのアンジェリカの態度に何を思ったか、オキザリスは急に尻尾をパタパタと振って、組み敷いているサトルに向けて、ニヤニヤと意地の悪そうな笑みを向けた。


「ふうん、そうなんだあ。口説きたいなら口説いてくれていいのに」


 悪戯のつもりか、揉めさせ屋と呼ばれるにふさわしい性格だからか、オキザリスはサトルにくすくすと笑いかけつつ、ちらりとルーを見やる。


「駄目ですよ! サトルさんは紳士なんですよね! こんなところで女性遊びするのって紳士のすることなんですか!」


 あっさり引っかかってキャーキャーと毛を逆立て瞳孔を開き怒るルー。

 それでようやく状況に取り残されていたベラドンナは我に返り、話しを整理させてくれとサトルの横に膝を付いた。


「ちょっと、ちょっと! ねえ待って、待って頂戴、どういうことなのよ、それに、その」


 言いかけルートアンジェリカを見るベラドンナ。二人に対して一番蟠りがあるのはベラドンナのようだ。


「ああ、ルーとアンジェリカにも奢るから、全員付き合ってほしいだけど、駄目かな?」


 サトルはルーとアンジェリカも一緒がいいと主張し、それにルーもアンジェリカも同意する。


「もちろんです! 私はサトルさんの後継人なのですから、絶対にお供します!」


「そうね、サトルとルーだけでは、オキザリスに言いくるめられてしまいそうだわ」


 それに対してオキザリスも、受けて立ってやろうじゃないかと、強気に二人を睨み返す。


「……いいんじゃない? ちょうど決着を付けたいと思っていたところだし、僕は賛成」


「リズ、また貴方そんな」


 ベラドンナはすっかり付いていけないと、頭を抱える始末。意外にベラドンナは状況の混乱に弱いらしい。


 サトルはそれも好都合と、更に畳みかける。


「決着って言うなら、俺もしっかり確かめたいことがあるし、本当いい機会だと思うんだよ。ここ最近の騒動のことも、君らの蟠りのことも」


 もっとよく話して決着を付けよう、そうサトルが言いかけたところで、最後の役者がおずおずと堤防の上に顔を出した。


 バーベナはそこに広がっている光景に、大きく目を開き、何が起こっているのかと困惑した様子。


「え……どういう、事、ですか? これ……」


 サトルがオキザリスに押し倒され、ベラドンナはその横に膝を付き、ルーとアンジェリカがそれらに対して挑戦的に対峙している。

 いったい何がどうなったのか、ベラドンナは誰に尋ねるのが正解なのかと視線をさまよわせる。


 状況の把握ができていない今のうちにと、サトルはバーベナにも誘いをかける。


「やあ、ビビ、ちょっとこれから、俺と一緒に食事に行きませんか?」


 突然の誘いに、バーベナはまた目を丸くして、何か返そうとして口を開き、明後日の言葉を吐き出した。


「え、あ、はい、その、そ、それは構わないのですが、その、重くはないですか?」


「重いです」


 即答で答えるサトル。


「僕重くないよ!」


 サトルの上に乗りっぱなしだったオキザリスは、叫んでようやくサトルから腰を上げた。


 ようやく自由になったサトルの横で、犬サイズの小さなモーさんが、サトルをねぎらうようにモーと一声鳴いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ