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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第十話「コウジマチサトルは抜け出したい」
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4・敗北者の功績

 サトルが目を覚ました翌日、どうしてもやらなくてはいけない事があり、もう少し安静にしていろというルーたちを押し切ってサトルは出かけることにした。

 未だ一人きりでの外出は危険な可能性があるということで、今回サトルに同行したのはルーとアンジェリカの二人だった。


「この三人で出かけるって、凄く久しぶりです!」


 と、ルーはかなりの上機嫌。アンジェリカの方もまんざらではないらしく、耳がいつも以上にピンと立っている。こんな二人は、もしかしたら今から行く場所で嫌な思いをするかもしれない。そう考えサトルはすこし申し訳なく思った。


「何処へ行くかは決まっているのかしら?」


 アンジェリカはルーよりは冷静なようだが、それでもやはり声が明るい。アンジェリカの後ろでお兄ちゃん(仮)も無表情のはずだが微妙に嬉し気だ。


 目的地を訪ねるアンジェリカに、サトルは分からないと首を振る。


「それは妖精たちに聞いてくれ……実は全員が帰ってきてたわけじゃないみたいだから……探しに行くんだよ」


 サトルの横でキンちゃんとギンちゃんが、フォフォンフォンと鳴く。面倒をかけてすまないと詫びているらしい。いつもより若干申し訳なさそうな表情だ。


「大丈夫ですよ、キンちゃんもギンちゃん」


 アンジェリカはサトルほどはっきり二匹の事を認識してるわけではなかったが、やはり声ははっきり聞こえてるらしく、サトルの肩回りを飛んでいたキンちゃんへと手を差し出し慰める。


「私も皆を探すのお手伝いしますからね」


 ルーの言葉にキンちゃんは嬉しそうにフォーンと鳴いて、ルーの手にすり寄った。

 キンちゃんとルーはすっかり仲良しだ。


「だからルーだったのね」


 光の粒と仲睦まじくするルーに、アンジェリカは何故サトルがルーを指名したのかわかったと納得する。

 ダンジョンの妖精を探すのには、互いの居場所がわかるらしいダンジョン妖精に聞くのが一番。ルーであればサトルに通訳を頼まなくても居場所を確認できるのだ。


「ああ、それに、キンちゃんがルーと一緒がいいって」


 これはサトルにも意外なことだったのだが、未だ戻ってきていない妖精のプリンちゃんたちを探しに行こうとしたときに、キンちゃんがルーの傍に行き、一緒に行きたいとばかりにフォンフォンと鳴いた。

 そのキンちゃんの主張が一体何を意味しているのか、サトルは薄々感じてはいたが、言葉に出せずに、せめてルーをフォローしてくれるだろうと、アンジェリカも一緒に指名した。


 本当はニゲラも一緒に来てほしかったのだが、ニゲラは自分が行くと襤褸が出るかもしれないと、自ら断った。代わりに、サトルにもし彼女たちに会えるようだったら、一緒にマーシュとマロウの店に行ってほしいと伝えた。

 ニゲラがわざわざそれを伝えるという事は、タチバナが何か重要な物か話をそこに残していたのだろう。


 できる事ならサトルも「これ」についてはあまり首を突っ込みたくは無かった。しかしここで嫌だと拒否しても、サトルが意識の無かった時のオキザリスの様子ならば、またサトルと接触を試みる事だろう。

 それにサトルはオキザリスが話していたことに、多少なりとも興味があった。それを確かめるためにも、ルーと彼女たちとの確執は、きっと避けては通れない。


 プリンちゃんたちを預けたオキザリスの傍に、まだ彼女たちはいるのだろう。そのためプリンちゃんたちを探すという事は、すなわちオキザリスを探すことになるはずだ。


 サトルはじりじりと胃が焼けるような痛みを感じて、小さくため息を吐いた。




 キンちゃんたちがサトルを案内したのは、多少予想していたが、雨の日に決壊しそうになっていた堤防だった。

 堰の少し下流、サトルが凍らせた場所。

 堤防に上って川を見てみると、足元にかかるほどに水があふれていたのが嘘のように、何メートルも下に濁った水がちょろちょろと流れていた。川自体は泥が堆積しているようで、ひどく浅くなっているように見えた。


 サトルたちが歩いてきた岸は堰の決壊迄の、堤防の漏水で水が溢れ、高床でなかった建物の床が濡れた程度だったらしいが、対岸は相当被害が大きく、三日経った今は立ち入りを自治体によって規制されているという。

 すでに亡くなった者もいると分かっているらしいが、詳しくは分からないとアンジェリカもルーも言う。


 この世界にも新聞はあるというが、被害に遭った場所が貧民窟と呼ばれる一帯の、更にピンポイントでスラム化している場所だったせいもあり、被害全容の把握が難しい、と記事にされていたにすぎなかった。


 サトルは自分の無力さに唇を噛み、被害があったという対岸を睨んだ。

 もっとうまく行動できていれば、もっと気が付くのが早ければ、もっと自分が情報に敏ければ、もっと、もっと、できる事は有ったはずなのにと、後悔ばかりが浮かんでくる。

 今なら力があるからと、驕っていた。自分は結局無力のままだった。

 滲む涙をぐっとこらえれば、今度は鼻が緩くなる。

 サトルとは少し離れて、妖精を探すルートアンジェリカ。二人に気が付かれぬようサトルは鼻を啜った。


「……以前より、水がかなり少ないわね」


 アンジェリカが川を覗き込み低く呟いた。


「以前もここに来たことがあるのか?」


「ええ、まあ……見える? あの建物」


 何故ここに来たことがあるのかを言わず、アンジェリカは対岸の街並みを指さす。

 サトルとルーはその指の先を視線で追うが、他よりも一段低くなっている街並みは、堤防の下に半分以上隠れてしまっているうえに、スラムでなくても違法な建築が何の考えも無しにでたらめにくっ付けられているので、一見しただけではあまり分らない。


「どれ?」


「……あの赤い屋根の大きな建物、その右側にある」


「ああ、平屋の……いや、二階建てか。茶色いやつ?」


 一つだけ屋根とはっきりわかる大きな赤い煉瓦葺きがみえた。その右には少し下がって長屋の様なくすんだ茶色の、瓦か板か分からない建物の屋根。たぶんそれのことを指しているのだろうとサトルが確認すれば、アンジェリカは頷く。


「あれが、クレソンたちの出身の孤児院よ。彼の妹もいた」


「ちょっと待ってくれ! あれは堰のすぐ傍じゃないか!」


 ここから見える距離だという事は、堰からも近く、また下流にあるという事。スラムからはやや離れているらしいが、まさかこんな場所にあるなんてとサトルは叫ぶ。


「貴方がクレソンとバレリアンを派遣していたおかげで、無事に全員逃げられたわ、今は別の孤児院に分けて入れられているはずよ」


 安堵しつつも、サトルはやはりもっと自分は上手に動くべきだったんだと後悔する。


「……あんなに近かったのか」


 ルーも改めて地理を確認し、声を震わせる。


「明るくなってみると、狭いとも言えない範囲なんですよね……被害のある場所。この場所が、今後全部再開発になるとしたら……」


 それはオキザリスの言っていた、マンチニールが暗躍していた話のことだろう。

 このスラムを含む貧民窟をあえて水害の被害に巻き込み、その後の再開発の利権を得ようとしている。そうオキザリスは話していた。

 その言葉がどこまで信憑性があるかはわからないが、スクラップアンドビルドを繰り返してきた日本で生きてきたサトルには、あながち嘘には聞こえなかった。


 アンジェリカはオキザリスの話を聞いていなかったので、ルーの言葉の意味を取り違えたらしい。クレソンたちがいたという孤児院の話をする。


「孤児院も無くなるでしょうね……親父さんがせっかく支援していたというのに、ね」


 タイムの父親がこの辺りの水害に関して出張ってきた理由も、どうやら孤児院にあったらしい。

 色々と詳しいアンジェリカに、サトルはついでにと話を聞く。


「クレソンの妹は? 今後どうなるか分かるか?」


 クレソンが引き取るにしても、冒険者として生活している彼に、子供の面倒を見ることができるだろうかという心配があった。


「無事だったし、今後別の所に入所しなおすか、引き取り手を探すことになるでしょうね……今までだったら、タチバナが引き取る可能性もあったのだけど」


 そう言ってアンジェリカは目を伏せた。

 タチバナが健在であれば、ダンジョン研究家としても功績があり、論文に値段が付く。そうすれば金に困らず子供を引き取って弟子という名目で養育もできたのだろう。

 例えばルーやワームウッドのように。

 もしかしたら、ベラドンナやバーベナのように。


 サトルは引き取り手の無い孤児という存在に、思うところがあった。



 会社で雇っていたバイトの子供らは、やはり親の無い子供たちだった。

 彼らは今頃何をしているだろうか。サトルが急にいなくなって、泣いたり悔やんだりしていないだろうか。仕事はきっちり教えてきた。きっとあの子らなら自分がいなくてもやって行けるはずだと、そう思いつつも、心配が募り泣きそうになる。



 あの子たちのように、孤児院の子供らにも未来がある。

 それだけは、守られてほしいとサトルは思った。


「ああ、でも、大丈夫よきっと。ボスが今回の水害について、冒険者組合で基金を作ったわ。元々冒険者は孤児が多いし、あの孤児院出身の冒険者も多いのよね。将来への投資だわ」


 だから、当面生活を心配しなくてもいいとアンジェリカは確約する。

 ローゼルの資産がどれほどか走らないが、少なくとも彼女が動かせる金の額は、市場の混乱を招く宝石を、一手に引き受ける事の出来る程度には有るはずだ。

 もしなかったとしても、ならばその金を用意できるだけの力が、今のサトルには確かにあった。

 ダンジョンが、その力をサトルに与えてくれていた。


「そうか……」


 サトルは安堵の吐息とともに、こぼれそうになる涙を押さえようと、両手で目元を覆った。今度は堪えようとしても堪えられなかった。

 助けられた命がある、それがたとえ知らない人間だろうと、サトルにとっては構わなかった。ただただ、助けられたことが嬉しかった。


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