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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第十話「コウジマチサトルは抜け出したい」
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3・団欒とニガヨモギ

 タイムの元から帰ると、すぐに夕食の支度にとりかかった。

 本当はサトルがわざわざ用意しなくてもと言われたのだが、久々にみんなの顔を見ながら自分が作った料理で食事をしたいと思ったのだ。

 疑似家族の団欒の様な物だが、それはサトルにとって、ちゃんと大事な人が目の前に揃っていることの確認作業でもあった。

 あの雨の中、水害が起きて、それでもみんながちゃんとこの家に戻ってきているのだという事を、サトルはどうしても実感しておきたかった。


 とにかくあり物の野菜を入れたスープとパンと、タイムの父親に手伝いの礼だと言われ貰って来たチーズ、それと帰りに買ってきた魚をバターで焼いて夕食にした。

 久々のサトルの料理に、意外なことにアロエが一番喜んだ。


「やった、サトルママのムニエルだー」


 とのこと。

 すぐにママ扱いしてくるアロエにサトルはため息を吐く。

 この間体調を崩した時から向こう、アロエのサトルへのママ扱いがエスカレートしているようだった。しかしそれが悪意ではなく、嬉し気にママ、ママと言われる物だから、サトルはなかなか怒るに怒れない。

 そもそもサトル自身が彼女たちを自分の子供のように扱い世話を焼いていることに、多少なりとも自覚があった。疑似家族の団欒とまで思った手前、同じく疑似家族ごっこに興じるアロエに、それを止めるよう言えるはずも無かった。


「魚くらいルーも焼いてくれるだろ」


 代わりに魚くらいなら他にも料理できる者もいると返す。

 ルーは材料切ったりした処理をすることは妙に下手だが、薪の位置や魔法で火加減をしなくてはいけないストーブを使って調理をするのに慣れているので、焼き物の火加減はかなり上手だ。

 調理設備の無い家で生活していたアロエたちは、そもそも調理設備を使うことに慣れていないので、家庭で作る焼き魚、という点でのみ言うならば、アロエたちの自作の料理よりもルーの料理の方が美味いはずなのだが。


「いやあ、不味くはないけど、サトルっちのほどおいしーってはならないよ?」


 何の違いだろうね、と首をかしげるアロエに、ルーがじっとりと恨みがましい目を向ける。


 魚の臭みを取るために塩を振って、出てきた水分を拭き取ったり、香ばしくするためや焼き上がりがパリッとふっくらになるように、焼く前に小麦粉をまぶしたり、ちょっとした手間をかけただけなのだが、その手間をかけないからだろうな、と思いつつ、そこを指摘したらルーの恨みがましい目が自分に向くかもしれないとサトルは気づかないふりをした。


 それにいつまでも自分が持ち上げらるのも落ち着かないので、サトルは自分だって失敗位するんだと話を変えた。


「言っとくけど、俺だって料理が得意なわけじゃないんだからな」


「父さんは失敗しないよう練習を繰り返してるのにですか?」


「サトルが? 何したんだよ?」


 サトルが料理の練習をし試食に付き合うニゲラは、失敗といえるほどの失敗を見たことが無いのにと不思議そう。対して、失敗の話と聞いて何故か嬉しそうなクレソン。あわよくばからかってやろうという思惑が見え見えだ。

 それでもサトルは特に隠すことも無いかと、タイムと一緒に作ったクッキーの話をした。


「この間タイムと一緒に作った試作のクッキーに、ニガヨモギ入れてみたら見事に不味かった」


 サトルの言葉に、試作品の試食に立ち会ったヒースとワームウッドは、そんなこともあったあったと笑う。


「あー、あれ食べられないくらいじゃないけど、絶妙に美味しいというには引っかかる感じだった」


「でも食べてたら癖になる感じだったけどね。意外と姐さんやカレンさんは好きそうかもよ」


 ワームウッドに好きそうかもと言われ、それは気になるなとオリーブも興味を持つ。


「そう言われると、どんな味か気になるな。サトル殿、時間があるときにでも、もう一度作ってもらえないだろうか?」


 キラキラと目を輝かせ、いつもは重く垂れさがってる耳を持ち上げるオリーブ。ハーブなどの香りの強い物を好む傾向があるからか、オリーブは件のクッキーに好奇心が刺激されたらしい。


「僕それ食べてません」


 と、ニゲラは少し不服そう。


「食べなくてもいいって。あれは失敗だったし。それに、使ったニガヨモギはタイムが酒の材料にするつもりで買ってきた物らしくて、どういう物なのか詳しくは分からないんだ……また作れるかどうかも分からない」


 食材についてなら詳しいぞとばかりに、マレインが詳しく話を聞かせろと耳を震わせる。


「ほう、という事は、普通に栽培されている物とは違うのかな?」


「ああ、ダンジョンの中で採れるニガヨモギの亜種だって言ってた」


 サトルがマレインに答える声を遮るように、クレソンが嬉しそうに叫んだ。


「あー! あの蛇の目の麦酒か、あれ美味いんだよな、そっか、もうし込む時期か。よっしゃ、できたら飲みに行くか」


 蛇の目の麦酒というのは、タイムが作ると言っていたビールの事だろう。どうやら銀の馬蹄亭の常連たちにはおなじみの酒だったらしい。


 オリーブやカレンデュラも、それは行かなくてはいけないなと意気揚々。


「それはいい。私もお供しよう」


「楽しみね。今年は肴のあてもあるようだし、楽しくなりそうだわ」


「うっへ、姐さんが行ったら全部飲まれちまいそうだから遠慮してえ」


「つれない事を言うなクレソン。カレンの言う通り、今年は料理も絶対に美味しいだろう。一緒に行った方がより楽しいさ。それに、どうだろう、私に勝てたら一晩の酒代を私が持とうか?」


「って、それで勝てたこと一回も無いんすけどねー」


 さり気なくサトルが料理を作る事を当てにされているようだが、サトルはまだ行くとも何とも言っていない。

 ただ、マレインやアロエの期待に満ち満ちた目を見る限り、嫌と言っても許してはくれまい。

 また酒は飲まないが料理は食べたい勢の熱い視線もサトルに集まっていた。

 今のうちにあの香りに合うだろう酒のあてを考えておくかと、サトルは諦めた。


「お酒ね……私はやっぱり、蛇の目の麦酒よりもクッキーの方が気になるわ」


 盛り上がるオリーブたちとは違って、あまり酒を飲まないアンジェリカは、もう一度クッキーの話を繰り返す。

 サトルもクッキーについてはまだ話したいことがあったので、それに乗った。


「アンジェリカも苦いの平気なんだ? そう言えば、タイムが言うにはあのニガヨモギクッキーは風邪に効いたらしいんだけど、何か理由知ってるだろうか? 食べたら短時間で急に体調が良くなったって」


 思いもかけない効能に、アンジェリカは驚いたように目を丸くする。


「ニガヨモギで? 風邪に? 確かにうがい薬に使われたりもするけど、ニガヨモギはニガヨモギよ。そんなことあるのかしら?」


 サトルの話にアンジェリカは驚きつつルーへと話を振った。

 ルーはそうですねと少し考え、言いにくそうに答える。


「ニガヨモギの亜種、ですか……それは知りませんでした。ああいえ、そうですね、ガランガルダンジョン内で採れるニガヨモギは、確かに通常のそれとは花の色等が違い、香りもスパイスの様なピリッとした尖った香りがあるとも見ましたね。通常よりも苦みが強いとも聞きますし、あまり料理に直接入れることは少ないそうです。この花の色の違いについては……すみません、私にとって専門ではないので……どこかに資料があるはずなので、後でちょっと探してみます」


 いつもと違いやや困った様子のルー。その答えには何か含みがあるように感じ、サトルはニゲラの様子を窺った。

 サトルの視線に気が付かず、ニゲラは少しだけ気まずそうに、目の色を暗くしていた。

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