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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第十話「コウジマチサトルは抜け出したい」
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2・ママのクッキー

 銀の馬蹄亭へ向かう道すがら、ワームウッドはサトルへと問いかける。


「あのさ、オキザリスの事なんだけど、君何かしたの?」


 ワームウッドが一人サトルについて来たのはこの話をするためだったのだろう。

 ルーや彼らを感情的に嫌悪するアロエたちがいない場所で、サトルとオキザリスの間に何があったのかを聞きたかったのだ。

 オキザリスとサトルが雨の中遭遇したことは、ルーにでも聞いていたのだろうと思いつつ、サトルは足を止めずにワームウッドにわずかに視線を向け答える。


「ルーになんて聞いている?」


「ルーには聞いてない。オキザリスが君がどこにいるのかをルーに聞きに来た」


「へえ」


 オキザリスがルーに対して、蟠りを持っているのは確かなようだが、あまり怖れているという様子はない。なので以外ではあったが驚くに値するほどではなかった。

 サトルの軽い反応に、ワームウッドはむっと眉間にしわを寄せる。


「で、何をしたの?」


「べつに何かをしたというか……慰めた」


 とたんワームウッドの足が止まる。

 気持ちは分からないでもなかったが、サトルは急ぎたかったのでそのまま歩き続けた。ワームウッドが慌てて追いかけてくる。

 酷く呆れたと肩を竦め首を振るワームウッド。そのわざとらしい仕草に、サトルは何を言いたいんだと軽く睨むような視線を送る。


「君さあ……いや、うーん」


 オキザリスはまだまだ感情面が幼い。故にオキザリスは、子供には砂糖菓子ほどに甘いサトルが、どうしても拒否できないタイプの人間だった。

 だがオキザリスがその幼い感情故に他人に嫉妬して、騒動を起こすことを好むというのも、サトルはすでに聞き知っている。

 サトルは慰めはしたがそれだけだと言い切る。


「同情してないとは言わないけど、別にルーを裏切ってオキザリスに傾倒する気は無いから。それとことは別。感情に振り回されて約束を違えるなんて紳士じゃない」


 ルーの助けになるという事と矛盾しない点でのみ、オキザリスに同情をしたのだと主張するサトル。


「ああそう、それならいいよ。君本当にお人好しだし」


 サトルがお人好しで、困っている人間や悩んでいる人間を放っておけないのは、もう仕方ないと諦めるとワームウッド。タチバナの正統な後継者であるルーさえ守れればという事だろう。


「それにルーはたぶんオキザリスのこと、嫌ってもいないし、怒ってもいないんじゃないか?」


 サトルの言葉に、またワームウッドの足が止まる。今度はほんの一瞬ですぐにサトルに並んで歩きだすワームウッド。ワームウッドの尾は持てあますジレンマを体現するように、せわしなく上に下にと振れていた。


「そう……なんだろうね。オキザリスも、別にルーの事怒っても無いし、嫌っても無かったみたいだし……ベラドンナやバーベナとはまた違うのかも」


 その意見にサトルも同意するが、しかしほんの数日前までは、オキザリスもベラドンナやバーベナと同じ、警戒するべき対象だとワームウッドは言っていたはずだ。


「どうしてそう言える?」


「僕らには目も向けないで、まっすぐルーに聞きに来た上に、ルー以外の人間を無視してたから。あの子そういう露骨なところあったなあって……嫌いになったら視界に入れたくもない、っていう感じで」


 ルーと再会した時、サトル以外に視線を向けず、辛うじてルーだけは認識してやった、という風だったオキザリス。その様子を見ていたので、サトルはすぐに納得する。


「まあそうだろうな」


「で、慰めた内容は?」


「タチバナの死は事故だった。誰が殺したわけでもないっていう話をしただけだ」


 サトルの答えに、ワームウッドはわずかに息を飲み、言葉を見つけられなかったのか、相槌すら返さず視線を足下に落とした。


「それをオキザリスがどう受け止めたのかはわからないけどな、少なくとも、オキザリスは俺の身を案じてくれるくらいにはなったんだと思う。俺のことは敵だとは思ってないようだ」


 ワームウッドはサトルのその言葉に何を感じたのか、恨めしげにじろりと睨むと一言呟く。


「これだからママは……」


 そのママとやらが何を言いたくて出た言葉かはわからないが、少なくともサトルの八方美人にも見える優しさは、ワームウッドにはお気に召さない事だったらしい。




 時刻は空がもうそろそろ夕暮れの色を帯び始めるかという頃。サトルたちは寝込んでいると聞いていたタイムと、銀の馬蹄亭の店内で、面と向きあってクッキーを食べていた。


「思ったより元気だな」


 そう呆れるサトルに、タイムはクッキーを齧りながらけらけらと笑う。


「だろー? 俺も以外でさあ。あ、でもよくよく考えれば意外じゃねえか。まあこれのおかげだよなあ」


 と言ってタイムが笑いながら摘まんでいるのは、以前サトルが試作で作った、あまり評判の良くなかった、ヨモギに似たハーブを練り込んだクッキーだった。

 評判が悪かったものの、何故か保存性は抜群に良かったので、未だ試作を共にしたタイムの手元に大量に残っている状態だった。


 ワームウッドは苦く癖の強いクッキーを齧り、不思議そうに首をかしげる。


「どうしてこれが効いたんだろうね? 材料はどこにでもある物のはずだ」


「さあなあ?」


 タイムにもわからないらしい。ただ食欲もなく寝込んでいた時に、せめて何か食っとかないと死ぬぞと父親に言われ、渋々持て余していたこのクッキーを食べたところ、そこから気分が良くなってきたのだと言う。


 サトルたちが訪ねてきてすぐは、まだ少し熱っぽい感じや、関節の痛みがあると訴えていたが、キンちゃんのおかげでそれもすっかり良くなっているらしい。


 タイムは苦い苦いと言いながら、もう一枚クッキーを口へと運ぶ。


「まあ元々ニガヨモギは喉が痛いときに飲めとか言われたし、これガランガルダンジョン内でだけ採れる、ニガヨモギの亜種って事らしいから、そういう効能あったのかもな」


 ニガヨモギは日本ではあまりお目にかかる事の少ないハーブだが、西洋では聖書にも出てくるほどにポピュラーな物のはず。それが今まで風邪の薬として使われてこなかったのは何故だろうかと、サトルは不思議に思った。


「今まで知られてなかったのか? グレニドレみたいに需要がありそうなのに」


 サトルの問いに、タイムは齧りかけのクッキーをしげしげと見ながら、仕方ないかもなと答える。


「あー、まあニガヨモギなんてどこでも取れるし、今更ガランガルダンジョンで薬として使うってことは無かったな。俺だってこれクラフトビールに使う以外で使ってみたの、このクッキーが初めてだもんよ……薬っていうイメージがねえわ。後はせいぜい防虫剤とか芳香材に使うくらいだな」


 酒に使うと聞いて、サトルはなるほどと納得する。

 サトルが海外で飲んだリキュール、アブサンやベルモットに使われるハーブがまさにニガヨモギだったなと思い出す。

 酒の香りづけのハーブが、まさか風邪の薬として効くとは思わなかったのだろう。また、ニガヨモギの亜種だとタイムは言うのだから、ガランガルダンジョン以外で採れたものは、風邪に覿面に効くという効能は無いのかもしれない。

 それとニガヨモギの名の通り、煮ても焼いても残る強い苦みが、あまりハーブティーや料理向き出なかったこともあったのかもしれない。


 サトルがこのニガヨモギの亜種をクッキーに使ってみようと思ったのは、ほとんど偶然。タイムがクラフトビール用に大量に購入して余ったので、いれてみるかとなったに過ぎなかった。

 棚から牡丹餅が降ってくるような幸運だった。


 何はともあれ、タイムが元気になったならよかったと、サトルはほっと胸をなでおろした。


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