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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第十話「コウジマチサトルは抜け出したい」
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1・雨の置き土産

 時刻を告げる鐘が鳴りしばらくして、病室にアニスがもどってきた。連れていたのはワームウッド。

 ワームウッドはにっと口の端を吊り上げて、サトルに声をかける。


「ひどい顔色。徹夜明けの先生たちでももう少しましなんじゃない?」


 その先生たちがどの先生かはわからないが、先生たちはどうやら徹夜仕事をするらしい。サトルはそうかもなと同意する。


「病み上がりだし、三日も意識が戻らない状態だったなら、そんなもんだろ」


「あっそ。てっきり過去のトラウマでまたぐったりしてるのかと思った」


 ワームウッドは小馬鹿にした様子でそう言うが、アニスが開けていた病室の窓からは、雨の匂いは全くしないだけでなく、清々しい緑の匂いすらしていたので、トラウマの発動しようも無かった。もちろんワームウッドもそれを分かって言っているのだろう。

 それでも、アニスから被害の状況を聞いた直後は、サトル自身が情けないと思うほどに泣いてしまったが。


「死人が出たって話だろ。仕方ないと割り切ること自体はできる。君が悪戯にその情報を俺に聞かせたわけではないと思うけど、どんな意図があったんだ?」


 ワームウッドは小さく苦笑する。


「べつに、特別な意図は無かったよ? ルーたちは話さない方がいいって相談しあってたから、抜け駆けしてみただけ」


 やはりルーたちはサトルにショッキングな話をするべきでないと、気を使っていたらしい。しかしワームウッドはそれを隠す必要は無いと感じだようで、独自の判断でアニスに伝えていたらしい。


「そうか、ありがとう。隠されると余計辛かったかもしれないから……気持ちの整理を付ける時間も貰えたし、助かった」


 サトルの返事はワームウッドには思いもかけない事だったのか、きょとんとした後に、苦笑して肩を竦めた。




 迎えに来たワームウッドと一緒にルーの家に帰ると、下宿している冒険者の面々が揃っていた。

 もちろんニゲラもそこにいて、サトルに思いきり抱き着いて来たので、そのまま首にニゲラをぶら下げつつ、屋敷の前庭を歩くことになった。


「お帰りなさい、サトルさん、気分はどうですか?」


 玄関先にまで出てきて、サトルの体調は問題ないかと、心配そうにルーが問う。もちろん平気だから帰って来たんだよと、サトルは小さく笑った。


「大丈夫、それよりルーの方は? 風邪とかひかなかったか?」


 大雨の中駆けずり回ったのだ、風邪の一つや二つ引いていてもおかしくないと、少しまじめにサトルは問う。

 するとルーは、少し迷いニゲラにちらりと視線を向けながら答えた。嘘を吐いてもニゲラがすぐに訂正すると思ったのだろう。


「あ、はい、いいえ、えっと……ひきました」


 しかし今のルーはまるで病気の気配を感じないほど、血色もよく、喋りも明朗だ。

 ルーの傍でキンちゃんがフォフォンと鳴いて胸を張る。どうやらルーの風邪は妖精たちが治してくれたらしい。


「でももう大丈夫です。寝てたら一日で治ったので」


 続けて答えたルーの言葉も、妖精の得意げな姿を見れば、信憑性も増すという物。


「そうか、それなら何の問題も無いな、良かった」


 そのやり取りを見て、アロエが嬉しそうに言う。


「やっぱサトルっちってママだよね」


 体調の心配くらい母親でなくてもするだろうとサトルは返す。


「誰だって病気の心配はするだろ。ママじゃなくたって。そういうアロエはどうだ? この間みたいに風邪ひいたりしてなかった?」


 ついでにアロエの心配までするので、やっぱりママだねとアロエは嬉しそうに耳を震わせる。


「うーん少し体調崩したかな。あとねえ、ヒースやワームウッドもそうだったよね」


 さすがに雨の中での作業は、普段から鍛えている冒険者たちにも堪えたらしく、アロエは自分だけじゃなかったと名指しする。

 名指しされたヒースは自分たちだけではないよと更に別の名前を挙げた。


「うん、あ、それとマレインさんも」


「おいおい、僕まで巻き込まないでくれ。すこし疲れただけだよ。風邪と言う事は無かったさ」


 尾の毛を逆立て即座に否定するマレインに、ニゲラが被せるように指摘する。


「でも、先日食事しませんでしたよね、マレイン」


「たまにはそんなこともあるさ」


 そう嘯くが、美食が伴侶とまで言い切るマレインが、ルーの家に居る時に食事を抜く姿を、サトルはまずもって見たことがないので、ヒースとニゲラの言う通り体調を崩していたのだろう。


「まああの雨だったしな」


 サトルは仕方ないかとため息を吐く。


 風邪というのは同じ家で生活している人間がかかっていれば、かなり簡単に移ってしまうものだ。アロエが風邪を引いていたことがあったのだから、同じ家で過ごしていた彼らに移っていてもおかしくはないだろう。

 ましてや彼らは雨に打たれ体温が下がっていた。風邪を引きやすい状態で体力を消耗することをしていたのだから、誰が風邪を引いていてもおかしくなかった。


 ただ少し多すぎる気もしないでもなかったが。


 しかしこれだけでは無いよと、ワームウッドが追加で暴露する。


「はっきりとは言わないけど、姐さんたちもでしょ。あと、タイムも熱出してるっぽいよ。この三日夜の営業してない」


 オリーブとカレンデュラが僅かに苦笑いをする。アロエと同じ部屋で生活をしているのだから、かかっていてもおかしくはない。


「モリーユは?」


 なのでサトルが同じくアロエと同室のモリーユに尋ねれば、モリーユはやはり風邪を引いていたと頷いた。


「もう平気」


 モリーユの傍でオリーブたちの部屋で照明役をしていたミコちゃんが、フォフォンと胸を張る。

 ガランガル屋敷内の風邪引きたちは、みんな妖精たちが治してくれたらしい。

 サトルはミコちゃんを左手で撫でて「ありがとう」と礼を言った。


 問題なのは、タイムだろう。

 彼はガランガル屋敷に住んでいるわけではないので、どうやら妖精たちの恩恵にはあずかれなかったようだ。三日も店を閉めているというのはいささか不穏だ。


 風邪は万病のもとと言うが、実際は万病が風邪の症状を併発するもので、気管支の炎症を伴う感染症の総称が風邪という。また風邪の症状が出ているからと言って、その全てが同じ病気ではないし、風邪だと思っていたら全く別の部位が感染症を起こしている場合だってある。


 本来健康な成人男性という、体力があり滅多に風邪の悪化しえないはずのタイムが、寝込むような症状を出しているという事は、ただの風邪ではないのかもしれない。

 ましてや怪我や病の治癒が促進されると言われるガランガルダンジョン下町で三日も寝込むというのはなかなかある事ではない。


 サトルはキンちゃんたちを見やる。サトルの視線に何かを感じたのか、キンちゃんは強くフォンと頷き返す。


「そうか、みんなもう平気なんだな。分かった、ならちょっとタイムの所に行ってくる。たぶんキンちゃんたちが治せるみたいだから」


 サトルの宣言にニゲラが悲鳴のような声を上げる。


「ええ! せめて一回室内に入ってから」


 せっかくサトルが帰って来てくれたのに、そのサトルと一緒にゆっくりする時間も無いなんてと、駄々をこねる子供のようにぐずるニゲラ。しかしサトルは心を鬼にしてニゲラを自分の首から引きはがす。


「いや、すぐに行くよ。一回腰を落ち着けたら出歩く気が失せるかもしれないし。ニゲラは留守番しててくれ」


 しょんぼりとするニゲラ。サトルはニゲラの頭を撫で、帰ってきたら一緒にゆっくりしようなと慰める。


 サトルがニゲラを慰め終わるのを待って、ワームウッドが手を挙げる。


「あー、だったら僕も一緒に行っていい? ついでに見に行きたいところがあるし、まだサトル一人で出歩かせるのは危険でしょ」


 サトルについての悪い噂はまだ払拭できていないのだろう。それにきな臭い裏事情があるらしいことも、つい先日聞いたばかりだ。

 ワームウッドが付いて来てくれるのは助かると、サトルは頷く。


「そうだな。頼むよ」


 ワームウッドが見に行きたいところは不明だが、サトルはそれは言い訳で、何か二人だけで話したいことがあるのだろうと思った。

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