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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第九話「コウジマチサトルは戦えない」
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10・首にかかる手

 ルーだけではない、タイムやタイムの父親たちも、明らかに様子のおかしいサトルに、何があったのかと厳しく問い詰める。

 嘘を言っても仕方がないかと、サトルは怪しい動きをしていたイグサという男とその仲間に、協力を要請されて拒んで殴られた、と話した。


 アンジェリカはその名前を聞いてすぐに思い出す。


「それって……サトルを襲ったごろつきの一人ね」


「あ、それは」


 思わず口を突いて出ただろうアンジェリカの言葉に、そんな話は聞いたことが無いとニゲラとルーが声を上げる。


「どういうことですかアンジェリカ! 僕それ知りません!」


「そうですよアン! サトルさんが襲われたってどういうことですか!」


 アンジェリカはしらばっくれるようにただ無言でそっぽを向く。


 アンジェリカを問い詰めても吐かないだろうと即座に察したルーとニゲラは、問い詰める対象をサトルへと変える。


「父さん!」


「サトルさん!」


 よりによってこの二人に知られてしまうのはまずかった。だから黙っていたはずなのに。サトルが恨めし気にアンジェリカを睨むと、アンジェリカは耳を倒してそっぽを向いたまま知らないふり。その後ろでアンジェリカに寄生している寄生樹の妖精であるお兄ちゃん(仮)は、おろおろと視線をさまよわせている。


「……それよりも!」


 サトルはとにかく強引にでも話題を変えることを選ぶ。実際時間はそうあるわけではない。自分如きのことで大事な時間を取られるのはよろしくないだろうと、サトルは二人から距離を取り、タイムの父親へと向き直る。


「今言った俺の顔を殴った奴らは、下にある堰を開こうとしてたんだ! だから俺はそいつらへの協力を拒んだんだよ!」


 サトルの言葉にサトルを取り囲んでいた者達がそれぞれに驚きざわつく。


 タイムの父親がそんなことできる物かと否定し、ルーが全くの無理とは言えないと反論する。


「本気かサトルさん! あれはもう百年以上前に作られて、ろくに手入れもされてねえんだ、今更開かないはずだ」


「いえ、機構そのものは生きている可能性があります! ダンジョン石の、それもかなり硬い性質の物で作ってあったはずですから。けど、誰がそんなこと……初期のガランガルの治水に関しては、もうかなり古い文献しか残っていないはずです。場所だって今じゃスラムの中に隠れるようになってるし、簡単に見つかる物でしょうか?」


 確かにサトルの見る限り、堰があった場所周辺は、違法に建てられたのか随分と歪な掘立小屋の巣窟になっていた。建て増しを続けまるで歪に成長した木の様でもあり、かなり規模の小さな九龍城の様でもあった。

 何故か堤防の上にだけは不法住居が無いのが不思議なくらいだったが、この大雨を見れば堤防の上という場所がどれほど危険なのか、スラムの住人達も理解していたのだろう。


 サトルを堰まで案内した男たちが、最初から場所を知っているようだったと説明する。


「迷う様子は無かったよ。何で知っていたのかは、しまったな、話しを聞かなかった」


 怪しい奴らだと思ったが、時間が惜しく逃がすにとどまった。しかし堰のことが限られた人間だけの知る情報だったというのなら、捕まえて話を聞いておけばよかったとサトルは臍を噛んだ。


「わざわざ調べてたのだろうか?」


 話を横から聞いていたマレインが口に手を当てて呻く。

 調べるとしてもルーの言う通り古い文献にしかないような場所だと言うなら、それをあえて調べる理由があったはずだ。

 しかしそれは何だろうか。サトルも口に出し考える。


「だとしたら何の理由でだろうか? ここいらの堤防は他にも水漏れや大きく崩れかかっているところがある。だとしたら、その周辺に住む人間が、自分たちの居住地を守るため、って事か?」


 タイムの父親は、どんなに考えたところで意味は無いと言い切る。


「サトルさん、そいつらが何を考えてたって、そこの水を逃がしたら、ここら一体は水に浸かる。できない相談だ」


「だろうな」


 もちろんサトルだって同じことを思っていた。あの男たちに堰を開けさせるつもりはない。だから脅し付けて、こうして報告を急ぎ持ち帰ったのだ。


 堰を開けるつもりはない。そもそも開けることができるとは思わないということで意見はまとまり、サトルが見つけた決壊寸前の場所についても、人をやり様子を見ることになった。




 先に決壊しそうになっていた場所に向かい、どれだけ人員を割けばいいのかを見てもらうため、サトルはタイムとタイムの父親について来てもらうように頼み、堰については情報を持っているだろうルーとルイボス、それに荒事になっても良いようにとマレインとオリーブが付いて来てくれた。もちろんサトルの身の安全を誰よりも心配するニゲラも一緒だ。


 サトルが決壊しかけていた場所に戻ると、そこには妖精の光。

 オキザリスがモーさんと妖精たちを連れてサトルを待っているようだった。


 オキザリスの姿にルーたちが驚く中、当のオキザリスはサトル以外見えないかのようにふるまい、サトルに飛びつくように抱き着いてきた。

 ニゲラやアニスに飛びつかれるのに慣れてしまっていたので、サトルは何も考えずにオキザリスを受けとめる。


「あ! あんた! いったいどこ行ってたんだよ! 馬鹿!」


 開口一番罵倒をしてくるオキザリスに、サトルは微妙に顔をしかめる。いやだって移動する必要が有ったし、と言ったところで、オキザリスは納得しないかもしれない。

 何より、そんな悠長に話している時間を、一緒に来ていた彼女たちが許さないだろう。


 ルーがオキザリスの肩を掴んだ。


「リズ!」


 オキザリスはやはりルーたちに気が付いていたようで、あえてちらりと視線を送るだけで、短く気になっていた事を問う。


「アンは?」


 オキザリスの冷たい一瞥に、ルーは怯んだように答える。


「いません、ここには……その」


「だったらいい、あんたに用はない。用があるのはこっち」


 こっちとサトルに向き直れば、オキザリスは険しい顔でサトルに話した。


「大変なことになったよ。マンチニールが陰で動いてる! 悪いこと全部あんたのせいにしようとしてるんだ!」


「マンチニール?」


 まるで聞かない名前に首をかしげるサトル。

 見ればルーたちはそれぞれ毛を逆立て、耳を持ち上げ、目を丸くし、とんでもないことを聞いたとばかりに驚いていた。


「どういうことですかオキザリス? どうして貴方がそれを?」


 もう一度オキザリスの肩を掴み、必死の形相で問うルー。その後ろから覗き込むようにタイムとタイムの父親がオキザリスにきつく問い詰める。


「マンチニールって、あのマンチニールか? 首吊り一家の?」


「どういうことだあんた、詳しく話して聞かせてくれ!」


 しかしオキザリスはそれに対して嫌そうに眉をしかめて口を噤んでしまう。問い詰められるということ自体が好きではないのだろう、サトルの腰に回された手に力がこもり、オキザリスの身体が硬直するのをサトルは感じた。


 硬直するオキザリスをなだめようとサトルはオキザリスの背に手を回す。オキザリスはそれに気が付き、サトルを見上げた。

 瞳孔が揺れているのが見え、やはり一人詰問を受ける状況に戸惑っているのが分かった。

 サトルだけでなく、ルイボスもそのことに気が付いたのだろう、迫るルーやタイムたちを手で制し、オキザリスの横へと回り込む。


「落ち着いてください……オキザリス、ゆっくりでいい話せますか?」


「……ルイボス先生もいたの」


 穏やかなルイボスの問いかけに、オキザリスはほっと息を付く。少し息を整え、オキザリスは自分が手にした情報を口にした。


「だったら話が早いね。あのスラムを全部水で流して、そこに色々新しく建物立てたいんだってさ。ダンジョン石の盗掘とか木材の密売とか最近動きが怪しいと思ってたけど、何かもう今年はいいタイミングだから大っぴらにぶっ壊す気みたいだよ。言っとくけどこれ昨日今日で知った情報じゃないから。ずっとベラドンナと一緒に調べてたことだからね……でね、マンチニールの所の下っ端がこの辺りうろうろしてたって目撃情報があったから、ここにあんたもいるし、これってヤバいかもって思ったんだけど」


「確かに、ダンジョン石の盗掘や窃盗が近年多いと聞く」


「言われてみればかな。マンチニールなら確かに利権を狙っていそうだね」


 オキザリスの言葉をオリーブとマレインが肯定する。


 マンチニールというのは人物、もしくは何かしらの組織なのだろう。タイムたちの話を聞くにいわゆる裏社会のような物の権力者。もしくは表の企業とも癒着のあっるマフィアのような何かなのかもしれない。ただ分かる事は、犯罪を犯してまで何か利権なり金なりを欲しがっている存在と言う事だ。

 とにかく、そのマンチニールという存在が、あえて水害を起こしてスラムを一掃し、建築産業で金を作ろうとしているのかだろう。サトルはそう考えた。


 スクラップアンドビルドで利権を得て金を作る、それ自体は大昔から繰り返されていたような話だ。古くは古代ローマの暴君ネロの逸話などもそうだろう。

 問題は、その暴君ネロがローマの大火の責任をキリスト教徒に押し付け見せしめに殺したように、サトルにその水害の罪を被せようとしているらしいということ……だろうか。


 しかしサトルが問題だと思ったこと以外の部分に、ルーは激しく怒りを見せた。


「そんな危険なこと! 先生は許さなかったはずです! 何でよりによってマンチニールなんかに!」


 ルーはなんてことをしているんだとオキザリスを叱りつける。いつになく毛を逆立て瞳孔を大きく開いた怒りの表情。ルーがこんなに激高するのは、サトルが無茶をして命の危機があったときくらいだろうか。


 叱りつけるルーをオキザリスは鬱陶しい物でも見るように睨み吐き捨てる。


「うるっさいな、その先生はもういないんだから仕方ないでしょ! 研究だけしてのほほんしてれば周りに助けてもらえるあんたには一生わかんないよ!」


 オキザリスの言葉に一瞬ルーが言葉を詰まらせる。それでも何か言おうと口を開きかけるのを、サトルは手を挙げて制した。


「危険については後でしっかり聞いて怒ればいい。今は大事な話を聞きたい」


 ルーはまだいい足りないようではあったが、サトルの言葉に悔しそうにしながらも口を閉じた。

 悔しげに俯くルーの肩を、ニゲラが労わる様に抱く。ニゲラにはタチバナの記憶が一部あるらしいので、思うところがあるのだろう。それでもルーと違って口を挟まずに堪えてくれているのは、ニゲラがタチバナの遺体から作られたとバレないようにしているからに違いない。


 オキザリスはこれが何より重要と、話しを続ける。


「うん、大事なのはスラムぶっ壊すのを、全部あんたのせいにするつもりだってこと」


 さすがにこれには黙っていられなかったのか、ルーとニゲラの二人は、一転、悲鳴のように叫んだ。


「サトルさんがそんなことするわけないじゃないですか! 何馬鹿な事言ってるんです!」


「そうですよ!父さんはそんなことしません!」


 ギャーギャーと攻め立てられれば、オキザリスは委縮するか、激高するか。ルーには激高で返してしまうらしく、負けじと叫びかえす。


「するってことにしたいんでしょ、だから勇者最低っていう噂流してるんじゃん!」


 とにかく感情的に怒鳴り合いをさせていては話も進まないと、サトルは三人の間に入り距離を取らせる。


「落ち着け三人とも、分かってるから、俺はそんなことしないし、俺がしてるともほら、みんな思ってないだろ」


 みんなと振られ、タイムたちはもちろんだと頷き、マレインやルイボスはここしばらくのサトルへの誹謗中傷の出所が分かったと納得する。


「なるほどねえ、ここ最近の噂の出所は、そこだったという事か」


「でしょうね。時期からすると、雨季より以前から……サトルがローゼルと一緒に会食に行った辺りから、すでに仕込みは始まっていたのでしょうかね」


 ルイボスの言う通り、マンチニールは以前から着々と準備を進めていたのだろう。ただ意見が違うのは、サトルへの誹謗を流布し始めた時期。

 イグサという男がサトルを襲った時、ごろつき二人に付き合わされていたのではなく、あえてサトルを襲わせていたのだとしたら、もうその時期からマンチニールは動いていたと考えられる。

 サトルにとってこれは朗報だった。

 相手が自分や自分の大切な存在を害する敵であるなら、サトルは容赦をせずに相対することができる。

 ならば、今まするべきことは何かとサトルは考える。


 今早急に必要なことは、堰を開けさせないようにすること。

 周到に準備を進めていたのなら、きっとあの程度の脅しでは諦めはしないはず。


「堰に行く! ニゲラ、ルー、オキザリス、オリーブ! あとマレインさんも! 一緒に来てくれ! タイムと親父さんは危険だから堰の事にはかかわらずに、ここの対処を。無理そうなら避難を。ルイボス先生はこのことを上流の皆に知らせ、避難誘導をしてもらうように伝えてください」


 そう告げると、サトルは答えを聞かずに走りだしていた。


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