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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第九話「コウジマチサトルは戦えない」
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7・敵を知り己を知れば

 サトルはとっさに少年の手を掴んだ。


 これはチャンスだった。ずっとオキザリスを見つけたら話してみたいことがサトルには有った。そしてこのタイミングは、それを話すに何よりも有効だと思えた。


「待ってくれオキザリス! 君に助けてほしい」


 以前会った時とは違い、ヒースの普段着と変わらないような、シャツとズボンのありふれた服を着ていたオキザリスは、手にしていたバスケットを落として驚く。


「はあ? 何言ってるの?」


 オキザリスは詐欺師でも見るかのような、警戒心を隠そうともしないきつい視線でサトルを睨む。髪の色が違うために、最初はサトルと気が付かなかったようだが、顔は覚えていたようだ。

 オキザリスとしてはサトルとは敵対している、という認識なのだろう。

 しかしサトルの方は違った。


「君のその髪の色は暗い場所でよく映える。この光っている妖精を託すから、どうか誘導の手伝いをしてくれないか?」


 サトルの言葉にオキザリスは鳩が豆鉄砲でも食らったかのようにポカンと驚きの表情。


「あんた、馬鹿?」


 しばらくして口から溢した言葉はそれだけ。あとは理解できない物を見るかのような、やはりどこまでも警戒心を隠そうともしない顔をしている。

 ただ、無理やり振り払うと言う様子はない。

 サトルはオキザリスの言葉を否定せず、


「かもしれない、でも君が此処にいるってことは、この場所を心配してるんだろ? だったら目的が同じだと思ったんだ」


 目的が同じと言われ、オキザリスはサトルから目をそらし、口ごもる。


「それは……」


 きっぱりと否定することも無く、もごもごと口の中で呟き、ふてくされたようにそっぽを向いたまま黙り込むオキザリス。

 サトルはオキザリスの態度は十分に脈ありだと見て、尚も言葉を続ける。


「もうここは一刻の猶予もない。見てわかるか? 堤防のあの場所、あそこが崩れればほぼ間違いなく土砂交じりの鉄砲水が起こる。ここいらの建物だと持ちこたえられないはずだ。一応もう少し上流では堤防の決壊を防ぐための応急処置をしているけど、こちらまでは手が回らないかもしれない」


 サトルたちが立つ場所からわずかに下流を指さし、サトルは予想される災害について語り、オキザリスはサトルの指さす方を見て、声を高くし叫んだ。


「そんな……駄目だよそんなの!」


 オキザリスの色の薄い顔が興奮で紅潮し、サトルを睨みつけるように見上げた。


「どうにかしてよ! あんた勇者なんでしょ! 皆を助けてよ!」


 掴まれているのとは反対の手で、サトルの襟首を掴み怒鳴りつけるようにオキザリスは言う。癇癪起した子供とは違う、明確な怒りをサトルにぶつけているのが分かった。


 勇者なのだからとオキザリスは言う。しかしサトルは勇者だからと言って万能ではないのだと、オキザリスを諭す。


「もちろんだ、助けるさ。でも俺は非力で、俺だけの力じゃ無理だ。君の手を借りたい」


 しかしサトルの言葉は感情的になっているオキザリスにはなかなか届かないようで、一言言えばすぐに噛み付く様なありさまだ。


「助けって何さ! 助けが欲しいのは僕らの方なのに! あんたは僕らを助けるために来た勇者なんだろ!」


 とにかくオキザリスを落ち着かせて話を聞いてもらわなくてはと、サトルは考える。言葉で通じないならば、サトル以外の存在に注目してもらおうと、サトルはモーさんを呼んだ。


「分かってる、だから少しの間この子、聖なる白い牛と、妖精たちを君に預けようと思う。モーさん、オキザリスに自己紹介をしてくれないか」


 サトルの言葉にモーさんは、モーモーと繰り返し鳴いて応えた。

 その声にオキザリスは初めてモーさんに気が付いたのか、ぎょっとした様子でサトルから手を離し、距離を取ろうとした。

 しかし片方の手は今だサトルに捕まれたままで、離れることは叶わない。


「白い牛……は、分かるけど、妖精? この牛の背中に乗ってるのが?」


 オキザリスの戸惑う言葉の通り、モーさんの背中にはキンちゃんやプリンちゃんたち妖精たちが何匹か座っていた。


「そう、彼女たちはダンジョンの妖精」


 ダンジョンの妖精と聞くや、またもオキザリスは声を荒げた。


「ダンジョンの妖精はいらない!」


 ダンジョンの妖精の何がオキザリスの怒りに触れたのか。顔を赤くし、目にいっぱいの涙をため、尾を立てオキザリスは吼える。


「そいつらは信用なるもんか!」


 ダンジョンの妖精について、オキザリスが何を知っていると言うのか。サトルはいぶかしみつつ大丈夫だからと説明を試みる。


「オキザリス、ダンジョンの妖精はガランガルダンジョン下町を守る手助けをしてくれるんだ、だから」


「ふざけんな! あんた! そん、だって! 先生は!」


 話を遮り吐き出された言葉に、オキザリスが何を思い、ダンジョンによって昇華された勇者であるサトルや、ダンジョンの妖精を嫌悪するのかが現れていた。


 タチバナはダンジョンの崩落に巻き込まれて亡くなった。それがルーたちとベラドンナ、バーベナ、オキザリスとの関係を壊したのだという事をサトルは思い出す。


「あれは事故だ、それにタチバナは、君たちの生活を守るために、ダンジョンの異変を調べていた」


「っふざけっ……そんなの知らない!」


 思わず返した言葉に、オキザリスはさらに激しく叫び、サトルの胸を拳で殴りつけた。

 軽いが鋭い、その痛みにサトルは小さく咳き込む。


 サトルの胸を叩きながら、オキザリスはサトルを責める。


「って言うか! だったらあんた! 何で先生が死ぬ前に来てくれなかったんだよ! あんたがいたら先生は助かったかもしれないんだろ! 先生を殺したのはあんたじゃないか! 先生を、返してよ!」


 タチバナが死ぬ前と言っても、その時サトルはこの世界に居なかった。まだ召喚されてもいないサトルにはどうしようも無く、ましてや自分の知らないところで死んだ相手のことを、自分のせいだと言われてもただ困るばかり。

 もちろんオキザリスとて、この言葉がただの八つ当たりだと分かっているのだろう、つっかえつっかえの言葉をサトルにぶつけながら、肩をわななかせ、涙をぼろぼろとこぼす。

 ベラドンナもそうだったのだが、長くため込んでいた鬱憤が噴き出すかのように、高く泣きわめくような声で、目の前の相手が悪いと感情を叩きつけてくる。


 サトルはとにかく落ち着けようとオキザリスに声をかけるが、オキザリスはすっかり逆上してしまっているようで、全く話を聞こうとしない。


「俺は殺してないし、タチバナも……誰にも殺されていない」


「嘘吐き!」


 オキザリスの言葉には整合性がない、ただ感情をぶつけ責めるが欲しいだけ。

 サトルはその感情をよく知っていた。だからサトルはオキザリスのぶつけてくる感情を受け止めるように、オキザリスに殴られるまま抵抗をしなかった。


 ただ、どうしても訂正しなくてはいけないことが一つ。


「嘘じゃない、タチバナが死んだのは、事故だ」


「嘘! 大嘘! あんたは嘘吐きだ!」


「嘘じゃない……タチバナは誰にも殺されてない」


 尚も殴りつけようとしてくる手を取り、サトルはオキザリスを腕の中に閉じ込めるように抱きしめる。


「離せ! 馬鹿! 何しやがる!」


 オキザリスはサトルの手から逃れようと、サトルの脛を狙い蹴りつける。しかしサトルは痛みに呻きながらも、オキザリスに繰り返しタチバナの死について語る。


「タチバナは事故で無くなった。誰も悪くない。誰もタチバナを殺してない。君らも……タチバナを助けられなかったなんて思うべきじゃないんだ」


 タチバナは死んだ。それもダンジョンの調査中に。タチバナの死を受けて、タチバナの死を受け入れたルーと、受け入れられなかったオキザリスたちは袂を分かつことになった。

 サトルがそれに気が付いたのは、ベラドンナとオリーブたちの言い争いの後、タチバナの残したレシピやそのメモ書きを読んでいた時のことだった。


 タチバナは、自分が世話をしていた子供たちのことを、みな平等に愛していた。

 あの子はナッツのクッキーが、あの子はバターをたっぷりのクッキーが、あの子は蜂蜜のクッキーがと、子供たちの好みを一つ一つ丁寧にメモに残していた。


 きっとタチバナはこの子らにとっての「ママ」だったはずだ。


 両親を水害で亡くし、せめて何かできないかと宗教に傾倒したこともあるサトルにとって、タチバナを失った事のショックを受け止めきれないオキザリスたちは他人事とは思えなかった。


「ふざけ……ふぐ、う、うわああああああ、うぞだあ、ぜんぜいはごろざれだもん! うああああああああああ」


 ようやく憎悪以外の感情の堰が決壊したのか、オキザリスはわんわんと泣き出した。


「誰も殺してない、誰のせいでもない。大丈夫だ、誰のせいでもないんだよ」


 認められないと、嘘だ嘘だと繰り返しても、タチバナが死んでしまった事実と、タチバナの死はだれの責任でもないという事は覆らない。

 一度泣き出したら止まらなくなってしまったのか、オキザリスの抵抗はなくなり、サトルにしがみつき泣きじゃくっていた。

 サトルは辛抱強くオキザリスに言い聞かせ、その鳴き声が枯れるまで、オキザリスを抱きしめ続けた。


 時間にして十分も無かっただろう。人は意外と長時間全力で泣き続けられるほど体力はない。

 泣きつかれ、酸欠にでもなったか、ぼーっとした調子でオキザリスが呟いた。


「……吐きそう」


「大丈夫か?」


 心配して顔を覗き込むサトルに、オキザリスは素直に頷き「我慢する」と返す。

 そのオキザリスの手は、サトルのベストを掴んだまま。

 サトルに体を預けるように体重をかけながら、オキザリスはぶつぶつと不満げに呟く。そこには先ほどまでの強い憎悪は無い。


「何で、あんたそんななの? 明らかに僕あんたに敵意持ってたじゃん。馬鹿なの? 阿呆なの? 考え無し過ぎるんじゃないの?」


 時折鼻をすすり上げながらオキザリスはサトルをなじるが、先程の大泣きに比べれば、サトルにとってはどうという事も無かった。

 泣いている相手は一番サトルが苦手な相手だ。逆を言えば、相手が泣いてさえいなければ、滅多なことではサトルは幾らでも受け流すことができた。


 確かに先ほどまでのオキザリスはサトルに対して敵意を隠そうともしなかった。サトルも先にベラドンナがオリーブやアロエたちと言い争っていなければ、警戒し続けていただろう。

 しかし、サトルはベラドンナとバーベナの言葉から、タチバナの死を受け入れていないのだと言う事に気が付き、またオキザリスもそうなのではと考えるようになった。

 そこからタチバナのことを詳しく知るために、ルーの持っていた、ルーには読めない文字で書かれている手記や雑記をいくつも読んでみた。


「タチバナが残していて手記には、オキザリスは自分に自信が無くて乱暴なことをしてしまうが、根は良い子で、心配性だと有ったから……後、甘えたがりが過ぎるから、すこし厳しくしなきゃいけないかな、とか」


 それで知ったのが、タチバナがベラドンナ、バーベナ、オキザリスたちをルーやアンジェリカと同じように愛していたという事。

 そして、ニゲラがサトルを父と呼び慕う際、執拗にスキンシップを求めるのは、タチバナの性格に由来していたのだろうと言う事だった。

 だからサトルは、ニゲラにするようにオキザリスを抱きしめた。


「先生の手記って、先生変な字書いてたでしょ、読めるの?」


「俺はタチバナと同じ国から来た。だからタチバナの手記は読めるよ」


 サトルの答えにオキザリスの瞳孔が興奮で大きく広がる。


「……先生の手記、読んで聞かせて、そうしたら信じる」


「それには君にガランガル屋敷に来てもらわなきゃならいと思う」


 タチバナの手記などは、ルーの家からは持ち出せないとサトルは答える。


「無理!」


 そこだけはまだ譲れないのか、きっぱりと言い切り、オキザリスは再びサトルに体重をかけてしがみついた。

 本人には自覚があるのか無いのか、サトルに体重を預ける際、オキザリスの尾は機嫌が良さそうに揺れている。


「でもいいよ……手助けはしてあげる。どうすればいい?」


 その言葉を聞きたかったと、サトルは口の端氏に笑みを浮かべ、オキザリスに頼みたかった事を改めて伝える。


「もしこの辺りに詳しいのなら、貧民窟の人間を、できる限り高台に避難させてくれ。たぶんこの雨は一晩じゃ止まない。水はやがて溢れる。俺ができるのは時間稼ぎだけなんだ」


 オキザリスも状況に猶予が無いということ自体は理解しているのだろう。だからこそオキザリスは一人堤防の様子を確かめに来たのだ。


「分かった……僕が出来る限りには声をかけてみる。その光ってるのもう少し強くできる?」


 まだダンジョンの妖精に猜疑心は残るらしく、拗ねたような表情と声だったが、オキザリスはサトルの連れている妖精たちの光を大きくできるかと問う。

 サトルはすぐに妖精たちに指示を出す。


「ああ、プリンちゃんチーム、だいふくちゃんチーム、君らはオキザリスについて行ってやってくれ。視界を確保できるように明るく光って。それと、オキザリスの言葉に従ってほしい」


 サトルの頼みに、妖精たちは揃ってフォーンと返事を返す。

 妖精たちの了承を得たので、サトルはこの子たちを連れて行ってくれと、オキザリスに託す。


「この子はモーさん、こっちの光の粒はダンジョンの妖精たち。名前は覚えられないと思うけど、簡単な指示なら確実に聞いてくれるから、目印になる所にいてくれるように言うとか、もっと光を強くしてとか、誰かの足場を照らしてほしい時に頼みごとをするといい」


「光精より柔軟に使えそうだね、分かった、頼んでみる……本当は嫌だけど」


 ひねくれた言動は残るものの、オキザリスはサトルの言葉を信じてくれるらしい。


「妖精たちは明日の朝になったら、自動的に俺の傍に帰って来るから、気にしないで使ってくれ」


 サトルから妖精たちを託され、オキザリスは拗ねた表情のまま誇らしげに尾を振る。


「オキザリス、頼りにしている」


「やっぱり! あんた馬鹿でしょ!」


 サトルの言葉に耳の内側まで赤く染めたオキザリスは、べーっと舌を出して駆けだした。

 サトルはその背を見送り、深々と安堵の息を付く。


 拭えない不安と恐怖と、思い出される過去の記憶のせいで、轟々と唸る水音すらかき消しそうなほど、サトルの心臓は激しい鼓動を刻んでいた。

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