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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第九話「コウジマチサトルは戦えない」
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6・刻々と

 サトルたちのいる場所からやや下流、対岸の湾曲した部分がじわりじわりと川に向かって崩れていた。しかもその周辺には大きくひびが入り、堤防に水が染み込むだけではとどまらず、流れ出していることも見て取れる。


 ここが決壊したならば、今川を流れている水がそのまま市街地へと流れ込むことになる。ただでさえ土地が低いこの辺り一帯はただ水浸しになるだけでなく、場合によっては建物の損傷などもあるかもしれない。

 タイムと父親の店、銀の馬蹄亭のように、土台を石で作りその上に木造の建物を立てていればともかく、どうやらこの貧民窟と呼ばれる当たりの建物は、完全な木造平屋建てが大半を占めているようで、すでに屋内への水の侵入は避けられない状況にも見えた。

 サトルは知っている、軽い家は人が思うよりもあっさりと水に流されると言う事を。

 

 また、水以外にもその水流の中に含まれている土砂も恐ろしいだろう。むしろ人の命を奪うとすれば、この土砂の方かもしれない。

 川から水があふれるだけならば、土砂の心配は大きくはないが、川の堤防が決壊して、川を流れていた土砂交じりの水が建物に叩きつけられれば、地に根を張る巨木すらへし折る力が、木造建屋やその中にいるだろう人間にかかるか、大量の土砂に生き埋めにされてしまう。

 土砂に埋まった建物を掘り返すことも、きっと重機の無いこの世界の人間には無理だろう。埋まった人間たちは掘り返されることもままならない。救助どころか遺体の収容も容易ではない。


 サトルは血の気が引く思いで、少し離れて堤防や皮の様子を見ていたタイムを呼びつける。


「タイム! 浸み出てるとかそんなんじゃない! すでに水が流れ出してる、これじゃあいくら塞いでも無理だと思う」


 ルーの見つけた堤防の崩壊を指し示せば、タイムはすぐに納得した。


「それでも時間稼ぐしかねえよ。この雨が何時止むか、は流石に分かんねえよな」


「当たり前だ。ただ水が引くまで時間がかかるのは確かだと思う。雨を降らせる雲が向こうの峰よりもさらに遠くまで続いてるらしいし、こっちで雨がやみ終わっても、ここにはヤロウ山脈から流れ込んでる皮があるだろ。それに水が下がった分ダンジョンの水が排出される」


 タイムは分かったと頷き、サトルに聞いた話を父親に伝えに走る。

 ほぼ堤防から飛び降りるように下の道へと降りたタイムは、現場の士気をしていた父親に無理やり話して聞かせる。タイムの父親も、対岸の様子までは手が回っていなかったようで、すぐにその情報の緊急性に気が付き耳を傾けた。


 一通り話し終え、タイムは父親に問う。


「親父どうする?」


「それでも時間稼ぎをするしかねえだろ」


 危険個所が分かればまだ土嚢で抑えるなどして、時間稼ぎができる。モーさんというばてる事のない労働力が今はある事から、とにかくできる限り、物資が続く限りの時間稼ぎはするとタイムの父親は宣言する。


「分かった、だったら他にもヤバいカ所あるかも。サトルがいるなら明りにも困んねえし俺探してくるわ」


 タイムも父親の決定に異を唱えることなく、サトルを連れて別の場所を確認し来ようと宣言した。


「気を付けろ、絶対に流されるなよ、助ける余裕はないからな」


「わーってるよ」


「タイム、だったら俺は下流に行く、お前は上流の方を頼んだ。妖精はテカちゃんを連れて行ってくれ。一番光の調節が得意で、広範囲まで照らしてくれる」


 タイムほど思い切って飛び降りることはできなかったが、サトルとルーにもタイムと父親の話は聞こえていたので、サトルはすぐに自分の連れていた妖精をタイムに託した。


「頼んだぞテカちゃん」


 テカちゃんは任せてくれと言うように、キュキューン! と力強く鳴いた。


「よろしくなテカちゃん。んで、そっちのモーさんはどうする?」


 そっちのモーさんとは、一号モーさんの事だろう。確かに誘導するサトルがいない状態で、どこまで自主的に動いてくれるかはわからない。

 タイムの問いにサトルはとっさにだれと指名せず、自主的に手伝ってくれるものはいるかと尋ねた。


「モーさんと一緒に土嚢を運んでくれる奴はいるか?」


 真っ先にルーが手を挙げる。ルーはモーさんとも仲が良いので、モーさんもルー相手ならば間違いなく従うだろう。


「ではモーさんは私が」


 ルー一人では土嚢の積み下ろしはできないので、それは自分たちがとオリーブやセイボリー達が手を挙げる。


「土嚢を運ぶのは私たちが引き受けよう」


 一人アロエだけがからかうように、サトル一人で行動させるのは心配だと言う。


「サトルっち一人じゃちょっと心配だから、一緒に行ってあげよっか?」


 言葉こそ軽いが、アロエの目はまっすぐにサトルを見ている。耳も真剣にサトルの答えを聞こうとしているのがうかがえた。

 サトルはアロエが心配してくれていることに気が付き、口元をほころばせる。


「いや、流石にこの雨の中に、意味もなく出歩いてる奴はいないだろ。それに、頭をこの色にしてからは絡まれていないし、今俺には妖精たちがいるよ」


 自分の白い頭を指さし、心配は無用だとサトルはアロエ告げる。それに追従するようにニゲラが強く声を上げた。


「僕もいます!」


 しかしサトルはそれをきっぱりと否定する。


「ニゲラは土嚢を積むのが役目だからついてきちゃ駄目。頼りにしてるからな」


「そんなあ」


 ガクリと肩を落とすニゲラ。しかしニゲラにこの場を離れてもらっては困る。

 土嚢のサイズはどれくらいかはわからないが、水漏れしている堤防の応急手当として使うくらいなのだから、それなりの重さがあるのは確実。人の手では積める量も限られてくるうえ、疲労も大きいだろう。

 水漏れの場所も一カ所、二カ所程度ではない可能性があるのだ。ニゲラの力はどうしても必要だった。


「君にしか頼めないんだ、頼むよ、ニゲラ」


 サトルがニゲラの肩を抱いて言い含めると、ニゲラは「父さんがそう言うなら」と不承不承頷いた。


 何をするべきか明確になれば、後考えるべき采配はと、サトルは自分について来てくれていた妖精たちを見る。七十匹ほどの妖精たちは、まだ辺りを明るく照らしてくれている。

 この明りはあった方が作業はしやすいだろう。


「よし、じゃあ小さいモーさん、仔馬くらいのサイズで俺について来てくれ。それから、キンちゃん、ギンちゃん、ニコちゃん、コニちゃん、ココちゃん、プリンちゃんチームと、だいふくチームも、それに何よりプクちゃん、君が頼りだ」


 モーさんは念のために連れていくことにし、妖精たちは名前を付けた子たちの方が細かい指示を出しやすいので、サトルは名前の付いている子たちを連れていくことに。

 それとプクちゃんは何より重要だった。

 プクちゃんはサトルに呼ばれると、待っていたと言わんばかりにシュワシュワと激しく鳴いた。この音はタイムたちにも聞こえていたようで、タイムは聞いたことのない妖精の鳴き声に驚く。


「それって」


「プクちゃんの鳴き声だよ。この子は水に関しての感覚が鋭い子だから、きっとこの子だったら気が付くと思う」


 最悪の時を考えて、サトルはプクちゃんを連れてきていたのだが、それはここでは言わないでおく。

 サトルはもう一つ最悪を考えて持ってきていた、ジャケットの内ポケットを軽く押さえて確認する。ゴロゴロとした石の感触に、サトルは口の端を持ち上げる。



 サトルは声に出さずに思考する。備えはしている。今の自分には力もある、力を貸してくれる者達もいる。なにより、今の自分は以前とは違い、最悪を回避できる程度の知識があり、何度も繰り返し考えた最悪を回避する方法を知っている。

 サトルのずっと静まらない心臓の音は水音にかき消されて誰にも届かない。大丈夫、怯えていると気取られていない。自分が自信を持って行動すれば、彼らは一緒に動いてくれる。彼らを自分は守ることができるはずだ。サトルはそう強く確信していた。


 サトルは残して行く妖精たちに伝える。


「残りの君たちはこの辺りを、それとモーさんたちの周辺を照らしてあげてくれ。もし怪我をした人がいたら即傷を癒してやって」


 妖精たちはフォンフォンと鳴いて承諾をした。


「それじゃあ、行ってくる」


 そう言い残して、サトルは妖精たちだけを連れて、川下の様子を調べに走った。


 雨の勢いはニゲラの見立て通りまるで収まる気配はなく、横殴りに振りつけてくるばかり。顔をぬらす雨に呼吸もままならず、サトルは片手で鼻と口を覆いながら堤防の上を小走りに駆けた。

 時間との勝負だと思っていた。


 土は水気を含めば含むほど脆くなる。ここ一月余りの雨で、ガランガルダンジョン下町の土はすっかり水を含んでいたはずだ。

 しかもこの下の町の貧民窟周辺の河川の堤防は、どうやら建材をこっそり盗む人間もいるらしく、すっかり脆くなっているようだった。

 かの有名な世界遺産、万里の長城も、その周辺に住む住人にとっては価値を理解できない存在でしかなく、その建材である日干し煉瓦は解体され、近隣住民の家にされていたうえ、本物か偽物か分からないが、その万里の長城の煉瓦だという土産物も、サトルは目にしたことがあった。


 どこの世界も似たようなものだなと笑おうとして、水が口に入りサトルは咳き込む。


「っは……歩くだけでも息苦しいな」


 心配したようにキンちゃんがフォーンと鳴く。サトルはわずかに視線を向け謝った。


「ごめんキンちゃんたちも付いて来てもらって、悪いな」


 キンちゃんたちは気にしていないと、もう一度フォーンと鳴いた。


 辺りはやはりうす暗い。轟々と流れる川の音で、雨音すらかすんでいる。鼻が馬鹿になりそうなくらい黴臭い土の匂いがしていた。きっと水の流れが散らす飛沫のせいだろう。おかげで空気も冷たく、撥水の外套を着ていても冷たさが染み込んでくるかのようだ。キンちゃんたちが照らしてくれなければ心が折れてしまいそうだった。


「本当に昼か分からないくらい暗いよな……」


 独り言のつもりで口にした言葉に反応して、キンちゃんたちが光を強くしてくれた。

 そのおかげで、サトルはちょうど川の蛇行から直線に流れが変わる辺りで、堤防の土が抉られるように崩れている場所を見つけた。

 まだ水漏れまではしていなかったが、それも時間の問題だろう。プクちゃんもプクプクと不安そうな声で鳴いている。

 漏れるだけならまだ対処の仕様があるが、このまま流れが強くぶつかり削れて行けば、ここから決壊する可能性がある。

 早い所対処をしてもらわねばと、サトルは報告に戻ることにした。


「……コニちゃん、ここにいてくれるか? 目印になる」


 ニコちゃん一人を目印に置いて、元の場所へ戻ろうとしたサトルに、声をかける者があった。

 どうやらニコちゃんの放つ明りを見て、サトルの存在に気が付いたのだろう。


「そこにいるのは誰? ここは危険だよ! もうすぐそこの土手が崩れるんだ。だから上流に避難した方がいいよ」


 声変りがすんでいないかのような高い少年の声だ。サトルが声の方に目をやれば、すっかり雨に濡れそぼった白い毛色のシャムジャの少年がいた。

 少年は堤防の下からサトルを見上げていた。手には蓋の付いたバスケットの様な物を持っている。バスケットはカンテラのように光を放ち、その中から不思議と雨音にかき消されない、ニャーンという光精の猫の鳴き声がした。

 どうやら魔法を使う事の出来る少年らしい。


「ああ、いや、俺は銀の馬蹄亭の親父さんの手伝いをしてて、堤防が決壊しそうな場所を探してたんだ」


「ああそうなんだ。だったらここと、あと川下の方にもう一カ所あるよ。ここが一番ひどいから、何だったらこの周辺の人に避難促すの手伝ってよ」


 サトルの言葉に少年はちょうどいいやと、手伝いを要求してきた。どうやらこの少年は避難誘導をしていたらしい。

 しかし、堤防に上ってきた少年は、サトルの顔を確認すると「あっ!」と声を上げて踵を返した。


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