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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第九話「コウジマチサトルは戦えない」
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5・思わぬ敵との遭遇

 とにかく川を確かめるべく、堤防の上へ登れる場所まで行ったところで、サトルは異様な異臭に気が付き顔をしかめた。

 溝の様な植物が堆積し腐った匂いとも違う、どちらかというと獣の肉が腐ったような甘ったるい死臭。

 サトルはとっさに口から鼻にかけてを覆った。

 こみ上げる嘔吐感に顔をそむける。


 サトルの行動に気が付いた、案内をしてくれたタイムが、サトルの顔を覗き込む。


「どうした? 変な顔して」


「何か……この辺り臭くないか?」


 サトルの言葉の意味をはっきり理解していないのか、それともタイムはそこまで感じてないのか、そうかと首を傾げつつも、気になる奴は気になるんだろうと納得する。


「この辺りは水が雨の無い日は水も淀んでたし、土も悪いからな」


 たしかに、サトルの元居た日本でも、遊水池や調節池に水が溜まり日が経っても水が引かないときなど、ひどい悪臭を放つこともがあった。しかしそういった匂いとは違う匂いだった。


 いっそどこかに獣の死体でもあるのではないかと、サトルが匂いの元を探して首を巡らせていると、急に耳元でギンちゃんが高くフォフォーンと鳴いた。それはいつもの上機嫌な鳴き声とは違って、鋭く鼓膜を貫く様な警戒音。

 ギンちゃんの睨みつける先を目で追えば、そこには見たことのない妖精だろう存在が一匹。

 サイズは猫そのままだったが、まるでキンちゃんたちのように子供が粘土をこねて作ったような、玩具化ぬいぐるみの様な体をし、猫耳の付いた(`A´)の様な顔をしていた。


 顔色を変えたサトルに、やはり何かあるのかとタイムは問う。


「どうしたよサトル?」


 サトルはタイムに視線を向けず、妖精だと思わしきそれを指さした。


「タイム、あれ、見えないか?」


「え、何にもねえけど?」


 サトル以外の人間には見ることができないというのなら、それは間違いなく妖精だろう。


 謎の猫耳の妖精に向かい、ギンちゃんが激しく突進していく。


「ギンちゃんなにしてるんだ!」


 いつにないその攻撃的な動きは、サトルが初めてダンジョンの崩落に巻き込まれたときに遭遇した、ロックハウンドへの攻撃に似ていた。

 つまるところ、ギンちゃんは見知らぬ妖精を敵と認定したのだ。

 ギンちゃんの突進に猫耳の妖精は、ギャー! と子どもの悲鳴のような金切り声を上げ迎え撃つように前肢を持ち上げた。

 戦う気満々の謎の妖精とギンちゃん。二匹が激しくぶつかり合った。


「お、なんか光った」


 二匹がぶつかるとぱちんとはじけるような音とともに、サトルにとっては閃光が、タイムにとっては小さな光の粒が視界に映った。


 サトルにはいったい何が起こっているのかわからなかったが、とにかくこの場で一番知識がありそうな人間に聞いてみた。


「ルー! 妖精には人間に害をなす存在もいるのか? ギンちゃんが怪しい妖精を見つけたんだ!」


 切羽詰まったようなサトルの声に、ルーは必要な答えを端的に返す。


「あ、はい、黒妖精と呼ばれる存在がいます」


 人間に害をなす、というのはサトルの直感でしかなかったが、どうやらぴたりとあてはまる存在がいたらしい。

 その存在とギンちゃんは再びぶつかり合い、とたん猫耳の妖精がはじけ飛んだ。


「じゃあたぶんそれだ! ギンちゃんが変な妖精を見つけて……やっつけた」


 フォーンと勝利の雄たけびを上げるギンちゃんを、サトルはあっけに取られて見つめる。


 黒妖精がいると聞いて急いで堤防の上に上がってきたルーは、黒妖精が負けたと聞いてわずかに残念そうな声を出す。


「ええ、そうなんですか? うーん、見ることのできるチャンスだと思ったのに。けど、それってたぶんこのダンジョンに封じられているとされる、病をもたらす黒妖精ですね。あ、黒妖精というのは色んな種類がいると言われているんですが、特にこの辺りの黒妖精は人に病をもたらす存在だったのでは、と考えられていました。ええっとですね、聖なる白い牛の対となる存在とも言われています」


 見る事の叶わなかった黒妖精について、ルーは滔々と語る。ダンジョンに関係する物であるなら、確かにルーにとっても興味の対象だっただろう。

 しかしその黒妖精とやらは、あっさりとギンちゃんにやられてしまった。しかもギンちゃんは全くの無傷のようだ。


 黒妖精とやらを倒したギンちゃんは、褒めてくれとフォンフォンと鳴きながらサトルの周囲を旋回する。

 もしかしたらその黒妖精とやらが出てきたのは、このダンジョンの妖精がバラバラにされた事が原因なのではないだろうか。


「……それ、出てきてるってヤバいんじゃないのか?」


 強張ったサトルの表情を見て、ルーは大丈夫ですよと苦笑する。


「一匹、二匹くらいならば時々出てくることもあると言われています。凄く弱い存在なので、そこまで警戒しなくてもいいですよ。なにより、このガランガルダンジョン下町にいる黒妖精は目撃例は多いとされていますが、他所で見つかる様な黒妖精と違い、とても弱体化しています。長く閉じ込められているので、当たり前と言えば当たり前ですかね。それに、ダンジョンの中には、定期的に閉じ込められているはずの存在を開放するタイプの物もあります」


 その説明を聞いて、サトルが真っ先に思い出したのは、以前ルーから聞いた、何故かここから北東の国のダンジョンにいるという、サンタクロースっぽい世界を亡ぼす獣の話だった。


 確か世界を亡ぼす獣が囚われており、神の許しを得るためにたまに良いことをするために解き放たれる、という話だったはずだ。プレゼントをくれる赤い奴と、悪い子供を攫う黒い奴がいるらしい。

 ルーは伝説の一つだと話していたが、もしその囚われているという世界を亡ぼす獣が、こうやって見える人間の限られる存在だったら、それは確かに伝え聞く以外には伝えることはできないだろう。


 疫病が世界を亡ぼす、というのはあながちあり得ない話ではない。サトルの世界でも人間の文明が病によって脅かされたという歴史は幾らでもあった。

 古くは旧約聖書のエジプト。新しくはスペイン風邪や新型インフルエンザなどだ。

 他にもペストが流行った時は、文化の継承すら途絶えた物が多くあり、当時の歴史はまさに暗黒時代だったとも言われるほどだ。


 人間の文明は病によって容易に滅ぶことが可能だと、多くの歴史が教えてくれていた。


 サトルの世界に人間の文明が維持できているのは、運が良かったからかに過ぎず、たまたま人類が生き残っただけにすぎず、それでもなおそれらの疫病は世界の形や流れを変えた。


 キンちゃんが強くフォーンと鳴き、ギンちゃんがフォンフォンと遮るように鳴いた。

 サトルが初めてその話を聞いた時も、この二匹は対立するような様子で鳴き交わしていたのを思い出す。


「ダンジョンは、地下牢ってやつか」


「覚えてらしたんですね」


「まあ、一応」


 雨音に紛れるほどの声でサトルが言うと、ルーもギリギリ聞こえる程度の声で返した。

 二人がダンジョンに落ちた時のことは、一応内緒の話だ。二人はこっそりと確認し合う。


「ギンちゃんがさっき倒したのが黒妖精だと仮定すると、だ、この災害で出てきた理由は、ダンジョンが定期的に放出しているから、というよりもイレギュラーな解放だったんじゃないかと思う」


 でなければ、ギンちゃんが自ら倒しに行くとは思えないと主張するサトルに、ルーも同意を示す。


「そうですね、ギンちゃんたちはこのダンジョンを管理する妖精、……かもしれないんですよね。その妖精が反応したという事は、やっぱりダンジョンの崩壊が原因かもしれませんね。今回の増水もダンジョンの崩落の影響を受けている可能性があるんですよね……」


 それはここに来るまでの間にサトルが話していたことの確認だった。サトルはここまでくればほぼ確実にダンジョンが関係しているのだろうと確信していた。

 キンちゃんやギンちゃんたちも、言わずともほぼ全員がサトルについて来ているくらいだ。


「ああ、俺はそう思ってる」


「その最近サトルさんが調べてらした場所は、ダンジョンが以前から不安定な場所だったんですよね。となると、今も他にも不安定になっているとされる場所はあるので……」


 言い淀んだのは、最悪を想定した言葉を口に出したくなかったからだろう。


「雨もすぐには降り止まない。早い所ダンジョンの異変を収束させないと、状況は悪化するかもしれないってことか」


「そうだと思います」


 ルー―は目を伏せ頷いた。


 話がいったん途切れたからだろう、タイムが大声で口を挟んだ。


「だったらなおさら急ごうぜ。状況把握、すんだろ?」


 やけに静かだと思ったら盗み聞きをしていたのか、とか、いつから聞き耳を立てていたのか、とか、色々思う所はあったが、タイムの主張に反対する理由も無かったので、サトルは大きくため息を吐いて承諾した。


「分かった……キンちゃんたち、散開して少し照らしてくれたら助かる」


 薄暗い視界でもよく見えるようにと、妖精たちに頼めば、もちろん構わないと、妖精たちは計ったように二メートルの間隔をあけて散らばった。

 一斉に光を強くする妖精たち。太陽が出ている時ほどは無いが、薄暗さは払しょくされ、視界が開けるようだった。

 とたん、あっとルーが声を上げ、川の対岸を指さした。


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