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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第九話「コウジマチサトルは戦えない」
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3・戦う相手を知れ

 土砂降りの雨を降らせる雨雲は、分厚く太陽を隠すためか、昼間だというのに足下がおぼつかないと思えるほどに暗かった。

 タイムを道案内として先頭に、下の町へと行く道すがら、サトルは状況を尋ねた。

 打ち付けるよな雨音を通して聞こえるように、互いに怒鳴り合うように言葉を交わす。


「決壊するまではいってねえ、けど時間の問題だと思う!」


 タイムは自分が状況を分かっているからか、幾分か説明の言葉が足りないので、サトルが問う形で捕捉をしていく。

 雨は斜めに降りつけてくる。ただでさえくらく視界が悪いのに、更に顔をぬらす雨粒は厄介だった。

 誰もが目元を手で庇いながら、走る事も出来ず足早に歩く。

 息が切れそうだとサトルは感じた。


「何処か堤防から水が漏れてるのか? そもそもどんな作りなんだ!」


「え、作り?」


 答えられなかったタイムの代わりにクレソンが口を挟む。


「貧民窟近くだったら川の左右の土盛り上げてダンジョン石で舗装してあったはずだ。一部剥がして持ってかれてるけどな」


「あ、そう! その盛り土にひびが入ってるところがあんだよ」


「それは今日見つけたのか?」


「いやこの一ヶ月の間で結構広がってて、もうそろそろ雨の時期も終わるしそこから修繕でいいだろうって言ってたんだが」


「今年は例年より水の量が多かったんだな?」


 タイムはサトルの問いに打てば響くように答えていた。これは事前にタイムがその堤防について、一ヶ月間ある程度の観察をしていたからだろう。

 修繕についても口に出しているという事は、地域ぐるみで河川の管理をしていたのかもしれない。


 日本では川は国や自治体の管轄だが、ガランガルダンジョン下町ではそういったインフラについての管轄は日本ほどはっきりしていなように思えた。

 以前見たバザールのアーケードの様に、区画ごとの管理が民衆にゆだねられているらしいことと、ガランガルダンジョン下町を上下に分断する一番大きな川や、町の外の幅の広いに川は、どうやらダンジョン内の水も流れ込んでいるからだろう。


 それを踏まえて、下の町の他幾つかの河川の管理は、下の町の人間なのかもしれないとサトルは考えていた。


「何で分かった?」


 今年は川に流れている水の量がなかなか減らなかったという事を、何故サトルが気が付くことができたのか、タイムは不可解そうに問う。

 サトルは雨の日は頑なに外に出たがらなかったので、雨の日にタイムと会ったことは無かったのだ。川を見に行ったという事も無いはずだと、タイムは主張する。


 しかし晴れている日であろうと、雨上がりならば見える兆候がある。

 また、直接その場所に雨が降らずとも、洪水が起こり状況をサトルは知っていた。


「ダンジョンの内部を埋めるほど水があふれていたのに、天気が良くなるとその都度水が引く。ダンジョンに空いた穴は幾らかふさがっているのにだ。どういう理屈かはわからないが、ダンジョンは自力で水を排出する機構があるんだと思った。だからガランガルダンジョン下町内の川には、ダンジョンの水が流れ込んでるんじゃないだろうか?」


 豪雨の中足を進めながらの会話なので、ほぼ他の物は口を挟めずにいたが、ダンジョンと聞いてルーが声を張り上げた。


「確かに、サトルさんの報告ではその都度水の嵩が変わっていましたね。でも水が流れ込んだ後は有ったのに、流れ出た跡が無いのは不自然です……いったいどこにとは思っていました。サトルさんはその流れ出す瞬間を見たのですか?」


 ルーの問いに、サトルははっきりとではないが見たと答える。


「そこまでまじまじと見たわけではないから確信じゃない、けど、何回かダンジョンに潜ったが、その時に、入り口から見える岩盤の間を流れる川の水が随分濁ってるように見えたんだ。俺の国で川が氾濫した時、その川は同じような色をしていて、多くの人が亡くなった」


「サトルさんが水が苦手になった理由ですね?」


 サトルが洪水に遭い水が苦手になったというのはすでにルーたちに話していたが、あれは川の増水とはまた違うと首を振る。


「いや、それとはまた違う……。俺の国では雨の多い時期に増水を繰り返して、十数年に一度は氾濫するような川がそこかしこにあるんだ。数百年も前からその土地に住む人間たちは河川の改修工事を繰り返してきたし、その都度氾濫こそ減ったものの、どんなに時代が過ぎても何度も何度も溢れた。理由は山に降った雨が、川を通って川下に流れてくるからだった」


 だから知っているとサトルは答える。


 日本の大部分は山岳地帯で、人間は数少ない平地に密集するように住んでいる。

 山に雨が降れば、土地の低くなった平地に流れ込むのは、それこそ自明の理。

 日本中どこの地にもあるような話だった。


 それゆえにサトルには懸念することがあった。


「雨はあとどれくらい降り続く?」


 サトルの問いにタイムは少し苛立たし気に応える。


「分かるわけないだろ」


 雨という自然現象がいつ止まるかなど、普通の人間は知っているはずが無い。現代日本育ちのサトルはついそれを忘れがちだったが、天気予報士というのが国家資格だったのは、伊達や酔興ではない。


 それでも雲のかかっている範囲と風向きを見れば、もしかしたらと思い、サトルは隣を行くニゲラの袖を引き顔を寄せる。


「雲の上まで飛ぶことはできるか?」


 風向きは斜め振りの雨の方角で分かった。間違いなくヤロウ山脈の方から吹いて生きている。この時期はヤロウ山脈の向こうから風が吹き、雲を運んでくるというのも、以前ルーに聞いた通りだ。

 問題は雨雲がどれほど広がっているか。


「やってみなければわかりませんが、雲に近付くことはできます」


 雲に近付けば、雲がかかっている範囲が分かるだろう。

 もしヤロウ山脈の上を全て覆うような雨雲ならば、ダンジョンの中の浸水も尋常ならざる状態だろう。

 そうなると増水は明日まで尾を引く。


 更には、ヤロウ山脈は平地の中に突如現れたような山脈のため、見た目はとても高く見えるが、それほど高くは無いという。一番高い山で富士山ほどもなく、雲がかかると先端が僅かに雲に隠れる程度だという。これはタチバナの手記に記されていた。

 低い山を雨雲は容易に越えるため、雨雲が広がる先が遠ければ遠いほど雨は長引くことが目に見えていた。


「そうか、なら氾濫しそうな場所に付いたら、俺たちが土嚢を運んでいる間にちょっと見てくれ」


「分かりました!」


 サトルが何を思って自分に命じたのか理解してはいなかったが、ニゲラはサトルが言うのだからと素直に承諾した。


 クレソンが不思議そうに問う。


「何か理由が有んのか?」


「こんな雨を降らせる雲は決まって黒くて重い。風が吹いてくる方向にどれくらい雲があるか見てもらう。比べる物が無いからわからないが、もし山向こうにも雲が続いていたら……雨の被害は大きくなると思う」


 確信があるかのように言うサトルに、マレインが距離を詰め声を上げる。


「君の国での経験?」


「ああそうだ経験がある……何よりずっと……嫌な予感がしているんだ」


 言葉の後半はしりすぼみ、隣を行くニゲラにしか聞こえないほど。

 サトルの顔が紙のように白く血の気を失っていることを、ニゲラは気が付いていた。


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