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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第九話「コウジマチサトルは戦えない」
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1・戦えないけど敵は来る

 バケツをひっくり返したような大雨の降る日、サトルはこの日も気分悪そうに、ルーの家のリビングのソファーにいた。

 その横には、サトルを心配して寄り添うニゲラの姿。そしてそんな二人に群がる無数の光の粒。


「増えましたね」


 すごい数だと感心するルーに、サトルはそうだろうなと頷く。


「うん……なんとこの間七十人を越えました」


 そこまでくるとほぼ人間電飾である。実際サトルは目を開けていられないほど眩しいと感じていた。

 目を閉じて答えるサトルに、ルーはくすくすと笑ってさらに問う。


「お名前は?」


「……ほとんどの子は付けてません。性格的にニコちゃんの妹分の子にコニちゃんとココちゃんと付けたくらいかな」


 名を呼ばれたからだろう、ニコちゃん、コニちゃん、ココちゃんがフォーンフォフォンと鳴く。


「名前を読んだらできるだけ返事をしてくださいとお願いしてるから、みんな読んだら返事をしてくれるんだ」


「そうなんですねえ。私が呼んでも返事をしてくれるでしょうか? キンちゃん、ギンちゃん」


 ルーが興味本位で読んでみれば、フォンフォーンと重なる二つの返事。


「最近ルーは妖精がどこにいるのか見えてるみたいだし、親しくなると認識しやすくなるとかあるんだろうか?」


「かもしれませんね」


 そう答えるルーの表情はとても嬉し気で、答えてフォンフォンと鳴く二匹の妖精に優しく頬ずりをした。


 そんなルーとサトルの会話を耳にして、リビングで今後の仕事について話をしていたはずのアンジェリカが、面白くなさそうにつぶやく。


「私にはまるで見えないわ」


 アンジェリカの冒険者としてのパーティーメンバーたちはそれに苦笑し、まあまあとアンジェリカをなだめた。

 アンジェリカは見た目が子供でもここは十二分に大人なので、宥められなくても拗ねたりはしない。ただ面白くないだけなのだ。


「駄目ね、妹離れしなくては、だわ」


「いいんじゃないかしら? アンジェリカくらいだったら」


 普段は衝突も多いカレンデュラに言われると、アンジェリカとしては意固地になって、やっぱり妹離れするわと、眉をしかめる。


「できないと思うけどなー」


 と呟くアロエの言葉に、オリーブとモリーユは口に出さず同意した。ここで同意をしたら負けん気の強いアンジェリカのことだ、いかに自分がルーから離れることができるかを滔々と片手みせるだろうし、それを横で聞かされたルーがショックを受けることは容易に想像できた。

 別に二人の仲を裂きたいわけではないので、これ以上はこの話は無しと、アロエが話題を切り上げる。


 ちなみに今日は下宿している冒険者たち全員がルーの家にいた。

 数日振りに振った雨の勢いが強く、ダンジョン内の増水が懸念されたからだ。

 水没していた場所は限られていたようだが、それでも用心に越したことはないと、ローゼルの冒険者の互助会では、雨の多い今時期のダンジョン行きは警戒をするようにとお達しがあったという。


「……賑やかだよな」


 アンジェリカたちの会話が聞こえていたのか、サトルが呟くと、ニゲラはくすくすと笑ってそうですねと答える。


「僕賑やかなの好きです」


 ニゲラの言葉にサトルも穏やかに答える。


「俺もだよ」


 オリーブたちはサトルが一人でいると精神的に不安定になるという理由から、リビングルームに出てきて仕事をしていてくれた。

 サトルはそんな彼女たちのために後でクッキーでも焼いてやろうと考えていた。

 小麦粉、砂糖、バターだけで作るクッキーの生地をすでに仕込んで、試作した保冷庫に入れてなじませているところだった。


 マーシュとマロウの店で作ろうとしていた完全な冷蔵庫の完成は、もうしばらく先になりそうだったが、サトルは試作品の一つをすでにもらってきていた。

 クッキーの生地を冷やしておくくらいなら十分な、金属と木を組み合わせた箱だ。中に入れる氷の量さえ増やせば、ずっとサトルが研究をしていたゼリーを完成させることもできるだろう。


「好きな賑やかさだ……」


 賑やかに言葉を交わす友人たちがいて、楽しみがある。この賑やかさは努力だけで得られるものではない。一度得たとしても失われるかもしれない賑やかさだ。

 そんなことを一瞬でも考えてしまったからだろうか、そんなはずはないのに、不安は一度心に浮かべると、まるで形になって襲ってくるかのようだった。


 そして、サトルの怖れていたことは、突然やってきた。


「誰か来たよ!」


 リビングに駆け込んできたヒースが、開口一番そう言った。


 こんな土砂降りの日にいったい誰がと、ルーが目を丸くする。


「どなたでしょうか、こんな日に」


 一応主人として玄関に向かうルー。サトルは妖精たちに一度離れるように言って、ルーの後を追いついて行く。ヒースと、いつの間に来ていたのかワームウッドも付いてくる。

 ヒースが何故誰か来訪者があると分かったのか、玄関の傍まで来たところでサトルたちにもわかった。

 雨の音にかき消されないようにと、必死にドアノッカーを何度も打ち鳴らす音がしていた。


「今開けます」


 ルーが大きな声を上げてようやくノックの音が消えた。代わりに聞き覚えのある声が、大きく叫ぶようにサトルを呼んだ。


「悪いサトル! 手を貸してくれ!」


 ルーが扉を開けると、いっそ水の中に潜ったのではないかと思うくらいびしょ濡れのタイムが立っていた。サトルたちが何かを言うよりも早く、タイムはサトルに詰め寄ってサトルの手を掴んだ。


「っつーかモーさん貸してくれ!」


 モーさんはサトルに協力してくれている妖精たちの中で、とりわけ人間を好み、人間の役に立つことを率先してやってくれる妖精だ。しかもその姿はサトル以外の人間にも黙視することができ、その馬力はまるで竜にも引けを取らないほど。

 さらにはモーさんは普段は小さくばらばらの妖精であるにもかかわらず、集合すると一匹の巨大な妖精なる事もできるうえ、四足の獣の形であるなら、身体の形を任意に変える事も出来た。


 そんなモーさんの一番の得なことは、力仕事、それも重い物の運搬だ。


 突然の頼みに、サトルは何があったのかとタイムに問う。


「どういう事なんだ? モーさんをってことは力仕事をする必要が有るのか、それに人間でないモーさんを呼ぶ理由は?」


 タイムは酒場の切り盛りをしているだけあって、それなりに顔が広い。そんなタイムがわざわざ下の町から、何キロメートルも離れた上の町のルーの家に来るという事は、人間の手では動かせない何かを運ぶという事だろう。


 サトルは嫌な予感に唾を飲んだ。


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