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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第八話「コウジマチサトルの反撃」
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12・見えざる敵は

 互助会からの帰り道、ローゼルと何を話したのか、ルーとアンジェリカに問われたサトルは、ホップとオーツのことは言わずに、ただ受けた仕事の内容だけを話した。


「そういえば、冒険者の間でも咳が続く風邪が流行っているわね……」


 アンジェリカも納得する。

 タイムやアマンドは知らない話だったので、どうやら咳の症状をともなう風邪の流行については、冒険者の方が詳しそうだ。


「でもサトルさんをわざわざ指名するっておかしくないですか? サトルさん冒険者ではないのですが」


 ルーは咳の症状を伴う風邪が流行っているというのは納得するが、あくまでも一般人であるはずのサトルを指名する理由がわからないと言う。


「タイムのつながりで知り合った奴らだよ。気も良いし、俺の噂のことも絶対にありえないって怒ってくれてたし、直接俺に頼みごとをしたかったみたいだけど、ちゃんと筋を通してもらったんだ」


 完全な本当ではないが、ルーを納得させるには十分な説明だろうとサトルは思い口にしたのだが、しかしルーはサトルの答えに不満そうな顔を崩さなかった。


「まだ、説明が足りなかっただろうか?」


 戸惑うサトルに、そうではないと首を振るルー。


「サトルさん、最近私の知らない所で友人増やしてますよね」


 その言葉にサトルは鼻白む。


「……悪い、一応ルーには迷惑をかけない範囲の交友に努めてるつもりだけど……」


 ルーはこの町でのサトルの後見人だ。サトルの行動はそのままルーの評価につながりかねない。そう思えばルーがサトルの交友関係を把握しておきたいと思うのも仕方がないだろう。

 ただ、サトルは自分のうぬぼれでなければ、ルーの言葉にはサトルの交友関係への嫉妬が含まれているように感じた。ルーの感情の洗われやすい耳は、ずっと小刻みに揺れていて、不機嫌が手に取るように分かった。


 微妙な空気のまま黙り込んだ二人の間に、アンジェリカが小さな体を潜り込ませた。


「ルー、そういう面倒くさい事を言わないの」


 アンジェリカが呆れた様子で放った言葉に、ルーの耳の内側が真っ赤に染まる。興奮すると人の顔は赤くなるが、シャムジャやラパンナは耳まで赤くなるので分かり易い。


「面倒くさいって何ですか! 私別に」


 思わず大きな声を上げるルーに、アンジェリカは厳しい視線を向ける。


「貴方はサトルの後見人ではあるけど、彼を束縛できる立場ではないのよ。そういうことは恋人になってから言いなさいな」


 そこまで言われてサトルは気が付く。

 アンジェリカはルーとサトルが男女の関係になればいいと考えている節があったが、最近はすっかりその話をしていなかった。しかし、アンジェリカは諦めたわけではなかったようだ。


「そんなつもりはないです! そりゃあ確かにちょっとむっとしました、それを嫉妬だと言われたら違うとは言いません! でもでも、でもですね、仲の良かった友達とか兄弟が、他に仲いい人見つけちゃったら悲しいじゃないですか! 私アンがオリーブ姐さんたちとパーティー組んだ時もすっごく寂しかったんですよ!」


 必死に弁明するルーに、アンジェリカがうっと言葉に詰まる。

 アンジェリカももしかしたら、ルーが他に仲のいい相手を見つけて、寂しく思ったりしたことがあるのかもしれない。


「確かにそういう事なら……」


 ついには納得してしまうアンジェリカ。

 サトルは横で話を聞きながら、なぜか妙に寂しい気持ちになった。

 友達や兄弟のような関係でいいと思っていたはずなのに……と。




 サトルはこの日いつもの妖精たちと、ニゲラとホップとオーツと、ついでに面白そうだからと付いてきたタイムと一緒にダンジョンに潜っていた。

 タイムはあくまでも無償の随行という事で、サトルたちについて来ているのだが、サトルならばきっと何か特になる物があるだろうということらしい。

 悪びれなくそう言ったタイムに、だったら報酬出すしその分こき使ってやるとサトルは宣言をした。


 サトルはまず宣言通り、タイムの知っている限りでいいので、日帰りないしは二日で行って帰れる範囲で、常春もしくは今まさに春の季節になっていて、水気は有るが海の傍ではない平原地帯を探せと命じた。


「だったらこの初階層が一番だろ。採取だったら、そうだな……この森を抜けたところに結構デカい湖があって、その対岸は開けた場所になってる」


「そこにグレニドレは?」


「あるんじゃねえか? この間みたいな感じで、デイルも結構生えてるし。たまに初階層に住んでる奴が魚とか釣ったりしてるけど、それ位ののんびりしたとこだぜ。まあ多少はモンスターも出るけど」


 初めてグレニドレを見つけた平原でも、確かにデイルは生えていた。それお思いだしサトルはそこへ行こうと、タイムの提案を受け入れる。

 モンスターはニゲラがいるので問題はないだろう。


 初階層はかなり広い。東京二十三区くらいはあるのではないだろうか、そう思っていたサトルだったが、もしかしたらそれ以上かもしれないと、最近考えを改めている。

 歩き始めて二時間ほどたったころ、ようやく湖とやらにたどり着いた。


「大きなって言ってたけど……これ、湖というか、湿地なんじゃ」


 森が途切れた先には確かに湖は有った。その湖にはいくつも島があり、その島までは底の浅い真水の池が広がっていたが、そのすぐ向こうに草地が見え、またさらに奥に池が見えた。

 やけに透明度の高い池の上に、かぶさるように枝を伸ばす木々を飛び越え、シラサギに似た鳥が飛んでいく。サトル野祖父母が住む熊本にある湧水の湖、江津湖を思い出す光景だ。


「まあそんな感じだよ。湧水なんだと。この縁をぐるっと回って向こうまで行けば、クレソン取り放題の所があるんだよな」


「あ、クレソン僕好きです!」


 何故か嬉しそうにニゲラが賛同する。


「……クレソン?」


 クレソンというと、冒険者のクレソン……ではないだろう。

 ニゲラが好きと断言するという事は、もしかしたら何か食べ物のことなのかもしれない。

 何か自動通訳に異変があったのか。サトルが問い直すと、タイムはサトルが知らないことを説明できるのが嬉しいのか、満面の笑みで答える。


「そうそう、肉料理に合うハーブだ」


 そう言ってタイムの視線が向ったのは、先程飛んでいった鳥。

 浅瀬で魚を探しているのか、水面を凝視している。


「……まあ、あれが取れたら食ってみようか」


「おう!」


 とりあえず食材の確保は、目的を果たしてからだと、サトルたちは草地へと移動する。

 タイムの言っていた通り、デイルが群生しており、その向こうの池は浅く砂利の底面に大量の草が生えていた。たぶんあれがクレソンなんだろう。そう言えばサトルの元の世界でも同じ名前の野菜が存在していたはずだ。


 それよりも、今はグレニドレを探す方が先決とサトルが視線をデイルの茂る草地に戻す。

 しかしこうも緑の草ばかりが濃淡とりどりに茂っていると、その中から小さな花を見つけるのは難しい。

 サトルだけでなく、ホップやオーツも目を凝らし、腰をかがめ草地を舐めるように見ていくが、なかなか目的の花は見つからない。

 ニコちゃんに頼むと、ニコちゃんはすぐに少し離れた場所へと飛んでいくが、何故かそこで、いつものように簡単に目的の物を見つけることが出来なかった。


「見てください父さん! ミストドラゴンです!」


 それでも必要だからとサトルたちが探す中、突然ニゲラが叫んだ。


「何だそりゃ?」


 ニゲラが指し示す場所には、ただただ緑色が広がるばかり。見ても分からなないならもっと近づくかとタイムが腰を上げるのを、サトルが引き留める。


 何故かもやがかかったような、視界の中に歪みを感じ、サトルはそこに何かがいると確信した。一度認識してしまえば、それは簡単に見つけられるようになった。

 その見え方を知った後で、周囲をよく見てみれば、そこかしこに似たようなもやがある。


「タイム! 不用意に近づくな! 何かおかしい!」


 見てわからないのならと、ニゲラはその緑が広がるだけの空間に手を伸ばした。


「これです」


 問答無用で何かを掴むニゲラ。とたん響き渡るバイオリンの弦をでたらめに弾く様な高い音。


 キュイイイイイイイイイイイ!


「うわ、なんか吼えた!」


 離れていたホップやオーツにも聞こえていたのだろう、顔が強張りオーツが驚き尻もちを付く。


 ニゲラは手に込めた力を緩め、手の中に向かって必死に謝る。


「わわ、ごめん、ごめんなさい、いきなり掴んで。本当にごめん」


 ニゲラの必死の謝罪が聞いたか、すぐに鳴き声は消え、ニゲラは手を開いて捕まえたナニカをサトルたちに向けて見せた。


 それは、どう見ても羽の生えたミントグリーンのカメレオン。それもサトルの世界で言いう所の、彼はカメレオンという種類に似ていた。

 驚くサトルたちに、ニゲラは嬉しそうに彼はカメレオンを差し出し説明する。


「この子たちは人の言葉が分かります。そして、この子たちはダンジョン内のグレニドレの蜜が大好物なんです。通りで見つからないわけですよ、この子たちがみんな隠してたんだ」


「へえ」


 と、素直に感心するタイムの横で、サトルはぎょっとして問う。


「……待ってくれ、もしかしてダンジョン内にはそんなに多くグレニドレが生息してるのか?」


 この周辺には所々もやが見える。その全てがミストドラゴンだったとしたら、この数のミストドラゴンに行き渡るだけの食糧があるという事だ。


「はい、でもたいていはこのミストドラゴンが蜜を吸うために、人間の目に見えないように隠すので、人間には見つけられません」


 キュイ! と、ニゲラに答えるようにミストドラゴンが無く。確かに人間の言葉を理解し、意思疎通ができるくらいの知能があるようだ。

 ニゲラの言葉にサトルは固唾をのみ込む。


 タイムには底を動かないようにと手で示し、サトルは一人ニゲラへと近付き、手の中のミストドラゴンに話しかけた。


「こんにちは、いきなり君たちの住処を荒らしてすまなかった。君たち凄いな、小さいのに、凄く頭がいい。確かに人間はこの花を欲しがるから」


 だから隠してしまうのだろうとサトルが言うと、ミストドラゴンはキュキュイと頷く。

 しかしニゲラは問題ないと補足する。


「でも蜜を吸い終わった花でも、花粉が一番効能があるので十分なんですよ。あ、でも吸い終わった花だと、一日もすれば花弁が落ちて、種を作り始めるので」


「ああそうか、だから花が見つからないのか」


「そういう事です」


 つまるところ、グレニドレは元々の数は多いが、その花を見つけることができるのは、ミストドラゴンより先に見つける事が条件だったのだ。

 ミストドラゴンは人間から隠して迄花を独占している。ただ吸い終わった後ならば問題ないというのなら、今から吸ってもらった直後の物を採取していけばいいのだ。


「……ミストドラゴン、君たちの食事は邪魔しないから、取ってもいいかい?」


 サトルのおずおずとした問いかけに、ミストドラゴンは別にかまわないとばかりに、鷹揚にキュイ! と頷いた。


「ありがとう」




 採取が終わり、その場を離れ、初階層で野宿をしながらサトルたちは今日見た事を話し合った。

 数にして千輪越え。まさか一日でこんなに見つかるるなんてと、ホップとオーツは満足げだったが、サトルはあまり喜んではいなかった。


「今回は特別……ニゲラがいなかったらとうてい無理だったと思う」


「あの……ミストドラゴンのことですね」


 サトルの暗い表情の理由に、ニゲラはすぐに気が付く。


 サトルはホップとオーツに向け話す。


「ああそうだ……あのドラゴンのことは、まだ人には話さない方がいいと思う。俺たちは対話をしたけど、あのミストドラゴンは、多分人間位なら殺せる力があるから……」


 驚くホップとオーツに代わり、タイムが何故だと厳しい声で問う。


「何でそう思う?」


「ニゲラは思いきり掴んだんだ。でも全く潰れた様子はない」


 手加減しても人の骨など容易に砕くニゲラが、手加減なく握ったというのに、あのミストドラゴンは元気に抗議の声を上げ、謝るニゲラを応用に許した。

 ドラゴンの力で傷一つ負わない存在を、人間がどうにかできるとは到底思えなかった。


 少し青ざめたサトルの顔を見て、タイムがそう言えばそうだなと納得する。


「あー、そういやお前竜の姿のニゲラに握りつぶされかけたんだっけ」


 触らぬ神に祟りなし、その言葉がこの世界にあるかはわからないが、藪をつついて蛇を出すようなマネが愚かだと、気づかないほどタイムもバカではない。


「ああ、あの小さい竜は、間違いなく竜なんだ。人間にも怯えなかったし、多分下手に怒らせない方がいい」


 ミストドラゴン、その名前の竜をタイムたちは知らなかった。だとしたら、彼らを竜と呼ぶのは同じ竜たち。竜が認めた竜なのだと、繰り返し注意を促すサトルに、ホップとオーツも神妙に頷く。


「分かりました、そういう事なら」


「そうですね。っつうか、俺達じゃあのミストドラゴンを見つける事さえできないと思うんで、本当にいるって証明できませんよ」


 オーツはついでにとばかりに、ミストドラゴンのことを誰に話したとて、実物を見せられないのだから分かってもらえないと苦笑する。


 百聞は一見に如かずという言葉があるが、逆を言えば、本当にそれがあるという事を見せなければ、人は百聞いたことを信じるとは限らないのだ。


「まあ……そうだよな」


 サトルは左手に寄り添っていたニコちゃんを撫でる。

 サトルは間違いなくこのダンジョンの勇者で、ダンジョンの妖精であるニコちゃんたちに頼まれてここにいるはずだ。

 だがそれを、妖精を見ることのできない者達に証明することは難しい。


「説明できなければ……」


 ルーのために、ニゲラのために、アマンドのために、サトルは勇者として目に見える事をしなければならない。

 それが自分を助けてくれる人たちを、裏切っているとしても。


 僅かに陰ったサトルの表情に、キンちゃんたちは大丈夫だよ言うように、フォーンと鳴いた。


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