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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第八話「コウジマチサトルの反撃」
101/150

11・楔の意味は

 ダンジョンから帰った翌日、アマンドと約束していた通り、サトルは銀の馬蹄亭へと向かった。もちろんワームウッドも一緒だ。

 昼過ぎを待って行ってみると、銀の馬蹄亭でサトルは思いがけずホップとオーツに会った。


 二人はちょうどタイムにサトルへの言伝を頼みに来ていたらしい。


「アニスからか? 何を持ってこいって?」


 以前アニスに言っていた、ジスタ教会に認めてもらうための寄進用のアイテムの話だろうとサトルが問えば、ホップは少し言いにくそうに、顔を伏せてもごもごとくぐもった声で答えた。


「グレニドレを、できれば多く、余るくらい多く欲しいんです、って……あの、流石に、無理ですよね」


 それはあの風邪の万能薬になる花の名前だった。

 ホップの横ではオーツも、たぶん無理だろうなと思っているのだろう、気まずそうにサトルか視線を外している。


「グレニドレなんて滅多に採れない薬草じゃないか! どうしてそんな物?」


 アマンドにはサトルがホップとオーツに頼んでいた内容を話していなかったので、そんな珍しい物を何に使うのかと、驚いた様子で口を挟んできた。


「薬になるんだから、治療じゃない? 風邪の」


 ワームウッドはやや険しい顔をしつつ、サトルと二人の会話に割り込むなとアマンドを制する。

 サトルはそれを有難く思いながら、ホップとオーツに答える。


「無理……とは言いたくない。できる限り頑張ってみる」


「頑張れるんですか?」


 オーツが思わず叫ぶように問う。

 サトルはオーツに苦笑し答える。


「当てはないとは言わない。ただ、どこまでできるかはわからないし、これを露骨にするわけにはいかないから、色々と手間はかけさせてもらうけど、いいか?」


 ホップとオーツの二人は、もちろん大丈夫だと、話を聞く前にうなずいた。




 さらにその翌日の昼すぎ、サトルは急遽ローゼルに呼び出されていた。

 それはサトルの想定内だったので、問題は無かったが、今日はワームウッドではなく呼び出しを伝えに来たアンジェリカとルーが一緒だったので、サトルはローゼルとのやり取りを聞かせないように、廊下で待ってもらうことにした。


「やあサトル君、突然で悪いんだが、すぐに」


 ローゼルが本題に入る前に、サトルは答える。


「グレニドレですよね? 噂を聞きました、最近咳の出る病気を患っている人たちが多いと」


 それはホップとオーツが持ってきた話に繋がる事だった。

 最近ジスタ教会の治療院や、ガランガルダンジョン下町の薬を売る店に、咳の症状を訴え、治療を求めたり薬を買ったりする人間が増えたのだという。

 ガランガルダンジョン下町は他のダンジョンの町よりも、病気が出にくく、怪我や病が治りやすいというダンジョンの恩恵がある。


 あくまでも治りやすいだけであり、完治するわけでもないので、ダンジョンそのものよりも、そこで採れた薬になる植物などのおかげだろうとも言われていた。

 実際に流感は町が出来てから一度たりとも起きていなかったはずだが、近年はダンジョンの異変で、恩恵として得ていた物がなかなか得られにくい状況が続いている。

 その影響かも知れないとホップとオーツは言っていた。


 知っていたのかと苦笑するローゼル。


「君は最近耳が早くなったね。悪いことではないが……気を付けた方がいい。人の噂という物は、本質ではないこともある」


 そんなこと言われなくともサトルは小野が噂を聞いて知っている。それにローゼルがサトルが耳聡くなるのを嫌がる理由も想像できた。ローゼルはサトルをできる限り自分の指示下に置いておきたいと思っている。それは最初から分かっていたことだった。


 サトルはそんなことよりもと、ローゼルに先を促す。


「分かっていますよ、身に染みて。それで、本題は?」


「ここ数日のうちに急にね、君の言った通り肺を患う者が増えたらしい」


 ローゼルの言葉に、サトルの顔から表情が消えた。


「どうかしたかね?」


 あまりにも突然の表情の変化に、流石のローゼルも困惑気にサトルに問う。

 しかしサトルは硬い声で、まるで何もなかったかのように返す。


「肺を、ですか? 咳をしてるだけでなくて?」


「ああ、肺だ。胸の音を聞くと、特徴的なザラザラと砂の鳴くような音がするそうだ。サトル君、君顔色が悪いのではないかい?」


「大丈夫です。何も問題は有りません」


 サトルの返事に、そんなわけはないだろうとローゼルは言うが、サトルは頑なに何かあったとは認めない。


 ザラザラと砂の鳴くような、という表現は初めて聞いたが、喘息や肺炎になった人間の呼吸音を聞いたことのあるサトルには、それがどのような音か想像できた。

 確かにそれならば、肺を患っていると特定できるだろう。


 まさかワームウッドやアマンドに話していたことが本当になるとは思っていなかった。しかしこれは全くの予想外でもなかった。

 サトルはそれだったら引き受けない理由が無いと、はっきりと頷く。


 サトルの態度に違和感を持っているようだったが、ローゼルは説明を続ける。


「肺の病が気になるようだね……だが、まあいい。とにかく、肺を患う人間にあの草は効果覿面でね、ジスタ教会に所属している冒険者から、わざわざ君ご指名で一緒に探してほしいと来たんだよ。私が君と懇意であるのなら、どうにか頼めないだろうか、とね」


「どうして俺なんですか?」


 ローゼルは聞いているよと、サトルを指名した理由を語る。


「ホップ君とオーツ君と言ってね、君も知っているだろう? 以前タイム君が君を無理やり連れて行った時に、君があの花をいくつか見つけているのを覚えていたらしい」


 タイムと連れだってダンジョンに行く際は、ホップとオーツを連れて行くのが定番と化している事を、ローゼルは面白いじゃないかと揶揄する。


「君が彼らを気に入ったように、彼らも君を気に入ったみたいだ。もっとも、それは君ではなくダンジョンの妖精の力なのだろうけど」


 からかう響きのあるローゼルの言葉に、胸ポケットにいたキンちゃんとニコちゃんが、わずかに腹を立てたような低い鳴き声を上げた。

 二匹は、相手がサトルだから協力するのだ、と言っているかのようだった。


「引き受けてくれるかい?」


 サトルとしては断る理由は無かった。

 そもそもこの依頼自体が、サトル自身がホップとオーツに頼んで、サトルを指名してくれるようにしたものだった。

 本来この冒険者の互助会に加盟しているわけでは無いサトルだったが、ローゼルはサトルを自分の指示下に置けていると認識している。それを確かめるためと、サトルがあくまでもローゼルの指示に従っているのだというポーズのために、サトルはホップとオーツに互助会の垣根を越えてローゼルの互助会に依頼を出してくれと頼んだのだ。このことを頼む際、依頼料についてはアマンドに小さ目なジンジャライトをいくつか買い取ってもらい、サトルが負担した。


「分かりました、探してきます。必ず……」


 そう断言するサトルに、ローゼルは実に満足げに目を細め答える。


「よろしく頼むよ。何せ今回の件は、ジスタ教会に冒険者組合が恩を売るチャンスかもしれないからね」


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