秘密その8 旦那様ちょっとツラをお貸しくださいませ
解放したゴードンには、本に関する一切のことを旦那様に告げることを禁じた。
つまり、わたくしが本を所持しており、製作にゴードンと旦那様が関わっている事実を、わたくしが知ってしまったとうことを、現状では伏せさせたのである。
無論。ゴードンにとって、旦那様の命以上に優先するものはないのだろう。
けれども、今回ばかりはわたくしのものを最優先するようい言い含めた。
事情は、直接わたくしが旦那様に問いただすと。
夕食後、わたくしは旦那様を部屋に招き入れる。いつもとほんの少しだけ、わたくしの様子が違っていることに、旦那様も気づいているようで、どことなく旦那様が不思議そうにわたくしを観察しているように感じる。
アリシアにはお茶をいれてもらったあとには、退室させた。こればかりは、夫婦の問題である。アリシアを間に挟むわけにはいかない。万が一アリシアを呼ぶにしても、旦那様にはゴードンを応援としてつかせてあげないと、不公平というものだ。
「招いてくれてとても嬉しいけれど、今夜は少しいつもと様子が違うね?」
かわいいのは、かわらないけれど……と旦那様が甘く微笑む。
はわわわわ! かわわわわわ!!
だ、旦那様の方が百倍かわゆいですぅ!! と、大声で叫びたい衝動をこらえる。
いけないわ、リリーナ・アプリコット。しっかりなさい。今夜は、旦那様を例の件で問い詰めると、心に決めたじゃない。
どんなに旦那様が美しく素晴らしく、そして最近実はとてもかわらしい方だとわかってきたとしても、今夜は別なのよ。自分の欲望に負けないで、リリーナ。
だって、だって……
旦那様ってば、わたくしに内緒であんなものをゴードンと共に作っていたのですのよ。
今夜ばかりは、旦那様に対する愛の比重が若干、かわっているのです、旦那様。ご覚悟くださいませ……!
「だ、旦那様! お話しがあるのですわ!」
「うん? なんだい? ぼくはいつだって、リリーナとお話がしたいから、とても嬉しいよ」
微笑む旦那様の顔が鼻血が出るほどに愛らしく見えて、心臓が口から飛び出そう。
え。何この天使。この天使をわたくしは今から問い詰めないといけないの?
なんてこと……天はわたくしになぜ、このような難儀なことを押しつけやがるのかしらン!! 今すぐ旦那様好き好きって言いたい。首筋にしがみついて、クンカクンカしたい……!!!
……ふうぅうう……びーくーる。落ち着け、わたくし。
そうよ。今夜は覚悟を決めたじゃない。心を定めたじゃない。
とりあえず深呼吸……
「ひっひっふー。ひっひっふー」
「……どうしたの、リリーナ。ぼくはまだ何もしていないけれど、子どもができてしまったの?」
心配そうな、それでいて嬉しそうな複雑そうな眼差しを向けられ、呼吸法を間違えていたらしいことに気づく。コホンと咳払いでごまかす。
「ち、違いますわ旦那様。ちょっと深呼吸をしていただけですわ」
「あ、そうなの? びっくりしたよ。聖女のように、純潔の身で子供を宿したのかと……」
確かに教会で読まれる聖書には、そういう経歴を持つ聖女の話が載っているけれども、決してわたくしは聖女などではない。たとえ聖女だとしても、旦那様との間の子供以外を身に宿すつもりは、毛頭ない。
「それで、深呼吸をして落ち着いたかい?」
「はい。ちょっとだけ。……今夜は、殿方のままですのね、旦那様」
「うん? 恰好が恰好だからね」
と言って、旦那様は軽く笑う。格好と言っても、現在の旦那様は普段お屋敷内で過ごす時に着るゆるやかな衣服を身にまとっているだけである。
「……女性ものを身に着けないと、そういう気分にはなりませんの?」
「うん。そうかもしれないね。今まで、リリーナに知られてしまうまで、ゴードンと二人だけで……あの秘密の空間で、ひっそりと息抜きをしていただけだから……衣類をかえることで、スイッチが切り替わるのかも。それに、ぼくはやっぱり……リリーナには男として、見てほしいから」
旦那様がわたくしを真っ直ぐに見つめる。その眼差しが、まるで大事な宝石を見守るような優しげで、それでいて強いから……わたくしは思わず、周囲にそんなに大事なものがあるのだろうかと探してしまう。
けれど、この場にいるのはわたくしだけで…………そう思い至った瞬間、ポンと音を立てて頭から湯気を立ててしまう。
「だ、旦那様……そんなに見つめないでください」
「どうして? ぼくは時間が許す限り、かわいいリリーナを見つめていたいよ? 日中は仕事が忙しくて、なかなか……愛するかわいい君を瞳に捉えることも、難しいのだから」
ひゃああああああああああああああああああああ!!!
旦那様のスケコマシ!!
絵物語に出て来る王子様さながらの美しく甘い顔立ちで、なんて乙女殺しの台詞を吐きやがりますの!!
「旦那様! あまりそのようなことを言っていると、けしからん罪で逮捕されちゃいますわよ! わたくしに!!」
ほっぺが熱い。もしかして、わたくしの顔は今、真っ赤になっているのではないかしら。
熟れた林檎のように。
「君に逮捕されるなら、嬉しいなぁ。共に、二人だけの牢獄に入れたら……それはきっと、とても甘美な刑罰なだろうね……いいなぁ、そういう暮らしをしてみたい……」
ふうと吐息を吐く旦那様もまた魅力的……ではない!!
ダメよ、ダメダメ。リリーナしっかりして!
旦那様の魅力でクラクラしていては、取り調べはいつまで経っても進まないわ!
「だ、旦那様……! ならば、思う存分、わたくしから取り調べを受けてくださいな!」
ドン! と、淑女らしからぬ乱暴な仕草になってしまったけれど、テーブルを拳で叩く。
叩いた拳が地味に痛くて、小さくうめいてしまったのは、ここだけの話しである……
うう……夕食前にゴードンが叩いた時、彼も本当は痛かったのかしら?
実は今頃、痛みでシクシクとゴードンが泣いていたら、どうしよう……
泣いているゴードンを想像すると、ものすごくかわいそう。見た目は精悍な男性でも、彼はぬいぐるみとかが大好きな、とてもかわいらしい男性なのだ。
きっと今頃、自分で作った大きなぬいぐるみを抱きしめ、ベッドの中でスンスンと痛みに泣いているに違いない……
などと、思考が散漫になってしまう上に、想像力が逞しいところが、わたくしの悪いところなのだろう。
「旦那様。今宵は、問い詰めたいことがございますのよ」
コホンと咳払いをして、姿勢を正す。
わたくしが生真面目な表情を作って見せると、旦那様も同じように表情を少し余所行きのものにする。う、ほんのりとツンとしているように見える涼やかな顔もしゅてき……
テーブル越しで見る旦那様のお肌は相変わらずツルツルで滑らかで、宝石の如き美しい瞳を守る睫毛は繊細にして長い。健康的に色づいた唇にあまり厚みはない。
美しさと凛々しさと、そして愛くるしさを内包している旦那様の真摯な眼差しがわたくしへと向けられて……アハンアフン……動悸息切れが……!!
何度でも言おう。しゅ、しゅてき!!
じゃない!!
旦那様のハニートラップに引っかかっては、ダメよリリーナ。
自分をしっかりと持って!
「いったい、ぼくは何を問い詰められようとしているのかな?」
とろける蜂蜜で作られているような瞳が、優しくわたくしを見つめる。
い、いやん……! 旦那様! 頬にすりすりしたい……!
そんなに見つめられちゃ、溶けちゃう!
眩しい微笑みにキュンと慎み深いわたくしの胸が高鳴る。
わたくしの決意が一瞬にして崩壊寸前。
うう……旦那様ったら、素敵すぎます……わたくしの遺伝子の中に、旦那様を求めてしまう何かそういうものが組み込まれているのではないかと思ってしまう。
それもこれも、魅力的すぎる旦那様が悪いのですわ!!
「だ、旦那様! そんなにおかわいらしい顔をしてもダメですのよ!」
「え? かわいい?」
キョトンと旦那様は目を丸めた。その無防備な表情もまた鼻血が出るほどに、愛しいです旦那様……どうして旦那様に飛びついて舐め回したら淑女としてイケナイのかしら……
すべてが許されるのならば、今すぐにでもガップリと飛びついて、ハスハスしながら思いの限り、旦那様を舐めつくしたい……!
ア。ソンナトコ、ナメナイデ。アハンアフン。アー!
と、いたいげな少女のようにぷるぷると震える旦那様を妄想するだけで、パンが十斤は美味しくいただけそう。
この場にアリシアがいれば、「この世にそのような殊勝な若旦那様は存在しません」など冷静に突っ込んでくるかもしれないけれど……幸いなことなのか、不幸なことなのか判断はつかないけれど、ここにアリシアは存在しない。
ゆえに、わたくしの妄想を留める手段はなかった。
ただ一人。当の旦那様の存在を除いては。
「どうしたのリリーナ? さっきから、かわいい顔をして」
「わたくしの百倍以上かわいらしい旦那様が何をおっしゃいますの!」
わたくしなど、せいぜい、森で楽しく過ごす子狸程度ですわ! ぽんぽこぽん!
他人からの自分の評価を、わたくしはよぉおおおく知っているのだ。
最近じゃ、鏡を見た時にあらどこの仔狸が迷いこんだのかしら? と思うくらいだから、今更自分が狸似であることを否定する気にはなれない。
どうして、わたくしはもっとシュッとした顔立ちに生まれなかったのかしら!!
片や、妖精の国出身だと説明されても納得しそうな芸術的に美しく、中性的な美貌の持ち主である旦那様である。優しげな面差しに、生来の肉体的な線の細さが、よりいっそう、旦那様を性差のない魅力的な存在に引き上げているのだと思うけれど……
わたくしと旦那様では、比べるのもおこがましいというものである。
……いや本当に。
冷静に考えれば考えるほど、どうしてこの素敵すぎる方と婚約ができて、結婚まできたのかしら。うちののん気な両親とエリート街道まっしぐらな旦那様のご両親が不可思議なほどに仲のよろしいところから、奇跡みたいなものなんだけど……
この世界に本当に神様というものが実在するのならば、その存在はきっとものすごく気まぐれで、愉快なことがお好きなのだろうと思う。
でなければ、平々凡々なわたくしとこの世の至宝と称して過言ではない旦那様を、夫婦としてくっつけた理由が見つからない。
「リリーナに褒められるのならば、どのような言葉でも嬉しいな」
クスクスと小さな笑い声を上げる旦那様は、本当に神々しく見えた。ご、後光が差しているようにすら感じる。尊い……
わたくしは思わず再び見惚れてしまい、慌てて首を激しく左右にふる。
なんだかんだで、旦那様とのおつきあいは十年近くになるけれども、彼の美しさや魅力に慣れることはない。きっとおそらく、一生――わたくしは旦那様の虜なのだろう。
けれどそれは決して、嫌なことではない。
旦那様を愛することが許されているのは、わたくしの人生にとって最も意味のあることであり、永遠に尽きることない、幸せの象徴なのだ。
「旦那様。わたくしは旦那様のことを、心からお慕いしておりますわ」
「うん。ぼくも、この世で最も、君のことを愛しているよ」
「……それを踏まえた上で、どうしても旦那様にお尋ねしたいことがございますの」
わたくしは膝の上に乗せ、テーブルで見えないように隠していた例のブツをそっとテーブルの上に置いた。
瞬間。
旦那様の頬がわずかにぴくりと動いたのを、わたくしは見逃さなかった。
きっとその変化は、わたくしのように毎日旦那様の様子を余すところなく観察し続けている人間でなければ、見逃していたようなわずかな……本当にわずかな変化だったにい違いない。
「旦那様。これが、何か……もちろんわかっていまわよね?」
だって、これは旦那様の部屋から見つけたものですもの。
という、わたくしの言外の言葉も、きっと旦那様の耳に届いていただろう。
時間にして、十秒程度だろうか。
旦那様は口を閉じ、何かを思考するかのようにわたくしが用意した物的証拠を見つめ続けていたけれど、浅く嘆息して肩をすくめた。
それは、悪事がばれた犯人を思わせる……諦めの混じった仕草だった。
「……部屋からなくなっていたとは思っていたのだけれど、リリーナが見つけちゃっていたのね」
困ったように微笑む旦那様の口調が、かわった。
流れるように、滑らかに。
オネエサマの旦那様ご降臨である。
姿形はいつもと同じなのに、雰囲気がかわっただけでまるで別人のようだ。
もっとも、どちらの旦那様も最強に素敵に無敵にビューティフルなのは間違いないのだけれども!!
わたくしがもしも殿方に生まれていて、旦那様が女性として生まれていたとしても、きっとわたくしは旦那様に愛を捧げ続け、どのような手段を講じても旦那様とのハッピーエンドを迎えるために奔走していたことだろう。
ああ、旦那様……どのような趣味に走られても大好きです……
ぶっちゃけた話、わたくしの旦那様への愛情は性別が男であろうとも、女であろうとも、その程度の違いで揺らぐような甘っちょろいものではないのだ。
真実の愛を貫くとは、そういうことである。
「……ゴードンから、すべて聞きました」
だから、潔くすべての事実を洗いざらい吐いてくださいまし!
「まあ。あの子、見つかってしまったの?」
……ゴードンをあの子と呼べる旦那様、パねぇ。まぢパねぇ。
「……ゴードンの不可思議な思想……趣味についても、もうわたくしは知っております。個人の趣味ですので、とやかく言うつもりはございません。嗜好はひとそれぞれ、どのようなモノが好きかなんて、他者が測ることはできませんから。しかしながら、ゴードンが言うのは、旦那様がこの絵物語の制作には深く関わっているということではございませんか……」
「ええ、そうね」
あっさりと、旦那様は認めた。
その顔を見る限り、秘密が知られた以上は隠しごとをしないことを、元から決めたいたかのような覚悟が見え隠れしているように思えた。
「……モデルを、わたくしとアリシアに推挙したのは、旦那様だとお聞きしております」
元はゴードンと旦那様のくだらない妄想話から、発展したのだとわたくしはゴードンに聞いている。ゴードン自身は同性に恋愛感情を抱くことはまったくないらしいのだが、なぜだか殿方が複数そろっていると、その中で友愛を飛び越えた愛情を抱くような関係性を脳内で描いてしまう不可思議な能力を、いつの間にか得ていたのだという。
『……思春期を超えた辺りで、いつの間にか開眼していたのです……』
そう告白するゴードンの顔は、まるで罪を懺悔するようにも見えた。
彼曰く、自分の不可思議な能力を相談できたのは、付き合いが長く深い、旦那様だけで、旦那様もゴードンの特殊能力を嫌がることも、否定することもなく受け入れてくれたのだそうな。さすがは、わたくしの旦那様。
「ごめんなさい……私がゴードンを唆した形になるのよね……リリーナとアリシアには、不快な思いをさせてしまったわよね」
「い、いや。不快という程では……」
ただただ、ひたすらに驚いただけである。
そして、純粋に意味がわからなかったのだ。
「……どうして、モデルをわたくしとアリシアにしたのです?」
問いかけると、旦那様はしばらく悩んでいるそぶりを見せたけれども、一つため息を落して真実を語ってくれる気になってくれた。
「あの本は、とある作品のスピンオフなの……」
「すぴんおふ?」
それはつまり、本編が別にあって、あれは番外編ということだろうか。
「そうよ。そちらでは、リリーナがモデルになったキャラクターと、わたしがモデルになったキャラクターが運命の恋人同士なの」
「旦那様までモデルに!?」
え、何それ読みたい!! 超読みたい!
「そうなのよ。リリーナもすでに知っている通り、ゴードンはああいった趣味の持ち主でしょう? しかも、文才があって絵の才能まである天才。今まで数多くの素晴らしい作品を生み出してきたわ……残念ながら、その作品を読むことができるのは、わたしだけだったけれども……あの子は、色々な物語を作ってくれたわ……わたしも、それを読むのがとても、好きだった……ある時、わたしはあの子にリクエストをしてしまったの……」
「……いや、あの……そのリクエストというのは?」
「リリーナが主人公の物語が読みたいわ、って。ゴードンには伝えたわ」
少し恥ずかしそうに微笑む旦那様は、超かわいかった……
尊すぎて息ができない。胸が、苦しい……かわいいがすぎる……
長い睫毛で目元に影を作り、ミルク色の頬に桃色の恥じらいが混ざって……
うぉおお……旦那様超絶かわいい……!!
「な、なるほど……」
わたくしは深呼吸を幾度か繰り返し、平静を装う。いけないわ、リリーナ。気を抜いたら、鼻血が噴き出してしまいそう。耐えるのよ、わたくし!!
「わ、わたくしが主人公の物語……とおっしゃいましたけれど、あの、元々旦那様とわたくしの物語がある、と先んじておっしゃいませんでした?」
「ええ。でも、そちらは……わたしが主人公なの。だから、わたしはリリーナが主役の物語が読みたかった……」
「で、でも……どうして相手がアリシアでしたの?」
そのまま、わたくしと旦那様でもよかったのでは?
「……だ、だって……物語だから現実では絶対ありえない展開を読んでみたくて……わたし、リリーナが出ていてさえくれたら、相手がわたしじゃなくても……その……」
もじもじと身体を動かす旦那様。
……このもじもじ加減、ゴードンとそっくりである。さすが主従。似てらっしゃる。
「なるほど。物語の中ならば、受け入れられると」
「そ、そうなの……」
……なんて業が深い方なの、旦那様。
でもその気持ち、まるでわからないわけではない。現実では死ぬほどイヤだけど、物語の中ならばさほど気にならない。例え、旦那様とアリシアが恋仲になっていても、ゴードンと夫婦になっていても……多少は「あん?」と思うかもしれないけれど、しょせんは物語。
お遊びに目くじらを建てていても、仕方がない。
創作の世界と現実を混合するつもりはないのだ。旦那様も、そうなのだろう。
「じ、事情は把握しましたわ。それでも、今回ばかりは旦那様とゴードンには、オイタのお仕置きを受けてもらおうと思いますの」
コホンと咳払いを一つ。
無断でモデルにされてしまったのだ。そのくらいの仕返しはありだろうと旦那様に迫ると、旦那様はへらりと笑った。
あはん! かわいい!
って、違う。
「そんなかわゆい笑顔ではごまかされませんことよ!」
「……ごまかしたつもりはないのよ……?」
旦那様が困ったように眉間に皺を寄せる。そしてその表情のまま、わたくしの手を握りしめてきた。旦那様のしっとりとすべすべした美しい手が、わたくしの手に重ねられている。
「だだだだだだ旦那様。おてててててて、お手をいきなり握ってはいけませんわ!」
破廉恥ですわ、旦那様!
と、わたくしがめちゃくちゃ焦りながら注意をするけれども、旦那様はおかしそうに笑うだけで、わたくしの手からご自身の手を外してはくれなかった。
「わたしたちは夫婦なのだから、この程度の触れあいは許されると思うわ」
そうじゃない? と、甘えるような、それでいて切なく細められる目で見つめられて、わたくしの理性は崩壊寸前。
「許されますわ旦那様!!」
ハァハァと荒れる吐息を隠すこともできないまま、わたくしは旦那様のお手を握り返す。
ああ、旦那様の手ふぁああああああ!!
「それで、リリーナは今回のことを、どう思っているの? どう、したいの?」
テーブルを超えて、旦那様がわたくしの顔にご自身のご尊顔を近づけて、微笑む。
艶然とした笑みは、妖艶な美女のようにも思えてしまうから、すごい。
今の旦那様は、美しいいけれども、男性なのに……女性にも、思える。
「リリーナ? どう、したい? わたしを……?」
あれ? あれ?
先程まで、わたくしが問い詰めている形だったはずなのに、いつの間にか、わたくしの方が追いつめられているような……気のせいかしら?
「だだだだ旦那さま?」
「なぁに?」
微笑みながらこてんと小首をかしげる旦那様が尊すぎて、わたくしは今すぐここに記念館を建造したくなってしまった。旦那様が存在するだけで、その場は聖地ですもの。
ああ、間近で見る旦那様のなんと愛くるしく、麗しいことか。
細く長い睫毛は、まるで天使の羽が乗っかるようだ。
しばらくわたくしはつい思わず、うっかりと、いやある意味必然的な流れとして、旦那様の魅力的すぎる美貌に見惚れていた。
その間、旦那様はわたくしの手を握りしめたままニコニコと微笑んでいる。
――という、時間を過ごしたわたくしは当初の目的を思い出して、名残惜しくはあるけれども、旦那様の手を離した。離した途端、寂しくなるのはなぜかしら。
「そ、それでは……」
と、実を言えばこの機会を狙っていたわたくしはキラーンと瞳を輝かせながら、旦那様をビシリと指差す。
「旦那様とゴードンには、日を改めまして罰ゲームを与えますわ! 頭を洗ってお待ちくださいませ!」
「……あ、首じゃないんだ」
そんな旦那様の呟きが聞こえたような気もしたけれども、わたくしは脳内に浮かんだとある計画で頭がいっぱいになっていて、聞き逃していた。