9 必殺技の試しと……
昨日と同じく蒼太は実験のためブルーホープをまとっているが、場所はプレハブの地下ではなく町の外だ。大きな道から外れた山裾にいる。ゆるやかに風が吹き、まばらに生える草が揺れている。
ブルーホープの性能を調べるには地下施設は狭いので、機材を持ち出し動き回れる場所にやってきた。
マシンアームとブルーホープを積んでいたコンテナトラックが近くにあり、イベント用テントの下には計測機材が並ぶ。少し離れたところには分厚いコンクリートの壁がある。
『そろそろこっちの準備が整うわ』
スピーカーを通してジャスティーの声が聞こえてくる。
この場にジャスティーはいるが、佐見宮やクリーネはいない。
「ういっす」
『ズームはどうだった? ちゃんと使えたかしら』
実験開始まで暇だろうと、簡単に使える機能の確認をしてもらっていたのだ。
「問題なく。山中の枝でリスっぽいのが木の実食べてますよ」
『私も見たい。いやそうじゃなくて、そろそろ観察は止めて普通に待機。ズーム中止は口頭でノスル・ズームよ』
蒼太がノスル・ズームと口に出すと、モニターは通常状態に戻る。
ノスルというのは否定を示す造語だ。ミレジオリの言葉でも、地球の言葉でもない。日本語での操作だとブルーホープを着ているときに間違って口に出してしまい、思わぬところで作動し混乱しかねない。ミレジオリの言葉でも翻訳カードが勝手に翻訳して誤作動の元になると考えた。なので専用言語を作り、ブルーホープに仕込んだのだ。
ズームを使いたいときはオーニ・ズーム、暗視を使いたいときはオーニ・ナイトヴィジョンといったふうにオーニを単語の前につける。
ズームと暗視を同時に使いたいときは、パルフ・オーニ・ズーム・ナイトヴィジョンといった感じになる。
「元に戻りました」
『こっちも準備完了。出力を三十パーセントまで上げるわ』
「単純に考えて昨日の三倍。どのくらいすごくなるのか」
少し楽しみだと考えている蒼太に三十パーセントになったと知らせる声が届いた。
『まずは真っ直ぐ走ってくれる? 百メートルくらい走ったら引き返して』
「了解です」
返事をしてすぐに地面を蹴って走り始める。
力強く地面を蹴り、速度はすぐにトップスピードに到達。流れていく景色で明らかに生身で走るのとは速度が違うことがわかった。
内部モニターの端に走った距離が出ていて、百メートルに到達したので引き返す。
風を感じられたらさぞかし爽快だっただろうと、残念に思いながらテント前で止まる。
『すごいわね』
「すごかったんですか?」
『ええ。約百メートルを六秒台で走っていたわよ』
「おおー」
オリンピック記録を大幅に超える記録に蒼太は感嘆の声を漏らす。
この速さは魔法を使えばミレジオリの人間も出すことはできる。だが鍛えた者が魔法の補助を受けて出せる最高速度がそれなのだ。まだ三十パーセントという出力のブルーホープが、いとも容易くこの速度を出したことはジャスティーたちにとっても嬉しいことだった。
『訓練の成果がきちんとでているわね』
「そうかな? ブルーホープの性能じゃない?」
褒められたことは嬉しいが、自分の実力ではないため疑問顔の蒼太。
『走る姿が綺麗だったわよ。訓練が身についてなければ動作の乱れが出ていたはず。実感したいなら武道の型を素早くやってみたらいい』
「やってみる」
宮路とジャスティーから習った型をできるだけ速い動作でやってみる。
肩幅に足を開き、構えて拳を引く。そして真っ直ぐに拳を突き出す。風を裂いて突き出された拳は十分な威力を感じさせた。だが上手く止められず前のめりになる。次にやった蹴りも勢いが良すぎてよろけることになった。生身でも上手にできていたとはお世辞にも言えないが、今のはさらにひどい。ジャスティーの言ったことを身をもって実感できた。
「力に振り回される」
『でしょう? 今後しっかりと技術を身に着けたら体のブレがもっと小さくなるわよ』
ブルーホープの出力に慣れればもう少しまともになるのだろうが、ここは技術の大切さを示すため技術の未熟さのみを言及する。
さらに出力が上がればそれに振り回されることは確実なのだ。振り回されて変な怪我をしないためにも、技術を身に着け、ブルーホープを制御してもらいたいと考えている。
『さて次はそれの強さを実感してもらいましょうか。そこに置いてあるコンクリートの壁を全力で殴ってくれるかしら』
厚さ五十センチはあろうかという壁を見て、蒼太は大丈夫なのかと疑問を抱く。
先ほどの走りで性能の高さはわかったが、だとしてもあの厚さの壁を殴って大丈夫なイメージがわかないのだ。
壁を前にして動かない蒼太にジャスティーは疑問の声を投げかける。
『なにか問題でもおきた?』
「いや、殴ったら手が痛そうだなと」
『ああ、なるほどね。大丈夫。衝撃吸収の刻式と衝撃吸収ジェルの二重保護がされるから。まずは全力じゃなくて強めに殴って確かめてみるといいわ」
「わかりました」
殴りかかろうと構えた蒼太に、ジャスティーは付け加える。
『そうそう。殴ると魔力が勝手に吸われるけど気にしないで、そういう仕様だから』
そうなんだととりあえず気にしないことにして殴る。
ガンッと大きな音が周囲に響く。壁には殴ったところを中心にヒビが入っていて、素手で殴っていれば皮が裂け血が流れだしたことは間違いない威力だろう。
『痛みはないでしょう?』
「うん。まったく痛みがない。魔力が吸われたのって、衝撃を消すのに使われたから?」
『それであっているわ。詳しくいうと、事前に発動している衝撃吸収の魔法が消えて、すぐさまその魔法を発動させるため、吸魔の呪いというのが発生して魔力を刻式に流しているの』
「呪いってまた物騒な」
『軽めの呪いだから気にしないでほしい。魔法に不慣れなあなたが動きながら刻式に魔力を流すのは難しいだろうってことで、魔法の使用を自動化しようと呪いが使われているの』
自動化に呪いをというのは日本の技術官から出たアイデアだ。
最高の代物を作ろうというのに、呪いをかける。それにミレジオリ側は良い反応をみせなかったが、実際に試作型を日本人が装着し魔法使用にもたついたことで納得した。
呪い使用を聞き、呪いを組み込まれた試作型が問題なく稼働している資料を見た各国の王たちは、毒も使い方次第で薬になると理解を見せた。
「本当に問題ないんですよね? これ脱いでも魔力吸われっぱなしとか」
『きちんと実験して問題ないと成果がでているわよ。私も同じ仕様の試作型を着てみたけど、問題なかったし』
体験談を聞いてほっと胸をなでおろした蒼太は、ジャスティーに促されて全力で殴るため構える。
深呼吸をゆっくりと行い、宮路の教えを思い出し、短く息を吐き出して拳を突き出す。
痛みを恐れての迷いなどなく突き出された拳は、壁を砕くというジャスティーたちの予想を裏切る形となった。
「これでいいのかな。ブルーホープすごいね。まさか穴を開けるなんて」
穿った穴から腕を引き抜きつつ蒼太は言う。
穴を中心として壁全体にヒビが広がっている。威力が一点に集中したため壁を砕くことがなかったのだろう。
これが良いか悪いかでいえば、良い。先ほどの実験で求められていたのは高い攻撃力だ。穿てたということは威力を周囲に逃がさずに殴れたということだ。砕くのは派手だが、殴って生まれた衝撃が全体に広まっている証拠でもある。
これは蒼太の技術が優れていた故の結果、というわけでもない。技術があったからというのも嘘ではないが。もともと技術がなくとも壁を砕ける性能はあった。そこに未熟な技術が加わってこの結果になった。
「ジャスティーさん?」
反応のないジャスティーに呼びかけると、慌てたように返事が返ってくる。
ジャスティーの背後からは取れたデータに歓声も上がっている。
『ああ、ごめんなさい。予想以上の結果に驚いていたの。いやぁすごいわ現時点でそこまでできるのね』
「穴あけたんで、すごいのはわかるんですけど、そこまで感心することです?」
『すごいことよ? 日本に帰ったらミヤジに聞いてみなさい驚かれると思うわ』
次は蹴りということで壁にミドルキックを放つ。
今度は蹴りの軌道に沿って削れるかとジャスティーたちは話していたが、二発殴ったことでもろくなっていたか、壁は下部が砕け崩れ落ちた。
「まるで発泡スチロール」
あまりに簡単に削れて砕けたので蒼太は壁の破片を手に持って硬さを確かめてみる。軽く握れば確かな硬さがガントレット越しに伝わってくる。
出力全開になれば今の技術ですら鉄の壁も発泡スチロールのようなもろさを感じさせる結果になるだろう。
これで技術が伴えば砕けぬものすらなくなるかもしれない。
『次は必殺技を使ってみましょう』
「おーっ必殺技。あるかもしれないとは思ってたけど、どんなものなの?」
わくわくとした感情が込められた口調で尋ねる。
『雷を腕にまとわせたパンチ。皆で技名を話し合ってエレクトロブローという名前になった。ほかの候補に人間に当てたらダメなパンチというのもあったわ』
「必殺技以前にただのパンチですら危ないよ」
コンクリートを砕くのだ、蒼太の言う通りだろう。
ジャスティーたちも頷いている。
『エレクトロブローは右手の必殺技。左手にもあって、そっちは前方広範囲に電撃を放つボルツサンショット。その電撃を収束して放つパルスシューター』
エレクトロブローはとどめ目的の技で、まとわせた電撃で相手を感電させ防御を崩し、強烈な拳を当てるという技だ。電撃のダメージも期待はされているが、本命は拳だ。
ボルツサンショットはエレクトロブローを当てるための牽制技として期待されている。パルスシューターはばらけさせる電撃をまとめたら強力じゃないかという思いつきを試したらできたおまけだ。
こういう説明を蒼太にしたが、そういった設定なだけでエモールド討伐の本命はエレクトロブローだ。
それ一つだと特撮番組として映えないだろうということで、左手の技は考え出された。
ボルツサンショットも対応種というエモールド三種の一番下になら効果は期待できるとみているが、蒼太に相手してほしいのは、封印するしかない危険種を通り越した災害種。並の威力の攻撃には期待していない。
「それらの使い方もオーニを先に言っての口頭発動?」
『もう少し手が込んでいるわ。まずはバックルを二度押し、そしてオーニパワージェネレイション』
蒼太は早速バックルを二度押す。カチカチと浅くへこむ。次に声に出す。
それを合図として蒼太の腰にある小型発電機が起動し小さく振動する。
観測機材を見ていた技術官たちは、ブルーホープの電力がどんどん上がっていくのを見て、ジャスティーに頷く。
『まずは左手からいきましょうか。左手をパーの形にして相手に向ける。今は空に向けて』
「お?」
左手を頭上に掲げると魔力がいっきに吸われる感覚がある。発電機の振動と音も大きくなある。
今までになく多くの魔力がなくなり疑問の声が漏れる。
『どうかした?』
「魔力がめっちゃ減った」
『ああ、必殺技には大量の魔力を使うからボルツサンショットで全体の二割。エレクトロブローは倍の四割』
エレクトロブローを一度放つだけで、平均的なミレジオリ人約五人分の魔力を使うのだ。
ミレジオリ人にとってはブルーホープは出力を押さえている現時点ですら自殺兵器だ。
「さすが必殺技というだけはある」
『納得してもらえたところで、最後の過程よ。あとは技名を大きな声で。一定の声量で発動するようになっているわ』
「りょーかい。んじゃま、いきますかっ。ボルツサンショット!」
リクエスト通り大きめな声で、さらについでなのでノリノリな口調で技名を言った。
発電機から生まれた電力が左腕を通り、手のひらから放出される。
雷のような一筋の光ではなく、シュパンッという音とともに散り散りになった雷の破片が空へと放たれ消えていった。
「なかなかに綺麗だったなー」
『危険な綺麗さだけどね。今ので象を殺せるわよ』
「うわぁ」
『対策をとっている人以外に使っちゃ駄目よ? エレクトロブローも』
「怖くて人に向けられないよ!」
『わかってくれて嬉しいわ。五分休憩しましょ。体におかしなところはない?』
「んー……ないよ」
『よかった。こっちのデータ収集や機材を使ってのブルーホープ調査が終わるまで少し待ってちょうだい』
わかったと言い蒼太は暇潰しに武道の型を行い、少しでもぶれがなくなるように試し始める。
うわっとと、などと言いながら動いている蒼太を視界の端に収めつつ、ジャスティーは集まったデータについて技術官から聞く。
「魔力や電力が漏れているところはないのよね?」
「はい。どこにもそういった兆候はありません」
「じゃあ、どこかに極端に負荷がかかっているということは?」
「そういった兆候もありませんね。発電機を回すのに想定以上の魔力を使うといったこともありませんし、今のところは問題なく使用できています」
出力を押さえている現状で問題があるのも困るわけで、異常なしということにジャスティーも技術官たちも胸を撫で下ろしている。
「今問題ないからと油断しないで、どんな小さな兆候も見逃さないように」
「ええ、承知しています」
技術官はしっかりと頷いた。
自分たちが直接エモールドと戦うわけではないが、この仕事も世界を救う一助だと自覚がある。故に油断するわけにはいかないし、する気もないのだ。
ジャスティーたちが真剣な表情で頷いている場所から少し離れたところでは、バランスを崩した蒼太が転んでいた。
それを見てシリアスな雰囲気は一掃され、皆苦笑を浮かべた。
『さあ立って、エレクトロブロー実験を行うわよ』
「はーい」
『さっきと同じようにバックル二度押し。次に右の拳を握りしめる』
「うわっ!?」
拳を握りしめると先ほどよりも多くの魔力がブルーホープに吸われ、拳から電気がバチバチと発せられる。それに思わず驚きの声を上げた。
『驚いているところ悪いけど、次の工程にいくわよ。スタンバイって言ってくれる?』
「スタンバイ?」
疑問の感情を出しつつもそう言うと、放出されるだけの電気が稲妻のように変化しガントレットにまとわりつく。
『あとは相手に当たる瞬間にエレクトロブローと大声で』
「エレクトロッブローッ!」
その場でストレートパンチを出し、技名を叫ぶ。
技名を言った瞬間、稲妻は拳の前に集まって弾けて消えていった。
『はい、ありがとう。あとはバックルを一度長押しして発電機を止めて』
バックルを長押しするとキュルルルと回転数が落ちていく音がして振動が止まった。
「これで今日の実験は終了?」
『ええ、コンテナでブルーホープを脱いで、着替えてちょうだいな』
コンテナ内のマシンアームによって手早くパーツを外され、蒼太はコネクトスーツのみになる。
それも脱いで、濡らしたタオルで体をふき、服を着る。
「お疲れさま」
「ありがとうございます」
ジャスティーが差し出してきたスポーツドリンクを礼を言ってから飲む。
「午前の用事はこれで終わり、町に帰ってご飯食べて、午後からは軽く鍛練よ」
「明日はどうなるんですか?」
「今日と似たような感じになるわね。午前中はブルーホープに慣れるため装着して動き回る。午後からは鍛練。そして明後日に日本に帰還。そして帰還翌日から学校。新しい学校だけど楽しみ? それとも緊張している?」
「ちょっと緊張してるかな」
そんなことを話しているうちに撤収作業が終わり、蒼太たちは神殿に戻る。
昼食を終えて、武道の型の修練、マラソンと終わらせて、時間ができた蒼太は同じく仕事を終えて暇だったクリーネと日本やミレジオリのテーブルゲームをして時間を潰していった。
◆
自力派の者たちは今日も会議が終わってから屋敷に集まる。
「他力派の者たちは大盛り上がりでしたな」
「書類で性能を説明されていたが、実際に目にしたとなるとまた格別の思いなのだろうよ」
「まあ、出力を押さえられている状態であれだけやれるのは確かに驚きではあるのですけどね」
たしかに希望をかけるだけのことあると、彼らも理解は示す。
「さらに力をつけられると厄介だな。あちらの計画を潰すなら今のうちだ」
「そのための策ですよ」
「そうだな。封印解除はいつでもいけそうか?」
「うむ。明日でいいんだな? 今夜のうちに使者を送るが」
「送ってくれ。再封印の準備を整えて、封印付近に人を潜伏させている」
よしよしと皆頷く。
そんな中、一人が疑問というか確認のため口を開く。
「念のため聞くが、ブルーホープの装着者フタジマソウタといったか、その者に手出しはしないな?」
「当然だろう」
他の者もなにを当たり前なといった顔つきだ。
「疑っているわけじゃない。確認しただけだ」
「まあ、フタジマソウタをさらうなり大怪我させれば、向こうの計画は潰れる。だがわざわざこちらの世界のために来てくれた者に害をなすのは外道の行為だ」
女王が気にかけている他力派に反発している彼らだが、世界を救いたいという思いは同じ。世界を救うために多少の被害は仕方ないと考えてはいるものの、それは結果的にそうなったらの話であって積極的に被害を広げようという考えはない。
だから今回やろうとしていることも、きちんと収拾をつけるための準備まで整えているのだ。
この考えを甘いと考える者たちもいる。そういった者は自分たちで派閥を作り集まっている。彼らは情報をこまめに集めている女王によって監視され、なにか問題を起こせば潰されることになっている。
「策に直接関わることになるだろうから、小さな怪我は負うだろう。だが大怪我はあるまいて、その前に動くつもりではあるし、あれだけ色々と詰め込んだ鎧が頑丈ではないわけがない」
「そうだな。スペックを見るに巨人に殴られても怪我一つ負わない作りだ」
ブルーホープという代物に対して信頼は彼らも持っていた。高性能なのは疑いようがないのだ。それが明日蒼太の体を守ってくれることを期待している。それだけ果たしてくれればブルーホープに願うことはない。
◆
「おはようございます」
朝食の場で今日も神秘的なオーラを発するクリーネに挨拶されて、蒼太も挨拶を返す。
「昨日はたくさん魔力を使ったみたいですが、体調におかしなところはありませんか?」
「特にだるさとか感じないよ」
「それはよかったです。念のため魔力回復を促す食材を重点にしたメニューにしてもらいましたが必要ありませんでしたね」
「気遣いありがとうございます」
いえいえと微笑み朝食を運ぶように声をかける。
運ばれてきたのはトースト、鳥肉のパテ、生ハムとミニトマトのサラダ、かぼちゃのポタージュ。
「これはパテって言うんだっけ? 初めて食べるな」
蒼太は興味深そうにトーストに少し塗って、一口かじる。咀嚼し飲み込む。こういった味なんだなと、また塗りパクパク食べていく。
「口にあったようでなによりです。そうそう夕食は初仕事の終了を祝して少し豪勢になる予定です。楽しみにしててくださいと料理長が言っていましたよ」
「おー、それは楽しみ」
「私も楽しみです」
クリーネは神殿のトップではあるが、毎日豪勢なものを食べているわけではない。
日々の料理を料理長が手を抜いているわけではないが、材料などはありふれたものだし、持てる技術を尽くして作っているわけでもないのだ。
クリーネが豪勢といえる料理を食べる機会は、誕生日や特別な客を招いた日くらいだ。
「たくさん動いてお腹を空かせておかないとなー」
「私も昼に軽く走ろうかな」
自分から運動しようとするクリーネにジャスティーは軽く驚いた表情を見せた。
朝食を終えて、その場でクリーネとちょっとした雑談をしていると、焦った表情の鎧姿の男が入ってくる。
「どうした?」
ジャスティーが近づき尋ねる。
男は小声でジャスティーに用件を伝え、ジャスティーの表情が驚愕に染まる。
「それは本当なの!?」
「はい。間違いないそうです。すぐに来てほしと」
男はちらりと蒼太を見る。
見られた蒼太は自身に関係することでハプニングでも行ったのかと首を傾げた。
「まずは私が行って、詳しいことを聞くわ」
「……わかりました」
「ソウタ君、緊急の用事ができたから私は行ってくる。あなたはここで待機してて」
振り返りそう言ったジャスティーは蒼太の返事を聞かず、男と一緒に部屋から出ていった。
「なにが起こったんだろ」
「よほどのことだと思う」
この場には蒼太とクリーネしかいないため、クリーネは気を抜きつつ言う。
「よほどことかー。ゲートが壊れたとか」
「それはないかなー」
蒼太的に起きたら困ることを言ってみるが、クリーネはすぐに否定する。
「ゲートが壊れたらクーライアス様が知らせてくれる」
「クーライアス?」
「あ、名前は教えてなかったっけ? 幾神教のことを話したときに、人と友達になってくれた神様がいたって話したでしょ? その神様の名前がクーライアス様」
「話しかけてくれるんだ?」
神の存在を疑っていた部分のある蒼太は、存在証明となりえる話に関心を示した。
「気軽に話しかけてくることはないけどね。祈りの間で祈りを捧げているとたまーに声が聞こえてくる。昔の使途はよく話したらしいよ。危機予報も神様からの知らせだし」
「今はなんでたまになんだろう」
「やることがあって忙しいって聞いた。ゲートで世界に空いた穴は放置していると、こちらと日本に悪影響を与えるらしいんだよ。それを押さえている」
ほかには常に閉じようとしているゲートの固定やエモールドへの干渉を行い出現場所を人里離れた場所にしている。
「悪影響が出そうならさっさと閉じそうなものだけど」
エモールドのことがなければ閉じるように神託を下しただろう。そもそもエモールドのことがなければゲートが開発されることはなかっただろうが。
全てが無事終われば、使用は控えるようにクリーネへと指示を出すかもしれない。
「悪影響以上に利益があるから維持に手を貸しているんじゃないかな」
エモールドのことを秘密にするため、誤魔化して言う。
「神様の利益……新たな世界に信仰を広められる?」
「広めてほしいという話は聞いたことないよ。私たち人間には理解できないなにかがあるんじゃない?」
利益と言ったがただの誤魔化しなので深く考えられても困る。その答えは用意できない。なのでそれっぽいことで納得してもらう。
「神様に近い立ち位置のクリーネが言うんだからそうなんだろうね」
「そうそう。そっちを気にするよりもインスタントラーメンを買う約束をしっかり覚えててほしいな」
「忘れてないけど、楽しみなんだねぇ」
「それはもう」
話題は神やエモールドから離れていき、クリーネはほっと胸を撫で下ろした。