60話「さらば忌まわしき紺色の、旅立つ世界の白色へ その1」
とある町のカフェで、ラジオは軽快に時報を流していた。
「ただいまの時刻は正午でございます。皆さんはそろそろお昼ゴハンの頃ですかね」
そのカフェの片隅の席で、苦いコーヒーをすすりながら窓景色を懐かしむような、無気力のような、そんなまなざしで見つめる女が居た。
「お客様、お待たせしました、紅茶のブレッドでございます」
「あぁ、どうも、そこ置いといて……あ、シュガーも欲しくなったな、ふー」
「かしこまりました」
「あ! あと、布巾も欲しいな、ここらへん濡れてしまっていてね」
「分かりました……はっ、すみませんお客様、窓から雨がうってしまっているようです、席をお移りなさった方が」
「いや、ここに座るよ、ここが一番外が見えて良い……座ってしまった以上は、ずっと居たくなるもんなのかもしれんな、ふー。彼らも同じ気持ちだったのかも」
「……?」
「このカフェにはブレッドしかないから、ご飯だとか麺だとか悩まなくていいな、迷うことが無いって、ふー」
「……布巾とシュガーをお持ちしてきます」
「あ……私としたことが意味の分からない語りをしてしまった……店員が引いてしまったよ、ふー。3日か、ガレンからの伝書鳩が届いてから3日、この町に着くのに3日かかってしまった」
その女の名はソニア。トシマの師匠の孫娘であり、そして使いの者。トシマ達冒険者の勝利の報告を聞き、この町にやってきたのだ。受け渡されたシュガーをコーヒーに入れ、布巾で濡れた服とテーブルを適当に拭いて……ソニアは人を待つ。
「トシマ……君が死ななかっただけでも私にとっては朗報だよ」
そう呟くソニア、呟いた直後に背後から気配がした。
「俺がなんですか?」
「ぅおっ、いつの間に」
トシマが立っていた、タオルで髪をくしゃくしゃと拭きながら、ソニアに話しかける。
「ちょうど耳を拭いてたんでよく聞こえなかったんですよ、俺が? なんですか?」
「どうでもいいことだよ、ふー。愛の告白でもなし、いちいちラブコメのように聞き返すのはやめないか」
「え? なんだって?」
「殴られないうちに席に着きなさい……」
トシマは言われるがまま、ソニアの向かい側の席に腰掛けつつ、窓から外を見た。
「雨ですね、ずっとやまないんですよ」
「そうらしいね」
「……僕らのこの戦いの間、ずっと降らなかったのに」
「悲しみの雨ってとこかい」
「……不思議ですね、でももう止んで欲しいかな」
「湿気くさいのは私も嫌いだ、トシマ。私と師匠の所へ帰るかい? 師匠が君の話を色々聞きたがっていたよ。特に……」
「あ! 分かったぞ! 今さっきソニアさん、俺が生きてるだけで朗報だって言ったんだ! 嬉しかったんすね俺が生きてて〜、でもソニアさん大分年上だからなぁ、俺の名前がトシマ(年増)だからって期待してはいけませんよ?」
ソニアはテーブルに寄りかかり、前のめりになってトシマをグーで殴った、グーで。
「ふー。私はこの戦いで君はきっと大人になったのだろうと期待したが、生意気になっただけのようだね」
「いっつぅ……」
「病院、か。他の冒険者達は」
「ええ、まぁ、何人かは入院してますね」
「帰ってこないものも居るのだろうね」
「多少なりとも……居ますね」
「ガレンから聞いたよ、レイジもエルスもプロトスも居なくなってしまったと……」
「そうです……ガレンも……え? ガレン? ガレンがソニアさんに教えたんですか?」
「何をそう驚いてるんだ?ガレンから伝書鳩を貰ったんだよ、まるでガレンが死んだかのようなリアクションだな……」
「おかしい……ガレンは確かに死んだはずだ、死んだはずじゃぁ」
「残念だったな、トリックだよ」
ふと気付けばトシマの足元に犬が、デエェェンとでも効果音を奏でそうな唐突な登場を見せた犬の名は、ガレン!
「ガレンンンン!? なんで生きてんだ!?」
「いや、なんか致命傷ではなかった」
「まじか……いいのかそんな適当な復活の仕方で」
「うるせーな、生きてたもんはしょうがねーだろ! おっとソニア久しぶりだな、で、師匠が聞きたがってる事ってのはオーパーツだろ? どこに処分したのか、所有主は誰なんだとか」
「相変わらず鼻が利くな、その通りだ」
ソニアはブレッドを半分ちぎりガレンに投げよこす。空中キャッチでモシャモシャ頬張るガレンを、トシマは見つめた、包帯グルグル巻きで痛々しいが、生意気な口を利ける程度には元気だ。
「ま、なにせ危険すぎるオーパーツだからよ、全部取り壊しちまいたい所だがそうもいかねぇんで、組織本部地下の地底湖の奥底に埋めちまおうってのが……ゲップ、結論だぜ」
「何も起こらなかったのか? 一時的とはいえオーパーツは全て集結したと聞いたんだが、ガレン。君からだ」
「起こったらしいぜ?」
「なにっ!?」
トシマとソニアは同時に立ち上がり前かがみになってガレンに詰め寄るもんだから頭をお互い打ち付けた。のけぞりながらお互いに謝罪し、あらためてガレンに詰め寄る。
「ただまあその時は俺も気絶していたしな、トシマお前もな……知ってるのはジャント、アリシア、ウツリだけだろ、詳しくは聞いてねえ」
「なっ……んだよガレンお前ぇ!」
「うるせーなトシマァ! ソニアてめー睨むんじゃねーよ! てめーらそんなに気になるんだったらその三人に会ってこりゃいいだろ!」
トシマとソニアは立ち上がったままお互いの目を見つめ合い、我先にと店の外を目指す。彼らが入院している病院を訪問するのだ。
「あっ! ガレンそのブレッドとコーヒーあげるからお代払っといてくれ!」
「おうよ」
器用に口で投げ渡されたコインをキャッチするガレン。コーヒーは嫌いなので捨てた。
「ぉあっとォ! なぁガレン!」
今度はトシマが思い出したように戻ってきてガレンを呼んだ。
「もう戦いが終わったし聞いてもいいよな? お前ってなんで喋れるんだ? 犬なのに」
「能力だよ、俺は犬だけど種の違う生き物と喋る事が出来る能力持ってんだ、てかお前マジに知らなかったのかよ、師匠から聞いてねえのか」
「あ……えっと知らんかった! 話されたかもしれんけど覚えてねーわ! 虫は? 虫とは喋れるのか? アリの軍隊見ると聖徳太子状態なのかお前?」
「うるせーなオメーはよォ! 早く行けよ! てかソニアァ! お代足りてねーじゃねーかこんなはした金で足りるわけねーだろ!」
二人は何も言わずそそくさとその場を立ち去った、ガレンの怒号が聞こえた気がしたが……御構い無しだ。
「トシマ、お姉さんと手を繋ごう、ふー。」
「え゛っなんでですか! あらぬ勘違いされたらどうするんですか!」
「なんだその私とくっつくと嫌みたいな……ふー。てかきみ歩幅が広いんだよペースが速いんだ、低血圧のか弱いお姉さんに合わせなさい」
「それならそうと……最初から言ってくださいよっ」
「ふむ……」
トシマは数歩下がりソニアの手を握り、ぎこちなく前を向き歩き出した、気持ち駆け足気味に、それでもソニアに歩調を合わせて。
「トシマ、君は結構惚れさせ屋さんかもしれない、ふー、いささか高血圧になってきたよ私は」
「……あんたなりに懸命な言葉を選んだんでしょうけど……すげー半笑いなのをどうにかしてくださいよ! 久しぶりに会ったからってからかってからに!」
「ぷっ……うっクスクス、君はからかい甲斐があるなほんとに、面白い……う、フフフ」
「その不健康な笑い方をどうにかしてくださいよ」
「どうだいお姉さんが精通も教えてあげようか」
「……え? せいつう? せいつうってなんすか」
「アッごめんなんでもないよ、ほんとごめん、トシマごめん」
ディープな下ネタが通用せず寧ろ逆に恥ずかしくなって自爆するソニアであった。
「あ、病院着きましたよ! さ、行きましょう上です上!」
そこは結構大きめな病院だった。組織OPTとの激戦を繰り広げたあの広野から一番近い町、の病院。
その3階の一室のベッドの上で手鏡を見ながら、悲しみのこもったような、そういう笑顔を浮かべる女が居た。
「生きてるなんて、信じられないわ……今でも」
「調子はどうよ、スカーレット」
その女の隣にやってきて、元気そうな声で話しかける少女も居た。シェーヌである。そしてスカーレットの顔をジッと見つめた。




