59話「ザ・トゥルースファイヤー」
「ウフフハハハハァー!! クヒ、ヒヒフフフ、フフフファー!」
「なん、だ? こいつ……!」
突如、彼はエネルギーを使い地面に火柱を起こした、その巨大な炎にチロシンキナーゼは身を投げる。
「なにしてやがんだッ! こいつまさか自害か! これから訪れる容赦ない攻撃を恐れてその身を焼くことを選んだってワケか!?」
「いや、ジャント、それは違う! こいつは……みんな! ウツリ! すぐに逃げろ! こいつの十数秒で追いつけないところまで逃げ……」
時間は静止した。
「あぅぉぉおお、ご、が、ぬうぅうん……ふ、ふふ、ふふふふ……」
火だるまになりながら立ち尽くすチロシンキナーゼは、エネルギーによってその炎を吸収し、全身に渡る重度のやけども、エネルギーを集中させ治癒した。
「磁力は……高熱にさらすことによってほぼ無力化できる、能力であろうとなんであろうと、この世界には物理という決まりがあるからな……エネルギーはほぼ、枯渇しかけたが」
地面からウツリの鉄の大鎌を拾い上げ、暗黒操作術で刃の部分のみを残し切断する。
「レイジよ、お前が止まった時の中で動ける理由は……気察知だな? 人の思考を読み取れるというその能力で、俺の思考を感じ取り、止まった時の中でありながら思考だけは働いたと言ったところか」
刃を真っ二つにへし折り、両腕に持つ。
「体は動かないが思考だけは動くから……発動に肉体の動作が必要ないテレポートだけは出来たというわけだな……だが、この止まった時の中では俺以外、何者も思考を持たんそして」
思いっきり振りかぶり、目を細め口角は釣り上がる!
「お前の気察知の射程外から攻撃すれば良い話イィィィ!! ウハハハハァー!」
一気に二枚の刃をレイジにぶん投げ……一枚は左胸部、一枚は首に突き刺さる!
「これでお前は死んだッ! そして今、俺の冒険を完成させる!」
チロシンキナーゼはオーパーツタイプSを背中から取り外し、自身の指にオーパーツタイプMを取り付けた。
「ミーティングゥ! 集まれ私のオーパーツよ! ここに全てェ!」
「ハッ!」
その瞬間、時は動き始めた。ジャントは前のめりになり時が止められたことを察し、すぐさま辺りを見渡し状況を確認する。
「おい……何してんだてめえ……!」
チロシンキナーゼの周りには幾多の物質が浮遊していた。十数個のそれは全て紛れも無いオーパーツ、ジャント達冒険者にとって、それらの物質を見るだけで幾多の強敵のビジョンが思い起こされる……それら。
「なっ……俺の剣も奪われているッ」
「あぁ、その剣そのものがオーパーツタイプPだからな、奪わせて貰ったよ」
「てめえ! いや、お前が今使ってるオーパーツはタイプMだな、さっきまでのエネルギーを操るSじゃねえ! そうか、エクセルがレイジに話してた「オーパーツはひとりひとつまで」ってのは、今この瞬間の為のセリフだったんだな!」
「ほう、つまり今この俺は弱いと……? 丸腰のカス能力者のお前に何ができる?」
「言ってくれるぜ、確かにプロトスを持ってねえ以上俺の能力ってのはままごとみたいなもんさ、だがよォー! ここで黙ってテメーを見てるだけなんてことしてられるほど、腑抜けではねぇぜー!!」
まだ全てのオーパーツが集結してるわけではない! まだあといくつか足りないようだ、全て揃えば何が起きるか分からない、だがこのクソのチロシンキナーゼが企むことなど、ブタの死骸にクソを塗りたくった程の邪悪に違いは無い! ジャントは丸腰であることなど御構い無しに、一直線に突っ込む!
「カスが……分からんのか、お前らは既に冒険など終わっている、俺にとって敵ですらない……!」
向かってくるジャントを殴り飛ばし、そして踏みつけ、蹴り飛ばす。もはやチロシンキナーゼにとって彼らは無力、小僧の群と一緒で脅威などそこには存在しないのだ。みるみるうちに、ひとつ。またひとつと組織本部からオーパーツが吸い寄せられるように集まってきて、チロシンキナーゼへと集合する。
「カハッ……アッ……ちくしょぉ、ちくしょおぉぉ……!」
悔しさと絶望で地面を殴るジャント、だが現実は何も変わらない、不屈の彼であっても恐怖と敗北を認めざるを得なかった。そして、絶叫は響いた。
「いやああああアアァァァ!! レイジィィィ!」
アリシアの必死な叫びに、レイジは答えることは無かった、ただ真っ赤に染まった体と服が惨状を語っていた。
「死な、ないで! お願い、死なないでよレイジィッ! 嫌だぁ、うあぁぁぁぁ!!」
血染めの顔は静かに眠るようだった、別れの言葉もなくこうして相棒との別れは終わった。アリシアは絶望と悲壮に囚われそして、次に訪れた感情は……。
「返、せェェ……レイィジィおぉぉ……!」
とめどなく湧き上がる無量大数の怒りッ!
「ま、待て、アリシア!」
「止めないでェ! レイジの敵を、私が! そうでなくても私もレイジの所へ行くのォ!」
「待て! まだだ、今だけは耳を傾けろ、彼の言葉に!」
アリシアを掴み引き止めたのはノドカだった、へし折れた脚のせいで立ち上がることもままならないが、アリシアを引き止めることだけはできた、そしてノドカはレイジを指差す。
「レイジはもう助からない……だが、俺の磁力で失血していない僅かな血を循環させ、ほんの数秒なら意識を取り戻せるかもしれない」
ノドカは地を這いずりレイジの体に触れ、そして磁力を込め血液を循環させる、刃で心臓が破壊され自力では血を巡らせられないレイジへの、即興での蘇生法とも言える。だが、心臓は決して自己再生のできない人間の部位であり、破壊された以上、死は紛れもなく確定なのだ。ノドカは、みんなはそれを知っているし、だからもう助からないと事前に念押しした。
「レイジ……?」
アリシアは静かにレイジのそばに寄り添い、その顔をじっと見つめた。
「……起きて、レイジ」
「…アリシア」
レイジはゆっくりと目を覚ました、そしてまぶたが開ききる短い時間の中で理解した。自分自身の敗北を。
「(体が全く動かない……負けたのか俺は……アリシア、お前を残していくことは絶対にしたくなかったのに、最期に……さよならと言おうせめて、この僅かに動くであろう口で、さよならを)」
頭の中にはアリシアの事が強く思い浮かんだ、この旅すべてはアリシアとの思い出だ、冒険はアリシアのおかげで充実していた。レイジの人生はアリシアとの人生だと、強く思った。
「し……」
言葉を口にしようとした時、稲妻のように、脳の中に真っ白な光が爆発的に差し込んだ感覚にとらわれた。アリシアのことを強く思いつつも、脳裏に差し込んできたのは幾多の人間達だった。冒険者達だった。
「アリシ、ア……やるべきこと、を、やるん、だ」
「何を言うの、レイジ……?」
「……能力をつかうんだ、奴を、たおすこ、とを優先しろ……それが、この冒険の真実なんだ」
「嫌! レイジっ! せめて、さよならを言ってよ……私に、さよならって」
トシマが、ガレンが、シェーヌが、エルスが、ジャントが、プロトスが、ノドカが、ウツリが浮かんだ。スカーレットも、ティミミアも、エクセルも思い浮かんだ、この冒険……目的は、真実はただひとつ。組織OPTの野望を完全破壊すること。
「しん、じつ……なんだ」
事切れた。アリシアの能力の名は、もはや、誰が名付けたのか分からないが『ザ・トゥルースファイヤー』真実の炎と名付けられたそのアリシアは、真実という言葉だけを遺され、相棒に旅立たれた。
「そん……な、レイジぃ……ぅうっ、くぅ……」
アリシアは俯き涙した、生きる希望さえ全て失った気がした、もうこの世界など灰色だった。
「磁力を流し続けているが、もうダメなようだ……アリシア、俺には聞こえなかったが……レイジは君に何を言ったんだ……?」
「え?」
アリシアが気づくとノドカは耳と鼻から血を垂らし地面に倒れていた。脚をへし折られた瞬間からの出血、ノドカも限界ギリギリだった。
「真実と、言ったのよ。私に戦えと……ノドカ、あなたなら頭が良いから私がどうすればいいか分かるでしょ? 教えてよ……」
答えは返ってこなかった。アリシアは周りを見渡して、居なくなっていった仲間たちを思い起こした……。自身の手に、能力の火を灯してみる。みんなの命の灯火は消える中で、アリシアはこの手にあるこの炎は、この冒険と全ての命を表す灯火なのだと感じたような気がした。
「フフハハァ、来たぞ最後のオーパーツが……完成する、今に完成するのだ、俺の冒険が!」
「させるかこらぁぁぁ!!」
ジャントは最後に飛んできたオーパーツを、チロシンキナーゼに近づけまいと、飛びかかり阻止する。
「何が何でも俺の元へやってくる、これがミーティングの能力だ……ジャント、お前の肉体をブチ破ってでもな」
「ぐ、ぐぅぅぅあぁぁ……!!」
そのオーパーツは鋭利で、Tの字の形をしているオーパーツで、ジャントの肉体に食い込み、チロシンキナーゼに向かっていく!
「こ、これはプロトスを殺したジュニエイトのオーパーツかッ! 忌わしいぜ……何が何でも通さねぇ!」
「さて……そろそろかな、フン!」
チロシンキナーゼは背後から飛んでくる無数の鉄の片を片手で弾き飛ばし、最後の一片を指の間でキャッチした。振り向けばそこに居たのはウツリ。
「悪あがきのクソ能力が来る頃だと思っていた……ジャントが気を引いてる今だ! とでも思ったのだろうが、無駄だ、お前らの能力の威力も速度も全て把握している」
「そんな……」
立ち尽くすウツリに、鉄の片をなげつけ、それはウツリの肩に突き刺さる。
「うあッ!」
「そこで寝ていろ……さぁジャント、お前の体もそろそろ両断される頃合いだな、無惨な死を遂げろ!」
「ウググ……グゥぅぅぅこんなところでぇぇぇぇ!」
ジャントの悲痛な叫び、もとい断末魔。その声が尽きた時チロシンキナーゼの野望は完成し、全てを超越する何かは巻き起こる。歯を見せほくそ笑む、確信した勝利に身を躍らせたその瞬間、周りの時は止まった。
「む……?」
チロシンキナーゼは無意識だったようだ、時を止めた覚えはないのだが。
「胸を躍らせすぎたおかげで、集中力を使ってしまったか? ついうっかりか、まあいい、じきに時間は動き出す」
しかしいつもと絶対的に違うことが身に起きているのだ。自分自身の肉体の自由がきかない、脚も、腕も動かない。
「う、ん……? 動けん……だと? なぜだ……? な、なんだこの空中に飛び散る赤いものは……血か!? ま、さか、俺から噴き出してる血なのか!?」
そして辺りに飛び交う煙を見てチロシンキナーゼは理解した。
「俺は……火球に貫かれたのか! ばかな、一切そんなもの見えはしなかった、火球……アリシア・アルテイア! 奴の能力のちんけな速度に、俺が反応出来ないはずが無いッ……ぐ、く、まずいぞ、致命傷なのか!? 時が動き出した一瞬に対策を考えなければ……! 治癒が間に合えば勝機は……」
チロシンキナーゼの脳内に、鐘の音が大きく響いた気がした。既に時が止まり動けない状態が20秒をゆうに超えている。チロシンキナーゼのクロノスタシスの限界は14〜16秒。時が全く動き出さない!
「時が……動かんッ! バカな……まさ、か……永久にこのままなのか……? そん、な、そんなまさかアアアァァ!!!」
叫んでも誰にも聞こえることは無い。チロシンキナーゼは即致命傷を受けたことにより、人間が死ぬところで言う、走馬灯を見ている究極の集中状態に陥った……ソレにチロシンキナーゼ本来のクロノスタシスが合わさり、チロシンキナーゼの中の時間は完全に停止した、彼は既に死んでいる。しかし時は、意識は、永久にこのままなのだ、この狭い世界で指ひとつ動かせないまま、永遠に取り残されたのだ。夢が叶う、その一歩手前で永久に。
「ザ・トゥルースファイヤー……真実を貫く炎、これが私の能力の名前よ、いま、確かに分かったの。やるべき真実が! そして今真実を貫いた!」
冒険者達の時間は、変わらず動きつづける。冒険者達は今、勝利した!
ヂディバロ・チロシンキナーゼ……死亡。 (本人の意識は平行世界のように永遠に取り残されている)




