52話「ホール・イン・ザ・アース その1」
現在。午後5時58分。明るく振舞っていた日はみるみると暗がりかけ、橙で照らすそのさまは夜の訪れを示していた。
日が昇り日が落ちる、そのようなことは当たり前で、恐らくそんなことを気にかける日の方が少ないと思える……だが! 冒険者達にとって今あるこの景色も日落ちも全て、忘れられないものとなるであろうことは……皆、確信していた。今までの戦いは本当に一週間とちょっと。ただそれだけの期間であったが、死闘は多々あった。
本日! この戦いにも決着が訪れるッ!!
「アクィマ・アンデスメロン……組織の中での『遠征の役割をもつ幹部』のひとり、こいつら6人は遠征組、組織本部にはあまり顔を見せない者達だ。それゆえ『能力』についてこの私でさえ把握していない」
緑色の髪をなびかせ、長剣をつよく構えるその女の名はアクィマ・アンデスメロン。遠征組幹部の一人。オーパーツの頭文字は『U』。
その者と戦うのは、冒険者達の味方となったドラゴンの能力者『ティミミア』と悟りの能力者 (しかしオーパーツ破損、能力使用不可)エクセル。女三人で姦しいとでも言いたいところだが、起こるは死闘なので野暮なことは言わないでおく。
「私やアビス、レイターなどの『冒険者などの敵対者』を、直々に赴き撃退する『刺客組』とエクセルやジョルディ、ジュニエイトのように常に組織に在中し本部とボスを守る『護衛組』は見知った仲だから能力も弱点も分かる……だがこいつら『遠征組』は謎だらけだ、接触することも滅多にないのでコイツの能力など全く不明だ」
コイツ、そう言われ指を刺されたアクィマはフンッと鼻で笑い、その言葉に答える。
「ティミミア、最強の刺客として名高いお前が裏切りなどするとは……血迷ったか、いや元々狂ってる奴だとは思っていたが、私はお前の能力を知り尽くしている、そしてお前は負傷している、どう勝つつもりだ?」
「ティ、ティミミアだけじゃない! 私も居るぞ、二体一だぞ! 私は護衛組最強だ!」
「居たのかお前、だが聞いてるぞ、お前は既に無能力者だ、いつでも死ぬのだお前は」
「ッ!!」
「エクセルよ、お前ら『護衛組』が何故たったの3人しか居ないのか、お前なら知っているな?」
「そ……れは、ボスへの反逆を考えた奴が護衛組に居たからだ……何人も。そして、何人も惨殺されたからだ、ボスに……」
「そうだなァ、それは同時にエクセル、お前が組織に揺るがない忠誠を誓う理由でもあるだろう? 死が怖いのだエクセルお前は、だがお前の能力は『確実に死なないでいることが出来た』少し愚かだがな、ボスにも勝てたかもしれない能力なのにな」
「う、うぅう……うぁ」
「よせアクィマ! エクセルを追い詰めるようなことは私が許さない! 死が怖いことの何が悪い、生とは詩だ、死によって人生という詩が書けなくなることを恐怖して何がおかしい!」
「ふ、チャンスをやろうエクセル、ティミミアを裏切って組織へ戻れ、ボスが持つエネルギーならばお前のオーパーツも元に戻る」
「オーパーツが、元に……!?」
「……アクィマめ、そういう魂胆か、私から仲間を奪おうってそういうワケか……だがエクセル、決めるのはお前自身だ、私は、お前が幸せならそれで」
「く、ふふ、おっと失礼、遠征から急遽戻ってきたせいかな、思わず笑いを堪えきれなかったよ。決してお前の美徳を嘲笑したわけじゃないんだ」
「いや笑え、出来ることは出来るうちにしておけよアクィマ」
「……? なんのことだ?」
「私を『孤独』にしようとしたな、完膚なきまでにお前を潰す、私はお前から余裕も命も奪うという決意をした」
「これ以上は嘲笑できないということか、これから一瞬で私が負けるとでも?」
「既に答えが出ている質問をするな、愚か者め」
火花を散らす2人をよそに、エクセルはたじろぎ震える足のまま、ゆっくりと、ティミミアに目を合わせないよう、うつむきながら、アクィマのもとへと歩み寄っていた。
「そうだそれでいい、エクセル周りを見ろ、私たちと同じ組織の幹部が5人も居る、全員オーパーツ使いだ、負けるわけもない、安心するんだ」
人間は、知能の発達により、直感的な動物たちよりも異常に死を恐れるという。手話で会話を覚えた動物が「死とはゆっくり眠るように休むこと」と表現した例もある、動物にとって死とは、自然の摂理であり、同時に光栄なことなのだ、生を全うした証拠なのだ。だが人間は、エクセルは違う!
「私は……死にたくない」
エクセルは、天文学的な確率の事象さえも引き起こし、自分の不幸と死を避ける『悟り』の能力を得た。それは森羅万象を知りたい訳にあらず、ただ死を免れたい一心で発現した力であったのだ。アクィマの先導がなくとも、この道を選んでいたであろう。
「……仕方がないことだ、私自身、エクセルに本音を伝えて腹を割って話すことが出来たのも、ほんの数時間前が初めてなのだ、私の犠牲になる必要は無い」
ティミミアは潤う瞳で歩み続けるエクセルを凝視した。友人……と呼ぶには付き合いが浅すぎるからなと、自分に言い聞かせていた。
ティミミア・ドグマドランマ。彼女はその昔、裕福な家庭に育ったが、幼き頃からの好奇心旺盛かつ冒険心大胆な性格により、よく家出まがいな遠出をよくしていたという。明るい性格と (それなりの)美貌もあったので遠先の友人も出来ていた、恋仲とまではいかないが、異性の友人も居た。
しかし、どうやら騙されていたようで、ティミミアは素性がバレており誘拐拉致された、身代金要求というありがちな展開であった。身代金の為のティミミアの命はひとまず保証されるわけだから、ティミミアもその強気な性格ゆえか、自力で脱出して家でとんとお叱りを受けてこの件はおしまい、程度に物を考えていた。
保証されるのは命であって、貞操も守ってやるなんて律儀な集団では無かった、汚れを知らなかったティミミアの全ては数十分でドス黒に汚れた。その瞬間である、ティミミアに能力が発現したのは。『体の一部を強力な爬虫類に変形させる能力』全てにおいてパニックに陥っていた彼女は加減を知らぬまま、殺しまくった。安易な表現だがそうとしか言いようがない。
数時間後、ティミミアの両親が派遣した騎士団によって拉致集団のアジトは制圧されたが、時すでに、生きているのはティミミアのみであった、ティミミアが全員殺したからだ。能力発現の際の大きな顔の傷と変わり果てた鋭利な表情を見るにつけ、両親は娘の目の前で腰を抜かしたという。高い声をあげたという。その後、彼女は翼を生やし両親のもとから飛び去り消えた。
今も両親はどこかで生きているのだろうけど、ティミミアは会いに戻ったりはしない、変わり果てた娘など最初から存在しなかったのです、死んでしまったのです、そう思って下さい。そうして彼女は死ぬことのできる今を選んだ。誰にも話してないことだが、ティミミアは自ら孤独を選んだ、しかし今回は引き裂かれた、孤独に『させられた』のだ。怒りがふつふつ沸いて出てくる!
「アクィマ! お前にエクセルは任せた! むしろ無事を保証してくれて礼を言おう! だがその礼はお前の血飛沫で返してやる! 後悔を理解する時間も、与えん!」
オーパーツD発動! ティミミアの姿はドラゴンへと変貌した! 誰も弱点を知らない幻獣、ドラゴンへと!
「かかってこい……この私に勝てると思うのならな」
アクィマは鞘に収まっている剣の柄を握り、臨戦態勢を整えた、美しい緑髪が大きくなびく、エクセルがアクィマより背後に到達したとき、遠慮なく2名の戦いは始まるだろう!
「ティミミア!!」
突然叫ばれた、エクセルに。ティミミアは自身の目を疑い混乱する。エクセルがアクィマを背後から羽交い締めにして剣を抜かせまいとしていた!
「何を……一体何を! エクセル! よせ!」
ティミミアは慌てた、慌てた勢いのまま氷のような汗がにじむのを感じながらエクセルのもとへと飛んだ。当然、アクィマの方が力は強い、すぐに振り切られる!
「血迷ったかァ……」
「離すもんか! ぜったい! ティミミア! 生き延びるぞ2人で! 約束したじゃないか! 酒を交わそうって! 私はこんな性格だがウソはつかないぞ、ここでティミミアを裏切ったら私は晴れて嘘つきになってしまう!」
「そんなことのために! 私はそんな約束! 覚えててくれるなんて思ってもみなかった!」
「ティミミアの過去は知っているんだ! 興味本位で、悟りの能力で一度覗いたんだ! 本当にごめん! ごめんなさい! でも! 私も一緒なんだ、独りなんだ!」
ティミミアは突進しながら叫んだ、自分が思ってるほどエクセルは非情なんかじゃなかった! 不意をついて私にチャンスをくれたというわけだ、無駄にするわけにはいかない!
「どけぇッ!!」
「げブ!」
肘打ちで顔面を強打し、フラつくエクセルの腹に振り向きざま蹴りをお見舞いするアクィマ。鼻血を吹き出し地面に力なく転ぶエクセルの首襟を掴み、無理やり引き起こし冷たい声で放つ。
「殴られるのは久しいか? どうだ痛いか? 鼻は骨折などしていない、小突いたていどでその痛みだ。もし私の剣で切断されれば痛みはその比ではない」
「あう、ぐ……げほっ」
「さっきの無礼を許すチャンスをやろう、私の前に壁として立て、ティミミアの攻撃を止めさせる為に。あの間抜けが攻撃を急停止した瞬間にトドメを刺してくれる、早くしろ」
「……いやだ!!」
どこから取り出したのか、エクセルは懐にしまっておいた木の棒でアクィマの顔面をぶった! アクィマは眉間から血をにじませ、エクセルを思わず手放す。
「エクセルゥ!」
「ティミミア!」
その瞬間、ティミミアが駆けつけエクセルをその巨大な竜の腕で包み込むように連れ去る。アクィマへの攻撃も同時に考えたが、寸前でかわされた。
「ち……矯正できないほどに染まったか、愚かなエクセルよ」
アクィマの眉間の血は、滴り落ちるより先に無数の泡を立ててカスのようになり風へとチリ消えた。同時に、アクィマの眉間の傷は『ごて』で溶接したかのようにミミズのような突起で覆われ、治癒された。
「エクセル、無事で良かった! 私は戦ってくるが、お前は安全な場所へと置いてからだ!」
「いやティミミア、私も力になりたい、助けてくれた礼は戦いの中で返したい! 私も微力ながら戦えるからだ!」
そう言うとエクセルは右手を大きく上空に挙げ、何かサインめいたものを送った。そのサインを受け取るモノ……それは!
「背後の城さっ! ルゥザー・ミスホーチュン!! 組織本部そのものから下される攻撃を私は可能ッ! レンガを飛ばすことしかできないが当たれば十分致命傷だ!」
エクセルは組織本部そのものであるオーパーツCを操ることができる。もはや人間としての意識が無い城、ルゥザーは、エクセルの手旗信号でのみ自主的に攻撃活動を行う! その攻撃対象は無論……アクィマ・アンデスメロン!




