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怪談の学校  作者: runa
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中間考査まであと七日~豆腐屋騒動序章~

 *



 夕空に閃く、昇り旗。

 流麗な筆致で記されるのは、無論のこと『豆腐』の二文字。

 更に視線を上げれば、趣のある木製の看板。

 滴るような文字で書かれた文字は、どうやら右から読むらしい。


「……四辻豆腐店、かな」

「オカルト界隈なら殊豆腐に限って、ここよりも有名な老舗はないと思うよ」

「美味しいよねぇ、四辻屋のお豆腐。でも、ちょっとお高めなんだよね」


 成る程、本家本元。

 少しお高めでも頷ける美味しさが、そこには在るのだろう。


「ただいま帰りました」


 少し離れた視線の先で、豆腐小僧こと四隅君が帰宅する様子を見届けつつ。

 蛍さんの案内で、ここまでやって来たのは自分と、半眼のモッ君、そして……。


「うふふ、なんだか後を付けるってワクワクするよねぇ」


 ぴょこんと目立つ双角を、パーカーに隠してニマニマとした笑みを浮かべた河伯少女である。

 何だか凄く楽しそう。

 それにしても、この面子で電線の後ろに張り付いているのもなかなか新鮮な体験だ。

 ちなみに揚羽さんは校内に残って補習中である。


「……そう言えば、寄り道って久々かも。あ、折角なら夜君たちにも声を掛ければ良かったかな」

「あー。うん、確かにあの二人なら喜んでついて来てくれた気がするね」


 ポツリと呟けば、すぐ横でおっとりと微笑みながら蛍さんも同意してくれる。

 しかしながらその反対側では、河伯少女があからさまな苦笑を浮かべていた。


「君たち、本当に怖いもの知らずというか……何というかさ。うん。色々麻痺し過ぎじゃないかなぁ」

「んー怖いもの知らず、だろうか?」


 首を傾げるのは、単純にこれまでの二人――夜君と風狸青年とのやり取りを思えばこそである。

 確かにオカルト界における『一族』関連は面倒この上なく、厄介なモノであろうという認識は未だある。

 でも、それはあくまで一つの認識に過ぎない。

 自分の耳で聞き、目で見たことを信じる。

 基本のスタンスはそれに尽きる。


「蛍は……まだ二人のことを怖いと思う?」

「うーん。まだ少しだけ怖いと思う気持ちはあるかな。でもあの二人には透と同じくらい優しさや強さがあると思うから。だから、私はあの二人を信じてるよ」


 花が綻ぶようなその笑顔、プライスレス。

 うんうん、と内心で頷いていれば不意に片側の肩にズシリとした重み。

 空と電線の間から、無事にこちらへと帰還したモッ君。

 放課後であろうとも、変わらぬ癒しである。


「それで? 噂の直売所はどこにあるのさ?」

「まぁまぁ。焦らず寄り道しようよ、モッ君」

「……まさかと思うけど、嘘だったりしないよね」


 半眼のモッ君。

 疑心暗鬼に囚われている様子ですら愛らしいとか、どういうことだろうね。


「大丈夫、そこは本当。今日は敵情視察だけ済ませて、買い出しに行くつもりだから」

「「「敵情視察……」」」

「あ、ちょっとニュアンスが違うかな。うーん。じゃあ、下見で」


 呆れと困惑にちょっぴり諦めと興味本位を入り交ぜて、四人分で割ったら丁度いい塩梅かな。

 お世辞にも暖かいとは言えない視線はさておき、大切なのはあくまで四隅君が頭を悩ませている問題が、可及的速やかに解決できるモノかどうかを見極めることにある。


「ねぇ、蛍さん。噂の双子のお兄さんたちは今どこにいるのかな?」

「うーん。この時期だと、多分別邸の方かも」

「別邸?」

「四辻の一族はオカルト界ではかなり温厚で有名だけど、一応は系譜から抹消されてるくらいだから。本家の方に顔を見せるのは、多分だけど年始くらいかな」


 別邸。成る程なるほど……。

 早々に出鼻を挫かれた思いであるが、そこはまぁ初回だし許されるだろう。

 やはり現場に出向くのは大切だからね。

 うん、そういうことで。


「じゃあ、今回はとりあえずお豆腐を買って帰ろう」

「なんでそうなるのさ」

「それはほら、週末のご褒美的な」

「まだ水曜日だけどね……」


 呆れ顔のモッ君を肩に乗せ、いざ入店である。

 蛍さんの案内で店の暖簾を潜れば、何やら趣のある店内。

 豆腐の浸けられた槽が幾つかと、よく磨かれたカウンターが一つ。

 木綿、絹ごし、枝豆豆腐などズラリとそろっているものの、まず目に飛び込んできたのは『組み合わせ薬味はじめました』『各種取り揃え70種類!』のポップな字体の販促であった。


「おー。気合入ってるねぇ」

「……文字列から商売意欲がヒシヒシと伝わってくる」

「いつの間に70種類も考えたんだろ……」

「あはは。なんか現世で言う『冷やし中華はじめました』って奴に似てるね~」


 目にした瞬間、思わず素直な感想が零れ出た。

 そこへ肩の上のモッ君が少しばかり引き気味に言葉を被せてくる。

 顎に指をあてながら、首を傾げる蛍さん。

 ただ楽し気な河伯少女はと言えば、軽く手を叩きながら「どれどれ」と興味津々にカウンターの奥を覗き込もうとする。


 しかし、そこでふと動きが止まった。


「あ、なんか小っこいのが隠れてるじゃん」

「小っこいの……?」


 河伯少女がこいこいと手招きするのに釣られるように、蛍さんと一緒に覗き込む。

 肩の上のモッ君も必然的に覗き込む形になる。

 カウンターの裏は板張りになっていて、確かにそこに何かが蹲るようにしていた。

 顔は見えない。

 まるで猫が丸まるような様相で、うつ伏せのままプルプルと全身を微かに震わせている。


「……」

「あ、もしかして貴女……」


 どう声を掛けていいか分からずに無言になった自分の傍らで、ふと蛍さんが何かに気付いた様子で呟きかける。

 途端、震わせていた全身が跳ね上がるようにして大きく揺れた。

 まるで、何かに怯えているようだ。


「知り合いかい、蛍」

「うん、多分。――お久しぶりです。美琴さん」


 そっと声を掛ける蛍。

 その先で、強張っていた肩からふわりと力が抜けていくのが分かる。

 一拍おいて、ゆるゆると上げられた首。

 俯きがちの双眸が、ジッとこちらを見詰めた。


「……おー。美人さんだ」


 紛うこと無き和風美人。

 色白の肌といい、花の如き顔も、やや色彩の淡い癖のない艶髪といい。

 揚羽さんとはまた違う系統の美少女である。

 何かを思い詰めたような表情をしていなければ、まるで桜のようだと思ったかもしれない。


「……見つかってしまいました」

「美琴さん、どうしてカウンターの裏に隠れていたんですか?」

「それは……」


 言葉を詰まらせる美少女。その名は美琴さんというらしい。

 ん……何か最近聞いたような、その名前。


「例の婚約者って奴じゃないの?」

「あー。うん、そうだった。モッ君、ナイス」


 どうやら本命男子(双子のお兄さん方)には会えない状況下で、想定外の美少女との邂逅に成功した模様。

 中々どうして、現実とは面白いものだよね。

 何はともあれ、お豆腐よりもまず彼女の話を聞く方が先決だろう。

 めいめいに目配せをしあい、いったん四辻豆腐店を出ることとした。


 だんだん日も傾きつつある空を横目に、歩くこと数分。

 近くに公園のベンチを発見し、まずはうつむきがちの彼女を座らせた。

 隣にはかねてより知り合いらしい蛍さん。

 河伯少女はベンチの背に凭れるようにしながら、気楽に口笛など吹いている。

 モッ君を肩に、自分は少し離れた位置のベンチに腰を下ろした。

 そこはやはり初対面。はなから距離を詰めすぎては、おそらく彼女が話しづらいだろうという意図があった。


「美琴さん、少しは落ち着いた?」

「……ええ。ありがとう、蛍さん」


 うつむいていた頭を上げ、ふわりと笑う。

 儚げながらも、どこか意志のこもった眼差しだった。一呼吸空けて、彼女はぽつりと呟く。


「皆様には、お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね」

「ううん、そんなことはないよ。でも、どうして隠れるようにしてあの場所へ?」


 蛍の柔らかな口調に、肩の力を抜いた彼女。

 少し躊躇う様子を見せながらも、諦めたような表情で口を開いた。


「婚約破棄を願い出るために、お邪魔したのです。けれど、いざ暖簾をくぐったら……怖くなってしまって。それで、逡巡していたところに皆さんの気配を感じて思わず隠れてしまいました」

「婚約破棄……」

「思い切ったねぇ」


 驚いた様子でつぶやく蛍と河伯少女。

 再び身を縮こまらせた彼女は、震えを押し殺すように再びうつむいてしまった。

 どうやら、シビアな状況らしい。

 経験則からして一族関連はたいていシリアスに通じるからね。無理もない。


「モッ君、どう思う?」

「……別に思うところはないよ。ただ自分の身勝手が招くであろう今後が怖くなって、足踏みしているといったところじゃないの?」

「うーん。やっぱり婚約破棄となると両家の面子を潰すことになっちゃう感じかな?」

「当たり前でしょ。そもそも一族同士の契約婚に当人同士の意思なんて関係ない。必要だから結ぶんだよ。それを一方的に破棄するとなればそれなりのペナルティは生じて当然だし、それをわからないような歳でもないだろう」

「……必要だから結ぶ、ね」


 モッ君はいつもに比べ、どこか冷ややかな眼差しを隠そうともしない。

 どうやら今回の件は彼の地雷に触れる部分らしい。興味深いところではあるものの、むやみに掘り下げるつもりもない。

 さて、とりあえずは目の前の問題に取り掛かるとしよう。


「お初にお目にかかる、美琴さん。わたしは蛍の友人で、実はあなたの現在の状況についてちょっとだけ蛍から聞いている」

「……はじめまして。その、貴方はどちらの?」

「日和の家のものだよ」


 ベンチを立ち、まずは自己紹介から入る。

 驚いた様子で目を開いた彼女の傍まで歩き、膝をかがめて目線を合わせた。

 ここからが本題だからね。


「実は、私たちは四隅君の友人でね。彼もまた、婚約破棄について悩んでいる様子だ」

「……っ」


 息をのんだ彼女に、事実を端的に伝える。

 双方が意思を同じくしている以上、落としどころを探すのに周りの助力があってもいいだろう。

 それくらいのお節介は許される範疇のはずだ。


「今回の件は、おそらく当人同士が焦って動くと余計にこんがらがるタイプの問題だと思う。まずは周辺の情報を整理して、なるべくお互いが傷つかずに解消へもっていくための方策を信頼できる面子に相談するところから始めてみてはどうだろう?」

「……君にしては真っ当なことを言う。明日は槍が降るんじゃないかな」


 モッ君、それは余分な一言だなぁ。

 雨を飛ばして槍が降るとは、言ってくれる。


「周りに信頼できる怪はいる?」


 蛍の問いかけに、わずかな逡巡を見せ、フルフルと首を横に振る彼女。

 なるほど、ずっと一人で悩みを抱え続けたうえでの特攻だったという経緯らしい。

 蛍の視線、河伯少女から向けられる視線はそれぞれに含まれる意図が違う。

 前者は気遣い、後者は興味津々といった感じだ。


「君にとって、私たちはすぐに信頼できるという間柄でもない。とはいえ、四隅君の友人としては貴方をそのまま放っておくのも後味が悪いからね……どうだろう。少し、時間をもらえるかな?」

「時間……ですか?」

「うん。思い浮かぶ伝手がいくつかあるからね。できる限り君の名前は出さずに、穏便に婚約破棄できる算段はないかちょっと代わりに相談してみようかと思って」


 他力本願といえばその通り。

 しかしながら、オカルト界へきてこちらも間もない身。できることが限られるのは当然だ。

 分からないことを分からないと言うのは恥ずべきことではないと、かつてある友人に教えられた。

 本当に愚かなのは、分からないことを分からないままにしておくことだと。

 だからこそ自分なりに手を伸ばし、何かしらを問うことについての逡巡はない。


「どうして、初対面の私にそんなに親切にしてくださるのですか」

「情けは人の為ならず……とまで高尚なことは言わない。でも出来ることはする。それだけだよ」


 見開かれた黒曜のような目には、困惑が隠しきれていない。

 無理もない。

 元をたどれば、四隅君から発した縁。まさか早々に邂逅するとは思わなかったものの、こうして出会ってしまえば動き出すきっかけくらいにはなる。


「君、まずどこに話を持っていく気?」

「……そうだなぁ。とりあえずは鶯伯父様にきいてみるとするかな」


 そんな少女のつぶやきに、背中をよじよじしていたフクロウは「うん、真っ当だ。やっぱり明日は槍が降るね」と合いの手を返し、少女は心外そうに肩をすくめて見せた。


 夕空のもと、巡り巡って縁の先。

 解決策はいまだ見えず。

 とはいえ、しっかりモッ君に釘を刺された少女は野菜の直売所へきちんと寄り道することを忘れずに済んだ。

 めいめいに手を振って別れ、帰路につく少女はふと、豆腐を買えなかったなぁと呟くのだった。




長らくご無沙汰しております。

久々に投下いたしました。

ここまでお読みいただいたことに、最大級の感謝を。

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