クラスマッチ前後譚~夜は短し歩けよ怪異~
クラスマッチ終盤戦をお届けします<(_ _*)>
※尚、当初の予定より長文となった為、二話に分けております。
*
「……全く。彼女の周りは退屈しませんね」
「うにゃー……。マジでキモイにゃあ。日和の先代を前にして浮かべる表情じゃないにゃ。その愉しげな笑みは、どっかいかれてるとしか言いようがないにゃ」
神の御位に等しい高位の龍が降り立ったことで、吹き清められた校庭の端。宵闇に沈む木陰から『もっけ』経由ではなく自身の目で顛末を見届けている飛閻魔。――その傍らにはゲンナリとした内心を隠そうともしない美しい毛並みの黒猫がいる。
「あえて聞かせようと思って言っていますか、それとも……」
「それ以外に何があるにゃ」
「ふふ、昏。貴方は変わらずに怖いもの知らず、ですね」
「お前にだけは言われたくないにゃあ……」
そんな一人と一匹の呟きなどいざ知らず、クラスマッチの宵は更けていくのだった。
瞬く星空と、漂う狐火。その合間を飛び交うのは火だるまの首たちである。
行事とはいえ、張り切り過ぎだ。思わず凝視するのも無理はないと思うんだよなぁ。うん。
「改めて言うことではないかも知れないが、怪談学園の名が伊達でも酔狂でもないことが分かる光景だね……」
「火だるまの首程度で驚いていたら、オカルト界で平穏には生きていけないよ?」
モッ君の発言に苦笑を返しがてら、クラスごとの列に並んで壇上を見上げる。校庭の不安定極まりない大地(湿地帯に近い土壌だからね)に、絶妙なバランスで設置された複数のテント然り。
オカルト界の日常は不思議と不可解に満ち満ちている。
今、壇上の上には見慣れた横顔。宵闇でも神々しいばかりの妙多羅天――まぁ、要するに伯母である。
「諸君、今宵は見ての通り雲一つ見えない星空だ。これ以上のクラスマッチ日和はない。怪ごと、それぞれの実力を存分に発揮して競技に臨んでもらいたい――――」
何だろうね。『実力』を『存分』に『発揮』するという三文字に言い知れぬ不穏さを覚えるのは。
やはりあれだろうか。
半分は人寄りの精神を持つからこそ、本能的な部分がそうさせるのか。うーん。あまり突き詰めて考えない方が良い気がする。
「どうしたのさ?」
「いや…ね。ほら、武者震い的な……ん、それだとちょっと意味合いが逆?」
「本当に君、訳が分からないよ」
全く、と呟きながらも。そこはモッ君クオリティー。常に寄り添ってくれるモフモフした感触にどうしようもなく癒される。
「何はともあれ、全力を尽くすよ。塩レース」
「……そうだね、頑張れ。塩レース」
僕だったらどんなことがあっても『それ』にだけは参加しないけどね。
まさにそう言わんばかりの憐れみに満ちた表情を前に、少女はやはりここでも苦笑するしかない。
理事長からの激励が終わり――――続けて開会の宣誓が行われた。壇上へ上がったのは高等科、中等科、初等科のそれぞれの代表である。
ざわり、と空気が揺れた。まるでモーゼが海を割ったが如く、進み出た三名の周りには畏怖を含んだ視線が一様に向けられる。
さて、とりあえず顔見知りは二人だ。高等科、と聞いて察している方もいるかもしれないが……まあ、ね。期待に漏れず夜君である。夜風に靡く淡い色の髪で、遠目にも分かる。
魔王子と称される彼は、宵闇の中ではより一層美貌を際立たせていた。
友人としては普段の『彼』の方が親しみやすいなぁ……と内心で思うところ。とはいえ、対外的には毅然とした姿勢が必要とされるのも理解できる。
普通の学園ではない。身を守る術として、それはある意味で有効な手段ではあるのだろう。
そんな夜君の次に壇上へ上がったのは、潮の香りを纏う中等科の姫君――五月姫だ。同じジャージを着用しているとは思えぬほどの高貴な立ち姿には、感慨にも似た何かを覚えてならない。
遠目で見ると、それはそれで違った美しさを感じ取れるのだ。
「……やはり彼女は奇麗だね」
「そんなことをしみじみと呟くのは、君くらいなものだよ」
「モッ君から見ると、どうなの?」
「怪異の美醜は一つの特徴であって、それ以上でもそれ以下でもない。問題なのはその知名度と畏怖の大きさ、それらに比例する怪異性の高さだけだ。その点でいえば、五月姫はこの学園において上位……要するに『幇縛』を受けるに違わぬ大妖であるのは間違いない」
「『幇縛』……ね」
「その形は怪によって様々だ。魔王子であれば銀バッジ、五月姫は手に持つ扇――それとほら、初等科の彼もそうだね。ご覧、あれが狗神の直系だ」
狗神、か。
中々の知名度を誇る怪異の一つだ。否、正確には人の世では憑き物筋として周知されることの方が多いかな。それはさておき。
モッ君に促されるままに見上げれば、異様と称するにふさわしい初等科代表の姿を見ることが出来る。その上で第一印象を語るとすればそうだね……。
狗、というよりも狼に近い気がする。いや、もっと言えば熊かな。上背は他の二人に比べても格段に大きい。
ただし、前を行く二人から一定の距離を置いている辺りに『彼』の心境が非常に分かりやすく表れているように思う。
実際、その尻尾だ。丸まっている。これ以上は物理的にも丸まらないだろう、と思うくらいのところまで丸まっている。
ふむ、壇上が彼の震えの所為か小規模地震みたいになっているのも見応えがあるね。
どうやら体格こそ大きくはあるものの、割とシャイな性格らしい。
怖い先輩を前にした下級生、といった図に近い気もする。
「……彼の幇縛は、鎖?」
「彼はオカルト界でも有名な、極度の鎖好きでね。常に鎖が身に触れていないと落ち着かない変怪だ。――正解は首輪」
どっちもどっちだ、と思った自分はきっと一般寄りの感性だ。あと『変怪』って……。うん、聞き間違えなければ害はないかな。言葉の響きからして、おそらく変人みたいな括りだろう。
そんな毒にも薬にもならないような会話。
それを交わしている最中にも、無事に宣誓は終わった模様だ。
どこか張り詰めていた空気も緩んで、一気に喧騒に満ちた校庭の賑やかさは夜とは思えないほど。夜店の立ち並ぶ通り、に近い雰囲気を感じる。
全体的な仄暗さは差し引いたイメージではあるけどね。
列を崩し、銘々の競技に向かい始める怪異達の行進。これこそ、まさに百鬼夜行図である。
いや、でも実際は百鬼どころではないか……ふむ。改称が必要だな。
「君も大概『大きいモノ』を引き当てやすい性質みたいだから。僕は諦めて事前に伝えるだけ伝えておくことにしたよ。くれぐれも、狂犬の鎖を解く様な事態には見舞われないでね」
またしょうもない事を考えているな此奴、といわんばかりの視線を受けながらも。モッ君からのアドバイスは中々に的を射ている。
そうなのだ。性質である以上、ここは諦めが肝心である。あとは旅に出る心意気だね。
もう一つ加えるなら、伏線じみた発言は最少に抑えるのがポイントです。
そういえば、だ。
ポイントつながりで、せっかくの機会だ。参考までに聞いておきたいことがあったりする。
「……モッ君。優しさは小出しにするのがポイントなの?」
「そういうふざけた返答ばかりするなら、今後、全無視でいくけど?」
「ふふ。ごめんよモッ君。久しぶりに会えたからつい、嬉しくてね」
「……はぁ」
どうやらタイミングを間違えたらしい。今後の事を考えたら、空気を読む技術を得ることを最優先に動いていった方が良いのかもしれない。場合によっては生死に直結するしね。
さて……具体的には誰を見本にするべきか。
「ふふ、相変わらず苦労してるみたいだね」
一人と一匹……失礼、一羽のやり取りをどこか微笑ましげに見詰めていたらしい声。
競技開始の宣誓が終わった後、先の家族再会劇を挟み――――本当の意味で、ようやくの再会だ。
振り返る前に、それが誰かなど確かめるまでもないね。
「蛍、心配を掛けてごめん」
「全くだわ。……怪我、したのね。あまり無茶はして欲しくないのだけれど……仕方ないのかな。透は、透だもの」
柔らかい微笑みと、滲む憂いごと抱き締める。ひんやりとした身体は、それでもやっぱり暖かいのだ。うん、矛盾しているけれどそうなのだから仕方がない。
「緑麗様……久しぶりにお姿を見たわ。ね、どうやって起床に至ったの?」
「うーん。美味しいお酒は『眠気覚まし』にも効果があると緑麗神は言っていたけどね」
「眠気覚まし……独特の感性だわ」
「そうだね。自分もそう思うよ」
普通は真逆だ。そこが神クオリティーなのかもしれない。
「ねぇ、君たち。いつまでも再会を祝している暇はないよー? 具体的に言えば、そろそろ塩レースと綱引きが始まるからね」
「……そ、そんなに、気張らなくても大丈夫よ! たとえ最下位でも誰も責めたりしないわ。塩レースは例年、途中棄権も珍しくないんだから」
まるでタイミングを見計らったように、後方から響いた声に心も温かくなる。
数日振りに顔を合わせて、今まで以上に強く思うのは。
良い友人たちに恵まれた。――――これ以上に有難いことはないということ。
「有難う、河伯さん。それに揚羽も。心配してくれて嬉しい」
「べ、別に……。でも、無事で本当に良かったわ。これに懲りて、休みだからとあんまり気を抜き過ぎないようにすることね。それとも休みの度に神の再興を続けるつもり? 悪いことは言わないから、無茶も大概にしておきなさいね」
「ふふ、妬けるねぇ。こんなこと言ってるけど、君が失踪してからというもの一日としてこの子が泣かずにいた日は無かったんだよぉ?」
「ちょっと河伯! 適当なこと言わないで頂戴。この……鬼! 悪魔!」
「だから僕は鬼だって前から言っているのに。あと悪魔は西洋で畑違い――――ふふ、悔しかったら追いついてご覧よ。風の子の異名を持つ僕の足に、果たして付いてこれるかなぁ?」
「あ、ちょ、待ちなさい!!」
風の子、と当人が自分の口でいうだけあってかなりの俊足を披露する河伯少女。けれども揚羽もそれなりに早い。これは意外な発見である。美少女の華麗なフォームを見送る事暫し。
蛍と顔を見合わせ、そろそろ移動しようかと話を始めた頃に後方からもう一つ声が掛かる。
「……あの二人は変わらず賑やかですね。お帰りなさい、透さん」
「やあ、四隅君」
そして各種薬味たち。
やはりというか何と言うか。行事とくれば、普段は潜められている商魂も疼くものらしいね。
組み合わせ薬味も以前に見た時より、格段に充実している。
「……レモン?」
「蜂蜜漬けを薄くスライスしてみました。体力回復に効果があるらしいですよ」
それはもう、充足感の漂うイイ笑顔であったとだけ言っておく。そうだね、学びの機会を絶やさぬことこそ学生の本分だ。自分も見習わなければならないな。
「……レモンは嫌いだ。レタス付きなら検討しても良いけどね」
「うーん、そこはキュウリの爽やかさで緩和したほうが……」
ほら、背後で交わされる購買者側の意見。それを悟られぬよう、耳を欹てている四隅君の勤勉さ。
揺るぎないね、全く。
「――――四隅君、君がくれた情報のお蔭で今回の『成果』が叶ったといっても過言でないよ。改めて、ありがとう」
「……透さん。それはどちらかと言うと僕の台詞ですよ。それに、危険な目にも合わせてしまって……」
「自分で決めて、自分で行った結果だよ。それは誰に謝罪されるものでもない」
もちろん、君にもね。四隅君。
蛍に気付かれないよう、囁き交わした互いの目。そこには信頼の色が浮かんでいた。
長い六日間の騒動の果てに、再興した神と共に学園へ舞い戻った成果。それはきっと、ひとりの怪異――否、大切な友人たちが味わってきた苦しみを、ほんの僅かでも晴らす一助になる筈だ。
少なくとも自分はそう信じて、戻った。
鎮めの谷を巡る六日間。他でもない、この六日こそが。
可能性を信じて、核心に至った日々だったのだから。
「四隅君は泥入れだったね?」
「ええ。こう見えて、けっこう得意なんですよ。泥入れ」
うん、少なくとも現世では絶対に聞かない台詞だ。間違いない。
僕は最後の方なので、それまでの間は精一杯応援させてもらいます。と。両手で二段構え、絶妙のバランス感覚を見せつける四隅君。その双眸には、この夜中には完売させるという揺るぎない意気込みが燃え立っている。
んー……何というか、あれだね。四隅君。君にとってのクラスマッチが競技よりも完売に重きを置いていることは十分すぎるほどに伝わるよ。
「お互い頑張りましょう」
「うん、そうだね」
それ以外に何が返せただろう。うん、多分無かっただろうな。
「ね、モッ君。君もそう思うだろう?」
「その脈絡もなく、突如として賛同を求める姿勢を改めるべきだと僕は思う」
風が凪ぎ、スタート地点で位置に付く少女。その肩には普段通りにモッ君が乗っている。
「競技中だから、終わるまでは散歩に行ってくるよ」と紳士然として告げたモッ君。それに対し、石化しないと約束するならそのままで構わないよと返した少女。
要するにその結果が今だ。
少女の半透明化は接地しているモノへも影響する為、周囲からの指摘はまず考えられない。あとは当人たちの問題に過ぎないのだ。
「モッ君の冷静な突っ込みを聞くと、最近はとても安心するんだ。いわば、精神安定剤みたいなものだね」
「君のその感性を疑う」
よーし。俄然やる気が出てきた。やはり勝負事の前は普段の精神状態を引っ張り出してくるに限るね。
塩レースを前に、大凡の位置関係を目で見て把握した少女は思う。「あ、これは勝てるな」と。慢心は良くない? いやまあ、そこは否定しないよ。
でも今回ばかりは別だ。
「大蝦蟇の合図で、スタート?」
「そうだよ。……ねぇ、君一人やたら浮いてるの自覚してる? 今年の塩は去年よりも純度が高いって噂だ。他が死にそうな顔してるのに……はぁ。少しは空気を読みなよ」
「勝負事は自分との勝負だよ、モッ君」
「そのしたり顔が僕の苛立ちをより助長させる」
モッ君の深い溜息と、大蝦蟇の地を震わせるような『ゲコォー』の一声。
重なったその音を合図に、塩の山を目掛けて走り出した少女。周囲の悲壮は何のその。湿った大地を駆け、辿り着いた真白のそれに躊躇なく手を突っ込む。
声にならない他怪異たちの悲鳴と、傍らのモッ君が辛うじて石化を堪えた気配も薄ら感じ取れてはいる。
けれども、勝負事は集中力を欠けば致命的だ。
周囲を余所に、両手一杯に抱えた塩と共にスタート地点へ戻っていく。
「皮が溶ける!」「消滅するぅ」「塩気が……塩気が!」という周囲の悲痛な声が、さながらBGMとなった塩レース。その混沌の中を、黙々と塩を抱えては往復を繰り返した少女。
ちょうど四度目で抱えた塩を、指定された金盥に流し込んだ直後だった。
一仕事終えたな、とばかりに踵を返そうとした少女の真横で一回り小さくなっていた大蝦蟇が一気に空気を吸い込む気配がした。
そして大蝦蟇の一声が響き渡る――――レース終了の合図だ。
周囲の絶句を浴びながら、落ち着いた様子で金盥を審判に手渡した少女。
どこか引き攣った表情で「……一位、中ノ壺組」と告げたのは体育教師こと、黒塚氏だった。
「手、大丈夫か?」
「平気です。少しざらつく程度ですね。……あ、手を洗って来ても?」
「西側の洗い場は混み合っているから……少し遠くなるが、職員室の中庭にある洗い場を使うといい」
「ありがとうございます。黒塚先生」
「……お、おう。因みに救護用テントは……」
「お気遣いなく」
やはり顔色の薄れた蛍に手を振り、「無理はしないように」と言付けて一旦校庭を出た。
前もって予想はしていたものの、中々の成果だ。
幸いにも海側の怪異が同じ組にいなかったのが功を奏し、大差をつけることが叶ったのが大きい。
次の組で走る蛍にとって、少しでも気持ちにゆとりを持てる結果。
それを残すことがせめてもの償いだと思っていたからね。うんうん、首尾は決して悪くない。
「……それにしても、今更ながら思うよ。どうして五月姫は海側の怪なのに、塩レースをあれ程までに忌避するのか? あ、濃度調整か。そこがネックなのか……」
「君の非常識さに慣れたつもりではいたのだけれど……僕もまだまだ甘かった。はぁ。本当に何なのさ、君。あの純度の塩に躊躇なく手を突っ込むって……」
モッ君が個人的思索に傾倒している間に、校庭を抜けて校舎の北側へ回る。職員室の中庭には鬱蒼とした木々が茂っている為、校庭に比べても空気は清々しい。
よし。今の内に深呼吸しておこう。
「……そういえば、夜君と風狸青年はどの種目に参加するのかな」
聞いていなかったなぁ、と。ざぶざぶと流水で手を洗いながら夜空を見上げれば星二つ。
んー、と目を凝らせば星ではなく、狐火が二つふわりふわりと降りてくるところだった。
それに照らされた二人を見て、ようやく得心もいく。
舞い降りた二色の翼。夜目の兄弟が、それぞれの翼を畳むのを待って声を掛けた。
「選手宣誓、見ていたよ」
「……透。無事に戻って良かった」
「兄さんに殺されずに済んで本当に良かった……」
とても切実な声が混じっていたが、ここは掘り下げない為にも拾わずに行こう。
「それにしても……神の再興まで成し遂げて帰って来るなんて。本当に透はいつも予想外のことをする」
「いや、端から再興を目的に行った訳ではないからね……成り行きだよ」
「成り行き……ね。ふふ。君は本当に不思議な子だ」
しみじみとそんなことを言われ、どう反応したものかと少女が悩む最中。
――――ふいに、頬を掠めた風にもう一つの『星』が舞い降りてきたことを知る。
山間の空気を纏いながら地表に降り立ったのは、鶯伯父さまその人だった。
「……伯父さまの翼は鳶色なんですね」
「うん、空神の一族は大半がこの色なんだよ。さっきは騒がせてしまってごめんね」
何とか穏便な形で留めようとしてくれたらしいが、結果的に祖父の学園降臨(雲なし)は留められなかったらしい。
尽力をしてくれただけで十分だと伝えれば、肩を落としていた。
「君の伯父として、出来る限り穏便な学園生活を送ってもらいたかったところだけど……今回のことで、ある程度の波乱は免れないだろう。だからこそ、今後はどんな些細なことでも相談してほしい」
「ありがとうございます。伯父さま」
心遣いが暖かい。友人だけではなく、家族にも恵まれた自分は幸せ者だ。
常々そう思う。
「――さて、そろそろ校庭に戻ろうか。瀧野入の姫君との約束もあっただろう?」
翼を広げた伯父に手招きされたが、そこは固辞する。単純な話だよ。例え、伯父と姪であっても学園内でお姫様抱っこ浮遊はさすがに避けたい。
「……うーん、年頃の姪の心境を汲むのは難しいものだね。分かった。じゃあ、代わりというのもあれだけど、夜目の二人に話があるんだ。一緒に来てくれるかい?」
「……話、ですか?」
「兄さん、ここは俺だけで……」
「兄想いは良いけどね。過保護は後々の彼の為を思えば、あまりいい選択ではないだろう。それとも『夜目』にとって『日和』は信用ならない家だろうか?」
「――――いえ、決して。共にお連れ下さい」
「兄さん……」
うーん。……なんだろう、この微妙な空気は。
あと、過保護ぶりについては他人のことは言えないと思うの、伯父さま。
ここは一応、念押ししておく場面だろう。
「伯父さま?」
「……うん? ふふ。心配はいらないよ。今回は二人と話したいことがあるだけだからね。間違っても先代の口へ放り込んだり、秘密裏に消したりとかは無いからね」
後半の羅列に、増々信用できなくなる。むしろ心配しかない。
更なる念押しの為、再び口を開きかけた少女の視界の端で夜君が首を振っているのが目に入った。
見えてしまった以上、伯父との同行を自分が拒むことはできない。
「伯父さま、二人は私の大切な友人ですので。無事に、五体満足で、お願いします」
「……大切な姪の願いとあらば、ね」
ぼそりと「仕方ないね。今回は大目にみようか……」と聞こえてきたのは多分幻聴ではなかったね。
祖父といい、伯父といい、その愛情の深さが周囲に齎す影響を今まで以上に自覚しなければなるまいと改めて思う少女。
何はともあれ、バランスを見極めることが大切だ。
三色の翼を見送り、校庭へ戻る道すがらにモッ君が呟いた一言はそれを如実にする。
「今後は君の選択次第で、色々なものが変わってしまうよ」
あまりに的確過ぎて、もはや苦笑すら叶わなかった。
続けてもう一話、宜しければご覧ください<(_ _*)>