クラスマッチ前後譚~潮風の入り混じる終幕劇~
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「では、お話を聞かせてもらって宜しいかしら?」
「――ええ、勿論です。貴女に伝えてこそ今回の旅は意味を持つのですから」
校庭は月明かりに照らし出され、飛び交う火が怪しく輝いていた。
クラスマッチも中盤戦に差し掛かっている。
校庭に少女が戻った直後。
塩リレーは既に終盤戦を迎えていた。涙目の奮闘の末、三位を獲得した蛍。彼女が駆け寄って競技状況を教えてくれたところを纏めれば、およそ以下の通りだ。
まず、綱引きは壺組の惨敗。特殊能が多い壺組だ。やはり団体戦は不向きらしいことが露呈した。しかしこれは、毎年の事らしい。
続いて始まった大玉転がし。これは揚羽さんの参加競技だ。普段から「重力? 何それ」を信条としている彼女が球を転がせばどうなるか?
興味が無かったと言えば嘘になる。そして実際はどうなったか――大方の予想を裏切る形で、彼女は華麗に球を操ってみせた。言葉には出来ない感動がそこには存在した。
「……凄いねあれ。もはや団体の意味ないけど」
そんなモッ君の呟きが全てを物語っていたと思う。
持ち上げて落とす。これがモッ君の華麗なるスキルである。
それはさておき。
それに続く騎馬戦、泥リレー。これらは波乱含みの展開を見せた。
河伯少女の気迫を前にして、逃げ惑う怪異達の哀愁に満ちた様子。
そこは詳しくは語らないでおこう。気迫というよりも、鬼迫と言い換えたいレベルのそれだったからね。きっと子供がいたら泣く。ガン泣き間違いなしだ。
流石は天邪鬼。やはりそこは鬼。
とは言え、鬼は他クラスにも幾人かいるらしい。
結果、騎馬戦は途中から鬼合戦も斯くや――という様相へと変化した。もはや騎馬戦というより、バトル・ロワイアルと化した校庭に教師陣が制止に回る混沌をまざまざと見せつけられた。
放送休止に等しい静寂の後、辛うじて残っていた騎馬たちの数で勝敗を決めることとなった本戦。ルール変わってるけど、という少数派の意見は風に立ち消えた。
壺組は二位。これに触発された結果か、泥リレーにおいては泥も霞む激しい攻防が繰り広げられることとなった。
空中戦は、その点においては地上のそれと比べて淡々と競技は進められているらしい。
時折墜落してくる怪異の巻き沿いとなり、地上組が何度か罵声を上げる場面もあったがその程度だ。
予想していたような血の雨や、落雷によって地面が焦土と化す――などの事態は未然に防がれていた。常に裏側に回って被害を最小に留める手腕からも窺えるように、学園の教師陣の苦労には涙ぐましいものがある。
そして現在。
泥入れの空中戦を見上げつつ、モッ君の助言で準備していた傘を開く。上下構わずに飛び散る泥の被害を防止するためには、観戦の際の雨具着用は必須。
これは中々に、奥深い競技だ。
「……話を始める前に、ひとつ確認させて頂きたいことがあります」
「何かしら? お答えできる範囲なら、喜んで」
扇の向こうで、ふわりと笑った気配。それに合わせて漂う潮の香りを頬に感じながら。
少女は徐に、口火を切った。
「休日に、海へ行かれましたか?」
「ええ、久方ぶりに帰郷していましたわ。兄たちから呼び出しがあったものですから」
「……分かりました。それだけお聞きしておきたかったので。返答を頂き、感謝します」
「ふふ。お役に立てたなら嬉しいわ」
校庭の端。
飛び散る泥の中で、向き合った二人の少女たち。
その周囲は閑散としているが、多くがその様子を見守っていることを他でもない彼女たち自身が承知している。
「すべてを語る必要はないと、今頂いた答えで分かりました」
「……それは何故かしら?」
「鎮めの谷での顛末は、貴女も含めた海神の一族が知るところだからです」
言い切った少女に、それまで表情を変えずにいた五月姫の双眸が深い海の色を湛え、揺らぐ。瞬きの間にそれは掻き消え、続いて浮かぶのは平坦だ。
それは失望に等しい色だった。
「……そう。あの『歪み』が海神によって生じたものだと?」
紡がれた言葉は氷雪の如き、冷たさと怒りを纏う。それと平静に向き合えるものなど、そう多くはいないだろう。
けれども少女は、その括りに端から当てはまらなかったりする。
その視線は五月姫の後方に向けられ、ようやく『間に合った』ことを知って安堵の溜息をついていた。
「……酔い覚ましに酒、というのは強ち間違いでもないのでしょうか?」
そんな少女の唐突な問い掛けに、虚を突かれた様子で沈黙した五月姫。彼女にしては珍しい表情をして、囁くように問う。
「……ここまで来て、はぐらかすつもりでいるの?」
「いいえ。寧ろ、ここからようやく本題に入れます」
「貴女が何を言いたいのか、まるで分らないわ」
「まだ言葉にする前ですから、それは当然ですよ。――――五月姫さま、後方をご覧ください」
訝しげにその言葉を受け、まるで巣穴から周囲を窺うような色彩を宿していた海色の双眸。
「騙されたと思って、どうぞご覧ください」と。
少女が再び繰り返せば、ようやく彼女は示された先を振り返った。
そして、見開かれた海色の先。
「――――姫様、美しくなられましたなぁ」
小柄なその怪は、そう言って緑麗神の傍らで目を細めていた。
それは、見た目だけならばまさに好々爺といった風情の怪異だ。長きに渡り、鎮めの谷の枯れ果てた川底で深い眠りについていた海の怪異のひとり。
『桜庭の裏切り』――その起因となった、宴の席で消滅したとされていた怪異だ。
「……あ、あ。嘘よ。偽りだわ。いなくなったと、兄様たちも気配は消えたと……」
「偽りではございません、姫様。長い間、ご心配をお掛けしたことをまずは詫びさせてくださいませ」
「――――ほんとうに、波小僧。貴方なの?」
「姫様、懐かしゅうございます。こうして再びお目に掛かれたのも、すべては其処にいらっしゃる日和の姫君と供の方々、緑麗神の御尽力の賜物でございます。この場をお借りして、改めて感謝の気持ちをお伝え致したく参上いたしました――」
深く頭を下げたその怪の傍ら、緑麗神が向ける視線へ頷き返した少女。
何とか間に合ったことに、ほっと胸を撫で下ろしていた。酒の力は偉大だ。全くもって馬鹿に出来ないことを今回の件で思い知らされた。
神をも再興させ、深い眠りの淵からも呼び戻す――百薬の長とも称される酒。それでも、まさかここまで万能だとは知る由もない。
そんな彼らの見守る先で、普段の優雅さなど打ち捨てるようにして駆け寄る花の顔。それは涙に濡れている。
「……波小僧。もう二度と、貴方に会うことはできないと諦めていたわ」
「ふぉ、ふぉ。思わぬ再会に、儂も未だに半信半疑なのですよ。あのまま眠り続けていたら実際のところそうなっても、おかしくは無かったですなぁ」
「そう言うことをしみじみと言うものではないわ……」
「しばらく見ない間に、姫様も格段に麗しくなられましたなぁ。時が経つのは早いものです」
いやはや、眠り過ぎましたわい、と。
そう言って穏やかに笑う表情に、とうとう訪れた雪解けの時を思い――少女は嘆息する。
もう取り戻せないモノも、確かにある。けれどもこの先は、今まで通りにはならない。
そんな確信と共に、見上げた夜空に静寂が戻ってきた。
「……クラスマッチも終わったみたいだね。とりあえずは、朝を迎えずに済みそうだ」
少女の呟きに被さるようにして、校庭の中央から大蝦蟇の閉幕の合図が響き渡った。
夕刻と共に始まったクラスマッチは、こうして閉幕の時を迎える。
ここまでお読み頂いている方々へ、感謝の気持ちを込めてお届けしました45話目です<(_ _*)>
次回は、クラスマッチ前後譚の『後』の部分を前半に纏め――仁義なきテスト週間へ突入していこうと考えております。
尚、話のペースはさくさく進める予定です。
それでは。
またお会いできる幸運を願いつつ……(*´ω`*)




